今では実延長として8,775.7kmもある高速道路ですがはじまりがあるわけで、歴史を見てみましょう。
昭和30年代の高度経済成長期に本格的な構想がはじまりました。
首都高速が急激な成長ぶりで建設されました。
当時の日本は主要国道でも砂利道でありお世辞にもよい道とは言えない状態でした。これは1956年(昭和31年)に来日したアメリカの調査団からの報告書「ワトキンス・レポート」にも指摘がありました。
日本政府はこれに刺激され1957年(昭和32年)に高速自動車国道法を制定して高速道路建設に行動を移しました。
そして日本初の高速道路として1963年(昭和38年)名神高速道路栗東IC~尼崎ICが開通しました。この区間に愛好家であればたまらない場所があります。この区間を走りたいが必ず走ります!
100キロの速度で走るということ自体が新鮮であり未体験のことです。
当時その速度域に耐えられない車が続出し、故障車が増えたのです。その後、高速道路の発展と共に日本の自動車の造りもよくなっていったんですよねー
その後、東名高速や中央自動車道、東北自動車道等、日本を代表する高速道路が次々と生まれました。
最近では新名神高速道路高槻JCT~神戸JCTまで繋がったりまだまだ発展していきます。古い高速も新しい高速も好きです。目が離せませんね。


昭和30年代の高度経済成長期に本格的な構想がはじまりました。
首都高速が急激な成長ぶりで建設されました。
当時の日本は主要国道でも砂利道でありお世辞にもよい道とは言えない状態でした。これは1956年(昭和31年)に来日したアメリカの調査団からの報告書「ワトキンス・レポート」にも指摘がありました。
日本政府はこれに刺激され1957年(昭和32年)に高速自動車国道法を制定して高速道路建設に行動を移しました。
そして日本初の高速道路として1963年(昭和38年)名神高速道路栗東IC~尼崎ICが開通しました。この区間に愛好家であればたまらない場所があります。この区間を走りたいが必ず走ります!
100キロの速度で走るということ自体が新鮮であり未体験のことです。
当時その速度域に耐えられない車が続出し、故障車が増えたのです。その後、高速道路の発展と共に日本の自動車の造りもよくなっていったんですよねー
その後、東名高速や中央自動車道、東北自動車道等、日本を代表する高速道路が次々と生まれました。
最近では新名神高速道路高槻JCT~神戸JCTまで繋がったりまだまだ発展していきます。古い高速も新しい高速も好きです。目が離せませんね。