自宅浪人を選んだ私は、





ルールとリズムを守りながら、





一日8問ペースで数学の勉強を続けていました。





2ヶ月半が過ぎて、





問題集も3冊目に入っていたと思います。





変化が乏しく単調になりがちな、自宅学習の一方で、





季節は確実に移り変わっていきました。





梅雨に入った六月のある日のことです。





徐々に慣れてきはじめたルールやリズムなど、





根底から覆すような問題が起きました。





この大問題をお伝えする前に、私の実家について少し説明します。





私の実家は、神戸で自営業をやっていました。





食品の卸売りをやっている、従業員10名弱の零細企業でした。





そこには長年働いていもらっている50代の男性の方がいました。





男性の名前は丸山さん(仮名)。





父と年齢が近く、二人はよく気が合う間柄でした。





二人とも釣りが好きで、よく明石や淡路島に釣りに行っていました。





私も彼らについて3人で釣りに行ったことが何度もありました。





よく私は丸山さんによく釣りを教えてもらいました。





話を浪人時代にもどします。





その日は一日中雨がしとしとと降り続く日で、





珍しく私と両親の3人そろって夕食を食べていました。





『 丸山さん、胃が悪いらしくて、今度手術しなくちゃならないんだってよ 』 





食事中あまり話さない父が、突然口を開きました。





私と母は、丸山さんをよく知っていたので、驚きました。





そして、丸山さんが春ごろから体調が良くなかったこと、





これから入院し仕事を休まないといけないこと、





丸山さんの奥さんがパートを休んで付き添いをすることなど、





父が話すのを、私は箸をとめて聞いていました。





父の話しぶりから、父が丸山さんのことをとても心配している様子がわかりました。





そして父と母は、お見舞いに行くことなどを話していました。





父と母の話が始まると、私はその会話を聞きながら、






少し冷たくなった晩御飯を再び食べ始めました。





その時、黙って食べている私に父が唐突に言いました。





『 丸山さんの分、お前いってくれないか? 』





突然父に話を振られ、少したじろいだ私は、





私もお見舞いに行けと、父が言っているのかと最初思いました。





私がポカンとした顔をしているのを見て、父が続けました。




『 丸山さんの配送は、そんなに多くないから 』






私は、まだ話の内容が理解できずにいました。





そして、父を見つめたまま、





箸でつまんでいた卵焼きを、急いで口に運び飲み込みました。





『 お前、もう18だから運転できるだろう 』





そこまで聞いてようやく分かりました。





父が私に丸山さんの配達を引き継げと言っているのだということが。





でも配達って、そもそも私運転免許なんてもっていませんけど!!