高い月のギター

高い月のギター

沖縄で活動中のギタリスト、マルチ?アーティスト
みかつきなお(ぐしなおき、旧パンチポンチ)の活動報告。
小説の掲載が最近のおもな文面

現代のプログレ的なアプローチを考えたり、
時々適当なつぶやきを載せるブログ

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第9話 国際通り改造計画

 
 沖縄県民はいつも思っていた。国際通りがあとすこし広ければ。
 慢性的な渋滞を抱えた那覇市中心部は二段階の都市計画で変貌を遂げつつあった。
 国際通りの店舗をモノレールの通る久茂地川沿いに移転。久茂地川を半分暗渠化し道幅を広げる。その移転は国際通り北側の店舗。市場通りのある南側の下町を残して、大型建物を有する北側を一度移転させ、2車線分を一気に解体、建設をおこなうという工法を取ることになった。
 これはアクチュエーター機による解体と建築の理論の実践の場所であった。20年前までのクレーン、パワーショベル中心の工法からアクチュエーター機主体の工法へ。そして旧来の都市を解体してさらに再構築する作業を短期間で行う事の可能性へのテスト。
 世界的建設アクチュエーター機メーカーである桐丸重工のお膝元であるがゆえに、世界的にも今回の事業は注目されている。
 通りに面して所々空き地が櫛形に点在する国際通り。工事予定の9時にあわせて8時30分には車両全面通行止め、歩行者は一部区画を迂回路で通行となる。
 通行止め区域は国際通りから海に向かって泊大橋の袂、若狭埠頭まで。
 埠頭ではタンカーを改造した大型輸送船が停泊し、国際通りの残骸を積み込む予定であった。
 2月上旬土曜日朝。 沖映通りからすこし奥に入ったパラダイス通りにある八幡家では(株)八幡アクチュエーター重機の現場事務所が開設されていた。
「みんながんばってきてよー。ここで昼ごはん炊き出しするからねー。」
「よっしゃー。ではメンバー、パイロット上運天舜、玉掛け安全保安員葦原みずき。指揮車両オペレーター葦原小雪、 現場監督は俺、八幡裕一。そしてここ総司令本部CICでは炊事・受付 八幡小夜子、城間貴子 そして総司令官は八幡幸賢。以上の布陣で行く。」
「で、現場監督っていっても他社との共同作業でしょ。向こうの監督の指揮があるでしょ。監督なにするの?」
 小雪の指摘は図星だった。
「他社との連絡関係ですよ……。」
「まあいいか。だんだんうちの仕事の形も決まっていくと思うし。」
 小雪はファイルを開いて、「あと比嘉辰巳はニライ建設さんのエンジニアに派遣。稲田作太郎、東恩納邦夫はダンプ運転手に、人材派遣業としても今日からいいスタートね。」
「……ということでみなさん現場に向かいましょう。」
「ちょっとまて!」ラッパを片手に紋付袴の幸賢が家からでてきた。
「一同社旗と国旗に向かって敬礼!」みんな気をつけをして右手を額にかざして敬礼らしい感じにしたところでラッパを吹き始めた。
 パッパラパ……。幸賢は止まった。「オジー大丈夫か?」「息が続かん。」

 
 兼光真は上空1000mの高度から大型旅客飛行船のカフェで国際通りを見ていた。
 今日はここで一日中一気に変化してゆく国際通りを見ながら仕事をするのだ。これを成功させなければ桐丸重工は桐丸グループ内部の立場を悪くしてしまう。しかし完璧なプランだ。事故も問題もなく進む。
 なんてったって、子供達に人気のゴーレスさんが作業に参加してくれるからな。がんばってくれたまえ少年達。
 ピエロの役は君達に譲ってやる。秘書桐江がミーティングルームからカフェに入ってきた。
「社長。あと15分後ニライ建設から最初の報告が届きます。」
「あそう。今日はいつも見慣れた那覇の町が違って見えるよ。仕事したくないねえ。ここで詩を書き続けていたい。」
「詩ですか?」
「そう詩。高校の頃、那覇タワーの回転レストランでコーヒーで一日中粘って作詞をしていたんだ。」
「作詞?ああ、バンドやってたんですよね。なんか高校時代の話とか普段なさらないから。」
「一応高校時代は沖縄なんだよ。お袋が強引に沖縄の高校に願書だしたんだ。もちろん俺は反抗した。でも俺はこの沖縄の思い出がなければ、俺は血縁だけで本物のうちなーんちゅでは無くなる。これでよかったんだ。
 高校の時、国際通りで買い物をして、ゲーセンに行って、レコードを買って。この思い入れがなければこの事業に本腰をいれられないよ。
 地元の人間も観光客も楽しい国際通り。俺が作りたいのはみんなが思い出に残る町を作りたいんだよ。」
 久しぶりに真君が少年のような目で理想を語っている。桐江は兼光の思い出と理想論の聞き役になった。
「三越ビルを解体するのは残念だけどな。」
「でも地下ショッピング街もできてこれからの町に思い入れを感じる人も多くなることを考えると楽しいですね。」
「ああ、思い出を語ると長くなる。今日の遊覧船に乗ってる連中はビル解体を見たいやつと懐しみたい奴だけだ。」
 
 那覇タワー解体斑業者は沖映通り沿いの空き地4台のアクチュエーターと一緒に小さなプレハブで石油ストーブを囲んで、年配の作業員数名に舜と裕一が座って指示をまっていた。
「にーにー達(にーにーたー)若いなー、高校生でアクチュエーター操縦できるなら勉強はできるでしょ。」
「いやあ、これだけがとりえですから。」
 プレハブのドアが開いた。
「着替えてきたよ。」
 男物の警備員の制服に着替えてきたみずきが入ってきた。男物Mサイズでもすこしぶかぶかなのが気になっていた。
 「あいやーかっこいいねねーさん。」「今日は楽しくやろうねー。」
 沖縄最大のプロジェクトということに気負うことなく普段通り気楽な中年作業員達ではあったが、舜とみずきにはちょっと怖い気持ちが強く感じられた。
「変かな。舜?」
 みずきはすこし恥ずかしそうだった。
「変でも作業服だし。」
「舜、つっけんどんに返すなよ、みずき、ちょっとボーイッシュでかわいいんじゃない。。」
 みずきは裕一に話しかけた。
「講習を受けて自信はあるんだけど、一番気になるのが私がなぜ玉掛け安全保安員なのかっていうのが。社長おしえて。」
「一番舜の状態がわかって指示できるのがみずきーやし。お前しかいない。」
 裕一の言葉がちょっと恥ずかしかったみずきだった。
 モニターのライブフォン画像に那覇タワー斑現場監督のニライ建設の安里課長が映った。
「みなさんおはよう。安里です。もうすぐ現場上空に作業飛行船到着します。各パイロットは登場して待機ね。八幡さんのところは新人だから先輩はフォローしてください。一応知る人ぞ知る県民のアイドルだからいじめたらだめだよ。」
「監督了解。はいみなさん、よんなーよんなーはじめましょうか。」
 作業員達は立ち上がってタバコを消して外に向かっていく。
 ニライ建設は準人型アクチュエーター機桐丸重工01年型ハンドマン2機と解体掘削専用機トロイ=プリマス05年型バッファロー1機を那覇タワービル解体に用意した。
 空に次々と飛行船が現れた。作業用飛行船の編隊だ。
 この国際通り改造作戦のために那覇空港B滑走路飛行船デッキと那覇軍港の空きスペースをフルに使って全国の作業用飛行船を集めてきたのだ。それに遊覧飛行船も参入し、沖縄の空のダイヤは超過密になっている。
 那覇タワー斑の飛行船が上空40mまで降下、吊り下げ用ワイヤーが降ろされてきた。各アクチュエーター機への取り付けが始まった。
「みずき、ゴーレス起動します。出力30%から省電力作動開始。」
「手指各関節の駆動を確認して。グーとパーから始めて。」
舜とみずきの仕事が始まった。少し離れた指揮車両の小雪もゴーレスから送られてくる舜の脳波とゴーレスの作動状況が送られてくる。
「基本的に楽勝よね。舜の脳波も良好。あとは高所恐怖症……。そんなにたいしたものじゃないといってたけど。」
 比嘉辰巳は那覇タワーのはす向かいにあるオーパビルに設置されたオペレーションセンターで10名のSEオペレーターとともに各アクチュエーターの状況を確認している。
「防護壁斑35号ハンドマンさん、もう一度握ってみて。」
 グリップしたあとのすこしリアクションが遅い。33号につづいて2台目だ。
「ちょっと33号と35号メンテ入ります。」
 辰巳は直接接続で昨日チェックしたはずの機体の本物を再び触らなくてはならなくなり、山形屋跡地の駐機場に向かうことにした。
 
「フックを止めたら第一拘束ベルトを1m25cmほどひっぱって、『手ごたえ感』のフィードバックをデーターで確かめて。こちらから能動的に動く脳波は機械動作に繁栄できるけど、受身の感覚は画面上での簡略表示『人間なら痛い。』などを参考にすること。アクチュエーター機の基本だから。そしたらベルトをもう一回ひっぱって拘束具合を再確認。」
 なんかさっきからマニュアルを割り増ししたようなことを連呼されているなあ。工場の時よりみずきはき真面目な感じがする。年取ったら小うるさいおばさんになるなあ。
「『小うるさい嫁さんになるだろう。苦労するよ』とか余計なこと考えない。今は本物の仕事中、拘束ベルトは命綱!命かかってるから!」
「了解。でも俺の心は読むな。無駄にエネルギー使うな。」
「雑念も無駄口の一つ。集中して。」
 みずきの能力は統率力、巫術者の力をまとめる為にお互いの心を読むのに優れている。だが巫術の時だけだ。
今日はまたいつもの冗談で心を読んだフリとかそういうことだろうか。
 で、あいつの気持ちはどういうつもりだろ。あいつの心の中で俺は……。小うるさい嫁かあ……。微妙にちがうけどやはり心読まれた?
 舜は脳波で動くゴーレスを動作させるための思考と、解説しすぎるみずきのことを思う感情の板ばさみで頭の中が混乱することを強いられていた。
 みずきは見上げるゴーレスが上空の飛行船に吊り下げられて飛翔する姿を心待ちにしていた。
 回りでは警備員達が同じようにパイロットとやりとりしていたが、みずき達が一番口数が多かった。
 次々と防護壁ユニットを運んだ飛行船が国際通り県庁側から一列に現れてきた。
「あれが降りてきたらいよいよ作業開始だね。」
「はい、黙って第3拘束ベルト締めること。」
「はい……。」
 9時になり完全に人払いされた国際通り、逆に回りには見学者用に屋上を開放されたビルに見学者が続々と人が集まっていた。市場通りのアーケードには雑然とした土産物店や日用品、乾物店などの間に『御自由に屋上へ』と書かれた入り口に人が吸い込まれてゆく。いつもなら朝はしまっている店も今日は店を開けて今日はにぎわっている。
 それでも相変わらず鰹節くさい市場だった。   
 そんな市場の雑踏に陸上自衛隊第11機動警備大隊副長・鵜飼三佐と船越三曹が現れた。
「あの露店、子供があつまってるな。」
 空き店舗の前に白い箱を棚に並べた露店からは子供達の声が聞こえてくる。
「おじさん、ゴーレスのプラモないのー?」
「ごめんね、数が少ないから売り切れちゃった。イヒカはあるよ。」
「えー!」
 小学4年くらいの男女の子供達に鵜飼が割って入った。
 黒いコートに毛皮のマフラー、オールバックに強面の鵜飼の登場に子供達が一瞬たじろいだ。
「プラモ屋のオヤジよ、陸自機動警備隊のハヤブサは置いてないか。TD-20だぞ、ゴーレスと一緒に戦ったアレだ。」
「あ、はい、あります。」
「子供達、ゴーレスと戦ったハヤブサは知ってるか?」
「ちょっとちょっと鵜飼さん。」
 子供達が怖がってる様子なので、ラフな格好で温和な顔の船越が子供達に説明した。
「実はね、あのハヤブサのパイロットが僕達でーす。」
 子供たちがいっせいに笑った。 
「うそやー、ヤクザとオタクだー。」
「じえーたいっぽっくないねー。」
 鵜飼は店主に自衛隊IDを見せた。
「ほ、ほんものですか。みんな本物のハヤブサのパイロットさんだよ。」
「へー、かっこいい!必死でゴーレスを助けていたのがかっこよかったよー。」
 子供達は帽子やノートにサインをねだった。
「船越、一応俺達有名人なんだよな。」
 鵜飼の大人気ない態度に呆れぎみであったが、たしかにあの百名ビーチ事件はネットで雑なアニメにされたり、ゲームになったりしただけではなく、ドキュメンタリーで鵜飼らもインタビューに出てはいた。
 ネットなどの無秩序なメディアは別として、事件の大きさにくらべてマスコミは意外に冷淡な態度なのかもしれない。マスコミは荏田がリークしたウルスハン事件の防衛省の隠蔽に関するニュースがここ数ヶ月続いたが、ニュースがそこにシフトしたのは桐丸重工を悪く書くことを倦厭する自然な報道統制が働いたのかもしれなかった。
「ところで店主、デスファイトものはあるか?ベトナムだ。」
 店主はこっそりと問題の品を後ろのダンボール箱から出した。
 鵜飼は表題だけの白いパッケージのDVD一枚3000ほどを合計2万円ほど購入した。
 生死を問わないアクチュエーターの非合法の試合。こんな怪しい出店などでしか出回っていない。
「俺の目的はわかるだろ。」「荏田さんを探すんですね。」
「まあそれもあるけど、それ以上に俺達は生き死にのある戦いを考える材料が欲しいんだよ。映画ではなにも教えてはくれない、いずれお前ももっと恐ろしいところを見るはずだ。」「はい……。」
「まあ暗くなるな。今日はアクチュエーターの日のあたる世界の活躍を楽しもう。」
 今日うまく休みを取った二人はプラモ屋に集まる子供と同じく沢山のアクチュエーター機の活躍を見ていたい、ただそれだけの休日を楽しみたいだけの一日になるはずだった。
「お、ハンドマンとヘラサギがスタンバって来たな。」
9時30分防護壁が空から次々と降りてきた。ハンドマンが下で受け止めて降ろし、ステイクドライバーで釘を地面に打ち込む。これで最大20mの巨大防護壁は地面に固定される。この内側での解体工事が粗いものになってもしっかりとガードしてくれる鉄の網だ。
 拘束具で固定したゴーレスとハンドマンは同じ飛行船で吊り下げられて上昇して行った。そして警備員が乗ったゴンドラも上昇してゆく。
 下を見ちゃいけない。下を……。
 下を見なければ舜は落ち着いて行動できる。
 那覇タワーの回転展望台の真上の高さまで上ったところでゴーレスは西面にハンドマン2機は南と東に降下し、回転展望台を梱包するようにベルトを張る作業に移った。
 ここからはベテラン作業員のリードが始まる。
「ゴーレスさん、ちゅーじくひっぱって。」
 (ゴーレスさん、強くひっぱって。)
「はい、真栄平さん。」
「もっと!ばんない!」(もっとどんどん!)
「はい!」
「と!とー!とーー!あげー、引きすぎよー。」
 (ストップ、ストップ、あらー、引きすぎだよ。)
「え?」
「まあいいさー、安里さんどうねー?」
 警備員らと同じゴンドラに乗って苦笑いした監督の安里がモニターに出る。
「はい、圧力計データー的におっけ~よぉ。次のベルトに移ってください。」
 舜は工事現場の空気に困惑したが、これだけの人間の綿密なチェックを通過しているので心配しなくても問題ないなと思った。
 三越ビル向かいの屋上ではゴーレスの応援団が集合していた。
 『八幡アクチュエーター重機 我らがゴーレス』 
 と書かれた横断幕はゴンドラの上のみずきからも見えた。
 応援団には琉球大学工学部と医工学部の辰巳と小雪の後輩達が数名駆けつけた。舜とみずきはこのことはまわりに教えていない。あの事件のことは余り言われたくなかった。今日のような普通の作業を積み重ねてから学校には公開したいと考えていた。
 
「そもそもこれが俺達の本分だ。俺達の仕事だ!」
 この作業の様子を現場事務所に駐車したキャンピングカーの傍で裕一は那覇タワーの作業を見上げて納得していた。
「……で、納得しているのが社長の仕事ね。あんた仕事作りなさいよ、定時連絡とか。確認のタイムテーブル作るとかさ。」
「わかったよ、ウォドパネルで『異世界の状態』が普通であることを確認すればいいんだな。」
「そういうこと。これも仕事。広い宇宙であんたにしかできないことね。」
 キャンピングカー型の指揮車両の中で山積みのユニットに囲まれて小雪はモニター上のゴーレスの駆動データーとにらみ合いをつづけていた。
 裕一も隣に座ってパネルをウムイの中核『甕(かめ)』に接続させた。手をかざす、パネルの中の水が反応して図像を形作ってゆく。
 いつも通り二つの円、舜とみずきを示す円だ。
 そして円ではなく点がパネル上に点在していることに気がついた。
 これは他にも能力がある人がいるって事?
「ちょっと小雪さんウォード粒子のデータと照合させてみたいんだけど。」
「OK。津堅島のオノゴロの計測データを呼び出して見るわ。」
 この場所での計測値。
 天然派生ウォード80 人的派生ウォード15
 UNKNOWN 5
 アンノウン?
「はー?小雪さんアンノウンって普通でてくるものかね。」
「今までなかった。ちょっとまて、オノゴロに質問を打ち込んでみる。」
 プログラム言語が並ぶ。答えがでてきた。
 <オノゴロのAIよりアシハラ先生へ、知らないものは知らない。動物でも植物でも人でも自然現象でもない。知らない。知らない。知らない……。>
 小雪はこの状況に不安を感じた。
「ちょっと裕一君、各所に連絡して。不具合がどこかで派生していないか。」   
「わかった!」
 山形屋跡地で33号と35号の調子をみていた辰巳は同じ頃、一つの結論に達した。
 各機の関節アクチュエーター制御自立CPUの言語がおかしい。呼び出した文字が次々と*****という表示に変換されている。
「ウィルスだ。自立CPUはネットに繋がっていない。どうやってウィルスを入れたんだ!」
 携帯が鳴った。裕一からだ。<辰巳さん問題は起きてないか!>
「こちらヒューストン。問題が発生した!早くこっち来い!お前の出番だ!」 
 辰巳はニライ建設プロジェクト運営本部に繋いだ。
「この計画を今すぐ中止してください。ウィルスが発生しています。」
「技術担当部長だ。御忠告ありがとう。今動いている機体が10時休憩に入ったらすぐメンテナンスに移ろう。」
「すぐですよ!どんな誤動作を起こすかわからなですよ。」
「そんなこと言っても、今動作中の機体の状態を君は把握しているか?
 防護壁を支えている機体を電源オフにしたらどうなる?防護壁と一緒に倒れてしまうだろ。
 アクチュエーターが動作状態を停止するということはいっせいに死ぬのと同じなのだよ。落ち着いて現状のメンテナンスを続けなさい。」
「わかりました。」辰巳は正論を言われて黙った。
 国際通りの取り壊し予定区域のすべて、100台のバッファロー、ハンドマン、ヘラサギが順調に動いている区域では設置された防護壁の内側で次々と建物が解体されていった。ハンドマンが支え、バッファローが壊し、ヘラサギが裁断して破片をダンプに乗せる。これらの解体作業は旧来の重機の数十倍の作業量といえよう。
 次々とダンプの車列が辰巳の前を通過してゆく。
 もうすぐ10時半で休憩か。ここで全体の調子が判明できれば。
 
 那覇タワーの拘束を終えたゴーレスは機体を展望台部分の安定作業に移行した。
 今回の解体用にチューンナップされたバッファロー、ニライ建設チーフパイロットの安慶名の愛器『天空1号』が展望台の下部、いわゆる『くびれ』部分に取り付いた。
 バッファローといっても牛形ではない。キャタピラと二本の脚部と前面の二本のフォークが角っぽいところからのネーミングだろう。前面には作業状況に応じたオプションを取り付けられる。今の作業は水圧カッターでくびれを切り取る仕様になってる。
 二本の軽量鉄骨をくびれにはさみこみ、ハンドマン2機が鉄骨をまわし、中間にあるバッファローが回転するとともにコンクリートの円柱である括れをカットする。
 カットされ次第、鉄骨を支える2機と本体をささえるゴーレスで下に降ろされる計画だ。
「安慶名(あげな)さんよ、今日の闘牛は最強の的やさやー。」
「だからよー。久手堅(くでけん)さんはどっちに掛けるねー。」
「私はあれだね。大穴で那覇タワーの勝ちだね。真栄平さんは?」
「あんた達よー、安慶名さんの本物の牛は5連勝中やし、絶対まきらんしが(負けないだろうね)。」
「やっぱり本物の闘牛の天空号もこのバッファロー天空1号もどっちもちゅーばー(強者)やさ。」
 宙吊りになったアクチュエーター機から聞こえる作業員たちのたわいのない会話は終わらなかった。10時休憩はあと10分で終わる。
 
「分類としては悪質なクラッキングじゃない。握力がなくなるだけで停止はしない。だが駆除してもまたウィルスが派生する。もしかすると不正なハードを誰かに取り付けられたかもしれない。」
 辰巳は駆けつけた裕一にデータを見せた。
「急いで調べてみます。」
 裕一は早速ハンドマンの大きな右手に手をかざしながら集中した。解析力を持つ裕一ならではの仕事だ。
 さっきの点のような反応がイメージの中で広がってゆく。やはりここからか。
 レンチでカバーを取り外すとと指の関節部に1.5cmくらいの芋虫型マシンがカサカサと動いていたのを拾い上げた。
「犯人はこれですね。」
「何?これ。ここまで精巧なマイクロアクチュエーター初めてだな、こいつを解析してこれのワクチンを小雪と作る。裕一は本部に掛け合って中止させてくれ。」
「わかった!」
 
 いよいよメインイベントか。国際通り上空500mまで降下した大型飛行客船は那覇タワーの作業を見る客が窓に集まっていた。
 兼光はこの瞬間を感慨深く迎えた。
 自分の手で那覇の風景を変えるその瞬間を作りだしたことを。
 バッファローは水圧カッターを表面に密着させ、高水圧で那覇タワーの首をカットしはじめた。
「技術部長さん。この精巧なマイクロアクチュエーターを見てよ、まずいよ。何が起こるかわからないよ。」
 第一勧業銀行ビル跡地にある運営本部のプレハブに裕一は駆け込んで『虫』を見せた。
「うーん。これが原因としてもなー。よし、今前に各詰め所で機体をチェックしてもらおう。そこでこの虫がでてこなかったら動作確認後作業再開、30分置きに動作確認をする。あまり事を大きくせずに冷静にいきましょう。」
「わかった。俺も虫を捜してきます。」
 
「え?いま休憩時間を延長しているのはウィルスを発生させているマイクロアクチュエーターがあるからだって?」
 兼光は運営本部からの唐突な連絡に動揺した。
「見つけた!16号機から虫発見。」
 一銀通り詰め所で裕一は新たな虫を発見してゆくが、那覇タワーが作業中なのに気がついた。
「なんで止めないんですか本部長。」
「あの部署は桐丸重工兼光社長が現場総責任者です。」
「繋いでくれよ兼光に。八幡アクチュエーター、ゴーレスの社長だといってくれ!」
 辰巳と小雪は問題の『虫』からデータを読み取り、ワクチンソフトを製作しようとしていたが、ワクチンを作ってもすぐプログラムを変えて進化し、ワクチンの進化とのいたちごっこになる事がはっきりしてきた。
「自立CPU自体の被害は微々たるものだが、全体の効率を悪くする。ワクチンで劇的によくなるわけではないんだな。」
「なら逆に体に耐性をつけさせればいいんじゃない。」
「一応研修医。脳神経工学科だな。そこから導きだされるのは。」
「漢方薬的対処法、滋養強壮剤。本体の強化プログラムね。99%を製作したのち兼光に必要なコアエグゼクティブファイルデータをもらう。」
「これで行こう。」
  
 バッファロー天空1号は順調に半分ほど展望台下部を切断していた。空中を軽量鉄骨とともに回転しながら作業するバッファローはある意味優雅で、向かいのてんぶすビルではテレビ中継カメラがその雄姿をとらえていた。
 飛行船の事務室に移動した兼光は窓辺で裕一のライブフォンを受けた。
 詰め所のモニターに兼光の顔が映る。
「どうも兼光です、ゴーレスの八幡社長。」
「ウィルスの攻撃ですよ。とにかく早く止めてくれよ。あと、コアなんとかエグゼファイルをくれ!強化プログラム作成中だ。」
「とりあえずですね。うちで把握している動作データでは不具合は発生していない。現状は大変な問題だが、タワーのカットが終わらないうちに止めると飛行船で吊り下げという不安定な状態で待機を続けることになる。カットして展望台を下に降ろすまで中断はできないんだ。」
「それはわかるけど、一分間停止して確認してくれよ。」
「でももうすぐカット終了だよ。」
 バッファローは展望台下部を90%カットした。
 パイロット安慶名はカッターを停止、最後の仕上げに『角』を加熱状態にセット、角突き一撃でカットを終了させようとしていた。
「安里さん、準備完了。カウントお願い。」
「安慶名さん了解。5、4、3、2…1 go!」
 
 作業員全員で声を合わせたカウントダウンの後、
 バッファローの電熱で赤くなった角が一突きをいれた。
 ひびが割れて全周カットは成功した。
 大型飛行船やギャラリーから拍手が上がった。
 飛行船が展望台部分をゆっくり上昇させた。
 しかしバッファローの突きは止まらなかった。
 展望台の下部に無用な傷がどんどんついてゆく。
「止まれ!天空1号!お前の仕事は終わったんだ。」
 安慶名の声むなしく、バッファロー天空1号は自動的に突きを繰り返す。
 みずきは異常に気がついた。唖然とするバッファロー担当保安員に変わって呼びかけた。
「安慶名さん!脳波オペをカット、工作オペを接続カットして。」
「とっくにやってる。なんでoffにならん。ねーねー、わたしはベテランよ。何とか配線の接続を変えるさ。」
「ごめんなさい。気をつけてくださいね。」
 激しい突きで展望台が激しく揺れた。これではワイヤーがもたない様子を確認した安里が全員のモニターに出た。
「第一ハンガーは展望台を先に降ろして。第二ハンガーは沖映通り側に並行移動。ちょっと天空1号の調子を見てから降ろす。」
 4つのクレーンをとりつけた飛行船、第二ハンガーはゴーレスとハンドマンと天空1号引き離した。舜は斜め下からバッファローを見上げた。
「安里さん降ろさないとケーブルもたない。」
「しかし、今降ろすとしたらまずいでしょ。」
 舜が通信に割り込んだ。
「僕が空中で天空1号を押さえます。ゆれを押さえて落下の危険を減らします。」
「あの戦いを私は見たよ。君ならできる。お願いするよ。」
 ワイヤーが巻かれ、次第に空中で暴れるバッファロー天空1号が近づいてきた。
「安里さんありがとう。みずき、俺からの死角をガイドしてくれ。」
 画面上のみずきは誘導棒を振って『了解』の合図を見た。
「よーし、ゴーレスいくぜ!フルパワー!ダイブイン!……?ダイブイン……。」
 画面に小雪が現れた。
「まずいわね。現在のゴーレスの起動状況はフルパワーの30%よ。ゴーレスの蒸気エンジンをフルパワーにするためには動かずに10分、動きながらだとその状況で変わります。」
「なんで最初からフルにしなかったの?」
「力が強すぎるのよ。細かい作業の力の加減があなた苦手でしょ。ワクチンソフトを今製作中、あとから援軍を送るから。健闘を祈る。」ブチッ
「切るなよ、しょうがないなあ。やるだけやるしかない。」
 目の前に前部多目的マニピュレーターが牛の顔に見えるバッファローが迫ってきた。
 みずきが第二ハンガーのクレーンの動きを指示してゴーレスが天空1号の脇から押さえられる向きに移動させた。
 いよいよだ。揺れる天空1号の胴体にしがみついた。背中から引き出したワイヤーを巻きつけた。ワイヤーの片方の端をハンドマンの久手堅に投げた。
「このフックを第二ハンガーのクレーンに!」
「わかった。クレーン落として。」
 
 国際通りのビルから見学していた人々はこぞって下に降り、避難を開始した。 
 鵜飼たちはてんぶすビルから降りて、現場に近づいて様子をみていた。
「あれはナポレオンを拘束した時と同じワイヤーで固定箇所を増やす作戦か。でも空中はまずいぞ。」
 船越が携帯を取った。「鵜飼さん、比嘉さんから応援たのむってさ、向かいましょう。」
「俺達の出番だ!船越いくぞ!」
 二人は警備員の制止を聞かずに防護壁の内側に入り、走り出していった。
 
「兼光さん、強化プログラムが完成する。これを使ってハンドマンをまた動けるようにできるんだ。コアエグゼプティブのプログラムを公開してくれ。」
 裕一の交渉に応じた兼光はプログラムを公開、辰巳たちはプログラムを完成させて33号と35号に試験インストールした。
「自立系を完全オフにして動かせだと!!!」
 駆けつけた鵜飼と船越は辰巳の要求に鵜飼はすごんで見せて、次にはにやりとした。
「いいじゃねえか、やってやろうじゃねえの!」
 ハンドマン33号と35号は二人の運転テクニックで立ち上がった。
 自立系をカットする。基本的にパイロットが気を抜いて運転していてもアクチュエーターが勝手にバランスをとって楽に運転できるのだ。自立系がないと、パイロットはかなり神経を使う運転だ。オートマ車からマニュアル車に変える以上の技術が必要になるのであるが、完全非コンピューティングであった70年代のアクチュエーターマシンを思えば自立系を切ることは極端な要求ではない。
「鵜飼さん、他のブースに回ってけん引ワイヤー集めて来ましょう。」
「船越気が利くな。これでいこう。」
 
