9月は一瞬だったのに、10月はなんだかゆっくりと感じるマジックにかかっている皆さま

ご機嫌いかがですか。

体調は、心の状態はいかがですか。

 

 

心身共に違和感ありマクリマクリスティじゃ!と叫びたいけれど

かといって休むことも立ち止まることもできないような気分に苛まれているかと思います。

 

 

明日は神奈川校の考査、出願、事前面接、いやまだ直前講習だってある

とスケジュール帳は真っ黒なのに、

国立小学校は抽選だとわかっていても落選してしまった理由を

あれやこれや考えてしまったりしていました。

 

国立小学校の抽選の無慈悲さ、あの気持ちの持っていきようの無さ、

なんていうんですか敗北感。

まだワシは何も戦っていない・・・!と怒りすら覚えていました。

 

 

そしてもしかしたら自分が頑張れば何とかなったんじゃないか、

封筒を白に変えたら良かったのだろうか、

クリアファイルに入れて郵送したほうが良かったのだろうか、という

完全に無駄な「原因探し」をして心を納得させて落ち着かせようとしていました。

 

 

ここから考査当日について、経験談と少しの後悔をここに記します。

あくまで私個人の体験による個人の考えですが、誰かのお役にたてたら幸いです。

 

【考査前日】

お教室の先生には「いつも通りに過ごすように」と言われた。

 

しかし何もできない、落ち着かない(母が)。

 

さらにコロナ禍のため登園自粛の要請がでていた時だったので、

これ良しとばかりに前日は休んだ。

 

だからといって何もできない、落ち着かない(母が)。

 

子どもとはオセロやカードゲームをして過ごすが、

つい二言目には「ペーパーやらない?」と言ってしまう。

 

当然回答は「やらない」。

 

ならばと思い、一念発起し、一緒にカレーを作ってみた。

保育園は休み、昼に母とゲームをし、極めつけは初めてのカレー作り。

完全なる「非日常」体験である。

 

実は前日はカレーにしようと心に決めていたのだ。

 

子どもが好きなごはんは何かと聞かれたときに、すぐに思い出せるようにと

ここにも母はチルチルとミチルのごとくパンくずを置いておく。

青い鳥をなんとか捕獲してこようと必死の形相の中年のチルチルがここには居た。

 

そして異例のカレー作りが終わったところでやはり聞いてしまう。

 

「ちょっとだけペーパーやらない?」

 

もはやちょっと1杯どう?のノリである。

 

当然子どもからは「ヤ・リ・タ・ク・ナ・イ」のサイン。

ブレーキランプ5回点滅どころか6回である。

 

これは既に危険ゾーンに入っていると母は察知。

明日までこれを引きずってはならない。

せっかく撒いたパンくずが全て無駄になると、その日は諦めた。

 

 

【考査当日の朝】

ここでもまた、お教室からは「いつも通りの朝を過ごすように」と言われた。

しかし、そもそも考査という非日常なのだからいつも通りになんて動けない

過去問をやらせたい、満点をとって自信をつけて臨みたい(母が)

 

考査によっては朝早いときも、昼からの時もある。

なんとか「いつも通り」をこなすため、点図形プリント1枚だけやって行くことに決めた。

考査のある日のルーティンはこれにしよう、欲張りすぎないようにしようと

我が歯の奥の方(親知らず)を噛み締めた。

 

 

【これから出陣】

「いい?ごあいさつは先生の目を見て。

鼻血が出た時は鼻ポンを自分で入れるんだよ。

誰かに遊ぼうって言われてもふざけたらダメだよ。

最後まで諦めないでプリントを見るんだよ。」

 

 

親の仇打ちかというくらい次から次へと言葉が止まらない。

隣で過去問を解いて待っている親子を見ると、

さらに焦ってこちらもしりとりくらいはしたくなってたまらない。

謎の負けじ魂が生まれてきてしまうのだ。

 

 

母はまた親知らずを噛み締めて、「平常心、平常心」と唱える。

同時に心の中ではどうしてもこれが流れてきてしまう。

 

 

Baby boy あたしはここにいるよ どこにも行かずに待ってるよ

You know dat I love you だからこそ心配しなくていいんだよ

どんなに遠くにいても変わらないよこの心

言いたいことわかるでしょ?

あなたのこと待っているよ

 

 

これ以上ない一方通行の青山テルマである。

 

 

言いたいことわかるでしょ?と念押しする箇所では大声になってしまうのだ。

 

 

言いたいことがありすぎて最終的には

 

 

んなことよりお前の方は元気か? ちゃんと飯食ってるか?

ちくしょう、やっぱ言えねぇや

 

 

SoulJaまで一人二役ができてしまう。

言いたいけど言ってはいけない、やっぱ言えねぇや。

これほどまでに強い「ここにいるよ」は後にも先にも感じたことがないかもしれない。

 

 

なんとか無事に送り出し、母の虚無タイムが始まる。

ふと我に返ると親知らずが痛い。噛みすぎたせいだと悟る。

親なのに、親知らずが痛いってね・・・

 

こんなつまらないことしか思い浮かばず、また奥歯を噛み締めた。

 

ここで待つ人たちは本を読んだり、編み物をしたり、折り紙を量産したり、

次の考査の対策をしたりと、ひとそれぞれだ。

 

 

ただ、みんなが共通しているのは、「ここにいるよ」。

青山テルマの合唱団がここには確かにいた。

 

 

【考査終了後】

無事に部屋まで戻ってきた子どもを見て涙が溢れてしまう。

本当は今すぐ抱きしめたいくらいだ。

 

この子はこんな小さな身体で、プレッシャーと戦ってきてくれた。

もうそれだけで十分じゃないか。

 

 

とはならないのが、母である。

 

「大丈夫?」「何がでた?」「お話の記憶はどんな話だった?」

ありとあらゆる角度から質問を変えて聞いてしまう。

 

 

「もう聞かないで」

ついに子どもにはっきりと拒絶され、母は尋問をやめる。

 

 

私は「できた?」とダイレクトに聞くのはどうしても怖くて、

 

「大丈夫?」としつこく聞いてしまった。

 

 

当時は、明日の考査の対策になるかもしれないという気持ちもあり聞いていたのだが

結局は自分の安心を得たいがためにしつこく聞いてしまったのだと思う。

 

「大丈夫だよ」という言葉を返してもらって安心したいのは、他でもないこの私なのだ。

 

なんという自己満足のための質問だったのだろう。

それはイラつくのも当然だ。

 

 

不器用な俺 遠くにいる君

伝えたい気持ちそのまま言えずに 君は行っちまった

 

 

Soulja、またお前か。

本当は、「おつかれさま」とか「頑張ったね」とか

労いの言葉をかけるだけできっと充分だったのだ。

 

 

そして、「おうちへ帰ろう」。

 

 

その一言に尽きると思う。

 

 

私も一緒に帰ろう。

 

 

終わった考査のことをあれこれ聞いても、もはや時は戻らない。

大切なことは、おうちへ帰って、次に向けてまた歩き出すこと。

 

 

 

次へ、次へ。

 

そこには悲観も後悔も歓喜も入っていない。

 

ただ、次へ。

 

凪の様に次に進む、その言葉こそが、

これからの連戦へ立ち向かう唯一の心の切替の魔法の言葉だったような気がします。

 

本当は身も心もボロボロ。

立ち上がることさえできない時だってありました。

 

 

でも、次へ。どうか、次へ。

あと少しだけ。

 

 

応援しています。