言葉は意外に難しい。自分の意図するところと相手の受け取り方が違う時がある。
自分が考えすぎなだけかもしれないけれど。

病気によってそれぞれ、かけてはいけない言葉、かけにくい言葉があると思う。
それから、言われたくない言葉も。

例えば、うつ病の方に「がんばって」という言葉が禁句だというのは、周知の事実。
代わりにかける言葉はみつからない。
その人がもし何か話したいことがあったら、そのまま黙って聞くだけの方がいいのかな
とは思う。素人にはそのくらいしか考えつかない。

頸肩腕症候群の場合は?
自分の場合、一番言われたくないのは、「自分も肩こりがひどいんですよ」という言葉。
「なにがそんなにしんどいの?」という問いも困る。
日本人には肩こりの方が多い。だから余計、たかが肩こりでという反応になりがちだ。
最初は確かに肩こりだったけど、すでに「ひどい肩こり」レベルを軽く超えている状態。
それが頸肩腕症候群。

そんなの聞き流せばいいだろうと自分でも思う。
でも症状が重ければ重いほど、その言葉を言われると聞き流せなくなってくる。
ムキになって反論すると逆効果。そのことに気づくのに時間がかかった。
とにかくひとつひとつ説明。何度も聞いたと言われても、話す。
同情してほしいのではない。状態をわかってほしいから話す。
それをわかってほしいと思うのは無理なのだろうか。

実際に何か証拠があれば説明も楽だけれど、首・肩・腕・背中などが「痛い」
手先などが「痺れる」、全身が「しんどい」状態は、人の目には見えない。
とりあえず、重いものが持てないことくらいしか目に見えるアピールポイントはない。
細かく挙げると袋物が開けられないとかもあるけど。

肩こりで寝込むことはない。頚肩腕は、ひどい時には寝込む。
寝込まないまでも、痛いものは痛い。しんどいものはしんどい。
「慢性疼痛」は大抵どこかが痛いので、常に痛い顔をしてもいられない。
痛いことが当たり前になっている。その状態には慣れた。
普通に痛い時は、前置きすることもあるけど、何事もないように普通に振舞う時が多い。
それが余計に周囲を混乱させるのかもしれない。
だから「痛い」と言っている時は、かなり痛いんだなと思ってもらえるといいけれど。

「ひどい肩こり」の人はそれ以上ひどくしないでほしいと思う。
そのまま我慢し続け(状況が休むことを許さない場合ほど余計に我慢を重ねる)、
腕や肩・背中などが痛くなり全身が疲れてきたら、それは要注意サインだからだ。
自分がその経過を辿ってきたのでそれは言える。

他の頸肩腕症候群の方は、どんな言葉を言われると嫌な思いをされるんだろう?
頚肩腕以外の、他の病気の方は?
気づかないうちに、自分は無神経な言葉を投げかけてはいないだろうか?

「無自覚・無意識」のうちに発せられる言葉ほど怖いものはない。
指摘されたとしても、それが相手にとっては嫌なものだという自覚がないからだ。
これは病気のことに限らない。

書き忘れるところだった。
折に触れて「体調はどう?」とさりげなく気づかってくれる友人たちの存在は
本当にありがたい。いつもありがとう。


別に自分の状況を嘆いてこの記事を書いているわけではありません。
嘆いている暇があったら、治す方向で前向きに考えていった方が建設的です。
(たまに前向きでいられず、立ち止まることもありますが)
先日、友人と話をしていて、ふと書いてみようかなと思いついたわけです。
自戒を込めて。