 舜は3本目のワイヤーを激しい前後動を続ける角に取り付けようとした。すると後ろ足が激しく振られ、ワイヤーのゆれでゴーレスははじかれた。
「舜、水中の姿勢制御と同じだ。高圧蒸気バランサーを使え!」
 裕一の声を聞いて、蒸気バランサーでゆれを制御した。
 このゆれでワイヤーが一つ切れて、さらに天空1号は暴れつづけた。
「第二ハンガーよりゴーレスへ。これ以上振動に耐えられない。バッファロー天空1号を降下させる。」
 降下させたバッファローは地上を二本の足と前輪によってワイヤーの遊びの分だけぐるぐるとむつみ橋交差点を旋回していた。
 上空の第二ハンガーはバッファローの動きにあわせてぐるぐると回っていた。回転する操縦席のなかで第二ハンガーから必死の声が届いた。
「ハンドマンとゴーレスのワイヤーを切る。限界が来る前にバッファローを押さえてくれ!」
 地上に降りたハンドマン、ゴーレス。みずきは第一ハンガーから降り、ワゴンに乗り換えて状況を見守った。
 みずきは天空1号の意思のようなものを意識した。
「苦しいと言っている。早く取ってほしい。舜、お願い。」
 地に足が着いて落ち着いたゴーレスは再び天空1号の胴体をつかんだ。
「みずき、何をとって欲しいのか確かめてくれ。」
「安慶名さん!起きて!」
 みずきは安慶名が頭を打って気絶している画面に叫んだ。
「舜、みずき。今回の原因はおそらくこの虫モドキによるハッキングだ。これを取り出すにも止めなきゃならない。兼光に相談する。」裕一は兼光につなぎ直した。
 音声のみで桐江が出た。
「八幡さんですね。ちょっと待ってください、社長どこに行くんですか。また掛けなおします。」
 兼光は非常用ハッチでパラグライダーセットを背負った。ハッチを開け、高度1000mの眺望が足もとに広がる。強風が吹く戸口で桐江は顔を覆いながら大声を上げた。
「社長、若狭埠頭のイヒカに?。」
「だからよー。ウチナーンチュー的にやることやるしかないわけさー。わんが(俺が)沖縄の平和を守る!」
そう叫んで、兼光は降下していった。パラシュートは開いてパラグライダーは埠頭へと向かった。
 若狭埠頭では泊大橋の上空からパラグライダーで降りてくる兼光社長の姿があった。
「イヒカのハッチ開けとけ。そのまま『ダイブイン』する。」
 スタッフが立位のイヒカのコクピットを開けると、開いたドア上に兼光は着地した。
「ありったけのワイヤーを用意して事態の収拾にあたれ。」
 兼光はイヒカに乗り込み、ヘリアクチュエーターを起動させ浮上させた。
「バッファローの件に関して八幡さんから連絡ありましたが……。」
「ああ、止める方法だろ?最後の手段を使おう。バッファローのコアエグゼのプロテクトを解放するにはギルバート・ホーラルCEOに頼むしかない。」
「いいんですか、大きな借りですよこれは。」
「考えてる時間はない。俺は立場よりも成果を選ぶ。」
「少し変わりましたね。最近。」
「統括委員会常任委員資格の一時停止。格下げだよ、成果をみせるしかないだろ。」
 ホットラインが繋がった。
60代の白人紳士ギルバート・ホーラル。世界最大の企業グループトロイプリマスのCEO、最高経営責任者にしてプロテスタント系宗教団体<ロジステッィック クライストチャーチ オブ サイエンティスツ 『LoCOS(ロコス)』>のスポークスマン。宗教者らしい穏やかな口調の東部英語でホーラルは語りかけた。
「ミスタープレジデント兼光。状況は見えてますよ、やはり切り札をつかいますか。ですがもっと出来る方法を模索してからの方がよいのではないでしょうか。あなた自身のベストパフォーマンスを出してからがよいのでは。」
「わかっている。これからやるんだよ。俺の弱みに付け込むな。」
「ではあなたと沖縄の皆様のためにデーターを送る作業を始めましょう。ご健闘と安全を祈ります。」
 にこやかな顔でギルバートは画面から消えた。
「鶏のから揚げ屋の人形のようにずっとスマイルばかりで何考えてんだか。」
 最大の黒幕は彼かもしれない。だが兼光はそこまで考える余裕はなかった。

 平和通り、市場本通りは人影がいなくなった。
 回転するバッファロー天空1号は防護壁の軽量鉄骨の壁に時々ぶつかっていた。
 ゴーレスはワイヤーを手繰り寄せてゆく、だが少ししか動きを制御出来ない。
「出力60%か、今日は千代金丸がない。どう戦えばいいんだ。」
「おい、少年。また助太刀する。」鵜飼と船越がワイヤーを持って現れた。後ろには建築廃材とワイヤーを搭載したダンプカーが連なっている。
「舜、おもいっきりやれ。」ダンプから稲田と東恩納が声をかけた。
「みんな、いくぜ。」
 ゴーレスはバッファローの後ろ足にワイヤーを丸めて引っ掛けようとした。
 その時、マンホールが宙を舞った。いや、マンホールをはじき飛ばして地下からあらわれたのは5体のバウンドタートル。百名ビーチで柏木らが使った円形の小型アクチュエーターだ。前回の2mのサイズよりさらに小さく、これは直径50cmの大きさだったが、その起動性はさらに増強されたようだ。
 天空1号に取り付いたバウンドタートルは刃を出しながら回転し、全体をチェンソーの状態にしてワイヤーの切断にとりかかっていた。
「またこいつが!」舜はみずきを襲ったあの円盤が現れて恐怖を感じた。
 一つのワイヤーが切れると天空1号はワイヤーを振りほどいて完全に自由な状態になった。
 僕が捕まえる!舜はゴーレスを天空1号の正面に立たせ、対決の姿勢をとった。
 後ろ足を蹴りだし、闘牛の如くダッシュの準備を始めた天空1号は角のヒーターを最大に赤々と加熱して、前輪の回転とともに駆け出した。
 ゴーレスが壊れても僕は止める!
「舜、まずい!穴が開く!」
 
 守護神ゴーレス第8話
『祖父と僕達の物語』 Wonderous stories

 葦原みずきの文面

 2010年の夏休みが私の運命を変えたかもしれない。
 家族3人久しぶりに埼玉から鹿児島市内の実家へ。
 甲突川沿いの郊外の家は木陰に囲まれ涼しい気がした。
 おばあちゃんの四十九日が過ぎたあの日は家に残された葦原家の荷物をいろいろ整理する日だった。
 祖母がなくなったのは2010年の4月だった。
 埼玉に引っ越したのが私が埼玉県朝霞商業高校に入る前、埼玉県朝霞市に2009年8月引っ越した。おばあちゃんは元気で家を動きたくないといってたから親子3人だけの引越しになった。
 急であわただしかった。四十九日まではお母さんが実家にいて、いろいろ話し合って、いつかみんなで荷物をまとめる日が必要ということで、夏休みのこの日になった。
川内(せんだい)のおじさん、つまり祖父の弟の長男が不動産屋に売却するより私が引き取って管理すると言ってきたので、お互いに形見分けして、後でおじさんの息子に譲る話で合意していた。
 父は日本を代表する総合商社桐丸商事の常務。 数年前まではほとんど単身赴任のような形で、世界中の支社を回る国際局長の仕事をしていた。
 でもいまの役職に上がって田舎住まいするわけにはいかない。父は関東に骨を埋めるつもりなのだ。
 慣れ親しんだおばあちゃんの匂いの残るこの家。知らない人より叔父さんのものになる方がいいと思う。
 でもお爺さんの荷物がたくさんある。これの正体がわからないかぎり、また遠くに行ってしまうのはさびしい。祖父と祖母のことを知りたい。
 そこから色々なことが始まったかもしれない。
 私はまた埼玉には戻りたくなかった。戻れない理由になるような大きなことを望んでいたのだ。
 だから色々探してみた。戸棚の中に顔を突っ込んだ。
 ショートパンツの足で埃っぽい戸棚の床の膝をつき、Tシャツの背中が汚れることを気にせず這いつくばって、畳の上に出して箱ををみた。
 祖父の手帳と写真がでてきた。
そして手紙が数枚、何か機械の部品を書いたノート。
 写真を見ると若い頃の祖母と、二人の男性がこの家の桜の木の前で記念撮影をしていた。
 若いころの祖母は自分にそっくりだ。まとめ髪をショートシャギーに変えたらそのままの顔だと思った。
 手帳にはお爺さんの戦争でのことが書かれている。
「お父さん、この写真に見覚えはないの?」
 父は仏間の方へ手のほこりを落として入ってきた。
 「ああ、おじいちゃんの遺骨を持ってきた沖縄の戦友らしいよ。」
「なんて人?」
「しらない、俺はまだ小さかったからな。」
「いいよ、もう、あっちいって。」
 質問する前から大体の答えはわかっていた。
 昭和27年 上運天 八幡氏 らとともに。 ウメ。
 写真の裏に書いてあった。
 なんで父は自分の父のことを知らないだろう。
 父はそれから祖母との思い出を語り、幼少期の祖母が女手一つで育てたことを語ってくれた。
 父は祖父を恨んでいた。いやいなかったことにしたい気持ち。あの家庭であればそういう考えも成り立つだろう。
 私は祖母が残した宝物を探した。
 龍の眼。直径4cmの水晶のような玉。光に照らすと中心に虹の環が見える。
 御先祖様葦原太郎兵衛が薩摩軍として琉球に攻めた戦いの時。海の上に龍の幻に襲われた。そして太郎兵衛が神官を襲った時に龍は消えたという。
 琉球の神官から奪ったという我が家の宝物。そして太郎兵衛が神官チルーと結ばれて葦原家は代々続いた。
 中学の時祖母は言ってくれた。
 『わたしはね、龍の眼は沖縄の大事なものかもしれないと思っているんだよ。沖縄の魂のような。
おじいちゃんの遺骨を持ってきた人たちが言ってた、沖縄にはまぶやー、魂を落とすという言葉があって、びっくりしたとき魂が落ちたところで魂をひろわなければならないんだって。』
 中学生の私は考えた。
 『これは沖縄の魂?』
 『おばあちゃんはそうおもうんだよ。沖縄の本当にかえすべきところにかえさなければならないかもしれないんだよ。
みずきにお願いしたいことは、沖縄のことを勉強して、なにかみつけてほしいんだよ。小雪おねえちゃんはこの話をしたからかねえ、沖縄の大学に行っちゃったのは。ふふふ。』
 祖母の言葉が思い出され、自分と沖縄のつながりを確かめたかった。
 龍の眼の写真を撮って沖縄の新聞社かりゆしタイムスの鹿児島支社に送信した。
 そこで翌日南今日子さんが取材に来た。
 戦争を取材してきたカメラマンの今日子さんは祖父のことに非常に興味をもって、祖父の遺品を一緒に探した。
 倉庫として使っている部屋を一緒に整理しながらいろいろ調べていると部屋の納戸の奥、古ぼけた板壁のつなぎ目の隙間を見つけた。触ってみるとガタガタと動く壁ははずれそうな作り。その奥に金属の輝きが見えた。
「今日子さん、壁が外れそうです。」
 今日子さんが覗き込むとニヤリとした。
「隠しスペースね。土塀との隙間がくりぬかれて何か光っている。」
 二人で揺らして壁をとりはずすと、銅のような輝きを放つ円筒が倒れてきた。
 その円筒は 一メートルくらいの長さで直径30センチくらい。
 赤い紙に<帝国陸軍提出用 最高機密事項>と書かれて、封印をされていた。
 あの時の興奮は忘れない。
 封印になっている紙は意外にすぐ剥げた。一度剥がしたんんだろう。
 蓋を取り想像通り「ポン!」と音がでた。
「南さん、今度は最高機密発見!」
 中にはA1くらいの用紙の紙が束になっている。仏間にでて、筒を下に向けて落として見る。
 どさっ。大量の紙が落ちてきた。
「ああ、そんなに雑に落とさないで。古い紙だから。」今日子さんが声をかけた。
「あ、ごめんなさい。」「機械の図面っぽいですね。」
「凄いものがでてきちゃった。かりゆし出版の本4冊はかけるよ……。ここまでくると本社デスクは仕事増やしすぎといいそうだな……。今度は機械の専門家呼ばないといけないかな。」
 落ちた数十枚の紙の一番真下、丸まった紙の一番内側を広げてみた。
「全体図。え、こんなものがこの時代に?」
 <搭乗式二足歩行型機動兵器 「顕龍-零式」 試作機案
 昭和15年、陸軍中野学校 特務兵器開発部 ×× 閲覧。
        上層部には提出せず。
 昭和27年、沖縄より訪問した八幡幸賢 図面を書き写す。>

 この図面の顕龍こそゴーレスとの出会い。
 この日は私の誕生日の次に大切な日。7月23日。
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 2012年新春の壷川の南今日子のアパートにて。みずきと舜、裕一が集まっている。
「こんな感じでいいかしら。あの日のこと。」
「ありがとう。あの日は私にとっても重要な日だったね。」
 今日子は新聞に連載している『沖縄戦の記録
葦原茂敏の日記』の第2部として孫たちの足取りを記事にするために一年前みんなが出会った頃のことを書いてくるようにお願いしていた。それぞれが昨日までに送ったメールを開きながら記事の参考になる部分をチェックしているのだ。
 また今日集まった理由は来週八幡アクチュエーター重機をとりまく面々に新しく加わった宇都宮桜と城間貴子の二人を加えて新年会を行う前に、改めて色々な出来事を確認したいということでもあった。
「じゃあ裕一のメールを開いて見るよ。」
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 <スタジオで……!。>
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「何これ。つまり持ってきたのね。」
「だからよー。俺はキーボードで文章打つの面倒だから。紙に書いてきたわけさー。」
 裕一はGジャンの胸ポケットから折り曲がった紙を広げて渡す。
「何、少し油っぽいよね、この紙。」
「しかたないやし。修理工場のデスクで書いたらこうなったあんに。」
 少しムキになった裕一に今日子は笑いながらうなづいた。
「わかったわ。お疲れさん。ありがとうね。」
 今日子は読み上げる。
 この出来事のキーとなるのは八幡老人が存命だったこと。家族のつながりが深かったことね。
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 裕一の文面
 んかーしんかーしでぃーじなーんかし
 (昔々とても昔)
 尚巴志という王様がいて、その子孫、本家の分家の分家くらいのところが八幡家なのである。
 八幡幸賢は沖縄戦で上運天哲一と出会った。
 沖縄戦が終わる頃に隻腕の男葦原茂敏と出会った。
 戦局が劣勢となる中、3人は生き延びた。
 残念なことに終戦の日葦原茂敏は亡くなった。
 昭和27年、葦原氏の遺骨をもって二人が鹿児島に向かった。
 そこで八幡幸賢はウメが隠していた図面を見せてもらう。
 それが顕龍-零式 すなわちゴーレスの図面だった。
 問題の2010年の7月23日だけど、
 俺の夢の中に第一尚氏王朝最後の王尚徳王が夢に出たその日。
 オジーがゴーレスのエンジンを少しづつ作っていたのが家族にばれたあの日。
 鹿児島の今日子さんとみずきから連絡が来て、うちの住所録から上運天家が見つかった。
 そして8月にみずきが沖縄に来て、みんなで話し合ったのが新聞記事になった。
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「で、いいかな。」
「うん。全体を要約しているけど、一年前からの一部分でいいから自分の気持ちを伝えて欲しいなあ。」
「なんか難しいわけさー。文章考えるのは。感想文とか気持ちを文章にするのは難しいわけよ。」
「無理を言っているのはわかるけど、別に能力の話を絡めても言いわけ。私のプライベート資料だから。気にしないでいいから。私の言いたいことをみんな理解してほしいんだ。」
「それは10月の事件で私達が注目を受けたということ。今日子さんがずっとマスコミの受け皿になってくれていること。だからこそ、京子さんに伝えなければいけないことを伝えてほしい。ということかしら。」
 さすがみずきちゃん。みんなにこの部分に気がついてほしいのだから。
「そうね。いまからでも裕一君かいてみて。強引に強いられてでも自分のことを誰かに伝えなければならないことがこれからいろいろあると思うの。舜とみずきちゃんもまだあるのなら私に教えて欲しい。」
「了解。」
 ノートと鉛筆をみんなに渡すと一同はおとなしく書きはじめる。
 今日子は部屋のBGMをカーペンターズのベスト盤に替えた。
「出来たぜ。」裕一が手を挙げた。
「一番難しいとか言ってた人が早いね。」
「仕事だと思えば無理にでも書かなきゃとおもってさ。」

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 裕一の文面
2010年3月に那覇工業高校を卒業して以来、俺は祖父の代から続く自動車修理工場八幡ドライブクリニックの3代目店主として働いている。
 親父は俺に店を譲ってから南風原のジャンクヤードをメインに働くことにして、俺が店主で俺が休みの日はオジーが出るような感じでしばらく続けたある夏の日、夢枕に王様が現れたんだ。
 日本式の甲冑に沖縄の髪型、髪を団子に巻いたカタカシラの若武者だった。
 王様は俺にいくつかの予言を託した。そして俺のことを見抜いた言葉を伝えてくれた。
「お前には見立ての力がある。人や物の調子が悪いところがすぐわかるのではないか。」
 確かに俺は機械の内部が見える。車が点火からエンジンが始動するまでの動きが目に見えるようにわかる。そして子供の頃からエンジンや家電の部品をおもちゃ代わりにいじっているときに無意識にいつもおこなっていたことがある。
 劣化した金属を新品に変える術。
 王様の言っていることはこのことだろうと思った。
 そして最後にこう伝えた。
「いずれ王となる人のためにこの力を使え。この力を世の中のために使って神をこの世に示せ。その時は近い。」
 この予言が意味することは良くわからなかったけど、
俺はこの夢から覚めた日から出会いと驚くべき事実を発見するわけだ。
 オジーとわが妹小夜子が住んでいる那覇市牧志の家でオジーがカミングアウトした。
 オジーがひそかにで地下の研究所で作っていたものの正体だ。
「帝国陸軍の秘密兵器のエンジンを作った。」
 オジーは最初小夜子に言い出したのがまずかった。
「使えるかどうかわからないものをよくこんなものをこっそりと作って!八幡家の家計を考えてよ!」
 そう言って半日不機嫌だった。
 その日の午後、葦原茂敏の戦友を探す作業をしていたかりゆしタイムスの大湾さんが尋ねた。オジーは体調をくずしていた。しばらく入院になったオジーのところに舜がやって来た。
「天国の哲一さんがやって来た。お迎えかね?」
 と相変わらずのボケぶりをみせてくれて家族は和んだ。
 あの日の出来事で失われた三つの家族が繋がった。
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「3人の出会いまでがこんな感じかな?」
 今日子はうなづいた。
「よくまとまったね。裕一の力は金属を変成させる。機械の状態を把握できる。やはりみんなの調整役なんだよね。」
「俺が二つ上ってだけでリーダーぶっているだけだから。」
「じゃあ、次はさっきから黙っている舜ね。」
「ああ、わかりました。最初に書いた文に手を入れてみました。」
 舜はノートパソコンを差し出して文章を確認してもらおうとした。
 その時ドアが開く音がして勝手に入ってきた男がいた。
「うぃーっす!差し入れ持ってきたよん。」
 稲田作太郎がはいって来た。今日子と作太郎はハイタッチで手をたたきあった。
「作ちゃんおつかれ。間がわるいね。今舜の話を聞くところだから。」
「そうか舜、思い出のあの曲を掛けるか。」
 今日子の200枚以上あるレコード棚から迷わず取り出したレコードはたしかに思い出のあるアルバムだった。
「これを聞いた日の話から始めます。」
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 舜の文面
 首里の高台の僕の家からは東シナ海が一望できる。
 毎週土曜日我が家にいつもやってくるのが県立芸大生の稲田さんだ。
 一学期最後の土曜日は夏休みの予定で頭がいっぱいだった。家にほとんど塾の予定しかない。息抜きはライブを見に行くことだ。中学の時県立芸大祭の会場で出会った稲田さんのバンドを見るとストレスが解消できる。
 知り合ってからというもの稲田さんはうちのアンティークなレコードプレーヤー付きステレオデッキ目当てによくやってくる。
 稲田さんいわく『アナログデッキは超重低音を発生できる。』そうなのだが違いがよくわからない。
 稲田さんがこの日もやってきた。今日のアルバムはking Crimsonの『太陽と戦慄』だ。太陽と月が重なった絵柄は錬金術をモチーフとした意匠だ。
 錬金術。僕が持っている力、子供の頃からもっているこの力をそう呼べるのだろうか。右手の手のひらを空にかざして念じると水の透明感を持ったゴムのような球体、それより硬めの直方体のブロックが無の空間から浮かび上がる。
 この力の話のことは誰にも話したことがない。いつも神秘主義やシャーマニズムとかとロックの関係の話ばかりしている稲田さんには理解してもらえるだろうか。
 この日の夕方はアルバムを聞きながらシャーマニズムの話をして終わりそうだった。いつもより実のある話だから稲田さんに実演して見せた。
 沈む太陽を見ながら僕が作り上げた水のような球体を稲田さんは手品だと思って信じてくれなかった。
 信じないというか、稲田さんはなんか心理学の理論を持ち出して見えないものが見えるとか、哲学的に実存がどうたらとか話をややこしくしていたので、もっとストレートに物事を解釈してほしかった。
 僕はここにあるこの物体を作ったんだ!といいたかった。
 結局理解してもらえなかったけど、見せてみただけすっきりした。今思うと最初に見せたのが自分の理屈で超常現象を納得する人でよかったかもしれない。
 僕は特殊な人間と思われるのがいやだったから。

 結局その時また人には言えないことだと思って秘密にすることにした。
 次の課題は子供の頃からの不安、これは自分の命を減らす技だという思い込みから解放されたい。

 賢者の石を見てみたいとおもったんだ。
 この不安定な物体を普遍に変える鍵、賢者の石のようなものがあればと思った。
 誰もが認める一つの形に。
 賢者の石を探す旅。ロールプレイングゲームのようだ。そしてそれはさらに多くの仲間のパーティができあがることなんて考えもつかなかった。
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「結構はっきり書いてくれたね。自分の能力のことを。」
「まあ、誰かに見せたとしても信じるか信じないかということだと思います。僕にかけることはありのままを出すしかないから。」
「一年前同じようにあの頃のことを書いてといった時には全然書いてくれなかったよね。やはり不安があったのかな。」
「そうです。一年前の正月はゴーレスの部品を少しづつ作っている頃だから。」
 稲田が割って入った。
「問題はこの力を俺が信じるまでだな。皆がパワーアニマルの話をし始めたあたりから、本物のシャーマンの世界がここにあるとわかったよ。」
「稲田さん、夢枕に出た動物神達がまず向こう側の世界を示してくれた。みんなが集まったとき、何かが生まれる。そのことを。」
「賢者の石はみんなのことだったんだよ。うんそうだ。」
「稲田さん、簡単な結論でまとめないでください。」
 もう、わかったふりばかりでしょうがない人だ。
「とりあえず今日はこんな感じでいいんじゃない。つづきはメーリングリストに投稿して来週の新年会に桜さんと貴子さんに」今日子はみんなの集中力が欠けたのをみて、終了を宣言した。

 今日子はいつも彼らの精神状態を心配していた。
 紛争地域で心を閉ざした子供を見てきた彼女はみずき、舜、裕一らの極端な環境の変化が彼らの心に何かしこりを残さないかそれを心配して、箱庭療法としての作文提出を何度も試みていた。
 そして10月の事件以来ますますこの思いを強くしていた。
 明らかに殺意を持った敵に対峙する。
 敵の捕虜としてつかまるということ。
 そして自らの暴力で相手を一度制したこと。
 これらはまさしく戦争。
 彼らは戦争という場を名実ともに体験してしまったこと。
 それが一番の心配だった。
 私が彼らを出会わせてしまったこと。この最大の責任を一生かけても取るべき。そして彼らの成長を見守ること。それが私の務めだから。
グラグラッ。突然地震が来た。揺れはすぐ収まった。
「よかった。今日子さんのレコード落ちてない。」「稲田さん、レコードの心配はいいから。」
「最近地震多いな。テレビテレビ。」
 <震源は沖縄本島の北西150km 深さ20Km 地震の強さ M5.4 各地の震度です。震度4 本島北部 与論町 沖永良部町 震度3 奄美市
本島中南部 久米島 … この地震による津波の心配はありません。>
「伊座の浜の直下じゃないの。 桐丸重工の海底開発基地とか大丈夫かしら。」
「だからよー。(そうだなあ。)兼光は荏田さんに負けて以来あんしテレビに出ないから、開発反対派の声が多いし。やめたほうがいいのかな。」
「でも裕一さん、海底開発に参入というのもゴーレスの目的の一つだったじゃないですか。兼光は嫌なやつだけど、桐丸の事業を通じて沖縄のために働きたいというのも動機のひとつですよ。」
「だからよー舜。沖縄の資源を有効利用という考えもあり、沖縄の自然を守るという考えもあるけど、開発しすぎも、ワンワールドのような抗議活動も問題だよね。」
「舜、裕一。だからこそまたゴーレスをいつでも動かせる状態。これが一番のことだと思う。」
 みずきの言葉に今日子が水を差した。
「みずきちゃん。それが一番だけれども、また喧嘩しようなんてやめてね。傷をつけることが普通になってしまうことが戦争のはじまりだから。」
 新年会当日。津堅島移転を前に百名ビーチの工場では小雪と辰巳がシステム系をよりコンパクトにして移動しやすくする作業をしていた。まずは試行錯誤の時に作った無駄な配線を減らすことが急務だった。
「もうすぐ引越しかあ。一年があっという間だ。」
 ユニットの裏側の配線を見ながら明らかに使わない配線を抜きながら辰巳は答えた。
「俺が中途半端にネットとアクチュエーター工学に詳しかったから成り行きでゴーレスが出来た。最初爺さんの正体不明のエンジンを理解できたのは俺だけだったわけだし。あの設計図がいかに恐ろしい代物か理解できたのも俺だけだった。」
 使用していないアプリケーションの削除を行う小雪はキーボードを叩きながら答えた。
「それを言うなら私がみんなの架け橋になったことがこのすべての原因よ。脳科学のアクチュエーター神経回路構築への応用と、人間の記憶を応用した擬似生体(Imitation
Living)CPUのシステムを勉強していたこと。現代のテクノロジーを超えたシステムを八幡氏に託されていたこと。それらがすべて70年前の設計図に組み込まれていたこと。
 そしてそれらを理解できる私が設計した祖父の孫であること。」 ここで小雪は言葉が詰まった。
「…神様はきっとおじいさんの思いを私に託したんだ。祖父のバトンを私が引き継いだんだ。」
 目頭を押さえる小雪に辰巳は傍に立った。
「運命を感じるとき。その至高の存在に対して申し訳なくなるのは心が健康な証拠だ。」
「大学と桐丸の共同プロジェクトを途中でやめた時に迷いがあった。そして実際にゴーレスを作ろうとした時もそうだった。運命をそのまま受け入れるほど心は強くない。」
「でも桐丸の大規模ILCPUハツクニに匹敵するアクチュエーターのホスト機能を示している。俺達は成功した。」
「外部ILCPUは本来設計図ではゴーレスに搭載されているもの。祖父の理想にまだ近づけていない。それに科学的に不明瞭なものをまだ完成とはいえない。もっと私達は知らなければならない。時空を超えたオーパーツ、ゴーレスの秘密を。」
「ああ、『世界革命のための武器を公開する。その野望を阻止するために。信じられるものたちにこれを託す。』葦原茂敏の残された言葉。僕達の知らない事実が隠されている。ゴーレス以上の存在が世界にあるはずなのだ。」
「今日は桜ちゃんにもいろいろ聞きたいものね。」
 桜は津堅島のニューロコンピューティング研究所から帰る準備をしていた。デスクの小佐田氏から声がかかった。
「桜君。我々はゴーレスのチームと手を組むためにお互いの情報を交換する用意がある。我々には独立した決定権がある団体だ。だが、オノゴロのヴァージョンアップが統括委員会からの課題だ。
 ゴーレスのホストIL(擬似生体)CPUであるウムイシステムのILナーバスは粘菌状、いやクラゲのような形質を示している。さらにウォード粒子を内包した『意思塊』分子によって構成される『モノリス』をいわばハードディスクとしている点においてすでにヴァージョンアップされたオノゴロと同じなのだ。逆に技術提供をお願いしたいくらいだよ。」
「だめです。彼らの技術に干渉してはいけないです。」
「そもそもゴーレスが成立しうる確立は天文学的確立だ。
 葦原茂敏の設計図だけではなく、巫術師による錬金術的作業が必要だ。人とロジックとセオリーがそろってしまった。
 そして彼らは成し遂げてしまったのだ。やはり鍵はモノリスである王家の石板か。龍の眼なのか」
「同じものが沖縄に代々伝わっていてもおかしくはありません。古墳時代に本土で製作された勾玉が伝世で代々の神女に受け継がれている事実があります。2000年の時を越えて伝わる古代の記憶装置。私達の手にある『トコタチ』はいかなる力を持つのでしょうか。パンドラの箱は開けたくない気持ちです。」
「すでにオノゴロシステムはウォード粒子と地震の関連性を観測できる方法として認知されている。南日本地震研との共同作業でもあるんだ。サンプルによる実験から決定事項だ。
 触れてはいけない精神世界の作業に桐丸は手を出している。しかしユーリ・オシタノフのウォード粒子、ニーナ・アルナックスのソリュート理論。シャーマニズムと物理学の融合が進んでいる。わからないものに手をだしていることはたしかなのだ。
 これからはそれらを理解するための作業ではないかね。」
「わかりました。でも彼らは巻き込まない事を約束してください。」
「大丈夫だ。お互いにリスクを持っている。不安要因のあるシステムということははっきりしている。
 だが一般人である彼らはいっそ我々にすべて譲渡するという手もある。そこが彼らと我々の違いだよ。」
 二人は実験建屋の3階から超純水に浸かったトコタチを見た。
「私が学生のころ発掘したものがこれだけ重要なものになるとは。」
 三重県神島。伊勢湾に浮かぶ孤島。ここでこれは発掘された。
 平らな石板、たて3.5m 横1.55m
幅30cmの石は弥生時代終末期から古墳時代前期の石棺墓の一部として使われたと思われる石。石に見えるが、あくまでこれが石として定義できる物体であればそう呼べる仮称である。
 当時の発掘の目的も桐丸系列企業の工事関連の緊急発掘であったが、小佐田も宇都宮もこれが桐丸上層部が狙いを定めて行った作業であると確信している。そしてこれが特異な分子構造を持っていたということも偶然とは思えなかった。だが末端研究機関である彼らはグループ全体の流れを把握は出来なかった。彼らはこの物体をいかに活用するかが問題なのだ。そしてこれが最高決定機関賢人会議からの作業予定。
「もうそろそろいくのか。」「はい。ここは遠いですから。」
 桜の目の前には培養水槽に浮かぶ虹色の影が広がっていた。
「オノゴロの精よ、月曜に会いましょう。」
 クラゲのような影はエレベーターに向かう桜を追いかけるような動きをした。
 桜の車は本島へ向けて中城湾海中道路を抜けていった。

