もともとこんなタイトルみたいな感じなんだろうけど、
何となく最近こんな風に実感している。
特に、これを考え出したのはOKIさんとの合流
そして、最近の今人というコミュニティを組んでからである。
OKIさんとの出会いは、ただただ運命的なものだったとしか思えない。
だがその行動を起こさない限り、運命は何も生まない。
その日「たまたま福岡にいて」
その日「たまたまTwitterを流し見して」
その日「たまたまOKIさんを見つけて」
「会ってみたい」という思考から
「会おう」と思う行動
「合流できませんか?」という行動
これがなかったらOKIさんに会うことは叶わなかったし、出会い自体もなかったのだ。
今人だって、そう。
俺が今まで渦巻いてきた、渦巻かれてきた環境の中に俺がいて
その現在の俺が「運命を呼び寄せた」のだ。
ただ、ここで「行動」がないのであれば
その=の先は0だった。
俺は、必死にgaramanさんや、ファルコンさんに近づきたい、と行動をした。
その結果が今人である。
運命は、自分の外側の、いわゆる「自分以外」の他の人たちの動きで
行動は、「自分自身」での動きにあたる。
この世界は、いろんな運命的な瞬間が溢れている。
その運命を具現化するためには、自分の行動しかない。
お笑いの世界で例えるなら、ボケ役を活かすためにはツッコミ役が必要不可欠だ。
ここで言うなら「拾う」という言葉が分かりやすいかもしれない。
行動によって、運命を拾いに行く
拾った運命を、拡げに行く
運命を変えるなんて、つまりは容易い。
行動をすればいいだけなのだから。
運命の出会いはそこら辺にたくさん転がっている。
ただ、その運命の出会いを拾いに行こうとしていないだけなのだ。
もし、今現在がつまらないのなら
過去の運命×行動が=で0になっていただけだ。
未来を素晴らしく生きていきたいのなら
行動しか、そこには残されていない。
運命という素材に、
行動という調味料。
素材も、調味料も、いいものを使えば料理は美味くなるのだから
自分から拾いにいくしかない。
自分が、=の先の未来を美味しく料理できるようになるには
行動しかないのだ。