鈴木大介著 「貧困と脳」を読みました。
鈴木大介氏の著書としては「最貧困女子」を以前に読んだことがあります。
この作品は事実上の続編といっていいかと思います。よくある続編とは違って、前の作品と今回の作品の間に、著者自身に大きな変化が起こっており、取材対象の見え方がドラスティックに変わってしまったようです。その変化とは、脳梗塞とそれに引き続く高次脳機能障害です。
前回の取材の際に、取材対象者の中に理解できないくらいだらしなく、やるべきことをまるでやらない人達が少なからずいて困惑したものの、自己責任論を無闇に誘発しないようにオブラートに包むように記述し、またそれ以上深く掘り下げないようにしていたそうです。薄々、何か知能的な問題があるなと感じつつ、一方でそこそこ教育も受けてスキルもある人でありながら「?」な人もいたために、うまく説明しきれない思いもあったようです。
それが、脳に障害を持ち、色々なことと格闘するに中で、ハタと気づかれたそうなのですね。あの時は本当の意味で理解できていなかったが、彼らと自分に共通のこと、それは「不自由な脳」を持っていることだと。
だらしなさの根源は「不自由な脳」なのだと。
当時は全く理解できなかった、取材中の一言一言が「あゝこういうことだったのか」とはっきりと理解できるようになったようです。
再度本書の中で、そのままでは理解しづらい彼らの訴えを、本書内で丁寧に翻訳していきます。それゆえに働けず、行政にもつながれず、貧困ループに落ちていくのだと。
著者は、脳の働きが思うに任せぬまま、多くの人の助けを借りて、徐々に社会復帰を果たしていきます。その際、何かをしようとしてすぐ頭が真っ白になることがしばしばでも、隣に誰かがいて心理的に軽く依存するだけで、脳が比較的スムーズに動き出す経験を何度もします。
パソコンの画面がクルクルしていても、いくつかのアプリを強制的にシャットダウンすれば動くように。特に不安こそが脳の大きなキャッシュを奪うのでしょう。「不自由な脳」は不安を感じやすく、それが大きな負荷になるのですが、何らかの方法でその不安を軽減すれば「不自由な脳」も動き出すようなのだと。
「不自由な脳」は、先天的に、あるいは後天的にも生育環境や、メンタル疾患、筆者のような脳疾患、認知症など原因は様々であっても、共通する症状や困りごとがあります。そしてそれは、しばしば健常な脳機能の持ち主には理解も共感も困難です。
サポートが必要と察せられても、必ずしも適切なサポートになっていないこともしばしばと指摘しています。
働かないのでなく働けない。サボっているのでなくて極めて非効率にしか動けずすぐ脳が疲労する。一見難しいことができて、簡単に見えることができない。そして自分の状況をうまく言語化して他者に伝えることができない。
筆者は、両方の視点を経験した者として、いくつかの提案をしています。
実際には、難しい問題も山積みですが、ああゝなるほどなぁと考えさせられることも多く、単に貧困問題のみならず「不自由な脳」になるリスクは誰にでもあるわけで、学びのある本でした。
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