同じころ、島根県出雲市に橘武丸は来た。夕暮れの出雲大社で若い神主と会うために。
「大水方(おおみなかた)神社禰宜渚岐水都(なぎさきみなと)君、近くの神社とはいえ御足労だったね。橘製作所社長橘武丸だ。アルバイトをしてもらいたいが。」
 嫌味にならないほどの笑顔をたたえた20歳前後の青年。長身で長髪を後ろで結んだ袴姿の男はすべてをすでに理解していた。
「橘さん。『赤紙』はすでに受け取っております。生で出会っている間にできることをしようとは思いませんか。」
「やってみな。」
 人影の見えない拝殿前にたたずむ橘は次第に視点が上に上がっていくことに気がついた。まさか……。
「私達が立っていた場所は昔の出雲大社の柱があった場所。今昔ここにあった『柱』を再生中ですよ。」
「お、おい。だんだん高くなっている!どうすればいい!」
 半透明の氷のような直径1m35cmの円柱に乗っている橘はへたれて膝をついた。空中に足をはみ出した状態で不安になった。
「もうすぐ千年前、本来の柱の高さ40mになります。そしたら本殿と階段をつけましょう。」
「わかった。お前の力はわかった。」
「いや、この高さで話をしたいのです。」橘も腹をくくった。クライアントがこうではいけない。
 風が強く吹き、所々残雪の残る境内。現在の社殿を見下ろす高さ。
 三本の円柱が束になり、全高48mの高層建築をささえていた。発掘によって見つかった柱によって48mの高さという伝説が史実にかわったのだ。
 柱の上で橘は立ち上がり桜井に命じた。
「橘花のパイロット、そしてまたあの自然誘導の実験をお願いする。」
「おやおや、橘花の件、部品製造の仕事だけでなく操縦も依頼なさるのですか。」
「守護神計画。ゲニウスプロジェクトはゲニウス2に移行する。ゲニウス3となる前に軍隊を組織しなければならない。ゲニウス2の口火は天変地異の不安だ。それを行うには霊的指導者が必要だ。君の力が必要なのだよ。」
「ははは、私の力を過大評価しないでください。でも、あの10月の沖縄南城市の事件、水中に壁を作る技。あれはいつも練習でやってることです。巫術師ならば悪意との対決をするため防御の技は心得なければなりません。」
「さすがだな。」
「古事記で『八重垣つくる八重垣にその八重垣を』と歌われた技のとおりです。彼らも我らと同じ『神の血筋』でしょう。もしくは前世で一戦交えた間柄。技の作り方なんか似てるんだよね。」
「彼ら沖縄の巫者は神の魂をあの機体に取り入れた。仕上げとして神の魂を機体に込める仕事も必要だと言っておこう。」
「もちろん、全部了解ですよ。魂を込める技、兼光さんに依頼しないところをみると統括委員会ではなくあなた個人からの依頼ですね。」
「ああ、兼光は結局沖縄人だ。日本全体よりも琉球王国の安定だけを願っているわけだ。沖縄を捨石にする作戦など彼には出来ない。
 そして彼のイヒカの成功によって一番重要なことが最近わかったのだ。機体を作り出した者とパイロットはなるべく同一人物の方が相性がよい。そして魂寄せした守護神とパイロットの魂との共鳴のようなものが必要だと。
お前が神の血筋を持つならば魂も特別。神を召喚する儀式の場を用意する。日本中何処でも一時的に場所を占有する準備はできる。我々が保障する。
 その優遇で兼光は『熱田神宮』というとんでもない要望によってイヒカを召喚した。お前は何処を選ぶ。」
「そんな仰々しい場所でなくとも天と地と時はおのずから神のお召しになる場所を与えてくださる。時はもうすぐ。召喚の儀はこの冬もっとも寒くなる頃まで待って欲しい。」
「自然にまかせるか、敬虔な態度だな。では神を呼ぶことはお前に任せる。
 そのための古い委任状を用意する。70年前のものだ。」
 次第に暗くなる海を見ていた渚岐水都は橘を指さす。
「結局祖父と同じ仕事をさせるというのですか。『神宮特別神事旅団』巫術師の集団を。これは人を治めるための力であって暴力の方法ではありません。」
「すでに旅団の人員もそろている。あの実験で君も間接的に大量殺戮に関わっているではないか。暴力に加担しているのだよ。」
「……それは自然現象、神の行いでしょう。いずれ起こるべくして起こった自然現象を人は止められません。」
「まあ、若い君に責任は問わないさ。戦争は起こさない。『過ちは繰り返しません。』という反戦のスローガンの通りだ。
 我々があやまった方法で国民を苦しめることはない。だが、いずれ来る敵と対峙する力を備える。そういうことだ。
 まあ詳しい話はまたおいおいするとして。……もうそろそろ降ろしてくれないか?」
「ハハハ、いいですよ。」氷が解けるのを早回しにしたように彼らの足元は急に下に下がって行き、渚岐は橘の前に立ちふさがった。
「一番重要なことを聞いていなかったようです。『扉』を使ってもよろしいのですか?」
「扉の出口を間違えなければいい。その答えでよろしいかな。西洋文明の極みたるハイエストに『扉』を先に使われるのが脅威なのだ。」
「わかりました。早くできるよう努力します。しかし天の時を我々は知ることはない。神の御心に従うまでです。」

今日子はメーリングリストに投稿された舜とみずきの文面を見ながら、一つの文章にまとめた。
 この巫術の力を公開する日が来る。その時のために。このことをまとめておこう。
 人間だれもが持っている『かんなぎ』の力。巫術は人の心の可能性。
 舜が悩みを解決したこのことだけでもとても意味のあることだった。
 私は後世に彼の心の気付きを遺したいと思う。
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 みずきの文面。
 私が沖縄に来た8月。みんなが集まった時に、顕龍-零式を作ろうとみんなが言い出した。
 だれからだろうか。裕一からだと思う。
 オジーの作ったエンジンをそのまま搭載する案を考えると相当量の部品が必要だった。
 そして再現するための最大の問題、
 振動緩衝材、装甲部表面などの多くの部品の素材が不明だった。部品には材料名の代わりにこの言葉がつけられていた。
 謎の言葉、『これは心より作り出せ。言葉より出でるものを信ずるものにしか作れない。』
 舜はその言葉の意味にに気がついていたがなかなか言い出せなかったといっていた。
 その時幸賢オジーが私が持ってきたおじいさんの軍刀を取り出した。
「葦原茂敏の刀は折れたが、上運天哲一と八幡幸賢と葦原茂敏の力で折れた刃を再生できた。
 哲一さんが無から刀を再生させ、わしが表面を本物とたがわない刀に変化させた。この力こそ『心より作れ』と記された部品のことではないのかね。」
 その言葉を聴いて舜が重い口を開いた。
「僕の力なら同じことができる。」
 その言葉を聴いてみんなが見ていた不思議な夢が現実かもしれないことを思い出していたんだ。
 私は茂敏お爺さんほど強くない。でも同じ力があるのなら私は強くなれる。私が受け継いだこの力の秘密を知りたい。
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 舜の文面。
 あの時は言いたくてたまらなかった。
 僕の右手が作り出す技と同じことを祖父ができた。
 僕は世界でたった一人ではない。
 いままで生きてきて悩み続けたこの力が現実に存在するんだ。
 この右手にお爺さんと同じ力が宿っている。お爺さんの魂が僕に宿っているんだ。
 そう思って涙をこらえながらみんなに言ったんだ。
「僕の力なら同じことができる。上運天哲一は僕の中で生きている。僕はおじいさんの孫だから。」
 幸賢オジーは大きく頷いて声をかけてくれた。
「ああ、そっくりだからねえ、頑固なところといい。涙もろいところといい。オジーはあの力を私は見たいよ。舜君。」
 しばらく泣いて言葉がでなかった。みんな優しい言葉をかけてくれた。
「今から見せるよ。」
 僕は球体を右手の上に球体を作った。
 そして幸賢オジーが球体の上に手をかざした。
「この方法はひさしぶりだねえ。」
 半透明の球体が金属の輝きに変わった。右手が重くなってきて、金属の球体に変わった。
「オジーも家族にみせたことはなかった。舜君と同じ気持ちだよ。どうね。」
 ついに賢者の石をこの手にすることが瞬間だった。
「幸賢オジー。ありがとう。」
 今度は涙よりとても嬉しい気持ちがこみ上げてきたんだ。
 二人でこれを作り上げた。もう僕一人の力ではない。
 幸賢オジーはこの球体を持ち上げてみずきに渡した。
「みずきちゃんが葦原茂敏の力を持っているとしたらこれを『本物』にしてほしい。」

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 みずきの文面

 私に何が出来るのだろうか。本物にするって?
「時間が経つとこれは消えてしまう。今となっては本物にすることの意味さえよくわからん。
 ただわしが思うに、こいつに時間を与えるということだ。3次元上に存在する物質はすべて時間を含んでいるんだ。時間すなわち命。命をあたえるという力のような気がする。」
 そう言われてこの球体の声のようなものが聞こえた気がする。舜が嬉しい気持ち、幸賢オジーの懐かしい気持ち。これに答えるにはこれは消えてはいけない。
 時間!それを考えた時に星が見えた。爆発する星、その星の屑が固まってまた星になり、地上が出来る。宇宙の時間がものすごい速さで心の中を通過していった。
 私はこの幻影をふりきるように顔をたたいた。
「気分が悪いの?」小夜子ちゃんが声をかけてくれた。
「幸賢オジー、今は何もできない。ごめんなさい。」
「気分悪くなるなら無理したらだめだよ。よんなーよんなー(ゆっくり)でやればいいさ。たしかに時間は待ってくれない。でも意味のない時間はないからね。」

 意味のない時間はない。そう考えると楽になった。
 もう少し後で祖父の力の秘密に近づくことができた。
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裕一の文面。

 オジーの力の秘密を見て俺は納得した。
 俺にはこの力が受け継がれている。
「俺もできるよ。いままでなんで金属が新品になったりしたかよくわからなかったけど。やっとわかったよ。」
「あそうねー。だはずねーと思ってたけどねー。」
 舜に笑みを浮かべて対応した時と違って俺にはそっけない対応。でも俺はこれで満足だった。舜が苦しんでいたのとくらべたら俺はなんとなくこの技に接していたんだからこれでいいんだ。
 みずきは葦原茂敏の力をどれだけ受け継いだかよくわからなかった。でも統率力のようなもの、シャーマニズムで言う『審神者(さにわ)』の力だということがわかった。
 あの時はまだまだわからないことが多い時期だった。

「これで本当に謎の部品を作って、あの大型アクチュエーター顕龍を作ることができるだろうか。」
 これが大きな課題だった。
 でもオジーは笑いながら答えた。
「急がないで作ったらいいさー。オジーは10年かけてエンジンを作った。葦原茂敏さんが人間に出来ないことを設計図にすることはない。
 そして、これが本当の葦原茂敏の遺言。
 『顕龍の設計図をあの黒い制服の憲兵にみせてはいけない。いずれ日本は負ける。戦争からほとぼりが過ぎた頃にうちの妻に聞いて設計図を見て欲しい。そして世の中に役立てることができるならこれを作って欲しい。君達ならできる。私の子にこの力があるのなら一緒に作って欲しい。』。」

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 新年会。ここまでを裕一が朗読したところでコーヒーブレイクが入った。桐丸重工を辞めた貴子は喫茶店準備のため、そして大事な人に会うためにベトナムに行ったばかり。買い付けたベトナムコーヒーの匂いが部屋を覆った。
「稲田さんの顔に『コーヒーより酒』と書いてありますよ。」
「いやあ。エスニックな料理は好きですから。生春巻きおいしいですね。ははは。」
 那覇牧志の幸賢の自宅は11人の八幡アクチュエーター重機関係者、通称「ゴーレスチーム」の面々が集まりにぎやかな声が上がっていたが、これまでの経緯を桜と貴子に説明するため、反省会という形でいつもの酒は後回しでメーリングリストに投稿された文を確認しながら久しぶりに真剣に話し合いをすすめていた。
 今日子は話を続けた。
「遺言を聞いて後、みずきちゃんは重大な決意をしたんだよね。」

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 みずきの文面
 私は祖父のアクチュエーター機を作るために沖縄に転校しなければならない。
 公立の商業高校の商業科なら転校はたしかにできる。
 しかし家を飛び出さなければならないという理由がどこにあるのだろうか。
 私は父母に相談した。母は猛反対した。確かにそうだ。
 でも、父は不思議な反応を示した。
「お父さんはお前を好きな方向に進んでもらいたいと思った。お父さんの会社のコネなんか届かない場所に行きたいというそれくらいの思い切りがついたのなら、新しいアクチュエーター会社の立ち上げにかかわりなさい。その代わりお父さんの会社とはライバルだぞ。おれは手を貸さないどころかお前の会社を買収するかもしれない。それでも戦う覚悟があるなら沖縄に行きなさい。」
 いつも淡々とした父がこれだけ語気を荒げたのは初めてみた。
 認めてくれたことよりも父の息遣いを感じたのが嬉しかった。海外にでてばかりの父が存在感を初めてしめしたようだった。
 そして沖縄に出発する前日、今日子さんに受け渡す荷物、『顕龍』の図面一式を用意した。父が現れて刀を渡してくれた。
 「これはさすがに物騒だからお父さんが秘密のルートで運んであげよう。茂敏お爺さんの軍刀だ。」
 すこし刀を鞘から出して、錆びてない本物の輝きがあることを見せてくれた。
「これを何で私に…。」
「お前の祖父の魂がお前を守る。そして葦原家の血を小雪とお前二人で受け継ぐのだ。」
 私は父の言葉に家を出ることの本当の意味を知った。
 私はこれから一人で歩き、いつか伴侶となる男性と出会う。そういう人生の旅に出ようとしていることだということを。
「ありがとうお父さん。でもこんな大事なものはお嫁に行った時の方が…。」
「お父さんはいつお前にあえなくなるかわからない。そしてこの設計図を持っていくことは桐丸グループに対して反旗を翻すことになる。」
「お父さん、はっきりいって。おじいさんのことと、この設計図、本当は知っているのでしょう!」
 父はしばらく黙ってそしてこういった。
「お父さんは本当は知っている。それはいつかお前に話す。だが私に立場というものがある限り簡単には話せない。お前は私と別の道を行くのだから私の知識さえもすでにお前には関係のないことだ。」
 また冷たい態度でわたしを引き離した。せっかく距離が近くなったというのに。
 父をだまってにらみつづけているとぽつりと言ってくれた。
「葦原茂敏は陸軍中野学校出身。日本軍部に深く関わっているだけあって有名人だ。子供の頃興味のなかった、そして嫌いだった父の情報が周りからどんどん入ってきた。その大きさをあらためて感じることができた。
 同じように父である私のことをお前も周りから知ることとなるだろう。つまり時間がかかるということだ。」
「わかった気がする。ありがとう。」
 次の日父は朝早く私の顔も見ずに出かけていった。
 母に見送られて私は朝霞の駅に向かった。

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 みんな床の間に飾られた軍刀に目が行った。
 ここまで長い時間、今日子と投稿した本人の朗読で時間が過ぎて行ったことに皆気がついてきた頃だった。
「では、製作過程の話はまた次回にしましょう。何か質問のある方は?」
 貴子は小さく手をあげた。
「ええと、錬金術の金属って価値あるものかな…。あ!ごめんなさい。聞いてはいけないと思ったけど、気になるんですごめんなさい。」
 舜はこういう質問のための用意された答えを言った。
 少し笑いながら冗談っぽくいったほうがいいかな……?
「まず、売りたくないですよ。自分の一部ですから。あと詳しい解説は辰巳さんの出番。」
 辰巳は立ち上がった。
「説明しよう!この金属は地球上では作れないレアメタル合金になっています。これからレアメタルを取り出すにはおそらく現在の技術では値段以上の費用がかかることが私の試算でそうなっています。我々はこれが外に流出しないように」
 みなさんどうもすみません。と貴子は頭を上げずに恥ずかしそうに答えた。
 ここでやっとビールの乾杯になったが、桜が思い出したようにA4のプリントを配りだした。
「みんな忘れたらいけない。来月のお仕事、裕一社長このプリント読んでみて!」
「『国際通り改造計画』への参入企業さんへの説明会。
 ついに入札が通って国際通り改造の大目玉、三越および那覇タワー解体の工事に参入することになりました。」
 みんな拍手とともに、やっと本物の仕事ができるという気持ちで一体感が出た。
「乾杯!」
 本来の目的である工事参入というところまでこぎつけた喜びは大きかった。

八幡家での一次会は終わり、今日子と桜と貴子と小雪の四人は桜坂のジャズバーで女子会をしていた。
 酔いの回った小雪は桜の肩を組んでいた。
「桜ちゃん。やっとお互いの秘密が見えてきたよねえ。」
「はい、はい。もうその件は八幡家で終わったでしょ。もう酒飲みながらこの話はやめ。」
 飲めない桜は小雪をたしなめた。
「じゃあ、貴子ちゃん、女子会恒例の秘密暴露!荏田さんとベトナムでどうだったの。」
「貴子ちゃん、無理しないでいいからね。」
 黙っていた貴子は今日子を見ながら言った。
「いっていいのかな?」
「うん、あれは知ってる人は知ってるから。」
「あのね、荏田さんの体を見たの。」
 落ち着いて話を聞こうとする二人とよからぬ想像をする小雪。
「荏田さん、左手が義手だった。」
 はじめてこの事実を聞く桜、そして小雪は酔いがさめる衝撃を感じた。
「荏田さんも左手……。」
「うん、最新の脳波接続アクチュエーター義手。」 葦原茂敏と同じ。祖父にそっくりなだけでなく、境遇も近いとは。小雪は頭を叩いて酔いをさまそうとした。
「ごめんなさい。話していいらしいけど、かわいそうだからこれ以上話せない。」
「ごめんね。私がいいだしたばかりに。」
 貴子は泣き出した。小雪は貴子の肩を抱きながらあやまった。
「その話次の機会に私から詳しくしましょう。私達には考える事が多すぎて。」
「よし、今日は貴子ちゃんのために私は飲む!」
「小雪置いてくよ、もう……。」

 時間を越えた2人の男の運命がかかわりあった女性達の運命を変えつつあった。

 八幡家では稲田と辰巳はライブハウスに向かう事になり、裕一は舜を車で送ることにした。
 去年の9月以来八幡家に厄介になっているみずきと同じ高校の小夜子。
 いつものようににぎやかだった居間のテーブルを片付けて、布団を敷いて就寝の床についた。
「ねえ、みずき。やっぱり話たりないよね。」
「うん。でもこれまでよりもこれからなんだと思う。」
 みずきは3人の孫がそれぞれに託されたこの力
をうまく使って行きたいと感じた。そしてどうしてもわからないことがある。
 葦原茂敏の本当の力。自分にはまだ見えない力があることを。
 一つだけわかることは、3人の能力が組み合わされないとゴーレスは生まれなかったこと。
 沖縄の戦場で偶然に出会った3人、必要な三つの力。その孫に引き継がれたこの力。
 『世界革命の阻止』祖父の日記の言葉。
 私達は仕組まれた運命なのか。
 守護神ゴーレス第7話
『ゲニウスたちの対決』 You are not all alone

「何!私の前に『壁』が!」
アノマロカリスが目前に立ちはだかる『壁』を銃撃したが、『壁』に変化はなかった。
「巨大な障『壁』……舜とみずきはここまでできるのか」
 裕一は針のむしろ状態の障『壁』に、あっけにとられた。
 ヨンヒは怒りをぶつける。
「柏木!近づけないじゃないか。これがヨロイの潜在スペックかよ」
「おそらくそうだ。『ハイエスト』の注目通り、『造物力』がからんでいた」
「お前、どうする。私助けられない」
「最後まで戦う」
「あなたも粛清対象だよ」ヨンヒは通信を切った。
「ヨンヒ!」
柏木は冷たいヨンヒの表情に、冷酷な工作員の一面を見た。

 ……完全にナポレオンとあの顕龍もどきが絡み合っているな。もうそろそろいいだろう。
 ゴーサインを出そうとしていた橘は海に立ち上がる『壁』に気がついた。橘が躊躇したところで、『たいしゃく』に乗船中の工作員との連絡用モニターに林尊文の顔が現れた。
「タケル君、だめだよフライングしちゃ」
「俺の工作員を拘束したのか」
「そうだよ。君の行動は計画の一端であるが、事態が変わった。あの半物質の『壁』が『君にはみえる』か?」
「見える。……あれが『能力』が無いものにも見える半物質であるなら、重要だな」
「事態は流動的だ。焦って行動することは慎みたまえ。第2局面はこちらから仕掛けなくても向こうからやってくるんだ。近々ね」
「議長に同意する」

 みずき、みんな。新しい術が完成した。
『ツキタツフナト』の神。
 この防『壁』は絶対に侵入できない。
舜のこの自信は異世界のツホト(器)神である『ツキタツフナト』の神を、現世に召喚できた大きな一歩からだった。
舜は『壁』の向こう側から、あの超大型アクチュエーターの影が去っていくことに気がついた。
 それとともに一瞬だけ、拘束の緩みを感じた。
見えない拘束を丸ごと切ってやる。背中の千代金丸に、手を伸ばす。
 いままで自分達の『能力』に自信を持てなかった舜だったが、今の技で、自信をもった。
――今度は裕一の自信作を、試したい。
 これがただの鉄の棒なのか、それとも本物の刀になるのか。
 裕一が『能力』で鍛錬した刀だ。かつて葦原茂敏の刀を、幸賢じいさんが鍛錬したように。
 背中から抜いた刀を勢いよくナポレオンにぶつけた。
サクッ。――ナポレオンの右腕2つが、切れた。同時に、粘着質の見えない拘束が消えた。
「ナポレオンの柏木さん、田中さん降参してください」
 波立つ海面に腰まで浸かったゴーレスは、右手の刀をナポレオンの下腹部に突き立てた。
 ≪リザードマン≫は左腕をつかみ、≪ハヤブサ≫は尻尾をつかんだ。
「このまま陸にひっぱるぜ」
ナポレオンが、後ずさりしていった。それを逃さんと、舜は砂浜に上がったナポレオンの左腕も切り落とした。
「みずきを解放しろ!それだけでいい。これ以上、僕は攻撃しない」
「わかった。降伏だ。今、コクピットを開く」
 すると頭部の下喉元にあたるところが開くような動きがした。
 しかしこれが閉じた瞬間、側部からミサイルが出た。
「こいつを自爆させる。作戦を失敗した」
 荏田はそれがロックを解除してないミサイルであることがわかった。
 発射体制になれば、ここで自爆する。
「舜、逃げろ。ここで小爆発させて、食い止める。鵜飼、弾頭の接続部をぶち壊す」
「みんな下がって!こいつを遠くに飛ばす」
 千代金丸でミサイルを切り落とし、ゴーレスは海に向かって投げた。
「遠くに行け!」
着水したミサイルは数百m沖の海中で水柱を上げ、爆発した。
 海水がここまで飛び散ってきた。
「なかなかの投てき力だな、舜」
荏田はゴーレスの馬力に関心した。
 ゴーレスが、ナポレオンの背中に千代金丸をつきたてた。
「でてこい」
 脚部を折りたたみ、地面にひれ伏したナポレオンから田中と柏木、みずきが出てきた。
 ≪ハヤブサ≫から自動小銃を持った鵜飼と船越が降り、二人に後ろ手になるように指示をした。
 海岸に無事生還した自衛隊員らが取り囲み、ロープで縛られた。
「いままで最強の敵を拿捕した」
全員が、万歳をした。
 荏田と舜が下りてきた。
「みずき!」
舜とみずきは、少しづづ歩みよった。
 みずきは舜の右腕をひっぱり、右腕を両手でつかみ顔を右肩に寄せた。
「ごめんなさい。心配させて。前に出すぎたわ。気を、つける」
 切れ切れの言葉を繋ぎあわせるしか、できないみずきだった。
わざと感情をださないようにしているのが、見てとれた。
「僕の右手の仕事をやったじゃないか」
舜は左手で軽くみずきの頭をたたく。これが不器用な二人のお互いが素直になれる、ぎりぎりの距離だった。
 ≪リザードマン≫から見下ろしていた貴子は、にこにこと笑いながら二人を見た。
「高校生、いいなあー」
 一方で、荏田は柏木を一発ぶん殴った。
「お前のハザラスタンのウルスハン事件の悪行も全部公開するぜ。広域自衛隊史上最悪の戦場をつくったのはお前だからな。タリバンに武器供与と情報を流した売国奴のお前は死より裁きの場に出ろ」
「俺達も同じだ。てめえに殺されかけた俺の怒り、味方を売ったお前を許さん」
鵜飼の銃口が柏木のアフロに触れる。
「荏田も同罪だろ。何度『ワンワールド』で強奪したか。人殺しはしないなど、奇麗事は言うなよ。お前が足を洗おうとしても、『ハイエスト』に関わったものは粛清される」
 防風林から刑事達が現れた。荏田は≪リザードマン≫に急いで戻った。
 鵜飼と船越は刑事に敬礼した。
「逮捕状ないけどね、未成年者略取、誘拐の現行犯、あといろいろあるけど、誰が見てもとりあえず現行犯だね。御用」
 南城署和宇慶警部補は、二人に手錠を掛けた。
 振り返った柏木は、舜たちにはき捨てるように言った。
「このお前達の『能力』、世界は黙ってはいないぜ。お前達はパンドラの箱を開けた。このアクチュエーター、欲しいやつはいっぱいいるんだぜ」
「柏木さん、あなたはゴーレスの何を知ってるんですか?」
「俺は知らない。クライアントも全部は知らない。――だから、欲しがるんだよ」
「刑事さん、もう行きますよ」
「教えてくれよ!なんで、なんで狙うんだよ!」
柏木達はその声を無視したまま、警官に押されて二人はパトカーに乗った。

「『造物力』。これはさらに問題が大きくなりましたね」
 桐丸グループ統括委員会の仮想会議空間は、呆然としていた。
 彼らは舜の作り上げた、尖った結晶体の画像の拡大画面に、眼を奪われていた。
「兼光はこのまま奪取計画を続行か。勝手にしろ。問題は≪リザードマン≫以上に、大事だ」
 林尊文はアフガニスタンの葦原敏の画像に語りかけた。
「葦原君、とりあえず娘さんの救出は成功した。とりあえず安心して帰国しろ」
安堵する敏が、一礼して画面は消えた。
「非常手段に出るシナリオは不要だったな。これだけ人間の潜在スペック『巫(かんなぎ)』の力を見せ付けられるとは、葦原茂敏の血筋はあなどれないことがわかった。そしてトロイプリマス、いや『ハイエスト』がより高機動のアクチュエーター開発を続けていることも。我々は急がなければならない」
 橘はうなずく。
「兼光の重工よりも我々が先に成功できそうですね。『橘花』の製作を急がせましょう」
「重工より橘製作所に拠点を移すべきかもしれない。兼光の状況を観察しつつ、仮想空間に召集あるまで閉会」
 会議室から、委員の姿が投影メガネの視界から消えた。

「20分?ちょっと、もっと早く現場にいけないの、ロディー?」
「わかってますよ、あっしはタクシードライバーじゃありませんぜ?」
「ジャン? 観測データーはまだ?」
「まだ現地から遠いですし、通信が不安定です。飛ばしているヘリではGPSデータと照合して誤差修正に時間がかかります。現地でホバリングしながら調べましょう」
 ニーナ・アルナックスはCH-36輸送ヘリの黒人パイロット、ロディー大尉とフランス系カナダ人の助手ジャンにずっと悪態をついていた。
「このネット画像を良く見ると、さっきから見える海に見える半透明の『壁』。いつの間に出来たのかしら」
「あの問題の場所。物理学的異常が多発しているんですよ」
「姐さんもジャンも、いつもあっしがしゃべる係なのに」
「ロディー、あんたはだまってて。『ソリュート』の研究と開発にどれだけ影響を与えるのか。未知のエネルギーを証明しなければならないわ。『能力』者の意識力、科学的に捕らえてみせる」

 舜とみずきの上空から、余韻に浸るまもなく上空から≪イヒカ≫が降りてきた。
海の上から外部スピーカーで彼らに叫んだ。
「さて、警察は許しても、私が許しません。あなた方は私のプライドを盗んだのです。返して欲しい。そして『顕龍-零式』! 君の事だ。黒いアクター! わたしは君の存在も許せないのです」
上空から間近に着陸する気配に、≪イヒカ≫のプロペラの風圧とその威容に舜とみずきは圧倒された。
「みずき!はやくゴーレスに乗り込んで」
「うん。社長、変よ」
 舜はみずきと一緒にゴーレスに乗り込んだ。
「兼光社長。荏田さんと勝負する気だ」
「『顕龍』って、社長が言ったよ…」
「あの社長がなぜ知っている」
「おじいちゃんの時代からの因縁?」
「社長は知っている。それが桐丸にとって都合が悪いんだ」
 貴子の顔がモニターに映った。
「≪リザードマン≫SG-11-3ノーマルと≪イヒカ≫に対して、ゴーレスさんは似ているんです。おそらく同じ思想の設計図を基にしています」
「桐丸が茂敏の設計図を設計図をいたんだ!」

 並んだ≪リザードマン≫とゴーレス、そして≪イヒカ≫が対峙する。
「私はまず≪リザードマン≫を返してもらうことを提言します。出来なければ力ずくで行うまで」
 荏田は振り返った。
「お前は降りろ。俺には、ハザラスタンの事件を伝えなければいけない仕事がある。そしてあの『ハイエスト』と、俺は戦わなくてはいけない」
「荏田さんについていきます。お尋ね者でもいい。世界のどこかで一緒になりたいんです」
「ばかやろう。俺は生きていても、お前が生きてゆけない。お前は今のままで平穏に過ごせ。俺はまた帰ってくる」
「……」
「じゃあ、俺の仕事を手伝え。俺がサイトに隠したハザラスタン派遣隊ウルスハン事件のデータを呼び出して、かりゆしタイムス南今日子記者に送信だ。日本領内でないと通信状況が難しい。行ってくれ。広島の兄と妹の喫茶店『スティックス』のページからリンクされている。てきるか?」
「荏田さんのためにできることを、やります」
 涙を流しながら貴子はキーボードを打ち続けた。
 青い海の浅瀬に立つ巨体、コバルトブルーの≪リザードマン≫と、サファイアブルーの≪イヒカ≫が水しぶきを上げて、対峙から戦闘へと移った。
 ≪イヒカ≫は走り出すと、≪リザードマン≫に向けてワイヤーガンを発射する。
姿勢制御型弾頭は、腕の回りを回転して≪リザードマン≫を拘束した。
「≪リザードマン≫よりいい武器を装備しているのは、君が一番知っているでしょう。荏田君」
 ウィンドウの中の、兼光のにやけ顔を見ないように荏田は答えた。
「武器じゃねえだろ。ツールだ。≪リザードマン≫SG11-3の機体は明らかに軍用だ。世界最強のアクチュエーター・マシンだ。特にお前の機体は!」
 ≪リザードマン≫は左手から熱溶解カッターを取り出し、ワイヤーの切断をしようとする。
 ≪イヒカ≫がステイクドライバーを左手に打ち込む、≪リザードマン≫が左手の装甲で弾き飛ばす。
「性能は兼光が上か?だが、同じ体型なら俺の方がお前よりマシだ。戦場で何人、俺が殺してきたかわかっているのか!」
 荏田は≪リザードマン≫が≪イヒカ≫にタックルし、よろめいたところにワイヤーを緩ませて外した。
「やるな、荏田君。私を本気にさせましたね。新しい武器、いや飛び道具をお見舞いしましょう」
 肩に収納されていた細い銃口が6門現れた。
「――しまった!仕込み武器があったのか」
 シュッという空気を切る音がして、気づいた時には、ヘリアクチュエーターのローター部分が損傷したことを伝える警告音が鳴った。
「誘導型熱溶解ニードルドライバーです。硬い岩盤の掘削に使えますね。新製品ですよ」
 荏田は新兵器を察知できなかった。空に逃げる選択を失った。だが冷静を保った。

