今日の「日本のがん医療を問う 第1夜・格差をなくすために」を見た。
地域間・病院間などの格差の現実。非常に厳しいものがある。
そしてそれ以前の問題として、患者さん側(ご本人・ご家族・ご遺族)と医療側、
行政側と、それぞれの意識の格差がありすぎると感じさせられた。
とにかく患者さん側は必死だ。
感情を極力抑えて話されてはいても、ひしひしとその切実な思いが伝わってくる。
それに対する行政(具体的には厚生労働省)と医療側。
患者さんのあげる声に具体的に応えて欲しい。
行政側も医療側もいつ患者側になるかわからない。
つまり、他人事のように対応して欲しくはない問題だ。
番組を見ながら、いくつかメモを取ってみた。
これらはがんだけには限らないと思うので書いてみる。
○患者にとって必要な情報が少ない
○医療側にも情報・実務経験が足りない
○医療側の連携はがん治療の場合には特に必要
(外科・麻酔科・放射線科・内科・相談室など)
→これは他の病気でも必要なのでは
○行政主導による、必要な情報の共有・公開、その伝達方法
○患者側も勉強する必要がある
→自分の病気に対しての勉強と、どこでどんな治療を受けられるか
(これは必要な情報が入手できなければどうしようもないけど)
「必要な情報」とは、人によっておそらく微妙に異なると思う。
この点は情報公開をするにあたって少しネックになるかもしれない。
でもせっかく厚生労働省に研究班があるので、それをフルに活用すれば不可能では
ないと思う。
それに、基本的に必要としている情報は共通しているはずだ。
あとは各人の状態などに応じてきめ細やかな情報を必要な都度、得ることができれば、
情報の取得という点では漏れはないのではないかと思う。
あとは個人が望む医療をどこまで受けられるか、だ。
*****
何故急にがんについて書いたかというと、がんはメジャーな病気だからだ。
多くの人が「がん」という言葉を知っている。
でも一概にがんといっても様々な種類や段階がある。
そしてこれだけメジャーであるにもかかわらず、多くの人が情報取得や治療面・生活面で
苦労をされてもいる。しかも生死にかかわる問題だ。
メジャーではなく、生死にもかかわらない病気の場合、まずその存在を知ってもらう
ことから始まる。
そしてがんよりもさらに少ない情報を取得し、同じ闘病者はいらっしゃらないか、など
とにかくひとつひとつを見つけ出す。
どんな病気であっても、当人にとっては他人事ではない(当たり前か・・・)
また元気になりたいとがんばっている。
どうかメジャーではなく生死にかかわらない病気にも、光が当たって欲しい。
皆それぞれが本当に必死なのだ。
何度も書くけれども、同情して欲しいのではない。
こういう事実があることを知って欲しい。そして、せめて関心を持って欲しい。
だから書き続けている。
例えば「そのことを知っている」には1から100までの情報量があるとする。
「1」と「100」では大違いだ。
でも、「知っている」と「知らない」の間にはそれよりもはるかに深い溝がある。
「1」と「0」の差は、「1」と「100」よりも大きい。
「知らないということを知らない」こと(ソクラテス風にいえば、無知の無知)が
いかに怖いか、それを知って欲しいと思う。
地域間・病院間などの格差の現実。非常に厳しいものがある。
そしてそれ以前の問題として、患者さん側(ご本人・ご家族・ご遺族)と医療側、
行政側と、それぞれの意識の格差がありすぎると感じさせられた。
とにかく患者さん側は必死だ。
感情を極力抑えて話されてはいても、ひしひしとその切実な思いが伝わってくる。
それに対する行政(具体的には厚生労働省)と医療側。
患者さんのあげる声に具体的に応えて欲しい。
行政側も医療側もいつ患者側になるかわからない。
つまり、他人事のように対応して欲しくはない問題だ。
番組を見ながら、いくつかメモを取ってみた。
これらはがんだけには限らないと思うので書いてみる。
○患者にとって必要な情報が少ない
○医療側にも情報・実務経験が足りない
○医療側の連携はがん治療の場合には特に必要
(外科・麻酔科・放射線科・内科・相談室など)
→これは他の病気でも必要なのでは
○行政主導による、必要な情報の共有・公開、その伝達方法
○患者側も勉強する必要がある
→自分の病気に対しての勉強と、どこでどんな治療を受けられるか
(これは必要な情報が入手できなければどうしようもないけど)
「必要な情報」とは、人によっておそらく微妙に異なると思う。
この点は情報公開をするにあたって少しネックになるかもしれない。
でもせっかく厚生労働省に研究班があるので、それをフルに活用すれば不可能では
ないと思う。
それに、基本的に必要としている情報は共通しているはずだ。
あとは各人の状態などに応じてきめ細やかな情報を必要な都度、得ることができれば、
情報の取得という点では漏れはないのではないかと思う。
あとは個人が望む医療をどこまで受けられるか、だ。
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何故急にがんについて書いたかというと、がんはメジャーな病気だからだ。
多くの人が「がん」という言葉を知っている。
でも一概にがんといっても様々な種類や段階がある。
そしてこれだけメジャーであるにもかかわらず、多くの人が情報取得や治療面・生活面で
苦労をされてもいる。しかも生死にかかわる問題だ。
メジャーではなく、生死にもかかわらない病気の場合、まずその存在を知ってもらう
ことから始まる。
そしてがんよりもさらに少ない情報を取得し、同じ闘病者はいらっしゃらないか、など
とにかくひとつひとつを見つけ出す。
どんな病気であっても、当人にとっては他人事ではない(当たり前か・・・)
また元気になりたいとがんばっている。
どうかメジャーではなく生死にかかわらない病気にも、光が当たって欲しい。
皆それぞれが本当に必死なのだ。
何度も書くけれども、同情して欲しいのではない。
こういう事実があることを知って欲しい。そして、せめて関心を持って欲しい。
だから書き続けている。
例えば「そのことを知っている」には1から100までの情報量があるとする。
「1」と「100」では大違いだ。
でも、「知っている」と「知らない」の間にはそれよりもはるかに深い溝がある。
「1」と「0」の差は、「1」と「100」よりも大きい。
「知らないということを知らない」こと(ソクラテス風にいえば、無知の無知)が
いかに怖いか、それを知って欲しいと思う。