前回のつづき。



翌日、俺はそいつの家の玄関の前に突っ立っていた。

入口のチャイムは、左手にあるものの

押した後どうしたらいいのかが、わからない。

頭の中を、いろんな気持ちが巡る。

相手の親に怒られたりしないか、

非常識だと思われないか

だいたい、何人家族なのか

全くわからない恐怖がとにかく頭の中を埋め尽くす。

だが、ほんとにこのままだと何しに来たかわからない。

とりあえずチャイムを押す。

出てきたのはお母さんだった。

あら?〇〇の友達?

なんかここで、ブーストがかかった。

「〇〇くんの友達で!◽︎◽︎といいます!最近学校に来てないので!心配になって!迎えに来ました!!」

そう言った。

テンパってたのは覚えてるし、ほんとにこんな感じだった。


家の中に入れてくれて、そこでそいつと久しぶりの再会を果たす。

朝からホットミルクをご馳走になり、お母さんから

「来てくれてありがとうね。でも、今日も行かないみたい。ほんとにごめんなさいね。」

俄然、ふつふつと湧いてきた。

何がって、

「こいつを絶対、登校させてやる」

という気持ちが。

その日は、そのままそいつの家から学校に向かった。

その生活は半年ほど続く。

学校にちゃんときてくれるまで、かなりの時間を有した。

来ても次の日は休むとかで、毎日通学してはくれない時期が多かった。

俺?俺は皆勤賞だった。

そんな風に生活をしていると、同じ学校だったやつとも話す機会が増えてきて

内情を聞くと、そいつは小学生の時に担任にいじめられていたらしい。

俺は心底、その担任に腹が立った。

書きはしないが、今でも文字に起こすとすると、涙が出そうになる。

学校が嫌いとか、学校めんどいから行きたくないとか、

そんなレベルじゃなかったんだ。

あいつは1人で戦ってたんだ。

学校というものが怖くてたまらないのに、俺は「押し付けてしまった」のかもしれなかった。

自分がヒーローになりたいばかりに、勝手にそいつを演者に引っ張り出してしまっていたかもしれない。


だが、諦めなかった。

3年の頃は毎日来てくれてた。

クラスは違うけど、毎日一緒に登校した。

毎日一緒に帰った。

とんでもない時間を共有し、口にはしないが

「親友」と呼べるような関係だと思う。


今この記事を書いて思う。

あの時、母に話して

母が迎えに行けばいいと言ったことや

父親が毎日乗せていってくれたことや

それを自分が毎日続けたことや

いろんなことがあっても、折れなかったこと。


とにかく俺は誰かのヒーローになりたかった。

ただ、それだけで、

そのためだけに押し付けたりしたエゴがたくさんあったのだと思う。

今でも、誰かのヒーローになりたい、その気持ちは変わっていない。

少なくとも、親友は俺がいなかったら今の道はないだろう。

そして、俺も親友がいなかったら今の俺ではない。


昔と違って、今はたまに会うだけだけどお互い寄りかかってる。

そして、昔とは違う、今は俺の舞台で俺の仲間がいる。


今回の旅行は、改めて昔の2人に戻れるようなしょーもなく笑える旅だった。

そんな親友と30歳をこえても2人で旅行ができる、

最高だ。

ほんとに最高だ。


俺はこれから、今人で夢を見ていく。

俺は俺で熱を上げていく。

その土台には、親友との出会いと、交流があった。

そして、今がある。


俺は、絶対に折れない。

今人という仲間たちと、しっかりやってくよ。