「ここであんたに捕まるわけにはいかない。じゃあ逃げさせてもらう」

「兼光さん、待て!」
 舜は接近する≪イヒカ≫から、≪リザードマン≫をかばい、前に立った。
「荏田さん、逃げてよ。つかまったら、桐丸のいい様にされる。荏田さんの仕事はまだ終わってないでしょ」
「俺の事情は、まあそういうことになるな。とにかくあいつに捕まるわけにはいかねえ。逃げるぞ」
 ≪リザードマン≫は加速し、海岸を北にまわりこんで海に走り込む。
 ≪イヒカ≫が拘束ネットやワイヤーガンを数発打つが、≪リザードマン≫がそれを回避する。
 ゴーレスは≪イヒカ≫に肩から突っ込み、タックルをしかけた。
「ほう、妨害するんですね、ヨロイさん。ならばここで静かになってもらいましょう。あなたは社会活動の妨害をしているのです。自覚していられるか」
「そういわれると……」
 舜がためらった瞬間に、≪イヒカ≫の膝蹴りが、ゴーレス腹部に当たった。
 コクピットが激しく揺れた。
「くそ、振動緩衝系を超える動きだ」
「あまり学生さん相手に乱暴はやりたくないのですがねぇ」
 温厚な口調とは裏腹の、兼光の≪イヒカ≫のパンチは次々とゴーレスにヒットする。
「なんでショックがこんなに強い?」
「次元全体を震わせている。そして物理緩衝を超えている」
「――あいつも『能力』者?」
「うん。今、ゴーレスと≪イヒカ≫が対話している」
 守護神、そして神々の対話は次元の深い領域で行われる。
『能力』者の力をもってしても、簡単には解読できない。
 <久しぶりだな、敗走の将軍。もう一度死んでもらう。魂が消滅するまでな>
 <私は生前の多くの記憶を捨て、魂の長命を得た。貴様のことなど知らぬ>
 <俺も多くは知らん。だが俺は禍根をもったまま、再生と沈黙を続けた。お前への完全な勝利こそ、俺の願いだ。>
 <我々は、今の主人の意思で動く。すべてはそれにまかせるのだ>
 <昔から変わらねえなあ。それがお前の弱点だ!>
 強いパンチが決まり、ゴーレスは倒れこんだ。
「まて!兼光さん」
 ≪イヒカ≫は離陸し、沖へ進む≪リザードマン≫を追いかけた。
 舜は≪ナポレオン≫の残骸の傍らに捨ててあったワイヤーガンを取り上げ、海面上を低空飛行する≪イヒカ≫をとらえた。
「舜。待って、この戦いはみんなが見ている。兼光は手加減している。自分の株が下がらない程度に」
「荏田さんを逃がしてあげなくては」
「あの人は……荏田さんは、力を持っている。実力と、たぶん『能力』も。任せましょう」
 舜はワイヤーを根元から切り離した。
≪イヒカ≫が緩んだワイヤーを外し、≪リザードマン≫に接近した。
「ちくしょう。あの氷の『壁』のようなのにぶつかった。追いつかれるな」
「荏田さん、データダウンロード完了。これを今日子さんに送信するわ」
「ああ、これが出来れば。悔いはない」
「荏田さん、≪イヒカ≫が上空から接近してきます。ニードルドライバー発射準備態勢です」
「さあ、ここで決着か。いまなら出来そうな気がする、心が広がっていく感覚だ」
 ≪リザードマン≫の右手に海水が渦を作っていた。
「さあ、荏田君、返してもらおう。大事な社員、大事な機体、大事な我々の面子を返してもらう!」
 ≪イヒカ≫がm≪リザードマン≫の斜め直上をホバリングし、兼光はタッチパネルモニターの≪リザードマン≫の関節部を指差し、ロックオンを完了した。
「では、終わりだ」
 ≪イヒカ≫がニードルドライバーを発射した瞬間、数十メートルの大きな水柱が立った。
「何!」
兼光がひるんだ隙に、≪リザードマン≫は最後のワイヤーをプロペラに撃ちつけた。
プロペラを破損した≪イヒカ≫は、飛行不能になり、そのまま着水した。
 海岸で待つ舜は、水柱に驚いたが、みずきが怒鳴る。
「舜!あの『壁』を溶かして」
「作るよりも難しいんだよ、溶かすのは」
「早くったら!」
 絡みついたワイヤーを水中で解きながら、兼光は諦めていなかった。
 ≪リザードマン≫は肩を狭く、両足をまっすぐ伸ばして尾部バランサーを延長し、潜行体型に移行した。
「まったくこの『壁』、どうすりゃいいんだ? ――よし並行し、北に向かう」
「待ってください、荏田さん。『壁』を溶かします。溶けたところから、逃げてください」
 モニターには、汗だくの舜の顔が映されていた。
「なんだって。お前の『能力』……なんだよな」
「溶ける時間は一瞬です。氷の『壁』を、早く!」
「わかった!」
 ≪リザードマン≫は手を突っ込み、やわらかくなった『壁』を突き抜けた。
「待て!」≪イヒカ≫が後を追いかけようとすると突然『壁』は硬くなり、水中に潜る≪リザードマン≫を追いかけようと、『壁』によじ登ろうとしたが、『壁』はツルツルとすべり、そしてそそり立っていた。
「畜生、≪リザードマン≫部隊追撃を!」
 海岸の丘のむこうからヘリアクチュエーターを搭載した、≪リザードマン≫3機が現れた。

 舜は青ざめ、きつい顔でコクピットのボードに顔をうずめてへたりこんだ。
「ゴーレスの金属を作り出すより、きつかった」
「あなただけじゃない。ゴーレスの力もよ。このメーターを見て」
 右横の支柱にある円形の指針型蒸気加圧計は、レッドゾーンを振り切っていた。
「俺だけではない……。俺の力を、ゴーレスが増幅した」
「そう。ゴーレスに顔があったら、舜と同じ顔だと思う」
「ありがとう、ゴーレス。荏田さん、逃げ切れた」
「そういえば……『壁』を溶かす前に発生したあの水柱、なんで発生したんだろう」
「荏田さんにも『力』がある、そういうじゃないの」
 舜はうなずいた。
あの人には『能力』に頼らなくても、実力がある。がんばって逃げてよ荏田さん。
 荏田はより深い海で、得意の高速水中移動を始めた。
 ≪リザードマン≫のモニターに、ノイズとともに南今日子が画面に映った。
「荏田さん、ひさしぶり。情報は受け取ったわ。逃走中なのに、落ちついているわね」
「銃弾飛び交う中で、カメラ回す女には負ける」
「電波が弱くなる前に、私は戦友(あなた)の勝利を願う。――無事を祈る」
「ちょっと待った。この子は久米島のスカイホリデービーチで降ろす。頼む」
「わかった。………」
電波が切れた。 リンクしている工場の面々は『どこ? そんなビーチ、あった?』と考え込んだ。

 上空から追ってきた桐丸の≪リザードマン≫がソナーを投下したが、深海へ向かった荏田の≪リザードマン≫を見つけることは、難しかった。
 桐丸ニューロコンピューティング研究所小佐田所長が、兼光のモニターに映った。
「兼光君。この喧嘩はうちが買ったよ。あの若者達は、うちの研究所の提携企業だ。桐丸系列企業の相互不可侵契約で手を引いてくれないかな」
「いつのまに、こんなことした」
「今日の13時45分だよ。世界標準時記録にも、残している。もろもろの事件が起きる前ですよ」
「ちっ。このパソコン屋。いつもあんたらは統括委員会の追及を逃れるやり方ばかりだ」
「賢人会議が許しているんです。まあお互い、脛に傷持ってますからねえ」
 小佐田はすこしだけ早めに設定した時間が、功を奏したと思った。
「あの≪顕流≫オリジナルの五月人形、化けの皮をはいでやる」
 兼光は海岸のゴーレスを見ながらプロペラのワイヤーをはがした。
 ≪イヒカ≫は上昇し、飛行船のハンガーに接続してこの場を去っていった。

 ニーナのヘリが南城市百名の現場上空に到着し、ホバリングを開始した。
 報道のヘリも次第に増えてきて空はにぎわってきた。
「ちょっと、バトルおわってるじゃないの。ロディー遅いんだから」
「姐さん、日本の航空法にあった飛行をしないといけないんですよ。テキサスの田舎じゃないんだから。副操縦士なしで自動制御プログラムまでみつかったら、始末書だけじゃすみませんよ、もうまったく」
「ニーナ博士、我々はロボットプロレスを観戦に来たわけではありません。問題はあの氷の『壁』みたいなものですよ」
 ジャンは窓から指をさした。
「そうね。あの巨大な『壁』」
「え、何? 『壁』?」
「海に、氷のような『壁』が出来ているんだって」
「うーん、見えるような。波のしぶきにしかみえないけど」
「ロディー・マリス大尉には、見えないか。人の脳には常識を外れたものを理解できない性質があるようだ。 未開部族が飛行機をそれとして見れなかった例があるが、どうやら氷の『壁』も、あの報道ヘリの連中や自衛隊飛行船部隊には見えていない。もしくは、見えてもそれとして、認識できていないのかもしれない。 僕らは一度『アルケミスト』の技を見たことがある。だから、見ることが出来る」
「そうね。普通の人には、見る機会はそもそもないからね」
「なんだかよくわかんねえけど、俺にも見えてきた。氷が尖っている」
「なるほどね。ロディーは次第に、意識の共有が出来て、それで見えてきたというわけね。データの具合はどうなの?」
 ジャンがモニターに出した数値は、日本国内における特殊作戦軍計測数値通常値を5万倍というウォード粒子の値だった。
「思考の反映のウォード粒子が自然界にもたらす結果としては、世界的にも暫定的に一位です。自然界由来のあの大地震を上回っています」
「自然からのエネルギーを無視できないんじゃないの。ここは沖縄の聖地だって」
「たしかに。ですが、大型の量子解析機がないと難しいです。ハノイ経由で来週届くとは。タイミングが悪いですね」
「桐丸はもっといいデータ取っているんでしょうね。あの島の研究所」
 ニーナは津堅島がある辺りをそれとなく見た。ジャンは円筒の柱からホースでつながれた銃をとりだした。
「『仮称』ビームライフル、狙撃してみる。ロディー、見えるならあの氷の『壁』の一番北側まで飛ばしてくれ」
「ラジャー」
 百名ビーチの空の渋滞から少し離れたところで、ジャンは下部ハッチを開き、銃座から氷の『壁』めがけ、『ビームライフル』を海面に打ち込んだ。
 海面がえぐられたように直径30mの範囲が喪失した。
しばらく時が止まったかのように、その奇妙な状態は続いた。
 そして次第にこのえぐられた面に海水が流入してきた。
「すげー! これがビームライフルかよ。でもイメージとちがうなあ」
「そうよ。簡単に言えば、負のオートマトンを形成させるためウォード粒子を中心に次元増築された素粒子と水の分子が接触することで崩壊……て、これ以上簡単に出来ないわ」
「わかんねえ、すんません。なんでこんな実験部隊に俺なんかが配属されたのか」
「ロディー大尉、イメージのビームのような音や光はまったくでないんです。でも水には、これだけ効果があるということなんですよ」
 ジャンとニーナはモニターを見ながら、氷の『壁』の状態を見た。
 30mの範囲から、氷の『壁』は消滅していた。
「成功ね。 これならアルケミストの攻撃への対策は練られる」
「はい。アルナックス博士。我々は科学的結論から、未知の力を固めていく役回りなのですから」

 かりゆしタイムスビルの屋上にヘリが降りてきた。
ヘリに乗り込もうとする今日子に、大湾デスクが叫んだ。
「今日子さん! なんで久米島いくの。百名ビーチに行くと上には言ってるんだから。 ヘリ出してなにも無かったら、俺が上に絞られるんだ」
「だから救出だってm私の独自リーク。百名ビーチには、他の報道がもう行ってるでしょ。大湾君は荏田さんの言ってた、スカイホリデービーチ、知らないの? 久米島のハテの浜を勝手にこう呼んだ旅行社があったの。80年代の雑な観光パンフ。 とにかく行くわ」
「わかった、わかった。とにかく、誘拐された秘書をみつけろ。スクープとってこい!」
「了解! デスク」
 今日子は手を振りながら、ヘリは離陸した。

 ハテの浜。
久米島東方沖に幅10mほどの砂州が数キロにわたって延びる、白い砂の細長い島々の総称。
 夕日の当たる白い砂浜で、荏田は≪リザードマン≫から貴子を強引に降ろした。
「やっぱり別れたくないです。さっきネット上でサポートしてって言ったじゃないですか」
「言った。 君の腕なら裏コードで連絡を取り合える」
「それだけなら『戦友の今日子おねえさん』にでも、たのんだらいいじゃない?戦争と報道のプロがいるでしょ。わたしはいらない……」
 荏田から背をそむけ、波うち際を貴子は見つめた。
「あの人はたしかにハザラスタンと中米グアナコでうちを取材して、お世話になった。そういう意味の好意はあるさ。でもその気持ちは向こうに置いて来た。終わった戦争の記憶は必要ない。俺が必要なのは戦友じゃない。君を戦友にしたくない」
「戦友でなければ、私は何になればいいの?」
「――俺の帰ってくる場所に、なってくれ」
「荏田さん……」
 貴子は泣き出してうずくまった。荏田は腰をおろし、貴子の肩を抱いた。
 しばらく泣くだけ泣いた後、貴子は立ち上がった。
「早く逃げて。荏田さんの戦いは、終わってない!」
「またかわいい顔に戻ったな」
荏田はほくそ笑み、≪リザードマン≫に乗ろうとしたが、貴子が強引に顔を傾けて頬にキスをしてきた。
 だが、荏田は貴子をふりはらい、タラップに乗って言った。
「続きはまただ。別れを惜しむと、死神がやってくるというだろ?」
「じゃ、さよならはいわない。ただ、――死なないで!」
 ≪リザードマン≫は、夕日の方角の海中へ消えていった。
 貴子はずっと夕日を見ていた。次第に暗くなり、だんだん寂しさより、深刻な問題に気がついた。足元にだんだん海水が押し寄せてきた。
「まさか!この島、満潮で沈むんじゃないの!? 」
 ≪リザードマン≫から降ろしておいた、サバイバルグッズで発煙筒を何本も灯す。
「荏田さん、もっと安全な島に降ろしてよ。バカー!」
 発煙筒に気づいたのか、ヘリが近づいてくる。小さな砂の島で必死に手を振る、桐丸の制服を着た貴子を見て、今日子はそのシチュエーションに笑った。
「荏田さんはやっぱ女の子の扱い、雑ね。ギリギリ沈まなさそうな島に降ろすなんて。わたしも危険地帯に放置プレイされたし。 照れ隠しなの?」
「ヘリの人!!! 早く助けて!」
 夕闇せまるサンゴ礁に、貴子の声が響いた。

 桐丸グループ統括委員会の仮想会議場の画面に兼光は出頭した。
 険しい顔の林専務が、兼光をにらみ付けていた。
「常任委員、兼光真。君は我々の新鋭機である≪リザードマン≫SG11-3ノーマルを、拿捕した『ワンワールド』の捕虜に盗まれるという失態と社員の拉致、それ以上に喜劇的な≪イヒカ≫の敗北。桐丸グループのスポークスマンであり、貴公子たる兼光のイメージ戦略に泥を塗った。とりあえず君の直接の失態に関してはここまで。間接的な君の失態については、この次に述べる。なにか意見はあるかね?」
 いつものあっけらかんとした表情で、兼光は答える。
「敗北……? ≪リザードマン≫は荏田君にプレゼントしただけですよ。 損失は私のポケットマネーから、賄います。全ては、我々のプロモーションに変えられます」
「……」
投影メガネに映し出された各メンバーの顔は、表情一つ変わらなかった。
「……わかりましたよ、いつもの口調はやめましょう。損失を出しました。みなさまに多大なる御迷惑をおかけいたしました。すみません 」
 兼光は立ち上がり、深々とお辞儀をした。橘武丸社長は苦笑いしながら、返す。
「まったく、君ほど頭をさげるという行為が嘘臭く見える人間はいないよ」
 他の委員も不規則発言を次々とぶつけてきた。
「アイドルなら代わりがいる。しかし君の代わりは君しかいない。命ある限り、責任をとってほしい」
「君はいつも勝利者であると思っているのか? 失敗したら無様であることを、君は感じたはずだ」
 林尊文専務が、木槌を叩いた。この音も臨場感をともなって仮想空間に響いた。
「静粛に。 では、兼光君。間接的に露出した問題の事案について、意見をいただこう。≪顕流-零式≫オリジナルそっくりの機体、そして半物質の『壁』の登場。加えて『ワンワールド』、その黒幕である『ハイエスト』の関与、彼らの使う小型高速移動タイプと大型機体……」
「ちょっとちょっと、林君、僕は聖徳太子ではないし。事案をこんなにぶつけないでくれ」
 橘武丸は立ち上がり、兼光の『影』に向かって手を伸ばし、ネクタイをひっぱる位置で手をゆらした。仮想会議場はお互いの位置関係も正確にメガネに投影されていた。
「仮想空間で何をやってるんですか、橘君」
「兼光、手前がここにいたらこうしてやるってことだよ。昨日は救世主、そして今日は疫病神か。フン!」
「はい、橘君は席について。質問を限定しよう。私からの提案だ。≪リザードマン≫用の技術研究部門『巫術研』を橘製作所に移転、橘製作所の新製品の方を増強したいと考えるが、どうかね?」
 いきなり結論に近いことを言われ、兼光はあせった。
「茨城より増員した巫術研をいまさら戻すのか!『ゲニウスプロジェクト』は、重工と橘との両輪で展開するのではないのか」
「もちろんそうだ。 が、3月の震災の際に鉾田研究所が運用停止になってから急遽、読谷への『巫術研』の移転をしたことはわかっているだろう。その分と、新たに追加した関連事業をまた茨城に戻すだけだ。君の失敗が関係しているかどうかは、察してほしいがね」
「私が反論できないこのタイミングでこれを切り出すとは。林君も意地が悪いな。まったく!」
「中核事業はそのままだと言っている。沖縄側でまた、独自展開すればよいだろう」
林の言葉をさえぎるように、兼光は机を叩き、話を続ける。
「確かに震災以降の緊急措置から新事業展開として本年度分を沖縄で展開すると担った経緯はある。しかしここまで展開したものを戻すということは金額や人材の問題ではないだろう。この土地でしか生まれない『巫(かんなぎ)』の力、この沖縄の水でしか生まれない『神々の部品』。今さら沖縄から移転するわけにはいかない。この土地の神の利益を、この土地に還元する。桐丸重工が沖縄の守護者(ゲニウス)なのだ」
 橘は大声で笑った。
「ハハハ! 真顔で言うなよ、貴様がゲニウスであるなど。それはいいとして、お前の論理など、県庁の観光振興課やみやげ物屋の社長の上等文句だろう。 我々は世界の産業構造を変える仕事を行っているんだ。土地を利用するのは、切り札の一つに過ぎない」
「私の血と土地が、守護神≪イヒカ≫の覚醒を促したのだ。これは十分な功績だ。他の土地では不可能であったことを可能にした我々のチームを分割することは本位ではない。これは沖縄にとっても桐丸グループ全体にとっても損失だ。次年度の計画を凍結するわけにはいかないんだよ」
「お前の論理は、ただの田舎土建屋の論理だ。その損失補てんするから、うちに戻せって理屈なんだよ」
 空間上で、半透明の兼光と橘がにらみ合った。
「落ち着いてくれたまえ。商事のプランとして軍用分野で橘製品の展開を広げたいわけだ。プロジェクトは『ゲニウス2』への完全移行を示している。 巫術師の増員。≪ハヤブサ≫の後継機、そしてゲニウス・アクチュエーター機として、初の戦略型攻撃アクチュエーター機『橘花』の開発。世界に不安要因がある以上、我々はこの国を守護しなければならない。ゲニウスは遂行されなければならない。すべて我々の計画通りだ。兼光君、どうかね」
「ちょっと待て、林君、いや議長。今回の事件には津堅島のニューロコンピューティング研究所が絡んでいるが、ニューロ研とあのアマチュア達はどうするのか。計画を大きく逸脱させたのは彼らでしょう」
「賢人会議の直轄であるニューロ研に、我々は口出しできない。それは会長、桐丸籐兵衛の意思である。彼らの仕事でグループ分担業務は、唯一つ。2012年におけるバージョンアップだ。それ以外、何も文句は言えない、以上だ。では、本日は緊急召集お疲れ様でした。世界のゲニウスたる、桐丸の発展とともにあらんことを」
「林! まて!」
 兼光は止めたがハイブロードバンド通信を利用した3D画像での会議は終了した。
 グリーンの『壁』に囲まれた部屋で、兼光は投影メガネを投げつけた。
「社長お疲れ様です。 ……あっ!」
 隣の調整室から出てきた橘桐江に、メガネがあたりそうになった。
 感情の動揺で息切れ気味であった。
「すまん。なんでもない。気にするな」
「もう、自分で抱え込まないでください。兄も口が悪いだけですから」
「わかっている。沖縄のために俺はこうやって道化を演じている。それだけは確かだ。それ以外俺にとりえはない」
 兼光は桐江を右手で引き寄せて抱きしめた。
「もう、メロドラマじゃないんですから。秘書が簡単に慰め役になるわけ、ないでしょ」
桐江は、容赦なく兼光の右ほほをぶった。 その衝撃に、兼光は我に返る。本来の道化としての人格、為政者としての演技としての自分。
 桐江を引き離し、背筋をのばす。眼を見開き、口元にひそかな笑みを作った。
「ゲニウスプロジェクトを、我々中心に書き換えてやるのだ。日本の守護の要を、沖縄に変える。そのためには高濃度IL培地、そしてそれを使う『巫者』を増やさなければならない。新しい時代の『意識産業』。より増産させなくてはならない」
 桐江はうなずいた。
「それくらい気合をいれていただかなければ、社長ではありません」
「だろう。私は簡単に負けてはいけないのだ」
 兼光君が普段どおりになったことに、桐江はなぜだか嬉しい気持ちがこみ上げてきた。

私はこの男を心から必要としているのだろうか。
兼光の監視という、兄との約束以上に。

 暗くなった南城市百名ビーチでは、海岸の田舎道に自衛隊米軍警察マスコミなどがあわただしく出入りしていた。工場内では、皆くたびれて思い思いのままに休憩していた。
 そんな中、舜とみずきは二人で、海を見ていた。
 夕方まで海に立ちはだかっていた半透明の『壁』は、消えていた。
「存在する理由がなくなったから、ツキタツオホコの神は立ち去った」
 みずきはぽつりと言った。
「心で作り出したものは、忘れ去られる出来事のように、儚く消えて行くものなんだね。でも、心の一部が消えていく不安を、僕は抱えている」
「でも、ゴーレスは消えていない。ゴーレスのボディを作り出す努力を、もう二度と行う必要はない。心から作り出したゴーレスの体は、借り物ではない心と魂を得た。 ……舜、君は不安になることはない。神々の守護があるから」
「ありがとう」
 みずきは砂浜を流れる小川に、手をさしのべた。
「気がついたの。この小川の水。聖地、受水走水(うきんじゅ・はいんじゅ)の水が、この海を作っている。これだけ大きな構造体ができたのは、君だけのエネルギーだけじゃあない。ゴーレスのエネルギーだけでも、ない。自然からのエネルギー。君の命だけが、すり減らされて作られたものではないってこと!」
 みずきは笑顔で振り返った。
「そうだね。もう悩むことはしない。色々なもの助けを受け、僕らは生きているんだね。それが守護神の力だって」
 多くの出来事が、あっという間に起きて、ただただ感慨にふける二人だった。
「いろいろなことがあったけど、ゴーレスのパワーを、世の中のために役立てたい。そう思う」
「そして、それにいろいろな思惑があって、難しいことも知ったよね。でも、ゴーレスの力はやっぱり何かの力になる。私達は、色々な意味で戦わなくてはいけない」
「……うん」
「私も甘かったわ。『能力』の世界が見えた気になっていたけど、もっと上の『力』があった。反省してる。――そのうえで、前に進む」
 うつむき、ぺこりとみずきが頭を下げる。舜は、みずきの肩をたたいた。
「まあ、本当にこれからだよ。今日は一番働いたのは、ゴーレスだよ」
「ありがとう、ゴーレス」

 二人が見つめる先に、立膝座りで鎮座する、黒い武者の機体。
物理的静止という休息を得たその機体の中で、古代戦士の魂は、ひと時の眠りについた。

 守護神ゴーレス第6話 『戦争のための機械』  War pigs

桐丸商事東京本社。
桐丸グループの総本山、仮想会議室にて。

 沖縄の桐丸重工とともに、グループの中核をなす茨城県鹿嶋市の橘製作所とのハイブロードバンド双方向回線が開いていた。
桐丸商事の林尊文(はやしたかふみ)専務が3D投影メガネをかけると、正面の卓上に橘武丸(たちばなたける)社長の顔が映る。
30代と40代のグループ若手幹部同士の対話が始まった。
「予定外の事態だな、橘君。君の妹は彼の首に縄を掛ける役目だったはずだが。あいつはHA-3を使って追撃にでるようだ。世論をかき回す作戦に出たようだ」
「うちの妹は子守ではない。今、緊急の問題は兼光のパフォーマンスではない。重工製品が管理できない場所に流出することだ。リザードマンの機密は拡散する時期ではない。想定外の事態だ。」
「管理できない状況、管理できない人材。予想できなかった外的要因に責任転嫁するほど、我々は脆弱な存在かね。老人達から与えられた権限を行使して事態を打開しなくてはならない。」
「林君わかった。たった今追われていた葦原常務の娘が誘拐されたようだ。また事態がややこしくなったな、奴らの仕業か」
「そう、あれは《<ワンワールド>》ではない。上位存在『ハイエスト』だ。ついに奴らはパフォーマンスをするようになったわけだ。
そしてあの機体、顕龍-零式の姿。常務の娘達が密かに作り上げたのならば、我々が確保しなければならない。あの機体の知的所有権は我々のものだ。誘拐に二つの情報流出問題。我々のイメージダウン。橘君はこの想定外をどうする」
「最悪のシナリオを考えよう。兼光も葦原の娘も関係ない。顕龍モドキも必要ない。奪われたリザードマンを削除する。手に負えない時は自衛隊の作戦行動に関与する。第2局面への準備はもう万端なのだがな」
「確かにそれでいい。だが、自衛権の行使において説明するシナリオが不足している。我々には、作文の時間が必要だ」
「しかし、肝心の葦原常務はアフガニスタンに出張だ。あのおっさん連絡がとれないとは。万が一の事態は心苦しいだけではなく、桐丸のイメージダウンも伴う。早く連絡をとれっていうんだ」
「世界の果てまで桐丸の顔があるのも長年の常務の功績だ。葦原は会社に命を捧げている。娘も前に出て犠牲になる体質のようだな。彼らはスケープゴートもやむなしか」
仮想会議場内に続々と幹部が召集されていった。
メガネを掛けた幹部のシルエットが投影され、薄い緑一色の室内にメガネの上では無数のウィンドウとアイコンが浮かびあがった。
林尊文専務は桐丸の社章、桐に丸の印のアイコンを指差し、空間上で暗証番号を打った。
「では統括委員諸君、ソーシャルオペレーションを開始しよう。計画の第2局面への移行段階に移った。作業を進めながら賢人会議に認証を願う」


工場の面々は誘拐されるみずきの姿にしばらくは皆呆然としていた。
「ああ! みずきが中へ!」
「どうしよう……」
「舜! またあの高速を出せ! ナポレオンの息の根を止めろ!」
「熱くならないで、比嘉さんよ」
「辰ちゃん、中のみずきはどうなるのよ」
「あいつをぶっ壊さないと」
「やりすぎはだめ!」
監視カメラ画像を見ていた小夜子は、喧々諤々の一同に大声で報告した。
「みんないいかな。監視カメラの現状。ヘリアクチュエーター装備の、桐丸の新型っぽいアクちゃんが空から降りてきた。よく見てみて。ゴーレスの足に、あの円盤型が取り付いている」
画面のカーソルを動かし、ゴーレスの足元を拡大した。
「げ、チェンソーだしてるやし。大丈夫か?」
辰巳はそれが新作発表会の報道画面で見た、リザードマンSG-11-3量産型のコバルトブルーであることを確認した。
「よし、奴と連絡だ。小雪、通信コード解析を」
「やってる。あ、駄目だわ、これ。『接続不可、ただいまおかけになった当該機体番号はお客様の都合により、送受信することが出来ません』だって。無理ね。やっぱ盗まれた機体だし」
ゴーレスの背後に降りたリザードマンの内部では、荏田が同じ<接続不可>の画面を見ていた。
外部スピーカーのアイコンにも<使用不可>の文字が、点燈していた。
「まいったな。盗人の使う回線はないってか?え、貴子ちゃん?」
貴子は突然、朱色の制服ジャケットを脱いで、ブラウスの袖をまくり、荏田の左肩の上から乗り出して来た。
「まずい状態です! 配線をつなぎ直します。ちょっとごめんね」
「な、なにをする。これから動かすぞ、座ってろ」
貴子はドライバーを片手に、左側のボードのねじを回しはじめた。
「だめなんですよ、このままアクターリンク回線が切られていると、外部スピーカーとか動作アプリが使えなくなるんですよ。予備回線から、別ホストでのシステム構築を行います。海賊版を拾わないと動けなくなりますよ。桐丸のシステムは、使用権未払い者には無慈悲なんですよ」
「秘書が自社の海賊版アプリを不正入手か。わかったよ、早くしろ。よくやるな、君は」
「社長の趣味で、秘書課は特殊エージェントなんです。何とかエンジェルとか言われてますけど」
「まったく何やってんの、あの社長」
貴子は話しながら配線を要領よく切断しているが、荏田はどうしても操縦桿を握る左腕に、彼女の胸が当たるのが気になった。
たかがこれくらいのことで気になるのは俺の柄じゃない……。
妹のような女の子の頑張りを肩に感じながら、荏田はすぐさま問題の円盤型アクチュエーター機に気がついた。

