球体感覚
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断乳 その1

断乳の方法なんて知らない。

聞いても、母は粉ミルクで私を育てたから。


記憶にあるのは、小さな頃。近所の子供(当時4才くらい)がおっぱいをまだ欲しがるから山葵を塗った。とか、芥子を塗ったとか。絆創膏を貼ったとか。井戸端会議でおばさん達がそう話していたのを覚えている。


でも、娘はまだ10ヶ月。芥子や山葵は辛かろう。絆創膏を貼った。でも、これが。貼った絆創膏の上から口をパクパクするんだな。

「ぱー」「ぱー」と言っておっぱいを欲しがるんだな。

「ないよ」って言うと泣いちゃって。思わず絆創膏接がしておっぱいあげちゃった。

私って…意志弱いんだな。

「母親なんだもん。そう思うのは当然じゃん」そう、思ってくれた人、有り難う。その広い心に拍手。


断乳って、先ず親の忍耐力が試されるんじゃんっ!


こうして最初の断乳は失敗に終わった。

母乳育児

子供が10ヶ月になったのを機に、今週の月曜から母乳育児を止めた。

この10ヶ月間夜中、3度も4度も起こされることで、極度の睡眠障害と疲労が溜まり、もう限界だからだ。

 

うちの子は哺乳瓶を嫌がった。

10種類の哺乳瓶、すべて嫌がった。

マグも5種類揃えたが、嫌がった。


粉ミルクも、0ヶ月からの4種類、吐き出した。

1日3時間も4時間もおっぱいを咥えたまま眠っていた。

離すと大泣きされた。

一日中授乳していた。

夏場はこれに朝、昼、夕、寝る前に沐浴をした。

あせもが酷く、薬を塗るのは嫌だったのでこの方法を取った。

オムツも全種類試して、どれが一番かぶれないかを確かめた。


ところが、9ヶ月後半になって、フォローアップに切り替えた途端、3種類の粉ミルクは飲むようになった。

(○○製造の粉ミルクだけは全く受け付けなかった)


頼れる人は誰もいなかった。

いたのだろうけど、遠いし。忙しいし。「助けて」とは言えなかった。

同居しているのは朝早く会社に行き、夜遅くに帰ってくる主人だけ。

1日15時間も2人きり。

それが辛くて、毎日1時間の散歩を午前・午後と行った。

公民館にも足繁く通った。


先月、突然、過呼吸に襲われた。

それは本当に突然やってくる。

暫くすると治るのだが、手が痺れる時もある。顔が引き攣る時もある。


処方されたのは精神安定剤と睡眠薬。

でもこれを飲むと眠くなる。

眠くなると育児は出来ないから飲めない。


あともうちょっと頑張ろう。

子供の寝顔や笑った顔を見てそう言い聞かせる。

大変だが楽しいに変わるまで。