タサン志麻著 「厨房から台所へ 志麻さんの思い出レシピ31」を読みました。
実を言うと、タサン志麻さんのことはあまり知りませんでした。
元々、フランス料理といえばフルコースしか食べたことがなくて、価格の高さ、量の多さ、時間の長さ、格式の高さで少々ハードルが高く感じられていたのですが、フランス家庭料理を提供する店に行く機会があり、結構ハマってしまったのです。
レシピを色々探していた時に知ったのが、タサン志麻さん。
料理のレシピなどを紹介する人は、料理研究家などという肩書きがついていることが多いのに、どうして「伝説の家政婦」などという肩書きがついているのか不思議でした。
そんな私の素朴な疑問に答えた書籍がこの本。
志麻さんの来し方が、思い出のレシピとともに綴られたエッセイ。
ストーリーだけ追うと、まるで朝ドラのヒロイン。それもどちらかというと猪突猛進型。こっちの壁にぶつかり、あっちの壁にぶつかり。ご自分でも器用な方ではないと書かれていましたが、手先というにとどまらず、その生き方も。
山口県出身の彼女は和食の料理人を目指すべく、大阪の辻調理師専門学校に学びます。が、途中でフランス料理の魅力に目覚め、同校フランス校への留学も果たします。
志もレベルも高い仲間達と切磋琢磨しながら、ふとまかない料理に心奪われたり、一般家庭を訪れた際の食卓の楽しさに驚いたり。その後、研修先としてフランスの三つ星レストランに配属されました。この時すでに「自分の目指しているものは本当にこれ?」という違和感が芽生え始めていたのですが、まだその正体は掴めず。
調理師学校の期間も、あるいはその後も、フランス料理のみならず、フランス語や文化・歴史、そういったものの勉強に没頭します。ハマるとそこに没入していく性質なのですね。
帰国してから東京の有名フレンチレストランに勤務するのですが、思い入れが強すぎて、熱意のないスタッフが許せず、他人に仕事を任せない、というようなところがあったようです。それでいて以前から抱いていた、レストランでのフランス料理に対する違和感が払拭できず、3年勤務した後退職します。
元々厳しい業界なので、途中でやめていく人は多いのですが、自分ではものすごく頑張って働いていたにも関わらず、すんなり辞意を認められてショックを受けたりします。熱意が空回りしてしまっていたのでしょう。
そのあとは食品会社でソースを開発する仕事に1年半従事。自分では後ろめたさを感じてみたり。
その後、もう少し自分の理想に近いかもしれないと、ビストロに働きだします。
その時のシェフが前の店のシェフに電話をかけた際「彼女はやめておけ。わがままだし、人が使えない」と言われたようです。このフレーズは相当きつい言葉だし、思い出すだけで胸が抉られる思いがするのでは?と思うのですが、あえて著書に綴っておられました。
そのビストロでは10年勤務したのですが、やはり熱量の低いスタッフと一緒に仕事をすることが辛く、結局申し出てシェフと2人で切り盛りします。当初はなんでも話し合える2人だったのですが、やはり何かが違うという思いがもたげると同時に2人の間に軋轢が生じはじめ、不義理をする形で突然退職します。
こんなことをして、もう二度とフレンチの店では働けまいと絶望した彼女。
不義理は百も承知、でもそうせざるを得ないところまで追い込まれてしまっていたと書いておられましたが、彼女にとって黒歴史ともいえるこの事件。正直に書いておられて、終わりの方には、迷惑をかけた人たちに謝りたいと同時に、これがあるから今の私があると思うと綴っておられました。自分の弱さを直視できる、むしろ強い人ですよね。
その後は自分の追い求めていたものが、フランスの家庭料理だと気づき、再度勉強のためにフランスに行こうとするのですが、その資金を作るべく、またフランスについて勉強すべく、フランス人スタッフの多くいる場所でアルバイトを始めます。
そこで運命的に15歳下のご主人と巡り合います。妊娠中でも自分のペースで働けるかも、と家政婦の仕事に変わります。元プロの料理人としての矜持との葛藤や、留学までさせてくれた家のことを考えると、当初はなかなかそのことを両親にすら言えず。
しかし、さまざまな家庭での仕事に携わることは、多くの気づきをもたらしたようです。そして「タスカジ」で定期契約顧客数がナンバーワンの予約が取りにくい「伝説の家政婦」になったわけですね。
彼女のレシピ紹介に説得力があるのは、専門的な教育を受け、プロとして働いた長年のキャリアがあり、それでいて異なる種類の仕事に就いたことによる複眼的な視点や、そして何よりフランス家庭料理をはじめとする家庭料理に対する熱量の高さからくるのでしょう。
どんな人生にも紆余曲折があります。壁にぶつかることも、挫折することも、逃げ出すことも。でも、失敗を直視しながら進んでいくと、道が開けることもあるのだと教えられた気がします。
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