視聴者「論理的思考力を鍛えるにはどうしたら良いですか?」
ひろゆき「自分が何でそう思ったかっていうのを、正直に言うことじゃないですかね。」
ひろゆき「例えばじゃあ、僕が『論理的結論としてこうなります』って言ったときに、嘘つくことがあるのよ。Aさんが言ってることが正しいのか、Bさんが言ってることが正しいのかって場面で、Aさんが好きで、Bさんが嫌いだから『Aさんが正しい』って言ってる場合があるんですよ。でもこれって論理的ではなくて、自分の感情が混ざってるんですよ。でも、それって正直に言うと、『感情が混ざってるのでAさんを推しました』ってなっちゃうじゃないですか。で、人はそれを隠そうとするんですよ。僕は割とそれちゃんと言う様に努めてるので、そうすると『あっこれ僕って好きだからA推してるんだ』っていうのを自分でも気付いちゃうので、Aさんが好きっていうのを置いといたとしたらどちらが正しいだろうっていうので、別の切り分けができるようになるんですよ。なので、自分の感情をひとまず置いといて、『どっち?』ってのをやるってのをやると、割と結果的に論理的思考にしかならないんですよね。」
ひろゆき「要は、論理的思考というか・・・論理的思考かどうかは実は重要ではなくて、相手が納得できる論理を持ってこれるかどうかなんですよ。じゃあ例えばさ、サッカーで『日本チームを応援する』のと、『ベルギーを応援する』ので、どちらが正しいかっていう場面。これって、正しい正しくないの話ではないんですよ。でも、『日本人の多くは日本のチームを応援するから日本のチームを応援するよね』って言うと、みんな納得してくれるんですよ。っていうのは、論理ではなくて相手が納得できる材料をどう持ってくるかっていう話なんですよ。じゃあもう一つ、例えば、『青と赤どっちが正しいですか?』って話になったときに、『日本のサッカーチームは青ですよね。だから今のワールドカップのシーズンだったら青の方が親近感あると思うんですよ。』って言うのって、これ論理じゃないんですよ。相手の人が納得しやすいことを言ってるだけなんですよ。論理的には、自分が作る商品(青)と、ワールドカップのチームの色は全然関係ないんですよ。」
ひろゆき「なので、僕、論理的に見えるようで実は論理ではなく、相手が納得する材料を出してるってだけなんですよ。ツイッターでちょっと書いたんですけど、JASRACの会長さんかなんかが、『音楽学校がお金払うか払わないか』みたいな話で、バナナ売りを例として出したんですよ。『バナナ売りをしている人でもバナナを仕入れてるんだから』云々みたいな。で、僕41歳なんですけど、生まれてこの方、バナナ売り見たことがないんですよ。どっか一部ではバナナ売り保存運動みたいなのやってるらしいんですけど。結局あのおじいちゃんって、世の中の人がバナナ売りを見たことがないという事実を知らなくて、自分が思っていて自分が納得する話をただ喋ってるだけなんですよ。要は、自分の欲や感情を垂れ流してるだけで。話とか会話とか相手を説得するのって、相手の理解度に合わせて相手の理解のできる言葉で言わないと意味がないんですよ。僕がじゃあ、フランス人に話をするならフランス語を使うべきだし、アメリカ人と話をするんだったら英語で言うべきだしっていう感じで、相手の理解できる土壌と言語と単語を使うべきなんですよ。で、バナナ売りって今の人知らないから、バナナ売りっていう単語で相手の人を納得させるっていう時点で、相手の人の理解に合わせる気がないっていう話なんですよね。こういうのできない人が最近多いっていう風に感じます。」