前回

 

 

 

 

高校になると、

同級生が一気に増えました。

 

1学年280人くらい。

ひとクラス40人が7クラス。

 

男女の割合も半分ずつくらいで、

いくつかの中学から集まった人たち。

 

新しい人たちに囲まれて学校生活を送るのは

はじめてのことでした。

 

どこか、張り詰めていた気がします。

 

私は田舎から来た子で、

そんな自分に、

少し引け目のようなものも感じていたのかもしれません。

 

 

 

1年の頃は、

 

グループというよりも、

個人個人で関わっていた気がします。

 

 

同じクラスで、

同じハンドボール部に入った子がいました。

 

その子とは

下の名前がたまたま同じで、

とっても気さくに話しかけてくる子でした。

 

 

柔道の田村亮子さんに私が似ている(?)

と言って、

私のあだ名を『たむ』

と名付けた子でした。

 

それから、

ハンド部の同級生からは

そう呼ばれるようになりました。

 

 

その子は、

思ったことを色々ズバズバ言うけれど、

ただの明るいだけではなくて、

 

少しでもわたしの雰囲気が違うと、

「なんかあったの?」

と自然に聞いてくる子でした。

 

そのとき付き合ってた彼のことも

よく話していました。

 

仲は良かったと思います。

 

でも、はっきりとは覚えていないけれど、
その子は1年の終わり頃に、
福岡へ転校していきました。

 

 

他にも、

野球部のマネージャーの子と仲良くなりました。

 

その子も、

田舎から出てきた子で、

学校の寮に住んでいました。

 

何かあると、

色々と聞いてくる子でした。

 

3人で遊んでいた時期もあった気がします。

 

その子とは、

2年からクラスが分かれ、

廊下で会えば話す、
そんな関係になりました。

 

 

 

2年になると、

いつの間にか4人グループができていました。

 

全員、出身中学校はバラバラで、

 

物静かな子、

天然な子、

男の子からよく話しかけられていた子。

 

それぞれ違うタイプの子たちでした。

 

修学旅行も、4人で一緒の班になり、

ともに過ごしました。

 

3年になると、

その友だちたちは文系を選択し、

私は理数系に進んだので、

クラスも離れました。

 

文系は1組で、理数系は7組だったので、

端と端で、会う機会も

ほとんどなくなりました。

 

 

 

3年のクラスは、
女子が少なくて、
男の子と話していることが多かった気がします。

 

席替えをしても、
周りは男の子ばかりだったり。

 

朝一緒に行ってくれる幼馴染が

同じクラスだったので、

その子と一緒にいる時間が多かったと思います。

 

 

 

 

高校の3年間を振り返っても、
大きく嫌な思い出はあまりありません。

 

 

文化祭で

Cutie Pai って曲に合わせて踊ったり、

クラスのみんなで遅くまで残って創作したこと、

 

体育祭で

副団長をしたこと、

深夜から友だちと集まり、

団対抗リレーで思うように走れなかったり。

 

売店のパンを

競争して買いに行ったこと。

 

その時々で仲のいい友だちは

それなりにいました。

 

話す人も、
笑い合う時間も、
ちゃんとあったと思います。

 

でも

 

親友と呼べる人はいませんでした。

 

その時々で、
関わる人はいたのに、

 

ひとりの人と関係が
積み重なっていく感覚はなくて、

 

気づくと、
その関係はそのまま
そこで終わっていく。

 

そんな感じでした。

 

当時は、
それが普通だと思っていました。

 

特別に寂しいとも、
何かが足りないとも、
あまり感じていなかったと思います。

 

ただ今振り返ると、

 

私は、
ひとりの人と関わっていなかったわけではなくて、

 

その場その場で、
自然と関わる相手が変わっていく中で、
人の中にいたのだと思います。

 

そしてそれは、
私なりの関わり方だったのかもしれません。