ゴーレスはやっとのことで、片腕に巻きついたワイヤーを取り除いたが、もうひとつ、問題の取り付いたバウンドタートルを引き剥がそうと必死だった。
リザードマンは両手を前に伸ばし、その両腕の甲から杭打ちガンの銃口が開いた。リザードマンの標準装備である岩盤掘削とビス打ちに使われる杭打ちガン『ステイクドライバー』を武器に、その照準をナポレオンにあわせ、右手をバウンドタートルに向ける。
「おーい、リザードマン。どうやってこいつを外すんだよ?」
舜が外部スピーカーに叫んでも、回線接続作業中のリザードマンは言葉を出せなかった。
ナポレオンの柏木は、笑いながらモニターを指差した。
「『助っ人来る』ってか、リザードマン。荏田の奴、ついに俺と勝負する気になったか。お前を正義のヒーローにはしないぜ」
バウンドタートルはゴーレスへの拘束を緩めて、離れようとした。
柏木のけん制はバウンドタートルがリザードマンにも、とりつくかもしれない、と思わせる動きだった。リザードマンは右手を後ろに回して、牽引ワイヤーを引き出し、その勢いに任せて、投げつける。投げつけられたワイヤーが、バウンドタートルをゴーレスの右足ごと拘束した。
「え、何を?」
舜はあたふたした。リザードマンが、ステイクドライバーをバウンドタートルに打ち込む。円盤が機能を停止した。
「荏田の奴、早すぎる。あれがリザードマンの力か」
柏木は舌打ちした。荏田はゴーレスの棒立ちにイライラした。
「なにやってるんだ。ヨロイは素人か?マシンはインディーズ機体にしてはいい出来だが。」
「荏田さん、できました。固定電話回線です。予備のアナログ無線から一般サーバー経由で連絡できます。通常のハイブロードバンドより、bps数がかなり制限されますが」
「とりあえず黒電話はつながったんだな。それでいい」
「はい、ハッキングしつつ、跡を消して逃げます。ヨロイさんのホストが空き容量を貸してくれるといいですけど……」
「上出来だ。ヨロイのホストを探せ。……あれ?後ろに戻るの?」
貴子は備え付けのキーボードを取り外し、後ろの席に戻った。
「取り外せるようにしたのか?」
「だって、ちょー狭いんだもん」
狭い室内でぬくもりを共有していたが、それがいざ離れると、妙に寂しくなる荏田だった。
トゥルルルル……。呼び出し音がコクピットに響いた。
「黒電話、かけてみました。あの八幡アクチュエーター重機。屋上の看板の電話番号です。」
「ハイテクなのかローテクなのか、わからねえな」
荏田は外部スピーカーを最大にして、舜にどなった。
「おい、そこの黒ヨロイ! 今から回線を繋ぐ。指示を送るぞ」
ジリリリリ。工場内の黒電話が鳴り小夜子が電話を取った。
「はい、もしもし八幡アクチュエーター重機です」
「リザードマンのパイロットだ。ここの工場があのヨロイ型アクチュエーターの工場だろ」
「ええと、あの秘書を人質にして逃走したパイロットさんですか?いたずら電話ではない証拠を見せてください。右手上げて」
監視カメラ上のリザードマンが右手をあげた。間抜けな動きに、失笑が漏れた。
「あ、ほんものですね。社長につなぎます」
一番この場所で冷静なのは小夜子かもしれなかった。
裕一はインカムから、音声を通じて、荏田と対話した。
「八幡アク重の八幡裕一です。助けてくれるんですか」
「ああ、あの女の子を救い出す。まずヨロイの奴に電話できるようにしてくれ。こいつはホストと回線が切られている。サーバーを貸してほしい。その代わり、新型リザードマンの作業ファイル全部もらっていけ。高く売れるぞ」
「わかった。回線を繋ぐ。ちなみにあれの名前はゴーレスです。ナポレオンに捕まったみずきを助けてほしい」
貴子がインカムから工場の人間と対話した。
「では、接続作業を行います。いまから信号を送りますからデータ通信を受信してください」
「いいですよ」
ピーヒョロヒョロヒョロ、ピー! 突然、スピーカーを割るような信号音が鳴り響いた。
「ファックスの音、聞かせるなよ。早く切り替えて」
「へへへ、ごめん。間違えた」
小夜子が頭を掻いた。
送られてくるデータをスキャンしてウイルス性のないことを確認して『ウムイ』へと繋いだ。
「さて、ゴーレスとやらのパイロット、荏田広継という。あのアラスカ17のパイロットだ、あの女の子を助ける。俺の作戦に協力し……いや、一緒にがんばろう」
「は……はい」
データ回線が繋がり、画面に舜の顔が映った。
「なんだ中学生かよ」
「高校2年生です!」
いつも童顔といわれるので、舜はムキになってしまった。
「あ、すいません。上運天 舜といいます」
「わかったよ、舜。よろしくな」
ゴーレスと工場のモニターに、荏田の顔が静止画の白黒で映った。
皆一同、共通のデジャヴの感覚が走った。

「昔、どこかで見た顔のような……」

ステイクドライバーを向けたリザードマンと、まったく動きのないナポレオンの膠着状態が続いた。
「柏木のやつ、なに考えてダンマリしているのか……内蔵の重機関銃をとりださないのか?」
貴子が全方位カメラの画面をチェックしていた。どこからまたあの円盤が出るか。
ソナーと移動体感知装置で監視を続けた。
荏田は、舜に質問した。
「まず、俺から聞きたいことを聞く。どういう仕組みかは知らないが、ゴーレスは瞬間に網を取ってきた。なぜ網だったのか?俺なら別の方法をとっていた。答えろ」
「荏田さん。あ……あのですね。けん制しようとしたんです。そのために5km北の安座間港近くの養殖の網を取ってですね……」
「5km北ぁ?信じられんのはおいといてだ、その機能を生かす策を思いつかなかったのか。工場には武器になるものがないのか?」
「掘削ドリルに300m牽引型ワイヤーガン。うちの工場で完成したものはこれだけです。」
「使えるじゃないか! なんで近い工場に行かなかった?」
「いや、とっさのことで……」
荏田はモニターから舜をにらみつけて拳を前に繰り出した。
「俺達にできることはあいつをぶん殴ることだよ! 接近戦に持ち込めば能力差は縮まる。そういえば背中の棒は使えないのか?」
舜は千代金丸が使用テストをしてないことを気にした。
「でも過剰防衛になったり、中の人がムチ打ちになったりしないかな。」
「昔ほどは揺れない。だれも死なない。そしてお前はまちがっていない。思い切って動け。」
「わかりました。僕は戦います」
「それでいい。俺はリザードマンを奪うために城間さんを人質役にして、そして助けに来た。行動はまちがっているかもしらんが、俺はまちがっていない。そういうことだ」
お前はまちがっていない。荏田の言葉が、舜の胸に響く。
僕はどうして、そんな小さな事にこだわっていたんだ。
「よし、作戦を立てる。ナポレオンが海に逃げないように食い止めておく。その間に武器を持ってこい。あいつの弱点は背中だ。第二段階で背中を攻める作戦を指示する」
「荏田さん。またあの円盤が来たら?」
「うだうだ言わずに早く行け。お前は迷うな。迷うから、行動が裏目にでるんだ!」
「はい!」
舜は後ずさりしながら振り返って工場に走った。
荏田は柏木の通信コードを打ち込んだ。
「久しぶりだな、柏木。お前は人さらいの団体をクライアントにしたんだな。結局『ハイエスト』の犬になったか」
「<ワンワールド>とどこが違う?たまたま<ワンワールド>の目標リストにあったポイントと、ハイエストからの指令が一緒だったからだ。二つ仕事を同時にしているだけだ。その分、キャッシュが入る」
「金の亡者め。俺の目的を知っているか?お前を捕まえるために、組織に潜入したんだ。ハザラスタンでの罪を認めよ。ついにこの日が来たんだ」
「忘れたな、昔の仕事など。潔癖症は死ね!」
ナポレオンの頭部のワイヤーガンがリザードマンめがけて打ち込まれたが、荏田はすばやく交わした。ワイヤーは巻き取られ、再び発射されたが、リザードマンはすばやく攻撃をかわしていった。
柏木らが戦いに夢中になる間、みずきは心の奥に直接攻撃しようとした。
今まで、いろいろな方法を試してみた。動きを止めるクナトの術をピンポイントでかける。私にはできる。
…たぶんだけど。
目を閉じて心の場所を想像する。
イメの渚。夢から異界へのゲート。
みずきは田んぼの中にある寂れた神社の鳥居を思い浮かべた。
鳥居があらわれた。
目的を唱えて鳥居をくぐりぬけると柏木の心のイメの渚にたどり着くはずだった。
だが、ドーンと激しい衝撃がみずきに当たり、突き飛ばされて頭を強く打ったような気がした。
倒れこんだみずきは暗黒の空間に黒いローブに鎌を持った死神姿の柏木が現れるのを見た。
そして、鎌の先をスカートの裾に突き刺した。
「素人はこまるな。『鍵』をかけてるんだよ。人の喉元から攻めるなんて高等技はもっとうまくなってからやれ。もっとも、そのためにはハイエストの騎士になるしかないけどな」

みずきは激しい動悸とともに目を覚ました。柏木が田中の頭越しに、みずきに叫んだ。
「黙って座ってろ、桐丸のお嬢さんよ。夢の中ならもっと辱めてもよかったかな」
背筋が凍るような感覚を覚えた。好きで常務の娘なわけじゃない……。
お父さんが勝手に海外で仕事して勝手に出世しただけ。贅沢なんてしてないのに。
怖い。お父さんの馬鹿……。
おじいちゃん助けて。
その瞬間、海からバウンドタートルが3機あらわれた。
3機はリザードマンの周りを回転しながら、チェンソーを側部から取り出した。
荏田のぼやきがコクピットに響く。
「なんだよ、あの円盤。AIサポートか?3台も操るとは腕を上げたな」
「能力をレベルアップすると脳も活性化するんだよ。そしたら、これくらい動かせるんだ。拡張する精神だ。お前は弓矢、俺は大砲なんだよ」
みずきはモニターのウィンドウの一つに釘付けになった。おじいちゃん?
私を助けるために、戦っているのは。
彼女が忘れるはずのない祖父の遺影の軍服姿。短く刈った髪に整った顔立ち。

荏田広継は、葦原茂敏と瓜二つだった。

桐丸グルーブ統括委員会臨時召集の仮想会議のリンクに、アフガニスタンの桐丸商事常務・葦原敏(あしはらさとし)国際局付顧問が現れた。
3D画像で仮想空間上に実在しているかのような他の委員と異なり、彼だけが2D画面のレンガがむき出しになった、古ぼけたオフィスの一室からの通信だった。
「うちの娘がこんなことになってしまい、申し訳なく……」
「葦原さん、謝罪弁明は二の次だ。そして君からの情報漏えい疑惑も、ここでは問わない。責任だけではない。覚悟はできているだろうな。いろいろな因果が君の娘に危険を、そして桐丸としての決断がお嬢さんの命より上位になる可能性というものだ」
カンダハル支社の中古PCに、10人の顔が分割で映った。
茂敏は覚悟という言葉は、このような辺境の地での経験から、今まで自分の生死に関してなら、何度でもあったが、自分の娘がその覚悟にさらされることを、考えたことは無かった。
「覚悟というより、天命です。神が私に罰を落とすのが早まったということです」
橘武丸は鼻息まじりに答えた。
「世界に混乱の種を蒔き、収益の果実を得てきた冷血な企業工作員も今では凡庸な父か、クリスチャンらしい自虐だな。日本の神は自分の行動で、世界を変えてくれるぞ。それが能力、それが巫術、かんなぎの力だ。我々がテクノロジーとの一体化をめざし、研究しているそれだ。桐丸が世界を手中にするために必要なのだ」
「橘君、葦原君への不規則発言をやめたまえ。最後に葦原君、会社に忠誠を誓ってくれ。第二段階への移行を了承する書面に血判を押してくれ。日本に帰ってからな。我々からは以上。また状況が変わり次第、随時召集をかける」

舜は工場でドリルとワイヤーガンを取り出し、戦場へ戻ろうとした。
「舜!」
裕一は大声で呼んだ。
「何?」
舜はモニターの裕一の顔を見た。
「ちばって(気張って)いってこーい!」
「よし! やるよ!」
しっかりとした眼差しで親指を立ててサインを送る舜を見て、裕一は安心した。
またあの高速が出せる。あいつの本気次第と思うんだ。
砂埃を上げて、舜はリザードマンの周りをぐるぐると高速回転する、バウンドタートルの上に回転するドリルを突きたてた。みごと一台にドリルが刺さり、後続の二台が追突する。
二台は体勢を立て直そうとしていた。しかしリザードマンが2台を拾い上げ、足をもぎ取った。
「やるな、少年。動きがみえるのか」
「え?いや、なんとなく」
「結果オーライで行く。よく聞け、舜。ナポレオンのポーツマスシリーズは上陸部隊のための機体だ。人員や資材運搬のために腹部に大きな空洞があるために、人間の背骨に全ての動力伝達機構が集中している。背びれの裏側の脊髄をねらう。だが、あいつは戦争のための機械だ。装甲が厚いのは間違いない。そこで作戦はこうだ。おれが飛翔して、上からステイクドライバーを撃つ。あいつも俺に目が入るはずだ。その隙に、お前が後ろ側に回りこんで背びれの一つだけを壊せ。傷が入れば次の段階にいく。間違っても正面に回るな。気を付けろ、いいな」
「みずきが揺れて怪我しないかな?」
「馬鹿野郎! 冷静に考えろ。大事な商品に傷をつけないために、シートベルトとヘルメットで保護してる。あいつが攻撃するまえにしとめろ」
「はい。」
「さっきの通信で裕一さんにみせた顔、かっこよかったぞー」
後ろの席から貴子がカメラを覗き込んできた。
「戦ってる間に、みんなと情報のやりとりをしたよ。君は王様なんだ。そしてゴーレスは最強のアクチュエーター。貴子は応援してるぞ」
笑顔でグーのサインを出すお姉さんを見て、舜はやる気がでてきた。
「いくぜ、俺が飛翔したら回り込め」
「はい!」
ゴーレスが陸側、リザードマンが海側に並び立ち、荏田はヘリアクチュエーターのローター回転数を一気に上げた。上昇を始めたリザードマンの前進にあわせ、前進するゴーレスは、数秒の間合いで陸側の防風林の側に回りこんだ。
あいつは足が短い。この3mの防風林は超えにくいはずだ。スピードが遅い、それが弱点だ。
僕にでもわかる。それをあの円盤で補っている。陸側なら大丈夫だ。
ゴーレスは横を通り抜けて後ろ側に回りこんだ。
上昇したリザードマンは、けん引ワイヤーを振り回して引き付けながら、ステイクドライバーを発射した。
本気であるのは、こちら側であるかのように見せかける。
荏田さんがフォワードで、俺がバックアップと見せる。足つき魚が腰をかがめた時がチャンスだ。
魚が、すこし腰をかがませる。持ち上がるまでの数秒がチャンスだ。
舜はワイヤーガンを発射した。ナポレオンの右肩に向けて打ち込んだ後、ワイヤーガンを放り投げ、左側の肩に向け、加速した。ワイヤーガンと並行して走り、さらに追い抜いた。
「このスピードだ、ゴーレス! 飛びつくぞ」
ナポレオンの背中に取り付いたゴーレスは背びれをむしりとろうとした。
その時、背びれの骨部分が一斉にゴーレスに向かって飛んできた。
「え……何?」
そして大爆発が起こった。赤い炎と爆発の煙の中にゴーレスが消えた。
「弱点なんて、俺がわかってないと思ってたのか。気の利いた改造してよかったよ。ざまあ」
柏木には想定内の攻撃だった。
「舜っ!」
工場のメンバーはあっけにとられた。裕一は叫んだ。
「あの爆風では絶対壊れない。あの装甲は水圧にも戦争に耐えられるんだ」
爆発した煙の中からゴーレスは現れた。
まったくの無傷。舜は体表センサーをスキャンしたが、題のある損傷はない。
「やった。あの漫画のような背びれミサイルに勝った!」
工場では歓声が上がった。
「……怒った。ゴーレスの装甲が勝ったんだ。ドリルをお見舞いする!」
舜は背びれの空いた部分にドリルを突っ込もうとした瞬間、尾びれの激しい振りにゴーレスは弾き飛ばされた。海に転がりこむゴーレスの手をリザードマンがひっぱった。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。あまり揺れてませんから」
「お前の機体も揺れないのか?」
荏田は気がついた。リザードマンとよく似たコクピットのデザイン。
わざとらしい無骨な計器類に、アールデコ調のゆるやかな曲線を配したクラッシックなデザイン。一種の趣味といえるものが共通するということは何かある。
まあいい。それは戦いの後で聞けばいい。
しかし俺は、戦いの後は……。
「暗い顔ですよ。後ろにいてもわかります」
「気にするな。それより、オペレーターの役目、ありがとうよ」
振り向き、すこしはにかんだ荏田に貴子は笑顔で答えた。

ゴーレスは立ち上がり、舜は単機でまたアタックをかけようとした。
ミサイルに負けなかったんだ。まだやれる。
「まて、舜。正面に気をつけろ。腕の付け根にも重機関銃が格納されているはずだ。加えて、鉄砲がなくてもあいつはいろいろ出来るんだ。あいつはまだまだ隠し玉があるということだ」
「はい。気をつけます」
荏田は確信をもっていた。リザードマンとゴーレス2体と対峙する状況は計算外だ。
もうそろそろ、《ワンワールド》のいつもの手口なら援軍が現れる。水中か?空か?
その時、舜と荏田はローター音とともに、青い空にサファイアブルーの機体がはるか上空を舞うのを見つけた。
カーソルを移動。拡大。
リザードマン-イヒカだ。
リザードマンの通常通信ウィンドウが強制作動し、ワイシャツにネクタイ姿の兼光社長が現れた。
「やあ、泥棒君。うちの社員と商品、返してくんない?」
「それより兼光。てめえ、誘拐された女の子を助けるのを手伝え」
「出来る限りのことをしましょう。でも君の機体は接続全面カットしたから動くはずないんだけど。違法海賊版アプリで動かしているようだねえ。発売記念特別価格3億4980万円分、我が社でタダ働きすれば君を法的に問わないってのは、どうなのかね」
「改造したのは私です。社長、私、退職しますからほっといてください」
「社長、彼女は俺が洗脳したうえで、やらせてますからね、お咎めなしでお願いする」
「ちょっと、荏田さーん」
兼光はため息混じりに笑った。
「あーあ。つり橋効果の男女ならでは、だねえ。いちゃついているうちに君達がボニー&クライドみたいになって欲しくないから、手を考えてあげているんだ。そうこうしている間に、空自と陸自も来たよ。任せてみたほうがいいんじゃないの。無理はやめようぜ」
那覇空港から離陸した飛行船が、アクチュエーター機降下部隊を乗せて上空に現れた。

うるま市ホワイトビーチから出港し、本島東海域の沖合い10kmで待機するは、深部工作用アクチュエーター機アラスカ21を中心とする、米軍特殊作戦軍アクチュエーター実験中隊からの極秘通信。
<ベラード大佐。私見では、あのヨロイファイターは大地のエナジーと繋がる『ヨリシロ』です。奴はグレイトスピリッツだ>
<あまり向こうに肩入れするな、ウィラード中尉。君はハイエストの仕事を静観する立場なのだ>
長髪のネイティブアメリカンの男、ウィラード・リーダーは沸きあがる能力が起こす大きな波を感じていた。この波が、大きな力を発揮すると予言できたが、大佐には報告しなかった。
ここは沖縄人の聖地、俺は手を出せない。俺は神に罰を受ける立場にはなりたくないのだ。
ウィルは百名ビーチから湧き上がる大地の気を感じ取っていた。

首相官邸では情報集約センターでまとめられた情報を伊是名総理が目を通していた。
彼の個人秘書に、総理は怒りをあらわにした。
「今朝の読谷の件を小手先でうやむやにしたのはどこのどいつだ」
「警察内部で、たらいまわしにした結果かと……」
「警察内部ではなく、桐丸内部だろうが。兼光め、どこまで権力をおもちゃにする。桐丸グループの状況を政府が把握してないことが問題なのだ。襲撃する海賊よりも我々の敵は桐丸そのものだ。」
「総理。御自分の選挙区は桐丸の城下町ですよ」
「私は本来引退する年だ。連立与党に入り込まなければ、沖縄初の総理の椅子も手に入らなかった。選挙よりも、義を通す。これが政治生命最後の改革だ。沖縄の魂を守る王家が自らの聖地を汚すとはバチあたりな」

イヒカは海を見下ろす丘の上に着陸し、兼光は高見の見物をすることにした。
橘製作所の最新鋭機の最新鋭機の活躍を眼にする機会だと思った。そしてとどめに自分達の部隊を投入する筋書きを描いていた。
兼光は秘書橘桐江を呼び出した。
「おい、リザードマン部隊はまだ用意できないか?」
「待ってください。うちのテストパイロットはヘリアクチュエーター初心者です。そもそも工業用である重工製品と防衛省納入の橘製品を組み合わせることは想定外です。いま練習中ですので速めにそちらへ向かわせます」
「プログラム上では可能なようにしてあるんだ。こういう非常時のためにだよ。みんなプロだろ、ちゃんとやってよ」
兼光は相次ぐ想定外に非常に苛立っていた。
空からの援軍を二人は見た。飛行船降下部隊だ。
「騎兵隊の到着だな、舜」
「彼女を助けます」
「で、俺も捕まりやすくなったか」
貴子は唇をかみ締めた。
飛行船の航空輸送は70年代から見直され、今では様々な分野で活躍している。
8機の陸自アクチュエーター機を吊り下げて那覇空港から飛んできた飛行船はボーイング=ツェッペリン社、航空輸送用飛行船BZ-99≪白鯨≫だ。
アクチュエーターの空輸は空自と広域自衛隊がそれぞれ陸自、海自と組むことで、輸送効率向上を目指して実験的演習が行われてきたが、初の緊急出動となった東太平洋大震災以来、各地で演習を行れたが、災害以外で初の出動となった。
裕一達も、大型アクチュエーター機の登場に安堵した。
「橘製作所TD-20《《ハヤブサ》》だな。ついに日本の本気が見られたよ。《ハヤブサ》が編隊でかかれば、大丈夫だ」
高空の飛行船から分離した《ハヤブサ》がパラシュートで降下してきた。
15mの体高に人型の脚部を持ち、尾部バランサーを持つ、5年前からの準人型アクチュエーターの代表格。そして、機関砲を4門装備した実戦のための戦闘アクチュエーター機。
海に着水した《ハヤブサ》は、腰まである深さを前列2体、中列4体、そして後列2体のフォーメーションで徐々にナポレオンへと接近した。
しかし突然水柱が上り、後列の《ハヤブサ》が突然海中に消えた。
急いで陸に上がろうとする中列の4機が次々と倒れこみ、足に触手が刺さり水中を引きずられる様を舜たちは確認し、陸側へ機体を移動させた。
うまく逃げた《ハヤブサ》2機は、陸側南に退避した。
沖合いのサンゴ礁の波立つ際で、引きずられた《ハヤブサ》の手足が浮かびあがるのを舜は見た。野獣が巣に引き込んだ獲物をむさぼる姿を垣間見ているような。
「なんだ、これ……。どんな敵がいるんだ?」
舜が画像を拡大すると、突然緑のボディの大型のエビが現れてきた。
「辰巳さん! あれ、アラスカではないよね」
工場では水面から垣間見るエビ型の拡大画像を確認した。
「これは初めて見る。エビっぽい古代生物アノマロカリスに似ている。しかしでかいな。おそらく全長50はある」
「50m?でかすぎる。それにしても、なんて戦闘力だよ」
ちょうど同じ頃到着した県警機動隊のアクチュエーター機が到着した。
大型二足歩行鳥型アクチュエーター機KW-301≪タンチョウ≫1機、中型二足歩行鳥型アクチュエーター機KW-205P≪ヘラサギ≫4機。
対アクチュエーター機捕縛用ワイヤー機器を多数搭載した編成だった。県内にある警察アクチュエーター機でも、最強の編隊で来たものの、現状の自衛隊の敗北に皆あぜんとした。
ナポレオンの攻撃から助かった和宇慶警部補は隊長に進言した。
「怪我人もでているし、我々には太刀打ちできませんよ」
隊長ほか機動隊員は見守るしかできなかった。
ナポレオンのモニターに、ストレートの長い髪の、一重まぶたのクールな顔立ちのアジア女性の顔が映った。
「おいこら柏木同志、早く退却しろよ」
女は片言の日本語でヒステリックな声を上げた。
紫のパイロットスーツはボディラインがわかる、ボディコンシャスな素材のようだった。
「リ・ヨンヒ。ぶっ壊しすぎだ。念願の自衛隊との初対決ではしゃいでいるのはお前だ」
「昔の思想的クセだよ。国は捨ててもあるんだよ。柏木同志、すでに本来のシナリオから違うオプスをしている。娘はさらった。お前は帰るべきだよ」
「<ワンワールド>の仕事、あの工場から出てきた機体を持ち帰る。お前がいればたやすいことだ」
「ほらふき男爵の仕事はもうお断りだね。金より理想のあるハイエストの命令ね。早く娘よこせよ。」
「まて、裏切り者の荏田を処分させろ。俺の仕事を全部させろ」
「ふん。じゃああのヨロイ型を15分で捕縛してここまで持ってこい。アノマロカリスに陸に上がれというのか」
「わかった。俺なりにやってみる」
モニターのヨンヒは敬礼をして画面から消えた。
「真面目なみなさんなのに、仕事を間違えたようですね」
みずきがぽつりと言った。
「うるせえ、お前はこれからどうなるのか怖くないのか」
「結果よりも今出来ることに興味がありますから」
「素人の能力者は下手に神懸かっていやだな。能力なんぞ、ただのパンチ力なんだよ」
みずきは気持ちを切り替えて、この人たちに平常心でいて欲しいと思った。
破壊された8機の《ハヤブサ》のパイロット達は機体から脱出し、救命ボートに乗ることが出来た。陸に退避した《ハヤブサ》のパイロットから連絡が来た。
「荏田さん。元広自第3アク中隊の鵜飼(うかい)です。今は第11機動警備大隊副長三等陸佐であります。」
「鵜飼ひさしぶりだな。さて俺はおたずねものだが、どうする」
「荏田さん。あなたの身柄に関しては上からの命令待ちです」
「どうせ自衛隊の上も、桐丸の息で動いてるんだろ。とりあえず葦原みずきさんの救出作戦を立てよう。敵は常識はずれだ。現場で判断するしかない」
「僕が行きます。またさっきの作戦を行うなら」
舜が強い口調で言った。自衛隊の人も来ているんだ。男らしく戦わなくては。
「舜、一番たしかなことがある。お前の装甲が一番頑丈だ。さっきの作戦を行う。」
「船越! 11機警の意地をみせるぜ」
「鵜飼さん。無念を晴らしましょう。伝説の広自1アクの荏田さんがいるんだから」
「鵜飼。俺は広自のハザラスタンでの事件をマスコミに公開する用意がある。それでもいいか」
「はい。公式発表と事実が違います。彼らの無念と業績を明らかにすることは、今の自分では無理です。荏田さんがやるなら……お願いします」
「よし、ポーツマス6ナポレオンを活動不能にし、人質を解放する」
ゴーレスとリザードマン、そして《ハヤブサ》2機はフォーメーションを組み、作戦行動に移った。
ゴーレスとリザードマンの通信画像は、八幡アクチュエーター重機のメンバーにリンクされていた。荏田の登場に複雑だったのは、今日子だった。
荏田の計画では、桐丸重工襲撃後に今日子に接触し、情報を渡す予定だった。
しかし失敗に終わったことにより、今日子は荏田に会うことが出来なかった。今日子はスクープを手に入れることよりも、ハザラスタンで出会ったこの男をどうしても取材したいという気持ちが強かった。
まだチャンスはある……。荏田さんに会いたい。
ジャーナリストとしての欲望。それだけの気持ち。
あくまでそれだけ。
プロとして一線を越えない、今日子の気持ちだった。
工場から直接来る情報を、他社より詳しく記事にまとめていった。

那覇の牧志にある自宅にて、八幡幸賢は大型モニターで見る荏田の顔に釘付けだった。
「この話し方、この表情。まさしく葦原茂敏の生まれ変わりじゃ」
そして幸賢は眼鏡をかけて、細かい数値の変化を見続けていた。
パソコンに送られてくる、ゴーレスの循環蒸気システムの順調な稼動状況。
生涯の仕事の成果に、老人はただただ満足した。
戦いに不安を感じる姿を時々垣間見せる舜の様子を見て、アナログレコードが壁を占拠する部屋から稲田は応援のエールを送った。
「舜! いよいよ大詰めだな!」
パイロットゴーグルを被り日の丸のハチマキを巻いた稲田の姿に、舜は全身の力が抜けた。
なにやってんの……。
「稲田さん、作戦行動中です。切りますよ」
「ちょ、ちょっとまった。お前の思いきりを強くする方法がこれだ。」
<音楽ファイルを受信しました。再生しますか?Load or cancel>
「音楽ファイル?」
表示に従って再生させると、ハモンドオルガンのシーケンスフレーズが聞こえてきた。
「巨大ロボットと対決するならこれだ! エマーソン・レイク&パーマーの『タルカス』だ! 俺ができることはこれだけだ!」
「と、とりあえずこれでやる気をだしてみる。ありがとう」
「上運天曹長、勝利を願う!」
敬礼した稲田が消えた。舜はタルカスのボリュームを上げて聞いた。
なんか、やる気が出てきた。
硬くならずに気分転換が必要だ。よし、作戦開始だ。
先ほどと同じく、ナポレオンの正面に布陣し、リザードマンの上昇とともに陸側にゴーレスは駆けていった。
「早いぞ、舜! 早く取り付け!」
裕一は大声で応援した。新たに加わった二台の《ハヤブサ》は斜め左右からナポレオンの足元を狙って機銃掃射しつづけた。
玉が途切れずに攻撃が続く分だけ、ナポレオンを足止めする効果は大きかった。
「インディーズがよく作る人型アニメロボットと思ったら足速いな。船越」
「しっぽ無しがコケずに《ハヤブサ》を超える速さ! ホントにインディーズですか、荏田さん」
「ぐだぐだ考えるな。奴に動く隙をあたえるな!」
「了解!」
「また回りこみか?さっきと同じ作戦かよ。」
接近するゴーレスに、柏木は尾びれを強く振ってはたきこもうとした。
バシン!
ゴーレスは腰をかがめて、右肘と膝で尾びれを受け止めた。
「二回目だからどんな変拍子もリズムが読めるんだよ!」
音楽に乗った舜は調子づいていた。ゴーレスはワイヤーを尾びれに結びつけた。
「しまった。後ろにワイヤー……岩に結びつけられているのか!」
天然の大岩に、ワイヤーの一端が結び付けられていた。
「船越。こっちは大丈夫か?」
「アンカーを地面に刺しました」
「荏田さん!」
鵜飼が投げたワイヤーを空中のリザードマンが受け取り、急降下して、投げ縄をしたワイヤーがナポレオンの首にひっかかった。
リザードマンは首をひっぱった。正面と後方をワイヤーで固められた。
荏田は叫んだ。
「いまだ、舜。ドリルを背中に打て!」
「柏木さん、そろそろいきますか」
「予定通りに行く」
背中にドリルを付きたてようとした時、煙がナポレオンの脇から上がり、周りが見えなくなった。
「舜! 赤外線と3Dソナーにすぐ切り替えろ!」
裕一は叫んだ。その瞬間、ゴーレスは2本の左腕に捕らえられた。
いや、見えない粘着質の感覚がゴーレスを締め付けて、それが左腕に取り込まれたことを舜は理解した。
粘着の『半物質』!これはこいつの能力か。初めてだ。僕以外にこれができるなんて……。
「これが俺の潜在スペックだ。田中、フルパワーでワイヤーを振り切れ!」
田中はアクセルを吹かし、アクチュエーター加圧率のメーターがレッドになるのを確認した。同時に過剰熱損傷率が表示され、正面モニターには通常より多いパラメーターが表示された。
みずきは画面右下の砂時計と数字に気がついた。
上の00:03:00は多分、ヨンヒに機体を渡すまでの時間。
砂時計は別の意味を示しているんだわ……。ゴーレスは、もがいて、覆いかぶされた
「ちくしょう。体が動かない。荏田さん、今が逆にチャンス。俺が落としたドリルで攻めて!」
荏田は走りだし、ドリルを拾い背中を狙ったが、尾びれの攻撃と背びれから発射されるミサイルに接近を妨害された。

みずきは心をイメの渚に落とした。
夕暮れの秋の田園風景が、彼女の心の『デスクトップ』といってもよい。
風の中でみずきは手を広げ、眼に見えるイメージを伝えた。
これで舜と裕一に届くはず。

舜、あなたの力はこんなものじゃない!

