前回
ここまで読んでくださって
ありがとうございます。
※これは、
今の私が、当時の出来事や発言を事実として書いています。
比べなくていい。
つらさも迷いも、そのまま置いて読んでください。
読むのが辛いと感じたら、
ムリせず途中で読むのをやめてください。
あなたの心が戻ってこられるタイミングで、また読みに来てください。
私はここで、あの頃の私を少しずつ整理しています。
※元夫→次郎(仮名)と呼ばせていただきます。
今回も
あの家で起きていたいつもの日常を書いていきます。
この「あの家で起きていたこと」は
まだ2人目が産まれる前の出来事です。
私によく言ってきた言葉
次郎が怒ったとき、
よく私に向けて言う言葉がありました。
「お前が俺を怒らせるからじゃ!」
その言葉を受けるたびに、
「やっぱり私が悪かったんだ。」
そう思うようになっていました。
私のとった行動
その言葉を言われるようになり、
自分の行動を
改めないといけないんだと
思うようになりました。
そして
今までより一層、
次郎が機嫌を悪くしないように
先回りして考えていました。
次郎が怒った原因を
頭の中でぐるぐると考える。
あのとき、
ああすれば良かったのかな。
でも、
それじゃまた違うことで
怒るかもしれない。
どうすれば良かったんだろう。
答えの出ないことを、
ずっと考えていました。
だから私は、
自分がどう感じているのかよりも、
次郎を怒らせないためには
どうすればいいのか。
そこを考えて
行動するようになりました。
料理にしても、
「品数が少ない」と
言われるかもしれないと思い、
何品か作っていました。
「こんなもの食べれるか」と
言われるかもしれないと思うと、
手を抜くことも、
お惣菜を買うことも
ほとんどありませんでした。
洗濯物も、
他の家事まで手が回らず、
たためないまま
ソファの上に置いていることが
よくありました。
それでも、
次郎がお風呂から出たときに
必要なものがなくて怒らないよう、
バスタオルはあるか。
次郎の下着はあるか。
確認していました。
息子が、
「公園に行きたい」と
言ったときも、
次郎がいる日は、
どうにか家の中で過ごせる遊びを考え、
一緒に遊んでいました。
あとから次郎が
仕事などで出かける日は、
次郎が家を出てから、
公園に連れて行こう。
そう考えていました。
そうやって私は、
「怒らせない私」
になろうとしていました。
あの頃の私
あの頃の私は、
いつのまにか、
| 「次郎が私を怒るのは、 私の行動が悪いから」 |
そう思うようになっていました。
仕事で疲れていても、
料理をきちんと作り、
家事に育児に忙しくても、
不足のないように衣類の準備をし、
息子が駄々をこねないよう、
自宅でできる息子の好きな遊びを考え、
次郎がいないときに、
思いっきり公園で遊ばせてあげる。
そうやって、
そのとき、そのときで、
一番いいと思う方法を考えていました。
でも今振り返ると、
その中には、
私自身の事情が入っていませんでした。
仕事で疲れている私。
家事と育児で
いっぱいいっぱいになっている私。
私がどうしたいのか。
私がしんどくないのか。
そんなことは、
考える中に入っていませんでした。
ただそれが、
自然に、
私なりに考えた
事を荒立てないための
最善策でした。
あの頃の私にとって、
それがあの家で、
「無事に過ごすこと」
だと思っていました。
私にとっての「無事」とは、
何事も起きない
1日だったのです。
これは特別な出来事ではなく、
いつもの日常の中にありました。
まだ、
二人目が産まれる前のことです。

次郎の言動に
何か引っかかるものを感じた方へ。
当時の私は、
その違和感に
まだ言葉を与えることができませんでした。
だから、
「何かがおかしい。」
そう思いながらも、
何がおかしいのかは説明できませんでした。
その答えを探すように、
私は毎日を過ごしていました。
次回に続きます。


