いまからもう10年以上まえでしょうか、

まだ長州力(小力ではない)が金策に走り回る前ねずみ男

東京ドームで安生をたたきのめして輝いていた頃

大阪は南港ATCホールという比較的小さいホールに

巡業できていたとき

私は胸をときめかしてみにいってましたべーっだ!


リングサイド以外ほとんどが自由席で、アットホームな感じで

試合は進んだんですが、狭いがゆえに雛段になっておらず

10列目くらいにいても実はみな立ち上がるとリングがみえにくくなるくらいでした。


で、あるとき長州が相手レスラーをサソリ固めでせめこんでるとき

ちょうどこちらの席と長州の間にレフリーミスター高橋が

入り込んだんです。


ああ、ミスター高橋じゃまや 長州がみえへん。

そんな思いを周囲の席の人ももったそのとき

すごーくなげやりな感じで

「レフリーみえへーん」


会場は大爆笑につつまれました。

大阪の小学校にいた方ならわかると思いますが

よく黒板に先生がかいたものをノートに写す時

先生の立ち位置によってみえないことがあると

「先生みえへーん」といっては

「はしょらずにちゃんといえ」とつっこまれる光景がありました。

(まあ先生がそこにいると写したい場所がみえない、ということですな)



まさにそんな感じで会場ははっきりいって試合そっちのけで

ツボにはまって笑う客がそこかしこに現れ

ミスター高橋もそんな空気を感じてか終始バツが悪そうに

裁いておりました。


試合結果・・・覚えてませんマリオ

あの後試合がひどくぐずぐずになったことだけは覚えています




日曜日と午前中は仕事しないの。





うまい。

週に1回は必ず食べるどーもくん


どれWIKってみるか波平

1841年 ごろ、四川省自貢 の陳包包というあだ名の男が考案して、成都 で売り歩いたと言われる。「担担」または「担担兒」は成都方言で天秤棒を意味するが、もともとは、天秤棒の片側に七輪 と鍋を、もう一方に麺 や調味料 などを吊して、担いで売り歩いた。鍋はまん中に区切りがあり、片方には具を、片方には湯を入れるようにしていた。暖かく、辛い麺を出したのが受けて流行ったという。


ほうほう。

確かにいきつけのお店に天秤棒にかつがれた絵がかいてあったな。

中国にいったときに、上海ではあるが本場四川の!と謳われた

お店で食したことがあるが、そのときはうまい!と辛い!が交互に口から飛び出し


しまいにはお約束のバックファイヤーマリオで 大変だった記憶が

ふつふつとよみがえるのだが

日本ではやはり少しマイルドに味付けされており、しかもいきつけのお店は

ほどよく食欲増進していただけるような味付け。


でも、独り身の私はあまり美味しい美味しいといって

好きなものばかり食べると あまりよろしくないので

週1回と自制しておりますじゅる・・


そろそろ新規開拓がんばろうっと

そういえば1ヶ月くらい前に長崎にいってきました夜空


そう、長崎のめがね橋付近に住む友達を訪ねて・・・

うーんと1里が約4キロやから・・・マリオ

まあ往復300里くらいか。


一泊で車でいったのでかなり体、きましたがたのしうございました。


日曜日と午前中は仕事しないの。


そのときに近くの中華料理屋さんにつれていってもらって、

タイトルの「はとし」なるものを初めて食しました。


外はからっとあがってさくさく、中はぷりぷり・・・

あまりに美味しくて何度も追加注文してしまいました。


ただ、そのたびに フトシ?ヒトシ?タカシ?マリオ

と名前を忘れ、お皿を指差してコレコレ!と

外国の観光客のような振る舞いになっていたことを

ふと思い出しましたガチャピン