リザードマン、そして《ハヤブサ》の膝まで水に浸かる海上で、ナポレオンは必死にもがいて抵抗した。大岩と結び荏田、鵜飼、船越は尾びれに取り付き、胴体の揺れに弾き飛ばされながら隠されたエンジン部を見定めていた。
「奴が『しっぽ切り』をする前に俺がジョイントを外す。中を撃て!」
荏田がステイクドライバーで尾びれのジョイントを取り外すと、中にスクリューが露出された。
「やりやがったな、よし。80%の推力で飛ばす」
ナポレオンはしっぽを切るタイミングを外したが、ジェットスクリューが急速回転した。その衝撃でリザードマンたちがナポレオンに取り付けたワイヤーが外れた。しかし即座に《ハヤブサ》は両腕横の重機関銃から残弾を撃てる限り打ち込み、ジェットの回転は火を噴きながら止まる。 
画面に裕一が現れた。
「あと少しだ。奴が拘束につかっている『半物質』は、能力のタイムリミットと共に消える。わかっているだろ、舜。拘束は解ける!」
「奴のコクピットが見える。柏木は苦しんでいる。もうすぐ力が切れる」
「俺にもみえるぞ、舜。俺達は、みずきの見ているものを見ている」
「ヨンヒ! ここまで来たんだ。お前のタイムリミットには間に合っただろ。早く来い!」
こめかみに筋を立てて念を込める柏木は歯軋りしながら言った。ヨンヒは涼しい顔で応対した。
「黙ってろ。ギリギリの水深まで進める」
沖合いのアノマロカリスが海岸に近づくのを、姿は見えずとも、その白波によって確認された。
「あなたの力の限界、もうすぐですね」
柏木からは、みずきの皮肉に応対する余裕すら無くなっていた。

橘武丸は独断で工作員に指示した。
「ゴーサインを出したら本島南方で演習している護衛艦『たいしゃく』のトマホークを発射させろ」
橘は顕龍オリジナルと思しき機体が敵の手にわたることを避けたかった。
リザードマンの流出より、これが重要だった。
壊しても部品さえ手に入ればいい。あれは張りぼてではない。
70年前の荒唐無稽な人型兵器は現在のアクチュエーターより、はるか上の性能のはずなのだ。
あの図面から始まる、我々の計画の主軸を重工から橘へとシフトしなければならない。
70年前に、あれを作ろうとしたのは我々橘製作所なのだ。

4本の腕と半物質の粘着に絡まれたゴーレスは、いまだに身動きが出来なかった。
「田中、足が壊れても走れ!」
柏木は叫んだ。ナポレオンの足に、《ハヤブサ》2機が取り付く。
《ハヤブサ》の装甲板がナポレオンの蹴りで、へこむ。
「絶対離さん。船越、よいな」
「鵜飼さんについていきます」
振動緩衝系の限界をはるかに超える大きな揺れの中、二人は必死で耐えた。
彼らを引きずりながら、沖合いに向けてナポレオンは進んだ。
荏田は背中の上で手甲部の装甲を使ってパンチを繰り返した。
「貴子! エビの3Dソナースキャン進めているか?」
「大型エビの距離200m。次第に接近しています。敵ワイヤーガン推定射程まであと20秒。」
「舜、もっともがけ! お前のスピードならできるだろ!」
舜は3機の奮闘を目にして気持ちが高ぶっていた。
早くしないと援軍にやられる。機械的にこれ以上、がんばれない。
後は気持ちなのか。俺の術。俺の術はあれか。ゴーレスを作り上げた術。
自分が生まれたころから続けた術、造物力。

<誰かが傷付く前にお願い。舜>
みずきの声が聞こえてきた。
障壁を作って、あの大型エビと分断させる。舜は操縦桿を離して、両手を合唱させた。
<みずき、『神』を作る。器(ツホト)の神だ>
<わかった。二人の術を重ねるんだね>
コクピット正面の龍の眼が光り、ゴーレスの魂に繋がった。
<僕らの力を数倍、数十倍にしてくれ、ゴーレス>
『了解』の意思を伝えるように、龍の眼は点滅した。
裕一の手元のウォドパネルから同心円の光の波が眩しく光りだした。
「力を使うんだな。舜、みずき。」
舜のイメージにある絶対に超えられない壁、硬い城柵。
<突き立つ柵>
<来るなという意思>
二人は気持ちを重ねた。
<<出でよ、ツキタツフナドの神 >>
尖った半透明の氷のような柱の障壁が、海から生えてくる。雨の後の竹の子のように、海から続々と立ちあがる壁は海岸線に沿って、数キロにわたってこの海岸を囲い込む。

ヨンヒのアノマロカリスから発射されたワイヤーガンが、弾き飛ばされた。
 守護神ゴーレス第5話『プライド』 Don’t leave me now

「はーやー! わじわじーするー(腹が立つ)。警察おそーい。でかいアクチュエーター来たっていったのにー」
 小夜子は警察や県庁やらあちこちに電話をかけて、ここの非常事態に無関心なのに腹が立っていた。裕一も策を考えてみた。
「これはネットでSOSを呼んでみるか。マスコミが一番いいだろ」
「だけど、みずきーよ、どうするねー」
「早く戻さんといかんけど、みずきの顔にモザイクかけるか」
「それ、なんか悪いことやってる感じ」
「だからよー。あんなところにいたら普通フリムンと思うあらに(普通馬鹿と思うだろうな)。でもあの技は効いているんだ。クナトの術は前に進む気をなくす技だからよ」
「でも、早く戻らんとなんかー怖いよ」
 小夜子は各動画サイトに監視カメラ画像を送信して、そのリンクを張ったメールをマスコミなどに配布した。
 辰巳と小雪、桜は工場の入り口に立った。
 桜は先ほどの訪問であけられなかった関係者以外立ち入り禁止のドアの向こうをみた。
 桜の目に巨大なアクチュエーターマシンが膝を曲げて鎮座し、そして数台のキャビネットを中心とした『ウムイ』システムの全体が見渡された。
「大きい……。予想以上だわ」
「そう。あの機体がゴーレス。そしてこのユニットが擬似生体CPU『ウムイ』よ」
 桜はコントロールルームの左手にある直径80cmの球体に目が行った。
「やはり……。この中型IL用の神経培地、結構費用と増殖させる時間が必要じゃないの」
「うん。また後でね。お互いの秘密を語らないと話が進まないと思うから。今は見て欲しい」
「わかったわ。」
 小雪はこのシステムのこれまでを語るにはまだ早いと思った。桜はパイプ椅子に座り彼らの作業を見守った。

 一方浦添埠頭の特設会場では5体の大型アクチュエーター機がステージを囲み観客を見下ろす中、午後2時の新作発表会の開会を間近にしていた。客席には来賓と抽選に当たった一般観客2000人、そして港湾区域のフェンスの外には抽選に漏れたアクチュエーターファン達がカメラを構えていた。
 舞台の袖で控えていた桐江と兼光はビーチの客が偶然取って公開された昨夜のゴーレスの動作テストの画像をチェックしていた。
「ほう、参ったねえ。百名ビーチに大型アクターが動いている画像。桐江ちゃん、問題の図面に似ているよ。あれは橘製作所のものではなかったのかね。葦原小雪、あの女がやらかしたのか? 知ってるだろお前」
「本番前です。雑念を取り払ってください。回りに気がつかれます。いつもの兼光スマイルはどうしたのですか」
「あの女、祖父の図面を持っていたな! そしてあの顕龍-零式改そっくりの鎧武者型アクターを作り上げた。あれが伝説の零式オリジナルか!」
「落ち着いて。まもなくです。シナリオとおりに」
「わかった。この話題は終わってからだ。」
 その傍らで音響ブースの傍に座っていた荏田は二人のやり取りにニヤついていた。
「あの社長らしくないな。動揺している。どう思うかね城間さん」
「確かに。社長らしくないですね」
貴子は笑って同意した。
 一緒に半日を荏田の話し相手をしていた城間はこの男の物怖じしない堂々とした物言いに次第に魅かれていた。彼には会社人間にはいないタイプの独立した男の魅力があった。
「あの男のような肝っ玉の小さい完璧主義者はささいなハプニングさえ事件に感じられる」
 ファンファーレとともに開会が宣言され、専務から開会の挨拶が終わったあと、昨日のイヒカの活躍が映された大型モニターの前に兼光真は登場した。
「マコト! カネミツ! マコト! カネミツ!」
 ファンの若い男女の声援は鳴り止まなかった。
 壇上の兼光は右手にマイクを持ち、左手で画面を指差しながら全世界のファンが待ちのぞんだオンステージが始まった。
「昨日の僕の活躍を確認した人は多いと思う。機動性能こそ未来への可能性。世界の産業構造を変えるのだ。リザードマンシリーズは次世代機へのプロトタイプ零号として後世に語り継がれる。深海から高空まで、自由な運動性能を保ったまま行動できるのだ」
 社長いいぞ! ファン達の声援は会場に響いた。
 舞台袖の桐江はため息をついた。
 駄目駄目ね。セリフはいい、でもいつもの勢いが足りないわ。葦原茂敏の遺産がここにあるとは。
 百名のポーツマス6ナポレオンは工場から150mの位置で沈黙を守っていた。
「みずきは力を使っているとはいえ、もう10分もこの状態だ。裕一大丈夫か?もうすぐ奴に回線繋がる」
 裕一は透明のウォドパネルを見た。水に広がる波紋のような同心円が広がっていた。
「ああ、みずきの思念が壁を作っている。敵にはきついだろうな。おーいみずき、大丈夫か?」
 砂浜のみずきはナポレオンに指さしたままインカムで答えた。
「向こうもわずかながら力の波を感じる。まだ力は使っていない」
「え?」
「敵の能力者が現れたということ」

「ちくしょう。アクセルが踏めない。なんなんだよ。これが『巫女の力』というやつか?」
 ポーツマス6<ナポレオン>の二人乗りコクピットに派手な配色のパイロットスーツとノーヘルメットの男たちがいた。
「あのねえちゃんは只者じゃねえ。だが戦いを知らない能力者は雑魚にひとしい」
「柏木さん、さすが。能力者狩りのエキスパート」
 長髪の男に柏木と呼ばれたアフロヘアにゴーグルの男は腕組みをしたままだった。
「納得してんじゃねえ、現状負けてるんだよ、この数分間俺の作戦を考えあぐねさせやがって」
「しかし柏木さん、いくつ仕事掛け持ちしてるんですか? ワンワールドの指令はあの工場の中から新型アクチュエーターを奪うこと。匿名のクライアントから葦原みずきを指定海域まで連れ出せ、それからこの機械の保守点検。他いろいろあるでしょ、わけわかんねえすよ」
柏木は後ろを振り向きざま田中の喉にダガーナイフを向けた。
「俺の指示通りだけ動け、田中。貴様は『ハイエスト』からの指令を知る立場にはない」
「わ、わかりました隊長」
「荏田の馬鹿野郎が桐丸に捕まったんだ。元自衛官の工作員の評価がかかってる」
「それにしてもなんでわかってるのにどうしてアクセル踏めないんでしよう。柏木さんお願いしますよ」
「何度もおなじこと言うな。俺にまかせろ」
 その時コクピットの内部スピーカーにノイズが入って、ライブフォンカメラの電源が勝手に入り、モニターのウィンドウが一つ開いた。
「……合法的通信コードスキャンを使わずにいきなりハッキングかよ。上等じゃないか」
 カメラの前の比嘉辰巳はナポレオンの乗組員に対してメッセージを送った。
「ここは八幡アクチュエーター重機の工場、私はシステムコーディネーターの比嘉と申します。我々は桐丸の下請けではない独立した零細企業だ。ワンワールドの要求はなにか? 通信回線をハックしたように我々にはウイルスを送り込むこともできる実力を備えている。穏便に問題を解決したい。どうですか」
 モニター上の柏木は腕組みを外して答えた。
「こっちこそ二次送信不可の信号を送った。俺の顔をネットでさらし首にすることはできないぞ。さてハッカーさんよ、ワンワールドっつうか俺達の要求はそちらにある大型アクチュエーターと、今表にでている葦原みずきって娘だ。桐丸商事常務のお嬢さんをお借りする。抵抗しなければそれ以上の被害は無いぜ。どうするかね」
 工場の面々は背筋が凍る思いがした。
「お借りするって人さらいじゃねえか。それは困る……。そんな要求は…!」
「考えこむなよ。そしたら勝手にやらせてもらうぜ」
 モニターは切れた。
「あーなんでよー。向こうから閉じたみたいです比嘉さん」
 小夜子はキーボードを叩いたがハッキングした通信回線は開かなかった。通常の通信コードの文字列を打ち込んで呼びかけたが応答は無かった。
 裕一は表に飛び出してみずきの肩を強く鷲づかみにした。
「みずき、中に入れ、技を使うよりお前が狙われている」
「駄目。あの人たちは口ほどたいした気合を感じないわ」
「もうすぐ警察が来る。お前の仕事は終わりだ」
 みずきは振り返っていった。
「どこまで私が本物の神官なのか試させて。これが私のプライドかもしれない。だから」
「元のみずきに戻れよ! 神官とか忘れろ。お前は普通の女の子だろ」
 みずきは振り返り、強いまなざしで裕一を睨んだ。
「ゴーレスを作ると決めた時から神様からもらったこの力を大切にしたいって思ってるんだから! 舜も裕一もゴーレスに命を分けているんでしょ。もう後戻りはできない。そうでしょ?」
 ここしばらく冷静なみずきばかりを見ていた裕一は、これが本音だと悟った。
 俺達は引き返せない。神の力を使っているのだから。その結果が敵の襲来なのだ。
 裕一は黙って工場に戻って、目の前のゴーレスに向かって指示を出した。
「舜、聞いているか? ゴーレスを立たせよう。立たせるだけだよ。立つだけで威嚇になる心理戦だ」
 コクピットの舜は震えていた。悪意を持った敵の存在に恐怖を感じていた。
 僕は何をすればいいのか、何ができるのか。
「おーい舜、答えて?」
「うん。わかった」
「気のない返事だな。ダイブイン! だぜ」
「うん、準備する」
 龍の目を正面に置いて、左手をシャーレの上に置き、気持ちを整えた。
「落ち着いて気持ちを落ち着けて、落ち着いて気持ちを落ち着けて……」
 脳波接続は80%を前後の値で留まり100%には届かなかった。裕一は舜に怒鳴った。
「えー舜、みずきががんばってるばーよ。やーの気持ちはどうなんか」
 みずきの本音を聞いた裕一はなおさら舜に本気になって欲しいと思った。
「今は気持ちがなんか落ち着かなくて。まって、一分間。深呼吸するから」
「落ち着け、そして答えをだせ。」
 舜は考えた。敵はゴーレスとみずきを狙っている。ゴーレスがとみずき。大切なのはみずき。でもこの一歩が踏み出せない。これなんだ。一歩超える気持ちが。あれ、僕は前に進めない。なんでよ。
 インカムではなく心の中にみずきの声が聞こえた。
<気持ちが繋がったね。舜。同じ事を考えたから繋がったんだよね。いま敵にかけているクナトの術をあなたは敏感に感じて先に進めなくなっている。少し術を弱くするから、ゴーレスを立たせて>
<あの術が僕にも効いている? ならなおさら僕はみずきの術を無視してやりとげなければならない>
<舜がわたしの心の動きに敏感なのはわかる。それならば逆に私がクナトの術弱くする瞬間をつかんで。君ならわかる>
<わかる。君の心の動きをつかんでみる>
<私は神官の仕事をする。あなたは王の仕事をして>
<わかった。……僕は……君を……守る>
 最後の言葉だけが彼女に通じたのかあやふやだった。
 クナトの術が弱くなるのを感じた。顔に当たる風が弱くなるような感覚。
「いまだ! ゴーレス! ダイブイン!」
 パラメーターが100%を超えて、接続ツリー表示が数百の分岐が青を示しゴーサインを示した。
 舜は駆動アクチュエーター接続をONにして、ブレーキを解除した。
「上運天舜、ゴーレス発進します」
 ゴーレスはゆっくりと膝を立てて起き上がった。
 シャッターが開かれ、工場にビーチの日光が差し込んできた。
 ゴーレスの放出した蒸気が室内に広がっていくことが皆の目に明らかだった。
「小雪ちゃん……ゴーレスのエンジンはまさか蒸気?」
「そう、電気とのハイブリッド。そして葦原茂敏の設計図通りの部分。八幡幸賢が作り上げたエンジン。オジーのおかげね」

 海岸線に並行に南側の波打ち際にいるナポレオンとゴーレスは対峙した。外部スピーカーから舜は叫んだ。
「おい! ナポレオンこれ以上近づくな! みずきには近づくなよ!」
 みずきはゴーレスを見上げて少しずつ引き下がって工場に入ろうとしたとき、海に円形の影が浮かび上がり、それはすばやい速さで、ゴーレスとみずきの間に立ちはだかった。
「みずき!」
舜は目の前に現れたのが円形アクチュエーター機であることに気がついた。
「気を弱めたのが甘いな。俺がこのチャンスを見逃すわけがない。『波』は見えているんだよ。無生物のパウンドタートルにはこの技はきかねえよ」
 柏木は直径2mの円盤に六本足が生えたアクチュエーター、バウンドタートルを遠隔操作した。
 みずきは不気味な円盤に押されてじりじりとナポレオンの側に近寄っていった。
「あの円盤を捕まえる!」
ゴーレスの腕を伸ばしてバウンドタートルを捕まえようしたが、左右にすばやく動いた。
「きゃっ!」
みずきにバウンドタートルの砂埃がかかった。
「舜、やめろ。みずきにもしものことがあったら」
「ちくしょう。早すぎる!」
「妹になにすんの!」
小雪は飛び出したが近づけなかった。
 バウンドタートルは六本の足をせわしなく動かし、白い砂浜をかき乱し砂埃を巻き上げながら進んでいった。
 舜は何も出来なかった。そしてこの工場の面々は有効な手立てを思いつかなかった。みずきはナポレオンの方へと追い立てられた。

 浦添埠頭の新作発表会では兼光社長のトークを終えて、いよいよリザードマンの実演起動パフォーマンスを始めるためにインターバルを置いた時であった。
 トークの途中から一般参加者が携帯で画像を見る姿が目立ち兼光は焦りを感じていたが、報道の画像を舞台袖で先ほどよりもさらに衝撃的な映像を見ることになった。
 百名の海岸沿いに現れたポーツマス6とゴーレス、狙われる女の子の静止画像。みずきの顔にぼかしを入れているが、百名のメンバーのSOSを世界中が確認している状態だ。
「これはまずいね。自衛隊は何をしているかね。うーん」
 舞台袖で企画スタッフと画像を確認し兼光は頭を掻いていた。
「柏木の部隊か! ワンワールドは人には危害を与えないのがモットーだろうが。これは他の団体のミッションだろ。戦争屋が」
 荏田はモニターを覗き込んで怒りをあらわにした。
「さすがに助けたくても泳いでいくわけにはいかないしね」
「あんたとぼけるなよ、あのコンテナ、橘製作所のヘリアクチュエーターなんだろ。あれをリザードマンに取り付けて飛んでいけないのか?」
「なるほど。ヘリアクチュエーターがあったとしても使えないですよ。自衛隊への配備で県議会が紛糾しているものがここにあるわけないじゃないですか。まっとうな商売やってますから。」
「自社の船を助けて俺を捕まえたあんたらしくねえな。打算なんだろう。正義ではないんだな!」
 荏田は音響ブースからシールド線を引き抜き、傍らにいた城間貴子の首に巻きつけた。SPの3人の男も止めに入れないスピードだった。
「おい! 秘書を人質に取ったぜ。リザードマンをよこしな!」
「社長! 助けて!」
「おやおや、犯罪者に逆戻り。実刑は免れませんよ。いまなら冗談で終わることだ。君を社員にしたい気持ちは変わらないよ。やめなさい」
「うるせえ、俺があんたの言う法律や世論の壁を越えようとしているんだ。わかるだろ」
「……わかりました。あなたの言うとおりにSG-11-3をお貸ししましょう」
「社長…?」
貴子は涙目だった。
「君を助けます。今はおとなしくしていなさい」
「そんなあ」
 兼光は荏田に認証カードを投げて渡し、受け取った荏田はシールド線を鞭のように振り回しながらSPや周りの関係者を退けながら舞台右手の青緑色のリザードマンに搭乗した。
 コクピット後部補助席に貴子を座らせると荏田は謝った。
「本当にすまない貴子さん」
「途中から演技とわかりました。あの女の子を助けに行くんでしょ」
「ああ、それまで人質役になってくれ」
「わかりました。協力します。もう、本当に怖かったんですよ」
 わざとむすっとした顔の貴子の顔に荏田は思わず笑ってしまった。
「ははは、いくぜ、貴子ちゃん。揺れるからな」
 起動したリザードマンは港のコンテナの一つをこじ開けて、ヘリアクチュエーターを取り出してリザードマンの両肩に装着した。左右二つの装着したヘリのプロペラが回転を始めた。
「やっぱりプログラム同期接続が容易だ。工業用のくせに軍用に転用する気みえみえなんだよ。飛ぶぜ、揺れるぞ」
 貴子は少し笑った。
 ローターの爆音とともに飛び上がるリザードマン。メカマニアの多い観客はこのハプニングにフラッシュの嵐と歓声を上げた。
 しかし大多数の県内世論で使用を反対されていたヘリアクチュエーターが見つかってしまったことは兼光にとって痛手だった。世論を味方にするため兼光は新たな策を練りだした。
「桐江ちゃん、防衛省備品の使用申請、簡略でね。太田くん、これから私のショーでお客さんをひきとめて頂戴」
「社長まさか」
「そう、人質にとられた社員を助けに行く社長。誰か文句ある」
 皆無言でうなづくしかなかった。
 荏田に感謝してるでしょ、と桐江は兼光の心中を読んだ。万能だが単純でわかりやすい男。かわいらしい人ね……。
 アクチュエーター機の自立飛行を可能にさせるヘリアクチュエーター橘HA-3カワセミは尾翼ローターを伸ばしてジェットエンジンを起動し、水平加速飛行状態になった。荏田と貴子は下界を見下ろす360度モニターの眺めに見入ってしまっていた。
「すごいマシンなのはわかるが、揺れないな。いや、止まっているようだ。君はこの振動緩衝系のシステムを知っているか?」
 貴子は秘書としての知識を披露した。
「このコクピットは新開発のゼリー状液に浮いた状態なのです。相対的にコクピット部が動いていない状態に液体が動くのです。意志を持つかのように」
「そこまで完璧に振動を相殺するのか」
「桐丸重工の次世代テクノロジーの一つです。物理法則の限界への挑戦です」
「限界こえたんじゃねえのか。なんかそんな気がするな」

 暴走族のアクチュエーター拘束用ワイヤーガンを搭載した体高2.5mの鳥型小型二足歩行機『クイナ』3台を乗せた専用トラックとパトカーが到着した。小夜子が警察に食ってかかった。
「もう、警察遅い!」
「君達勝手に外にでるから変なマシンにつかまるんだろうが。何、あのヨロイのでかいのは?」
制服の警官が怒鳴った。
「それより早く捕まえてよー」
 捜査課の刑事が出てきた。
「県警本部から応援が来る。それまでけん制をかける」
制服組が反論した。
「警部補、待って」
「ぬーが(なにぃ)待ってぇー? 犯罪を抑止するのが警察の仕事やしが! はい、金城さん一緒行くよ」
「えー! 和宇慶(わうけ)さん、わったー機動隊あらんしが。(俺たちゃ機動隊じゃねえ)」
「えー、へーくなー(早く)クイナ乗って」
 クイナ3台は防風林の間からナポレオンとバウンドタートルの間に現れた、みずきがナポレオンに近づくのを阻止する計画だった。
 南城署捜査課警部補の和宇慶はスピーカーを最大にして言った。
「あなた方は包囲されている。無駄な抵抗はやめなさい。人質を解放しなさい」
 ダダダダダダ! ナポレオンの下腹部ハッチの奥に銃座に座った田中が12.6?重機関銃を発射した。
 みずきは身をかがめた。そして2台のクイナの脚部第二関節に着弾した弾丸はクイナの直立機能にダメージを与え、2台は横に倒れて1台は退却した。
 田中は拳銃を片手に昇降ワイヤーで降下し、みずきの前に立った。
「お嬢様、お迎えに参りました」
右手で銃を突きつけながら差し伸べた田中の左手をみずきは激しく叩いた。
「私が人質になることは敗北ではないわ」
田中はみずきの手首をぐいとひっぱった。
 早くしなければ! 早くしなければ!
 その時舜の意識に大量の情報が入ってきた。半径数キロの全ての存在の全ての形。大地の記憶だ。
 わかる。僕の意識のままにゴーレスが動くのを。
 あいつにけん制をかける武器。あれを取りにいこう。
 そのイメージのままにゴーレスが動いたのはすべて一瞬のことだったが、しかし彼は自分の体が高速移動にさらされているのを実感できなかった。
 ゴーレスの蒸気加圧メーターが瞬間振り切れたのを裕一達は確認した。そしてどこにゴーレスがいるのか誰にも見えなかった。
「裕一! 問題の瞬間から±50秒のドキュメントを保存しろ! これはゴーレスの潜在スペックにちがいない!」
辰巳は叫んだ。
「暴走する舜がゴーレスの力をついに発揮かよ……。変なことするなよ、舜」
 百名にたどり着いたリザードマンは上空から降下状態だった。荏田たちはゴーレスが波の筋に消えて行く姿を確認した。
「あのヨロイのやつ加速してどこに消えた!」
「荏田さん。あれ、まるで忍者みたいです……」
 田中がみずきをナポレオンに乗せようとした時、みずきの頭に水しぶきが落ちてきた。ナポレオンにモズク養殖の網が四本の腕部に絡み付いていた。
 そしてみずきは30m離れた海に立つゴーレスを見た。ゴーレスはブイの付いた網を振り回していた。
「これ以上悪さをするな。みずきを返せ!」
外部スピーカーが彼の声を海岸に響かせた。
「何時あいつは気配を消した? とりあえず反撃するぜ」
 ナポレオンの頭部のワイヤーガンが発射された。ゴーレスの手首に重りが回転しワイヤーが絡みつき、網を投てきすることができなくなった。
「やられた! ……み、みずき!! つれて行くな!」
 ゴーレスの動きが止まった瞬間を見計らって、みずきは田中にひっぱられてナポレオンのコクピットに入っていった。
「さあ、ヨロイファイターさんよ。姫を助けたきゃ、俺を壊すことだな。手始めにバウンドタートルがお前の相手だ」
 ゴーレスの足に取り付いて内蔵していたチェンソーを出したタートルは関節アクチュエーターの切断にとりかかっていた。
「離れろ! この虫けら」
ゴーレスの足をばたつかせてみたものの離れる気配は無かった。
「ざまあみろ、アキレス腱を切られちまえ。立てないアクチュエーターはクズ鉄同然だ」
「柏木さん、一端退却しますか」
「ああ、たしかにオプス1.5に移行したいがバックアップから連絡あるまでオプス1.2を遂行だ。ヨロイを活動不能にする」
舜……。本当はあなたがゴーレスを動かせなかったのは術のせいじゃない。あなたのやる気、思いきりが少なかっただけ。だから術を弱めてあなたの隠されたやる気をだして欲しかった。
 君は思いきりをつけてゴーレスを戦いの場にだした。
 そしてさっきの力は本物。ゴーレスと一体化した瞬間に高速移動ができた。
 本当のゴーレスの力を見せてほしい。君ならできる。ここから助けてほしい。
 みずきは舜の助けを待った。
守護神ゴーレス第4話『パンとサーカス』 Prototype-Zero
東の空は薄曇りで夜明けは紫から白へと空の色を変えていった。
 舜は一番早く起きた。酔いつぶれた面々と普通に就寝した面々はまだ和室で男女入り混じってごろ寝をしている。ゴーレス製作にあてた一年間、手作りのこの工場の組み立てからゴーレス本体の製造、そしてコントロールルームの中枢である擬似生体CPU「ウムイ」の開発設計、それらの完成までこの面々で行って来たのだ。すべての計画の区切りとして無事起動し動いたゴーレスを見た彼らは満足の眠りに就いていたのであった。
 ……これからなんだな。舜は満足の気持ちを次の目標に向けて考え始めた。
 モニター上に新しいメールを見つけた。辰巳の主催するハッカー集団「エニグマ社中」からのメールだった。

 エニグマ社中総長へ 副長より

 リーダーよ。おはよう。お宅の起動実験は成功したようだが、桐丸の新型がえらい大捕り物だったらしい。あのリザードマンSG-11-3は化けモンだぜ。あの社長は狂ってるよ。アクチュエーターの歴史は変わったな。でもゴーレスさんの実力をみないと俺もなんともいえないけどね。とりあえず早くこの桐丸のプロッパーなやけにかっこええ動画みてみい。じゃあね。

 舜は添付されたリンクを開いて動画を見た。

 桐丸重工公式ファンサイト上の動画は黒い海中から始まった。
 イヒカ搭載カメラはソナーで捕らえたエビ型アクチュエーター、アラスカ17の姿を白黒の仮想画像として表示した。
 イヒカを振り切るように逃げるアラスカ17。追跡するイヒカは再びアラスカ17に急接近し、背中を捕まえて海上に浮上した。
 ここでカメラは海上の運搬船からのカメラに切り替わる。サーチライトが組み合っている2機のボディーを照らし出す。
 赤を基調としたアラスカ17の大きなハサミが背部のイヒカを払いのけて、容赦なくイヒカにパンチを繰り出す。
 しかしイヒカはアラスカ17の尾びれの裏側のスクリューを破壊した。
 抵抗するアラスカ17は腹に付いた10本の小マジックハンドでイヒカの右腕を捕まえて握り込むが、イヒカは水中から飛び上がり、アラスカ17は右手を外した。
 イヒカはアラスカ17の尾びれと腹部に投網を打ち込んで行動の自由を奪った。
 生け捕り状態のアラスカ17は運搬船に曳航されて、桐丸本社のある浦添埠頭へと向かった。動画は10分ほどで終わった。

