食器、衣服


未開封のギフト類
タオル・布団・洗剤など

沢山のモノが詰まった義両親の家


私が整理を学び、家をスッキリと変えていったのを

日々見てくれていた義両親

少なからず影響を受けているみたいで

ここ数年、倉庫などの片づけをしています


しかし、主に、壊れたモノの処分のみ。

この先使うことがないだろうモノも壊れてないものは

納戸に大切にしまってありました



将来

ここを片づけるのは

自分達(私と主人)なのですが


その時

沢山のモノを目の前にして

ちゃんと現実に向き合えるのか?と不安な気持ちがあります



今は、捨てたら?と思っていても

その全てが両親の生きていた証、

大切な思い出に変わり
手放す勇気が出ないのではないか?とか


十数年後の自分は

体力的にも今より衰えているだろうし

片づけの労力が負担になるのではないか、とか。



なので

義両親が元気な今、


「昔の思い出話でも聞きながら

一緒に整理をすすめていけたらいいな


いざという時の話も、そこで交わしておけたら

この先、悩み迷うこともないだろうな」



そういう風に考えてはいるのですが

元気な義両親を目前にすると、

なかなか本音を伝えることができません



偉そうに思われないか?

嫌味に思われたりしないか?

失礼にとられたりしないか?と考えてしまうのです



「いつでも手伝から、片づける時には声をかけてね」
というのが精一杯です





そんな中
ふと気がつきました



私は今まで、ただ漠然と
両親に「片付け」を促してきましたが
自分達はそれを言える立場にあるのか?って。



なぜなら


片づけたい実家には
主人が放置しているモノが沢山あるのです

私自身も、
今は使っていないスキー道具一式を預けっぱなしになっています

(忘れていました)



そう言えば

義母はたまに、ポツリと口をこぼしていました


「〇〇(主人)の私物(バイクやタイヤなど)で
倉庫が狭くなってるのよ。

乗りもしないのだったら、処分したらいいのに・・・」と。



私達は、その声をいつも聞き流していました

置ける場所があるんだから、少しくらい良いじゃないと思っていたから。



実家を不要なモノを置く便利な場所と認識し

「倉庫」のように利用していたのは、私達の方でした



そんな私達が側にいては

いつまでたっても実家は片づきませんね



ひとのことをあれこれ言うよりも

まず自分のことをちゃんとすべきでした


とても反省しました






だから、

「実家の片づけ」


まずは


「自分達のモノから整理を始めよう」


そうすることに決めたのです!



 


早速、年始に主人を巻き込んで第一回目開始しました



これから定期的に

作業を進めていく予定です


私達の姿をみて
両親も片づけようと思ってくれるといいな




一緒に「片づけ」をする日が来ることを願っています(*^.^*)