佐藤雅美著の「調所笑左衛門(ずしょ しょうざえもん)」を読みました。
貧窮の薩摩藩の五百万両に及ぶ借金を整理し、三百万両をひねり出し、うち二百万両を公共事業等につぎ込み、百万両を備蓄した男。
だが、彼は当時も今も、その偉業を讃えられることはない。
そんな書き出しで本書は始まります。
ちょっと引き込まれますね。
といっても、当初は茶坊主で、大御隠居島津重豪の側に仕えるのみ。ひたすら薩摩藩の借金が膨らむのを横目で見続けます。
薩摩藩は士族、つまり侍が人口の26%(他藩が5%)もいて、その士族が上から下まで私腹を肥やすことに熱心。五公五民どころか八公ニ民という厳しい税の取り立てで逃げ出す百姓も後をたたず。
掬える水も無いのに、掬った水がダダ漏れ状態。出費も嵩んでニッチもサッチも行かなくなります。
あちこちに借金をしまくるのですが、当然のように金利も嵩む。そこで勝手に金利を下げる宣言。それでもどうしようもなくなって、一方的に借金踏み倒し宣言。
借金の相手は、大きいのが大坂商人。しかし、この勝手な踏み倒しが却って事態を悪化させて、薩摩は貧窮を極めます。13ヶ月連続で給与支払い無し、薩摩の江戸屋敷には出入り業者の誰もが寄り付かなくなり、重豪は娘の将軍御台所の仕送りに頼る始末。
もう万事休すの重豪は、ダメ元で筆頭老中水野忠成の元に調所を使いに出します。
目的は、ルールを自分たちに有利なように変更すべく、うまく交渉すること。具体的には、のちの密貿易の下地になる、長崎の貿易。会所でなく、藩屋敷で行えるように。
これに調所は根気で成功。島津は京の公家筋と昵懇であることをうまく利用します。
次は、不正をはじめとする藩の改革です。ここでは、大坂商人出雲屋が、今でいうコンサルとして藩に入り込みます。
ここでも調所の人間性が、出雲屋を仲間に引き入れる上で物をいいました。
ただ、大坂商人と藩では、最終的には利害が対立するので、出雲屋から多くを学んだ調所と出雲屋の間にはやがて距離が出来ます。
この際に、徳之島、喜界島、奄美大島の砂糖の品質向上、専売、中抜きの取り締まりなどによって、砂糖相場を有利に導いたりするのですが、他藩も砂糖栽培に乗り出すなど、正攻法だけでは限界が来てしまいます。
高利貸しをしたり、やれることは全てやる。
その上での贋金作り、琉球を隠れ蓑にした密貿易。
極め付けは積み上がった借金の250年割賦。
薩摩藩はこうして苦労しながらも、数字上は順調に経済回復していきます。
重豪のあとを継いだ斉興も貧窮が身に堪えていて、世子の斉彬が蘭学かぶれで、家督を譲れば蓄えた財を湯水のように使い、一瞬にして貧乏に舞い戻るのではないかとの危惧から、家督を譲ろうとせず、異母弟の久光を擁立したりします。
一方の斉彬は海外事情に明るいため、富国強兵の必要性をひしひしと感じ、経済も政も自由に出来ない現状に焦りを感じます。
斉彬の目からすれば、調所は奸臣、久光の母お由良は奸婦であり、この二人が斉興をたぶらかして、家督を斉彬に譲らないでおこうとしていると感じ、両者の排除に動きます。
老中阿部正広の覚えめでたい斉彬は、年下の大叔父黒田斉溥と図って、琉球派兵の数の誤魔化しや密貿易の件をたてに、まずは調所を追い詰める手に出ます。。。
最終的に調所は悲劇的な最期を迎える訳ですが。
明治維新の成功には島津斉彬と、その薫陶を受けた西郷隆盛・大久保利通等の存在が欠かせませんし、将軍からの圧力で隠居させられた斉興の跡を継いだ斉彬は、すぐに反射炉や溶鉱炉の製作に取りかかり、富国強兵に邁進。これなくして明治維新もその後の日本の発展もなかったのですよね。
しかし、斉彬と対立した調所の経済基盤の立て直しなくして、そもそもそれはありえなかったのですから皮肉な話です。
かなり以前に、安部龍太郎著の「薩摩燃ゆ」という本を読みました。同じく調所笑左衛門が主人公です。記憶が薄いのですが、こちらでは、調所が砂糖生産から搬送、また贋金作りにと、まさに「地べたに這いつくばる」ような格闘が描かれていたような印象がありました。
本書では、その辺はあっさりと描かれていましたが、お金の動きに強くフォーカスを当てていて、経済から見た維新前夜という趣があって、これもまた面白かったです。
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