 動画の閲覧を終えた舜はシュミレーターの電源をつけた。
迫力ある戦闘に舜は衝動に駆られた。
 舜はヘッドセットを装着し、シュミレーターの座席に座り、OSを起動させた。本物のコクピットより小さなモニター画面にOSの<Mythological Actuator>の文字を確認すると胸が高鳴ってきた。
 「いくぞゴーレス! 俺は桐丸よりうまくアクチュエーターを動かしてみせる。あんな派手な二代目ボンボン社長の会社よりいい仕事してやる! Go ダイブイン!」
 水中活動に画面をセレクトしてゴーレスの操縦桿を握った。
「心の中の海を泳ぐように…… 心の中の海……。」
同一速度の潜行をだんだん深度を上げて一気に潜行限界の300mに設定した。
 各部関節アクチュエーターへの負荷を示すアラートがなり続けた。
 「もっと深く。ギリギリを見せてくれ! ゴーレス。」
 アラート音と画面に緊急用メッセージと音声ガイダンスが現れた。
 <機体の運動性能低下。生命の危険があります。シュミレーションの終了を推奨します。>
 「まだだ。根性で機体の限界を…。」
 「止めろコラ!」辰巳が座席の後ろから丸めた新聞紙で舜の頭をたたいた。
 「あーあ。舜また暴走だよ。」
裕一が起きてきた。
 「すみません。今届いた桐丸の画像がすごくて…。」
 辰巳は呆れていた。
 「お前、これはゲームじゃないんだ。仮想プログラムもゴーレスと同じホストコンピューター『ウムイ』の力が使われている。ゴーレスとウムイはまだ未知の力を秘めている。心身に影響を与えることはお前も前の実験でわかっているだろう。」
 「わかってます。でもダイブインした時の体が広がっていく感覚。ゴーレスの体と繋がる感覚。それが普通な感覚になるんです。」
 「非日常が普通の感覚を麻痺してしまうと駄目なんだ。海で泳いでいたらいつの間にか沖に流されて帰れなくなるようなもの。自分を常に外から見る訓練をしろ。それに似ている。気をつけろ。」
 モニターのウィンドウで再生されているイヒカとアラスカの格闘の画像に気がついた辰巳は無言でメインモニターに再生させた。
 「すごい……いや、桐丸のやつらやりやがったな。舜、みんな起して。これは見なきゃいけないな。」
 ……もう、自分勝手なんだから。僕はちゃんとやりたい気持ちでいっぱいいっぱいなんだ……。そんな気持ちをこらえながらみんなを起こしに行く舜であった。
 「辰巳さん舜が思わずシュミレーターでやりたくなるのわかるな。これを超えたいと思うよな。」
裕一はにやけ顔が止まらなかった。
 「しかし起きたばかりの事件を公開する桐丸重工、今日の新作発表会を祭にするつもりだな。」
 「俺達の正式発表は来週。これから忙しくなりますよ。」

浦添市西州(いりしま)の浦添埠頭を見下ろす黒いビル、桐丸重工本社ビル37階の社長室では兼光社長と、鹵獲(ろかく)されたアラスカ17のパイロットがテーブルで向かい合いながら会食を行っていた。入り口近くのデスクでは端末に向かうワインレッド地のベレー帽にベストの桐丸重工制服の女性、そして黒服の大柄の男が3名、パイロットの男の後ろに2人、社長の後ろに1人立っていた。壁の大型モニターには今日の深夜の戦闘映像が公開されたサイトの下ウィンドウに書き込みが右から左に流れるように続々と表示されていった。
 「いいねえ、ファンもアンチもこれだけ騒いでいる。大衆はパンとサーカスを欲している。与えた分以上の大衆の投資が我々に帰ってくる。」
 男は社長の後ろの黒いスーツのSPと顔をあわせないように兼光をにらんだ。
 「兼光さんはローマ皇帝かよ。スタジアムで自ら剣闘士として戦ったクレイジーな皇帝がいたらしいがあんたはまさしくそれだ。
 結局俺はあんたの引き立て役。同じ見世物になるなら上海かムンバイのアクトファイトスタジアムでファイトマネーを賭けて戦うほうがマシだ。」
 ヒッピー崩れのラフな格好のワンワールドメンバーとは違い、カーキ色の合皮レザーのパイロットスーツにスポーツ刈りの短髪の男はスペシャリストとしての落ち着いた空気を漂わせていた。
 「勇敢なグラディエーターの君に対して僕も最大の敬意は払っている。君の身柄は保証済みだ。海保にも君の組織にも話を通すことができた。被害届けを出さずに当事者と和解、接触事故レベルに終わっちゃったわけね。うちはそもそもワンワールドがロシア軍から奪ったものを取り返したわけだ。チューンナップしてロシアに返還。もとの鞘に収まるわけだ。我々がすべてを丸く収めていることに不満はあるかね。」
 「ふん、政治圧力を使ったな。俺をどうする気だ。ワンワールドはなんと言ってきたか。」
 「元広域自衛隊第1アクチュエーター機動中隊所属 荏田広継(えだひろつぐ)一尉。向こうさんは手のひらを返してお前さんのことはどうでもいいということだ。」
 「覚悟の上だ。俺は捕虜だ。好きにしろ。」
 「まあまあ、悪いようにはしない。貴君の動きでわかったよ、君は戦闘のプロだ。私の機体を破壊することもいとわなかった。ハザラスタン紛争に紅海危機、自衛隊の海外派遣での対テロ戦闘に君はかかわっている。桐丸・橘製作所のアクターを使いこなし自衛隊史上でもっとも戦果を上げたエースである君がいまではこんなヤクザな仕事とはもったいない。
 君は牛若丸に負けた弁慶、向こうさんより我が社のテストパイロットにならないか? カタギの会社の方がいいだろ。」
 自衛隊での過去の経歴を勝手に調べられた荏田はコーヒーを手に苦笑いをした。
 「戦果なんてこの国でまともに報道されているかね。被害もだ。閣僚が頭を下げる映像だけが国民に報道されるんだ。この国で裏家業扱いの戦争屋の俺が桐丸さんにいまさら入社なんて虫のいい話は少し考えさせてくれ。」
 「貴君と僕は戦友だ。君の憤りはわかるよ。この国を変えるのは実体としてあるアクチュエーターの圧倒的パワーだ。文より武だ。だからこそ君の力をうちで使いたいものだ。」
この男は本当に理解しているのか? これはビジネスじゃねえ、まるで子供の直感で動いている。荏田は諦めの心境で兼光に調子を合わせるつもりでいた。
 「まあな。しかし、リザードマンの新型は画期的だな。これはオイルまみれのアクチュエーターの匂いじゃねえ、血が通っているようだ。型番とか変えたほうがよくないか。」
 「プロトタイプゼロ-イヒカ。これが本当の名前、試作機零号だ。次号機より次世代機として再スタートだ。」
 「よほど思い入れがあるんだな。」
 「これはわが社の歴史上約束された機体だ。自動機械の数千年の歴史上、蓄積されたテクノロジーの集大成だ。」
 「数千年? からくり人形とかも含むのか。」
 「そう。世に出たものなんてごく一部。皆が知りえた歴史なんてごく一部だよ。」「そんなもんかねえ。」
 俺を相手に講釈しても仕方ないだろ。もっと重要なことを話さないのか。荏田が苛立ちを感じたところで、モニター画面の画像が切り替わった。
 第一秘書橘桐江の顔が現れた。
 「おはようございます。そろそろ今日の発表会のミーティングですが、公開した画像を見ておもちゃメーカーやゲーム関連企業からさっそくオファーがかかってます。御確認お願いします。」
 「了解了解、さっそくうちらは人気者だねえ。じゃ荏田君、俺出るけどくわしくはこちらの城間さんに聞いてね。んじゃまたね。」
 「社長いってらっしゃいませ。」
 若い秘書はドアを開き社長を見送った。部屋を出る兼光の後ろ姿を荏田は睨んでいた。
 荏田の冷たい眼差しに思わず目を合わせてしまった城間は一瞬たじろいだ。
 「あ、あの……秘書課の城間貴子です……。よろしくお願いします。」
 荏田は目をそらして視線を落とした。そしてわだかまった思いを吐き出した。
 「だれか気がついたか? 俺は日本の防衛上の危機を俺は起こしたんだ。潜水アクチュエーター単機で日本沿岸に侵攻することが可能なことを露呈されたんだ。この国は危機感がないのか。本物の戦場を知らない大衆の戦争ごっこに俺は一生付き合うしかないのか。戦場に散った仲間達は機械の部品でしかないのか。まったく狂っている。警告するよ、あの連中はまたやってくる。」

 問題の映像を見終えた百名の一同は朝食をすませて解散した。今は百名ビーチの工場にいるのは裕一とみずき、舜、小夜子の4人だった。彼らは今日の作業予定、先日の動作データから導かれた数値を元にして、さらに精度を高くして関節部アクチュエーターの負荷を動作させずに与える実験を続けた。端末に向かう3人とゴーレス内部の舜。本番さながらのリハーサルが続いた。
 今日はすべての指揮を裕一に一任した辰巳と小雪の二人は百名に程近い新原ビーチの「海のカフェ」でブランチを取っていたが、辰巳はハムサンドを片手に数値データのプリントに目を通していた。
 「もう、食事の時くらいゴーレスのことを忘れてよ。」
 「ゴーレスの運動性能の限界を確かめて桐丸の新型との差別化をしなくては……。」
 「だから勝ち負けじゃないって結論だったでしょ。さっきみんなで決めたでしょ、うちはうちって。葦原茂敏の設計図に忠実かつ実用にたるアレンジ。初心を忘れたらだめでしょ。」
 「ああ、すまん。桐丸のプロジェクトをやめてゴーレスを作ることにした時から戦いのつもりでいた。俺達がこの世界に残るためにはゴーレスを運用した大型開発への参入、そして2号機の開発、考えることが多いよ。」
 「それも後で考えましょう。でも今日の起動実験あの3人だけで大丈夫なの? 舜はさっきみたいに暴走しない?」
 「俺がいなくても裕一が舜の暴走を止められなければ本当の組織にはなれないよ。裕一、みずき、舜には見えないものを見る力がある。彼らに本当に一任できなければ、これは会社ではなくてただのサークル活動だ。大丈夫、今日は問題ない。」
 「これからしばらく私達忙しくなる。だからちょっと仕事を忘れてフラフラしたいな……。」
 小雪は辰巳をじっと見つめた。
 「わかった。じゃ近場を軽くふらっとね……。」
 カフェを出ようとした二人は久しぶりに出会う人物を見た。
 デニムの開襟シャツにカーキのジーンズ。伸ばしっぱなしの髪をゴムでまとめただけの化粧っ気のない伏目がちなおとなしい女性。
 「桜さん……。」
 「工場に一度行ってみたけどここだと言われて。今日は二人にお話したいことがあるの。」
カフェの横から石段を降りて、砂浜へと降りた三人は岩影の海辺のベンチで久しぶりに対話することとなった。以前とは違う桜の様子に小雪と辰巳は何かを感じた。
 「桜ちゃん真剣なお話かな。」
 「ええ、真剣。1年ぶりだというのにこんな話からしなければならないのは残念だけど……。
 「急いで話しなくてはならないの。ついさっきからサイトで炎上している。そちらのアクチュエーターを撮影した動画。」
 桜はタブレット端末を開いた。サイト上には昨日ゴーレスが砂浜で動いている姿が映っていた。
 二人は顔を見合わせた。
 「見られる事は予想したけどね。いずれ公開するものだし。」
 「撮られた以上、一般公開の予定を変更しなければ……。」
「本題はそこじゃない。辰巳さん、小雪ちゃん、あなた方の中に『能力者』がいるということ。」
 二人はしばらくだまった。
 「言えないことはわかっている。でもうちの研究所のテクノロジーで脳波の動きを感知できることは小雪は推測できたでしょ。」
 「お互い仕事の話はしない約束だったでしょ。見なかったことにはできないのかしら。」
 「世界のある一例のお話ね。今年初め、モンゴルの首都ウランバートルの子供たちが20名失踪した。でもうち18名は無事帰ってきた。彼らの証言によると病院のような大型トラックで検査をうけたあとすぐ帰されたという。残り2名は帰ってこなかった。こんな事例が世界中で頻発している。
 その検査は能力の適正検査。素質のあるものはある組織にハンティングされるというシナリオが噂されている。そこにはトロイ=プリマスグループの国際流通企業ユニオンカーゴが絡んでいる。途上国支援の裏の顔よ。我々はあなた方を支援、保護する用意がある。そのことを伝えたかったの。」
 「ちょっと待って。簡単には信じられないし、どれだけのことを研究所が知りえたのか情報がほしい。そうしないとこちらも教えられない。ごめん桜ちゃん。」
 「わたしはあなたを助けたい。その気持ちなのに。」
向かい合う二人の間から海を見た辰巳は水平線の上に立ち上がる水しぶきを見た。
 「ちょっと見てみろ、何だろう。クジラ?」
 そしてもう一回海岸近くで水柱があがった。そしてこの3人と新原ビーチでウィンドサーフィンをしている若者たちが岩礁の上に見えたその実体をはっきり目視した。
 「大型アクチュエーターだ!」
 沖合いに見えたものは魚類を基本型とした流線型ボディに4本の腕部と脚部と尾びれで岩礁に立ち上がる揚陸型水中アクチュエーターであった。
 「あ、あれは米海兵隊配備のトロイ=プリマス社 ポーツマス6かよ! 通称ナポレオンだ。」
 「型番はどうでもいいでしょ、なんでここに……。米軍の演習?」
 辰巳はナポレオンがどんどん左へ進んでいくことに気がついた。
 「おい、あいつの進行方向、左は百名方向だろ。うちの工場が危ない!」
 3人は駐車場に急いでいった。
 「桜さん。とりあえずうちの工場に来てくれ。それから話を続けよう。なあ小雪、桜さんは君と僕の友達だ。」
 「わかった。どこまでお互い協力できるかわからない。でも来て、桜ちゃん。」
 「わかりました。とにかく急ぎましょう。」

 小雪は電話をかけた。
 「裕一くん、大変、軍用アクチュエーターが接近。まさかワンワールドかもしれない。監視モニターに映っているはず。まずは確認をおねがい。」
 起動実験中の裕一はコントロールルームで豆鉄砲をくらった。
 「まさかやー! みんな、でーじなとーん! ちゃーすがやー!(みんな、大変なことになった。どうしよう。)」
 「にーにー、ひんぎる(逃げる)用意よ!」
 荷物をまとめる小夜子と頭を抱える裕一にみずきが一喝した。
 「みんな! 落ち着いて。まず、ワンワールドならネットに犯行声明を出すはず。そしてここを出ないで済むことなら出ないほうがいい。状況を判断しましょう。早く。」
 「そうだな。わかった。」
 椅子の上で中腰だった裕一は腰を下ろし、コクピットの舜に指示した。
 「いま小雪さんから連絡があったとおりだ。モニターに映った状態だ。こいつの目的がわからない限り絶対動くな。これがミッションコントロールからの指示だ。」
 舜はしだいに近づいてくる灰色の機体を確認した。
 「わかった。もしここに突入しそうなら?」
 「俺が出ていって交渉する。」
 「もし裕一が狙われそうになったら。」
 「そんなことはない……はずよ。」
 「僕はゴーレスで戦う!」
 「えーひゃー待て、それは最後の手段どー!」
 犯行声明を探していた小夜子がHPを見つけた。
 「あったよー、ワンワールドジャパンのHP、<桐丸重工の下請け企業、沖縄県南城市の工場のアクチュエーターマシンをいただく。>……だって、うちは下請けじゃないのにー。」
「あったー(あいつら)なんでここでアクチュエーター作ってるってわかったばー? どこでハッキングしたんだ? でもなんで来るんかー?」
 運転している辰巳の横顔が助手席から映されたライブフォン画像のモニターに映った。
 「おい、裕一、いまエニグマ社中でやつの機体の通信回線へハッキングを試みている。機体情報からたどって使用しているサーバーを突き止める。向こうがだんまりを決め込んでも数分以内にパイロットにアクセスできるはずだ。交渉で解決する方法を考えよう。絶対にお願いだ。舜を暴走させるな。いざ動くとしても正当防衛だけは守れ! 強制終了でシステムに重大な障害が残ってもだ。絶対だぞ。いいな。あと1分で着く。よろしく。」
 「了解。」
あらためて裕一はコクピットの舜につないだ。
 「舜、正当防衛。お前ができなければホストから強制終了をかける。俺の指示に従えよ。」
 「わかった。では向こうの掘削用ドリルガンを準備しておくよ。」
 足を曲げて鎮座するゴーレスから5mほど離れたところに掘削ドリルなどオプションパーツが並んでいた。
 「おめえわかってねえだろー。一歩でも手を動かして取るなよー。」
百名の工場まで数百メートルの位置にナポレオンは見えて来た。
 「小夜子、警察はどうだ。」
「『同様の通報を受けました。逃げてください。』だって。言うより早くこっちこいって。」
 「佐敷の南城署にはパトカーしかないし、那覇署の大型も何十分かかるかわからんし、そもそも警察の作業用に毛が生えた機体じゃ軍用に対抗できないよ。いざという時はゴーレスしかいない。」
 みずきはデスクから立ち上がり、ゴーレスの横を通りすぎた。
 「あれ、みずきどこ行くの。」
 「女の子が立っていればここは襲われない。」
 「ああ、馬鹿馬鹿、待てみずき、コラ!」
 「兄貴はうごくな、私が止める。」
「お前も行くな。」
 シャッター脇のドアからそとに出たみずきは仁王立ちに足を広げて砂浜に立った。
 落ち着いた表情の裏で、みずきは悪くていやな気配が脳裏を掠めていくことに耐えられなかった。
 そんな中みずきの心にもう一人の自分が現れた。白い装束の古代神官の若い女性。
 <初めての戦いだな。お前はどうしたいのだ。>
 「私はなにかをあきらめたくない。そして悪意を乗り越えたい。」
 <悪意の潮流に飲まれるな。悪意は一つではない。いくつもの流れに気をつけろ。>
 「もう一人の『私』よ。私はここから逃げない、力を信じる。」
 その言葉に導かれたみずきはナポレオンに指を指した。
 すると海岸沿い右手200m先のナポレオンは歩みを止めた。
 「なんか止まったねえ……。でもみずきお前何を考えてる!」
 みずきがヘッドセットのマイクで裕一に言った。
 「裕一、怒鳴ってばかりじゃだめ。あなたのできることをやって。戦場で出会った私達の祖父はその心と『力』で生き残った。」
 「ああそうだな、俺達には力がある。見えないものが見える。舜、深呼吸してるか。」
 「うん…。焦ってはいけないね。」
 内心は不安でどうしようもなかった舜は言われたことに同意するしかなかった。
 攻撃してきたら。どうする。どこまでが正当防衛?
 裕一やみずきに質問したかったが彼は気持ちを押し殺した。
 守護神ゴーレス第3話

『まだ誰も月から地球を見た者はいない。』 Fly me to the moon



 金曜夜の嘉手納ロータリーは多くの車が行きかっている。国道58号から一歩入ると静かな住宅街に入るが、比謝川河口沿いの道路沿いの護岸に100人ほどの人込みが出来ていた。
 路上駐車した車と、本格的な望遠レンズのカメラを構えた一団。改造車に乗ってきたらしい興味本位の若い連中。
 そして一番目立つのが沖縄本島北西150キロの岩礁地帯『伊座の浜』開発の反対と軍事転用可能なアクチュエーター機の製造に反対する文言が書かれた横断幕だ。横断幕の周りに抗議団体関係者が集まり始めた。マイクロバスが止まり欧米人らしい若い男女が現れ、河岸の道路は人込みで騒然とし始めた。
 対岸の桐丸重工読谷ドック渡具知搬出口の裏側、人工的に丸くくりぬかれた巨大洞窟の中には五隻の運搬船が船着場に接岸されている。
 作業のために点けられた多数のライトのため、間接照明効果によって洞窟は光のグラディエーションを見せるライティングショー会場のようである。
 自然洞を整備して大戦当時使用されなかった特攻艇基地は、冷戦時代に核シェルターとして大規模に拡充され地下要塞となった。1984年に県有地として返還されたものの、その特殊さゆえに跡地利用の方法の目処が立たなかったが、1989年佐世保から浦添への桐丸重工の本社移転とともに重工のアクチュエーター工場施設として稼動をはじめた。
 出港間近の時間、忙しなく動く作業員の間で座椅子に座る茶髪の濃紺の3ピースのスーツの男、兼光真(かねみつまこと)は時代の寵児と呼ばれ、マスコミにもたびたび露出する人気若社長であった。39歳には見えない茶髪のやわらかい面立ちの男は沖縄を拠点としてスポークスマンとして活躍し、桐丸重工の製作するアクチュエーターマシンとともにその顔を知らないものはいないかもしれない。
 社長の傍らのタイトスカートの白いスーツ姿に、まとめ髪のモデル体型の秘書、橘桐江(たちばなきりえ)は作業工程の確認などを終え、落ち着いて出港を待っていた。
洞窟内の事務所から社員の声が聞こえた。
 「社長、抗議活動がいつもより多いという報告です。例の団体が来日したという情報もありますし、いかがしましょうか。」
 作業服の企画2課デモンストレーション担当の太田がノートパソコン片手に出てきた。外の混雑状態を警備担当の映像と共に伝えた。
 「そうだねえ。」
腕組みをして兼光は考えた。
 「問題のない範囲でトラブルあってもいいんじゃない。」
「ちょっと社長。」「もう、また暴言なんだから。」
 「まあまて。明日の浦添での新作発表会が成功すればいい。我々はただ荷物を運ぶだけだ。太田君?」 
「はい。」
 「君達自社製品の性能に自信をもてよ。
 リザードマンSG-11?量産タイプと私のデモンストレーション版であるリザードマンSG-11イヒカ、この機動性能が世界をいかによりよいものに変えるか。
 問題の伊座の浜開発は生態系には影響のない沖合いでの海底掘削作業。海流発電所と国内初の油田開発に伴う利益は国益に適うものだ。
 うちの製品が世界のどこかで武器に使われようとも、我が社の製品を武器と言っている連中は武器になった製品よりはるかに多くの製品が途上国の産業に貢献しているかを知っているのか? 自信を持って作業を進めてくれたまえ。」
 「さすが社長。今のお言葉、公式サイトのカネミツ語録に乗せてよろしいですか。」
 「いいよ。つうか、俺が更新しとくわ。」
「ありがとうございます。」
 太田は納得してうなずき事務所へと戻り、桐江と兼光は二人になった。
 「社長、今のとっくに私がサイトにアップしましたよ。」
「ああ、君は私の影だからね。」
 「まったくもう。時々私が橘なのか兼光なのかわからなくなります。世に出回っている兼光真の何割かは私が作ったものです。多分。」
 椅子から兼光の右手が伸びてきて、桐江の右手を強く握った。
 声を出そうとした桐江は兼光の眼光に言葉を飲み込んだ。
 「はっきりしていることを言いたい。君は橘製作所の御令嬢、そして君の名前は桐丸商事会長桐丸藤兵衛の桐。君は桐丸グループの為に生まれてきたんだ。働いてもらわなければならない。それが宿命だよ。」
 桐江は目線を外しながら兼光から手を離し、彼の肩に右手を置いた。
 「そして兼光真は兼光香世子の長子。香世子は王家遠縁の兼光氏との結婚で兼光家を琉球王朝本家の後継とすることができた。あなたこそ真の琉球国王。まあ異論のある県民は多いでしょうけどね。」
 「ああ、男子直系のトートーメー(位牌)の相続順位なんてどうでもいいんだよ。名実ともに僕が南海の覇者であることには変わりない。そしてイヒカは王権の象徴たるにふさわしい。」

 その頃ゴーレスを格納した舜はコクピットを開けたところで今日子から花束をもらった。
 「ありがとう今日子さん。あなたのおかげでいろいろなことが進んでいったような気がします。」
 「わたしは記者。事実を見つめてきただけ。進めてきたのはあなた達よ。」
 皆がそろって拍手をした。
 「さあて、これから完成記念パーティだ!」
 稲田は泡盛のビンを開けようとした。
 「ちょっとまて、仏壇にお線香、そしてゴーレスにもお供えを。」
 うかれた皆の間で、みずきは落ち着いていた。
 「うむ。みずきちゃんが鹿児島の子なのに一番ウチナーンチュみたいだな。急ごしらえのオードブルだが重箱を持ってきた。お供えしたあとでウサンデーして食べよう。」幸賢は風呂敷包みを差し出した。
  みずきは和室の仏壇に龍の目とゴーレスの設計図を奉納し、その前に香炉を置き、ろうそくに火をともした。
みずきは幸賢に仏壇前に座るように薦めたが、幸賢は首を横に振った。
 「上座はみずきさんが座りなさい。あなたはもう沖縄のカミンチュだから。」
「八幡親方の御推挙謹んでお受けいたします。」
 みずきは納得して、白い羽織を羽織った。そして人数分の沖縄線香、11人分を黒い線香を縦割りで11本にして火を灯し、香炉に差した。
 「ウチナーグチではなくてごめんなさい。ニライカナイの神様、ゴーレス様をこのヤハラツカサの地にお迎えいたしました。
 沖縄を末永く見守ってもらうためのお手伝いをおこなってもらうためです。天の神、海の神、山の神様。これからもこの島をお守りください。守護神ゴーレスとともに我らにお導きをください。
 そしてこのゴーレスの設計図を描いてくださった祖父葦原茂敏様。あなたの思いが形になりました。あなたの戦友とその孫達をどうかお守りください。おじいさま、すばらしい宝をありがとうございます。」
 龍の眼はかすかに光を発したようだった。
 一同はしばらく黙祷したあと、しばらく涙で目があけられないものもいたが、なにごとも無かったように皆、目をあけた。
 幸賢は少し枯れた声で言った。「これが戦後66年、茂敏さんが作りたかったものだ。彼にかわって私がありがとうといおうねー。ありがとう。」
 辰巳は頭をたれた幸賢の肩を支えた。
 「あなたが地道に基礎エンジン部分を作り上げ、そして僕達の手で、できあがったんです。思い悩むことはもうないはずですよ。だからお祝いしましょう。戦争はおわって、ゴーレスは平和の使者になったのですから。」
 舜は小さな泡盛ビンをとりだした。
 「これをゴーレスの頭からかけるのはどうかな。」
 辰巳は持込みの酒やジュースをあら捜ししながら、
 「出港式みたいにシャンパンをぶつけるというのも考えたけど、これは陸運局認可のお祝いにやろうか。」
 今日子はみんなの様子を撮りながら、
 「そうだね。だんだんお祝いらしくなってきたね。じゃあ、舜くんゴーレスにお酒あげてきて。」
 舜は泡盛をもって昇降タラップへむかった。
 裕一は一年前を思い出した。カメラを構えた今日子に話しをはじめた。
 「そういえば、うちにかりゆしの大湾隆之さんが来てから色々なものが変わった気がします。」
 「そうね。その前にみずきちゃんが私に連絡してくれてからだよね。」
 「でも、いろいろな縁がつながってますよね。」
 舜はタラップを上り、ゴーレスの頭頂部に泡盛を流し始めた。
 「これからお願い、ゴーレス。長い道のりだったよ。」
 舜は流れる泡盛の流れを見ながら今までを振り返った。
 流れる泡盛はゴーレスの半透明な顔面のバイザーを滴り落ち、芳醇な香気が巨大機械を包んだ。
 「おーい舜、なにとぅるばってるー? ビンからもう泡盛でちゃてるよ。」
 小夜子が前に立って手を振っているのに舜は気がついた。そして思わず思っていたことが口にでた。
 「みんな運命の糸でつながってるんだ。」
 「へ?」
「ま、まあそんなことを今までの道のりを考えたらでてくるわけだ。」
「まあねえ。うちが自動車屋の八幡家だから出来たこともあるし、比嘉さんと小雪さんの技術とか。あ、みずき、舜、裕一の三人組がいなければこんな不思議なマジックはみられなかったかもね。」
 下から三線の音が聞こえてきた。
 「あ、オジーの三線だ。舜、みんなもう料理ひろげているよ。舜は何分もとぅるばってたからね。」
 昇降タラップの横の梯子を使ってすばやく小夜子は降りていった。
 「ちょっとまてよ小夜子ちゃん。」昇降タラップのスイッチを押すと、油圧ジャッキがスライドしてタラップは降下していった。
 幸賢の三線が安里屋ユンタを奏でるとそれにあわせて稲田のギター、東恩納邦夫のジャンベ、宇佐上美子のバイオリンが鳴り始めた。
 演奏と食事、乾杯が何度も続く宴がしばらくつづいたが、皆に気づかれずにみずきは一人海に歩いていった。
 「あ。」
呼び止めようとした舜は海へみずきを追っていった。
 「みずき、うるさいのは苦手かな……。」 
「君もそうなんでしょ。」
 「うん。音楽を聴くのは好きだけど騒ぐのが苦手だな。」
 「星をみて考えましょう。」
 二人は海辺にすわってただじっとしていた。
 二人は友達以上といえるかもしれない。ただ、あまりにも不思議な体験が続く中、すでに普通の少年少女ではない自分への戸惑い。同じ気持ちを共有する二人は互いを理解しあえる関係、戦友のような関係かも知れなかった。
 東の海に月の出の兆しが見えた。久高島の影の左端から月は昇って行く。
 ほのかに水平線が赤くなり、月は次第に昇って行くとともに赤から橙色、金色、白銀へとグラディエーションを変えて上ってきた。
 月の出を無言でじっくり見ていた二人だった。
 沈黙の中、みずきはぽつりと一言いった。
 「まだ誰も月に触れたものはいない。まだ誰も月から地球を見た者はいない。誰も自分の姿を見ることができないように。」
 舜はしばらく返す言葉に困った。
 「ええと、たしかにアメリカが1969年にアポロ計画の中止を宣言して以来、月着陸計画はまだ誰も行っていない。……教科書通りだけどこれでいい?」
 「うん。人間は降りていない。でも心は月に触れたものがいる。月に呼ばれたものだけ。月は私を呼んでいない。スバルは私を呼び、スバルに心を触れることができた。」
 「ああ、そのことか。スバルに見えたものの話を聞きたいんだけど。」
 「スバルには7つの太陽に囲まれた神々の穏やかな生活がある。……でもそれが本当の現実をみたのか、ウォドの世界の現実を見たのかすべては夢まぼろしか……それがわからない。」
 舜の顔を見ていたみずきは寂しげな表情になり顔を背けた。サンダルを脱ぎ、裸足になり、海に向かって歩きだした。
 舜は止めようとしたが、みずきは向こう脛が波にかかる深さでじっとして手を後ろに組んだ。
 みずきは波の音、ウォドの波を聞いている。そう思った舜はその様子を見守っていた。
 月に雲がかかった時、みずきは急に振り返った。
 「月が降りている。月を呼んだものに月が答えている。」
 「力を持つものが他にいるということか。」
 「うん。それはいままで隠されていたんだ。こんなに近くにいたのにね。」

 比謝川の沖合い200mの地点では桐丸重工の警備用ボートに異常が発生した。
 「おい、魚網にスクリュー引っ掛けるなよ。漁協からクレームくるぞ。」
 「ちょっと待ってください。今、1号艇から連絡が入りました。同じトラブルです。え、2号も3号も?」
 「ちょっと停泊している間に何? おい、あそこにライト当てろ、海に浮かんでいるのは」
 サーチライトが照らした浮遊物の表面には赤黄緑の縞模様と英文ロゴが書いてあった。
 「ALSK-17? トロイ=プリマス社の水中アクチュエーターだ!」
「アラスカ17にあのカラー、あの団体か?」
 次の瞬間、警備担当者たちが見たものは水上へと飛び上がる海老型のアクチュエーター機だった。警備ボートの隊列をあざ笑うかのように水中に潜っては船の反対側へと浮上する。身動きの出来ない警備担当者はなにもできなかった。
 「ドックへ連絡。アラスカに運行妨害された。」

