考査の待ち時間に読もうと本を持って行ったけれど、

隣で瞑想をし続けている人が気になってしまい

本の内容が何も入ってこなかったという皆さま、

ご機嫌いかがですか。

 

あるいは、ご自身が瞑想の主になってしまった方もいるかもしれません。

 

私はお受験第一戦は瞑想を極めてしまい、ある学校では目の前の時計、

とある学校では教会、

そのほかは天井、壁の柄、前に座っているお母さまの肩などと交信ができるレベルにまで達していました。

 

瞑想をしていながら眠くなってしまいコクコク…という方もいらっしゃいましたが

私は交信レベルにまで達していたので、眠れませんでした。

 

壁の柄をじっと見ていると、人の顔のように見えてくる。

 

 

受かるのかい、受からないのかい、どっちなんだい?

 

 

となかやまきんに君のごとく問う日もあれば

 

 

ごうかく、ください ウォウォウ ごうかく、ください ズーズーッ

 

 

と辻仁成のごとく冷静と情熱の間にいるときもありました。

 

 

どんなことでもそうですが、「待つ」ってつらい。

黙って待つ、ひたすら待つ、待つことしかできない、全部つらいです。

私はそう思います。

 

神奈川でも東京でも、たとえ即日発表の学校でも待つ時間があります。

 

ついに今週、神奈川の考査の発表、週の真ん中あたりの予定だ。

なんなら私は月曜日の朝イチで構わない。

 

以前、ざわわ…ざわわ…ざわわ…と落ち着かない森山良子が心に住み着いてしまうと書いたが

考査の結果発表となるともはや大音量の森山良子となる。

阿佐ヶ谷姉妹もトゥギャザーしてくれるくらいの勢いだ。

 

いつもは1日なんてあっという間に終わってしまうのに、

子どもを送り出したあとのシーンとした家に戻ると急に

時計の動きがゆっくりになった錯覚に陥る。

 

暖かいカフェオレとマカロンでほっと…なんて思うけれど

我が家にはコーヒーマシンも洋菓子も無い。

 

ならば掃除でもして運気をあげつつ吉報を待とうじゃないかと思うものの

結局気が付くと、ベッド・インだった。

 

何もしていないように見えるかもしれない、怠けていると思われるかもしれない。

 

 

いいや、

 

 

これでいいのだ、果報は寝て待てなのだ、と自分基準のバカボンのパパの登場である。

 

 

 

その1週間ほどは、夕飯はテイクアウト万歳、必要最低限の身の回りのことだけと

お教室通いだけをして過ごした。

 

体調が良く少し歩けそうな日は、理由もなく駅前をただ歩いてみたり

遠出して渋谷まで行ってみては、

モヤイ像の顔がやっぱり今の自分にしか見えないと再認識して帰ってくる日々。

 

 

蛇の生殺しとはよく聞く。

私は蛇の気持ちは分からないけれど、生殺しというものはまさにこういう状況なのか、

いっそダメならダメと早く言ってほしいと叫びたいと、

あてもなくとぼとぼ歩く道すがら思った。

 

 

Twitterも見ていたが、この頃になると桜マークがTLに流れてくるようになった。

 

Twitterで知らない人にいいねをしたことがなく、メッセージなんてとんでもなくハードルが高いことだと思っている中年なので

いいね…(羨)という気持ちで眺めているうちに、苦しくなってきた。

 

ならば見なければいいじゃないかとあの頃自分に突っ込んでいたが

見ちゃうものは見ちゃうし、その前に気が付くと手が勝手に動いている。

 

もうこれは仕方がない。

 

諦めて「ツイッター 見たくないのに見てしまう」と検索した。

その結果「オタクの情報収取には欠かせないのがツイッター」という結論に行きつき、

なーる!と膝でパーカッションをうったのだが

 

 

違う違う違う違う そうじゃない

 

 

鈴木雅之のラストの方の強めの「違う」が出てきてしまった。

 

 

通常2回のところがラストの方では4回も念を押してくれている。

 

 

改めて「ツイッター 見たくないワード」と検索したところ、

初めてミュートという機能を知った。

 

 

そして迎えた当日。

1校は郵送通知、1校はオンライン発表だった。

 

郵送通知は合格だと分厚いらしい。

厚さでわかるから配達員さんによっては「おめでとうございます」と言って手渡してくれるらしい。

それもTwitterで教えてもらった。

 

自分の大昔の受験でも、そういえば郵送通知が一般的だった。

私がそれを知らなかったのは、つまりは分厚い通知を見たことが無いからだ。

 

 

子育てというものは、時に自分の甘酸っぱい思い出までも呼び起こしてくれる。

 

 

 

ピンポーン。

 

 

 

 

そこからの記憶はない。

 

 

ただただ次へ、次へ、とそれだけを思って東京校考査終了まで駆け抜けました。

 

バカボンのパパのこの言葉を胸に。

 

 

 

「わしはリタイヤしたのだ

 

全ての心配から リタイヤしたのだ

 

だからわしは 疲れないのだ

 

どうだ これでいいのだ」

 

 

 

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考査の結果の詳細やその時の情景も描こうと思いましたが

読んでくださる方にはまだ渦中で頑張っていらっしゃる方が多いと思ったため

控えさせていただきました。

フィクションとして、いつか違う場所で書けたらと思っています。