 出港準備のため先頭の運搬船に乗っていた兼光は操縦席のモニターで警備ボートからの映像を見ていた。
 「ああ、やっぱり来ちゃったね。悪の環境保護団体が。」
 太田が桐丸重工HPへの書き込みと多数のメール爆弾を発見した。
 「社長、犯行声明です。ワンワールドです。リンク先のyoutube動画開きます。」
 サイトを開くと、金髪のドレッドヘアにサングラスの浅黒い白人系の男が画面に現れた。世界中で行過ぎた抗議活動を繰り広げているワンワールド代表ロード・ゴールズワージーの顔だ。
 <ヘイ、ミスタープレジデントカネミツ。貴様のベビーフェイスを見るのはもう飽きた。黒潮の生物の回遊ルートを塞いで、油田で油まみれにするクレイジーな開発はすぐやめな。クジラは泣いているぞ、地球の声が聞こえる。地球は一つ、愛のない……>
 動画の途中で画像をストップさせた。
 「ゴールズワージー卿の抹香くさい説教は聞き飽きたよ。時間の無駄。向こうが実力行使したなら、こっちが運行妨害の現行犯で捕まえてやろうじゃないの。」
 兼光が船尾に向かうのを桐江が追いかけた。
 「やはり、イヒカだけを出すつもり?」
 「そうだ。人型アクターであのアラスカ17のエビ野郎をつかみ取りしたらワンワールドとトロイ=プリマスのギルバートに勝利宣言してやる。戦争における『鹵獲(ろかく)』だな。」
 桐江は作業員に声をかけた。
 「これよりリザードマン-イヒカを起動させる。カバーと固定金具外して!」
 すぐさまブルーシートのカバーが外され、イヒカはその姿をあらわにした。
 サファイアブルーに金の縁飾りが映えるボディーがライトに照らされる。全高17m重量14tにして比重1.0、水陸両用アクチュエーター、リザードマンシリーズの最新型は究極の目標たる「完全二足、ほぼ人型」のボディラインを達成した。ヘルメット状の頭部はほぼ360度を立体視するためのカメラ群が内臓され、そのボディは西洋甲冑を想起させるデザインであった。駆動箇所を腹部にも数十箇所設けた蛇腹の腹部はしなやかな動きを実現するためであった。
 兼光はブーツに履き替えて裾を中にたくし込んだ。上着はワイシャツにベスト姿のまま、ネクタイを緩め、第一ボタンを空けながらコクピットに向かった。
 「社長、御武運を。」桐江がパソコンを胸に抱えこみ、コクピットに乗り込む兼光を見上げた。
 「おっ、この見上げるポーズ。上から見るとお前かわいいな。」
 「もう、早く行け、このチャラ男。」
「わかったよ。敵の首とってくらあ。」
 コクピットに座った社長はヘッドセットを被り、オペレーターに繋いだ。
 「すでに電磁アクチュエーター起動準備段階に設定してある。こちらのアクターを起動させる、ホストは準備よいか。」
 「本社ハツクニ3との相互リンク接続準備完了。いつでもよいです。」
 兼光はカード型のキーをスロットルに差し込んだ。
 横、上部、背部、そして足元、360度モニターが点燈し、各種パラメーターが上昇していったのを確認すると正面ハッチを閉めた。すると前面にアクター起動画面が映し出された。
 
「アクターの起動を完了した。イヒカ、発進!」
「社長がんばって!」
社員一同から声援が上がった。読谷ドック入り口の大きな扉が開かれたが、しかし発進の声がかかってからしばらくイヒカは動かなかった。
 「あれ? 動かない。脳波リーディング正常……。」
 すると脳内に声が響いてきた。
 <我が琉球国王よ、我を忘れるなよ。挨拶抜きはよくないぜ。魂の鍵を忘れているんじゃねえか。>
 「そうか、お前を召還したことの意味を忘れていた。」
 <では儀式の場所へ飛べ。しきたりだ。>
 心の内側に飛んだ兼光の目の前には昔の首里城の園比屋武御嶽が現れた。この心象風景が彼の異世界ゲート『イメの渚』であった。
 兼光は人のいない首里城、隣の守礼門を横に見た。そして青々とした森を背後に背負う園比屋武御嶽の石門の前で、正座をした琉装の兼光は傍らから銅鏡を取り出し、扉の前に置いて、扉の向こうに声をかけた。
 「ああ、イヒカよ、『月光の鏡』をお持ちしたぞ。古事記における神武天皇の従者井光鹿(イヒカ)よ。歴代の琉球国王が旅立ちの祈願を行ったこの御嶽を通して乞い願う。私に力を貸して欲しい。」
 扉の向こうから声が響いてきた。
 <ふん、何回この台詞を聞いたか。そもそも俺は昔の事なぞ忘れた。汝が与えた新しい名前を気に入っただけだ。そして何百年ぶりに俺は肉体を得た。我は汝を使えるべき主君と認めた。それだけだ。>
 「では行こうイヒカよ、私の手に身をゆだねてくれ。この機械のアクターとして仕事を果たして欲しい。」
 <アクター、俳優(わざおぎ)か。ワザオギこそ神事の要。よろしい。では汝の守護神としての務め果たす。時は月夜、我の力が月に満たされている。月の神が我らを導く。ではゆこう。>
 現実に戻った兼光は水晶のネックレスを首から外して操縦席の中心に置いた。
 「『王家の玉』を鍵とした。いくぞ、守護神イヒカ! 発進。」
 台座からゆっくりとイヒカは起き上がり始めた。そして船を揺らしながらイヒカは中腰で立ち上がった。その時背部よりスライドで伸びてきたのがイヒカの尾である。これは舵であり尾びれとして水中行動を行うためだ。イヒカはそのまま水中にダイブし、運搬船を揺らしながら姿を消した。
 「真くん。やはり暴れ馬を乗りこなすのは難しそうね。あなたの能力、私の能力。世界各国の能力者の力。……足りなかったのは比嘉辰巳と葦原小雪の力かしら。あの子、桐丸商事常務の娘であろうとも、裏切り者はいずれ粛清されるわ。」
 イヒカに続きゲートを出た運搬船の上の桐江は東の空に月を見た。

 百名ビーチの工場内では縁もたけなわで、すでに寝たものもいるが稲田の弾く曲もだんだんマニアックになってきた。
 よっぱらった稲田に対してみんないじるようなリクエストばかりだったが、舜はみずきとのやりとりで気になってたことを聞いてみた。
 「稲田さん、1969年のウッドストックってアポロ計画中止発表の頃だよね?」
 ここで稲田は芋焼酎をストレートでぐいと飲んで一言。
 「舜、これはロックの教科書小学生レベルの質問! 中止の後にウッドストック。そこで月にいけなくなった人類全体の落胆を背負って歌ったのがジミ・ヘンドリクス! アメリカ国歌に続いて弾いたのがジミヘン版”Fly me to the moon”なんだなこれが! ちなみに『俺を月に連れてゆけ!』が発売中止のシングル版の邦題というのはマニアックなトリビアね。」
 エレキに持ち替えた稲田がジミヘン版Fly me to the
moonを弾き始めた。ロックファンが聞くこのヴァージョンとスタンダード版ではまったく別の曲だ。さらに酔った稲田の音は原曲の片鱗もなくただのノイズと化していた。
 和室で雑魚寝している小雪から「稲田、てめえボリューム下げろ!」の声が上がってきた。「小雪悪酔いしているな。」辰巳がため息をついて、今日子は思い出したように舜に言った。
 「たしかアメリカがアポロ計画を断念したことがアクチュエーター開発、ベトナム戦争の南北休戦、そして終戦に繋がったという見方もあるんだよね。戦争がロボットをアクチュエーターマシンと呼び、実用化される歴史を作った。皮肉ね。」
 「歴史の転換点ということですね。Aという道を選ぶかBという道を選ぶか。」
 「もし、月に行ったら何かは変わったかもしれない。その一点の変化より、それが引き起こす予測不能の大きな変化の方が問題かもしれない。いずれにしても沖縄が戦争の要になる歴史は余り変わらない気がするわ。」
 世界有数の企業複合体の一つ、桐丸グループの先鋒である桐丸重工は、沖縄の復帰後から平成の歴史を変えていった。そして新たな歴史を見せようとしていた。
守護神ゴーレス 第2話 ゴーレス覚醒 awaken

 裕一は液晶モニターではなく、アクリルボードを覗いた。
 最初透明だったボードはうっすら海底の映像を映しだした。

並行する意識世界、『ウォド』を表示させる『ウォドパネル』は世界を垣間見る窓であり、それは裕一の能力で映像化された世界だ。
 裕一はみずきが『イメの渚』を超えて『ウォドの世界』に入り込んだのを見ることを垣間見ることができた。みずきはもぐりながら、海底の操縦席にある舜に近づいているのを見ることが出来た。
 「こんどはうまくやれよ。舜、みずきちゃん。」

 海底の舜は操縦桿を握り、力を込めていた。みずきは舜の前に顔をだした。
 「舜くん。君の意思だけではゴーレスは動かない。前回ゴーレスが立ち上がったのはなぜだ思う?」
 「ゴーレスが望んだから。たしかでも後で苦しくなったのは僕が自分のことだけを考えていた。ゴーレスには心がある。ゴーレスの意思に反して動かしたからこの前は怒りをかった。」
 「それだけわかっているなら今度は大丈夫。じゃあ私に任せて、ゴーレスに伝えたいことがあるの、少し後ろに下がっていて。」

 みずきはすこし浮かび上り、太陽を背にうけて、海底の操縦席周辺の岩塊を見渡すようにしていった。舜はみずきの後方から様子をうかがった。
 「ゴーレスよ聞け。今度はお前が必要だと言った水の魂をお前に渡した。お前の声をききたい。」
 海底から水を震わせるように声が聞こえた。
 <わが名は守護神、この島の守護神。人の子らよ、また来たのか。なぜ我が眠りを起こしたいのだ。王家の子孫達よ。何故か。理由を言え。>
「お前が水の神の魂がなくては動けないといったからだ。舜は水の底の女神の元へ潜って行き、水の魂をもらったのだ。
 では守護神よ、この島の守護神でありながら、なぜ人々の祈りを聞いてはくれないのか。400年前の薩摩の侵攻、66年前の沖縄戦、いずれも我が祖先たちが戦い、そして、平和のためにお前を呼んだ。『この島の守護神よ、どうか我らに力を』と。しかしその願いは叶えられなかった。多くの人は死に、民は苦しんだ。この問いにどう答える。」
 地響きと水の振動と共にその声は聞こえた。
 <人の子らよ、神の声を聞け、かつて我が古代戦士であった頃のかつての主(あるじ)、偉大なる神官の言葉だ。
 『人も神も力を尽くしても運命には逆らえない。
 ただ神には運命の流れを変える力がある。
 そして千年に一度の覚醒で運命を変え、世界を変える。
 時を待て。星の導きの長き時を待て。』
 つまり、人の子らよ、運命を簡単には変えられない。私の手では千年の世代を超えなければ技を使ってはいけない。島に災いが来ようとも時が来ぬ限りはだ。>
 「ごたくを並べるな! 何のための守護神ぞ!」
 その言葉に怒りを感じたみずきの右手から魚雷のようなエネルギーの波が発せられた。衝撃波はゴーレスが眠っている海底の周囲のテーブル珊瑚や枝珊瑚の森を次々に直撃して珊瑚は破壊され、熱帯魚達は散り散りに去っていった。
 閑散とした海底にはフジツボと石灰岩の岩塊が丸出しになった。
 みずきは怒りをさらに言葉にぶつけた。
 「貴様、この地に生まれた命を預かる神だという自覚はあるのか? 今まで幾万の祈りを踏みにじったのか!」
 <人の子が神に願ったところでなんとなる。運命は人で受け入れろ。この小さき島など人の子が何度も地図の色を変えてきた場所であろう。神の手は人々が受け入れた運命を止めることはできないのだ。時は来ぬのか! 復活にも定めの時があるのだ!>
 周囲の海水温が急激に熱くなった。海底に地割れが走り、海底火山の爆発が続いた。地割れからじわりじわりとマグマが流れだした。危険を察知した二人は後退した。
 「みずきちゃん、この氷の剣を!」「わかった!」舜の腕から何本も氷の剣が生まれた。
 「この島の王の命令を聞けぬか、ゴーレスよ!」舜は叫び続けた。
 舜が作りだした氷の剣を振りかざし、いくつもみずきが投げ続けた。
 みずきが投げた剣はマグマとぶつかり合い蒸気を上げた。そのせめぎあいの中で次第にマグマは凍りついた。そして土煙が落ち着き、静寂になった海中でゴーレスの言葉が響いた。
 <いまこの時、わたしに何をなせという。イクサは来るのか。私には戦うことしかできぬ。平和な時に何も出来ぬ神など何の意味があろうか。>
 舜はやわらかい言葉で言った。
 「平和だからこそだよ。あなたにいてほしい。それだけだよ。
 この島に一本の頼れる剣(つるぎ)がほしいのだ。
 この島が負ける歴史はもう見たくない。私が本当の王の魂を受け継いだものならば、これを王の命令とする。
行こう。ゴーレス。立ち上がって現世(うつしよ)に行こう。」
 <しかし…現世にあるあのブリキの人形が私の体なのか。
 わたしの体はグスクのようでなければいけない。目覚めても魂の入れ物がこれでは…。>
 みずきは怒鳴った。それは少年のような別の低い声に聞こえた。
 「<長き眠りが身も心もただの傀儡(くぐつ)、人形になりかわったか! 我が守護者よ、戦士の魂よ。お前が死んだ事を一番悲しんだ私を忘れたか! お前を神として祭り上げたのはこの私だ。お前にいつでも見守ってほしい。この思い忘れたか!>…ゴーレスよ、これはたぶん私の中のあなたの主人の魂からの声。私の内にある星の魂を見て。ゴーレス。」
 みずきは海面を見上げ、天から落ちてくる星屑を両手で受け取った。
 「多分、これがあなたの主人の印、私の中にあるスバルの星の印。」
 スバル星、プレアデス星団の形に7つの星が手の中で光った。
 <あ、あなたは我が主…スバルの姫の生まれ変わりなのか…。>
 「多分…私は星の印を持つ古代の神官の生まれ変わり。
 だから今があなたの言う『時』ではないのかしら。星の導きの時は来たわ。」
 <そろそろ目覚めの時なのか…わたしは覚えていない、戦士であったころみたものの多くを。
ただ我が主の言葉と私は宿敵に殺されたということ。
 そうだ、わが国は滅び、そして民は南へ逃げた。私の魂はこの島に勝利をもたらすためにいるのだ。>
 「古代戦士の魂がよみがえってきたようだな。ゴーレスよ。みずきちゃん二人で言おう。ゴーレスの覚醒の言葉を。」
 二人はゴーレスが眠る海底を指差し、
 「いまこそ、今度こそ我らに勝利の歴史を! スバルの神官と王の御名によって命ずる。守護神ゴーレス蘇れ、立ち上がれ守護神ゴーレス!」
 <俺は、俺を取り戻すために立ち上がる! 神官と王よ。私は立ち上がる。そして動く、そして戦う!>
  周囲の海水を吸い込みながら、次第に海底が浮かびあがっていくのを舜は見た。それは黒い大きな影が地面の底から起き上がって行く様であった。
 「なにやってるの。早くあがりましょう。吸い込まれてしまう。」
 みずきに手を引かれて早い水流を逆に進み、水上に上がった。
 気がつくと舜の体はコクピットに座っていた。
 「ダイブイン成功。今度はゴーレスが目覚めた。」

 みずきは目をしずかに開いた。線香が根元まで燃え尽きていた。
 小夜子が顔を覗き込んだ。みずきは晴れやかな顔でその顔をみた。
 「大丈夫、彼も大丈夫だよ。まだ終わりじゃない。つづけましょう。」親指を立てた。「みずき、グッジョブしようね!」小夜子も合図した。
 辰巳がメインモニターを指差した。
 「脳波接続、ゴーレス本体の各レセプター間の情報量増大。起動率120%」
 裕一の前のアクリルボードはしだいに中心からしだいに円形の虹が広がっていく映像が現れていた。広がりきった後、オリオンの散開星雲の輝きに似た美しい光の雲が表示された。
 ……いける!
 「辰巳さん!『ウォドグラフ』は散開星雲の星の生成を示している。」
 「それなら裕一君、君から舜に伝えてあげろ。」
「いけ、舜!『新しい星の誕生』だ。オールスタンバイで発動せよ!」

 コクピットの舜は駆動アクチュエーター系起動スイッチをオールONにした。
 「いくぜ、ゴーレス。」
 そして心の中に声が聞こえた。
 <すべては我が王の言葉のままに。>
 舜がペダルを踏むと、ゴーレスはゆっくり立ち上がっていった。
 少し動くと、シューっと水蒸気が各関節から放出されていった。

 ゴーレスのメインカメラはみずきを見下ろした。それは分厚いバイザーから薄くレンズの反射を見せるだけであった。

 目の前に立つみずきはゴーレスの目のない顔の「目」を見つめた。
 「人間以上の肉体を君に与えたよ。立派な戦士の体。これは不服か?
 君に現世を守ってほしい。これが私の気持ちだから。」
 シューッ
 熱さを感じない強い排気がみずきの前にあたり、スカートがなびいた。みずきはゴーレスの声を聞いた気がした。「ゴーレス、これからよろしく。」

 そして徐々に直立にゴーレスが立ち上がった。18メートルの躯体が立ちあがると天井にぶつかりそうであった。
 「小夜子、シャッター全開放!」「あいよ、兄貴。」 シャッターを開放させると、ゴーレスは頭をかがめた姿勢で工場を抜け出し海岸へと出た。
 東海岸、百名ビーチの夕方は薄い夕焼けを水平線に残し、天空からすこしずつ星の明かりを見せていた。夕闇が暗くなる中、工場前のライトをつけて、周囲を明るくした。

 南の新原ビーチ側、数百mはなれたところでビーチパーティをしていた若い男女一団はライトに浮かび上がる黒い躯体にびっくりした。
 「あ! あれよー、ぬーやが!(ありゃ、なんだこれ。)」「ロボットみたいだけど……。」「やしが、でーじまぎさよ。(だけど、すっげえ大きいな)」
 「あの建物よ、アクチュエーターつくってたんか。人型は初めてみた。」「まるで巨人だわ。」

 ビール片手の彼らはゴーレスの立ち姿をみつめていた。
 そしてデジカメでその雄姿を動画で撮影した。

 ゴーレスは頭、肩、腰、それぞれのサーチライトを点灯させ、海と海岸の境目、岩礁に気をつけて歩きだした。
 小夜子とみずきはその黒い躯体を見上げた。
 「やったね。みずきちゃん。」
 「魂も体も舜の力で動いている。どんな仕事だってできる。そして決して誰にも敗けない。『僕達の守護神』だから。」
 「くー。いいねー、僕達の守護神。そのせりふ『萌え~』、いや『燃え!』て感じ。 行け!しゅんー。 守護神ゴーレス全力前進、発進!」
 小夜子は海に向かって指をさした。
 「さよちゃん。全力前進て……、どこにいくの?」舜が小夜子のインカムに答えた。
 「敵よ、敵、世界征服をもくろむ悪のギトギト団とか……サンダーバードみたいにあの椰子の木の裏からロケットに乗って救助に行く!」
 小夜子は妄想に興奮していた。小夜子のオタク加減に舜はあきれた。
 「さよちゃん、あのねー。動くのでやっとなんだよ……。」

 裕一は笑いながら指令をだした。
 「んじゃ、準備体操だ。ポーズをいろいろ決めてみろ。スクワットからだー。」
 「出番最初でいきなりこのポーズか、間抜けだよな……。」
 「つべこべいわず、やれよ、舜。」
 舜は足のペダルの加減でスクワットを十回繰り返した。
 「よし、次は空手の突きだ!」
 今度は両手で操縦桿を持ち、ペダルで足を固定して右桿を前に突き出した。

 空手の演舞のような動きが続いた。

 小夜子は比嘉辰巳の肩をもみながらいった。
 「比嘉さんよ――、あれかっこよくない――。地味よ、地味。ロボットアニメみたいに空飛んで敵と対決するとか……。ねー。」
 辰巳は苦笑いしながら
 「うん、かっこよくない。でもあの大きさで空手の型ができるだけ、世界屈指のアクチュエーターにちがいない。おれは心から嬉しい……つもり。」
 「さーよー、お前妥協しろ。にーにーがどれだけ努力したと思ってるんだ。ゴーレスがこうしてここに立っているだけでかっこいいじゃないか。」
 「う――ん。さーよーは納得……という事にしておく。」
 砂に「の」の字を書く小夜子に裕一も苦笑しながらうなづいた。

 駐車場に連続して車が止まった。
 「来た来た。きたな、宴会大王達が。」
停車した車のスピーカーからレッドツェッペリンの「Goodtimes Badtimes」が大音響で聞こえてくる。
 アコギを担いで入ってきたのはベルボトムにサイケなシャツの長髪男、稲田作太郎だ。
 「おいっす! 辰巳ちゃん、ついに完全起動だって!」
 「ああ、きょうは最初から絶対いけるとおもったけど、この前のように倒れないでよかった。」
 「まあまあ、みんな来てるし、お祝いの準備するよ。」
 「一応、この工場にゴーレスが戻ってくるまでが実験だからな。」
 「遠足の校長先生じゃないんだから。」
 お互い肩を組んで喜んだ。
 後ろから彼らのバンドメンバー東恩納邦夫、宇佐上美子らが入ってきた。
 そして裕一と小夜子の祖父、八幡幸賢、彼をつれてきたのが現在かりゆしタイムス契約記者、女性戦場カメラマンの南今日子だ。
 その後ろから上品なツーピースのスーツ姿の女性 葦原小雪が現れた。

 「辰巳さん……」「小雪……画像を送ったとおり、君の擬似神経システムがうまくいって…………」
 小雪は辰巳の胸をぽかぽかたたいた。
 「細かいことはいいの!」すこし間を置いたあと辰巳は小雪を抱きしめた。
 「やったよ。小雪。」「うん! 嬉しい」
 「お、御両人いいぞ!」「若い…もんはええのう。」 
まわりはニコニコと二人の抱擁を祝福した。
 今日子は二人の写真をパチパチと撮っていた。

 海岸では舜が第二段階の実験にでた。
 「裕一、みずき、千代金丸を抜いてみる。」
 「うん。必要な作業だ。いってみよう。」 
ゴーレスは刃渡り9mの背中の大刀、千代金丸を抜こうと手をかけた。
 半分刀を鞘からだしたところで、みずきが声をかけた。
 「ちょっとまって……やめましょう。今日は。」
 「なぜ……」いきおいがついている舜はとまどった。
 「わからない、でもやめたほうがいい。」
 刀を鞘に収めた。
 「そーだな、みずきちゃん。舜、おつかれ、きょうはここまでにしよう。」裕一はまとめた。
 「OK今日はこれでおしまい。ゴーレス、お疲れ。」
 ゴーレスは工場へ戻った。天井にぶつからないように少し屈むポーズがまるでのれんをくぐって店に入る動作のようだ。これは二足直立型アクチュエーターには難しいポーズであったが、難なく重心を移動させて工場に入った。多くの大型アクチュエーターが動物型で後部バランサー付き、すなわち『しっぽ付き』であることを考えると巨人型の成功は世界的な成功作かもしれなかった。
 みずきは工場に戻らずに海を見つめていた。小夜子はみずきに聞いた。
 「どうしたの。まさか、なにか予感?」
 「うん。海の向こうから何かがくる。そして空の上から見られている。」
 小夜子は妄想した。悪の秘密組織来た????

 嘉手納基地 弾薬庫地区 地下シェルター内 特殊作戦軍東太平洋方面軍司令部 データ解析室

 トーマス・べラード大佐は日本領内の対テロ対策用定時定点観察の画像数千枚の中から、2週間前に撮られた衛星画像に疑問を呈していた。
「この建物、やはり武器を作っているのか? この熱量と大量のレアメタル反応、この衛星画像、本島南部のビーチ沿いだぞ。こんなところで?」
 ニーナ・アルナックス博士は大型卓上モニターを見ながら、「トタン屋根を透過して見える画像はあきらかにそうよ、このシャープな線、AM(アクチュエーターマシン)いや、AAM(アーマードアクチュエーターマシン)ね。角度を変えてみて。」
 ジャン・コンセーユはタッチパネル式モニター右下の球体画像のコンソールをすべらせるように動かして角度を変えた。
 3点の観察点、衛星画像2点と成層圏ステーションからの赤外線と多ベクトルの合成画像は、赤黄緑色で明らかな形をあらわした。
 「二足歩行AMだわ。だいぶ大型の。」
 「あーあ、民間がつくっちゃったのかね。でも町工場だよここ。」ジャンはなんだかよくわからないという顔で、グーグルアースの可視光線画像のボロいトタン屋根の工場のプリントした写真とテキストをニーナにわたした。
 「南城city 旧玉城地区 百名ビーチ 近くの名所旧跡は 受水走水
沖縄に上陸した神様が始めて田んぼを作ったところ。そんな地味な田舎。無料のビーチなので、キャンプやビーチパーティのメッカ。秋のいまごろは泳ぐ人がぼちぼちといった感じ。つぎの休暇行ってみる?」
 「休暇はおいといて、米国本土から量子多次元解析機はもうすぐ届くでしょ。」「まー、一週間後。…て、ニーナ、君が想定しているのは…?」
 「たぶん『能力者』、『ウォード粒子』がからんでいるか確かめてみるわ。」
 「……。」
 白いデータ解析室は静寂に覆われた。
 苦笑によって静寂を破ったのは大佐だった。
 「ふふふ、おもしろい。面白い、万が一、『能力者』がらみだと面白いな。調査の必要あり、そして解析機到着とともに新兵器の準備をはじめよう。科学の進歩に彼らは『協力』してくれるかな?」
 トーマス・ベラードは苦笑が止まらなかった。

同じ頃、うるま市津堅島の陸上・海上自衛隊分屯地に隣接する桐丸エレクトロニクス・ニューロコンピューティング研究室では2週間前に観測されたデーターの確認作業を研究員宇都宮桜が行っていた。日本有数の擬似生体コンピューター『オノゴロ』が格納されている直径20mの白いドームが異様な存在感を見せている。
 「所長。10月1日のウォード粒子の発生状況。今年の東太平洋大震災以来の極大値を発生させています。震災当時、茨城県鹿島市で計測された通常の700万倍には及びませんが、2年前からの国内通常時平均計測値の約1万倍、充分考慮に値する数値です。」
 モニター上のオシログラフの脈動に目をやった所長、小佐田俊彦は桜の左肩を叩いた。「宇都宮君、やはり、葦原君達のアクチュエーター計画の結果。彼らは『思考の増幅』に成功した。そう言っていいかね。」
 「は、はいしかし、この脅威の数値、公式に認めてしまっては…。」
 「口ごもる必要はない。彼らがやったんでしょ。ここは独立愚連隊だ、桐丸の上の連中に配慮する必要はない。彼らが連中やユニオンカーゴに狙われるのは時間の問題。そして『能力者』は研究対象としてモルモットにされかねない。我々が保護したほうがいいとおもうんだが。」
「はい。巨大資本に有能な人材と『能力』を持った者達が振り回されるのを見たくはありません。」
 「彼らの仕事ぶりを偵察してほしい。そして、我々との提携を願うんだ。」
 するとモニター上に<CAUTION!>の文字が点滅した。
 「南城市の現在のウォード計測数値は急激な増加を見せています! 前回以上です。」
 「大地を揺るがすだけの増幅力だ。これは見逃すわけにはいかん。大地を揺るがす…いや、もしくは膨大なエネルギーを完全に制御して内包しているというのか…!」
 桜は手書きの日記に走り書きをした。
 「2011年10月14日 中学の時、神戸で変わった私の運命。運命はまた変わりつつあるんだ。ウォード粒子は人の心、そして運命。私は運命を知るコンピューターを手にしている。今日のデーターを見る限り、君達もきっと成功したんだね。人の心で動く一連のCPUとアクチュエーターの擬似生体システムを。なんにしても私は手助けしなければいけない。たぶんそう。」

 何かの危機感を感じつつ浜辺で空と海を見つめ続けるみずき。
 安穏としているそのほかのメンバー。
 いつも不安ばかりの舜。
 そんな彼らの思惑を超えた動きが始まりつつあった。

守護神ゴーレス 第一話 神話学的駆動装置 ゴーレス mythologycal actuator
 沖縄の午後の海は二千年間変わらないコバルトブルーだった。
 白い砂浜の海岸線、岩のそそり立つ断崖、水平線の手前を走る沖合いのさんご礁のライン、波の浸食がつくりだしたきのこ岩。
 
 変わらない風景と変わりゆく波のうねり。
 打ち寄せるさざ波が人の心の浮き沈みの数々ならば、
 満ちては引いてゆく干満の移ろいは人の人生の長さ。
 年に数度の台風の台風の波は人々の時代の変わり目。
 そして人生のスパンを超えて現れる大津波をたとえるならば、
 それは地球の変革の時代の長さを示しているのかもしれない。
 幾多の戦いがこの大地を覆ってきた。数十年前の大規模な地上戦を経たとしても大地は変わらない。しかし人と水は表情を変えながら波のように動きつづける。過去を忘却し、新しい波を作り出してゆく。
 舜は高台から海を見ながら時間を感じとった。
 「さて、一気に海まで行くか。」
 海の見える坂道を夏の制服の少年は自転車を走らせた。何度も那覇から2時間かけて通った道。
 塾のない日はここに通う。最近は土日もここに入り浸りだ。
 
 「僕達の夢がいよいよ叶うんだ。」
 夢の人型アクチュエーターの起動実験だ。
 世界でまだ実用化されていないヒューマノイド大型駆動ロボット機械。
 舜は若い自分達で達成されようとしていることに、そしてそれが実現できる可能性を見出して、行動して、実現にむかってきたこれまでのプロセスに納得していた。
 後ろからやって来た二人乗りしたバイクの制服の女の子達が手を振っているのをみて舜も手を振った。
 「俺も急ごう。」
 舜の自転車はさとうきび畑の道へと吸い込まれていった。
 海岸の3階建てのプレハブの中。
 「裕一くん、もう一度グーとパーだ。繰り返してみよう。」
 つなぎ姿の八幡裕一は数台のパソコンの前でシステムコーディネーター比嘉辰巳の指示を聞いていた。
 「辰巳さん、俺のシュミレーションだと理想値まで、0.01%。誤差はこれでいいんじゃない。あとは動かしてからじゃないと。」
 作業ジャケットにネクタイの比嘉辰巳は計画書をとりあげて言った。
 「いや、0.001%だ。」「絶対?」「そう、これは自動車じゃない。
 
 『アクチュエーター』。駆動機械、複雑な人体の模擬装置。
 
 つまり世界でもっとも高度な機械だ。しかも未知の機械。
 そして僕らが行ってきた方法は錬金術と呼ばれるかもしれない。神の力だ。
 前に舜が倒れた事故。これはおそらく人の心身まで左右する機械だよ。0.001でもまだ安心できない。 まだ不安はあるということだ。」
 「わかったよ辰巳さん。俺は舜の出した理想値、すなわちパーフェクトに近い数値でないとサブパイロットには不適合なわけだ。
 「すまないが、仮想空間のゴーレスを納得をさせる数値で可動できなければ、実体での安定した活動が保障できない。すべてが初めてのこと。だから、ベストと最善と安全のバランスを考えるしかないんだ。」
 裕一は納得した。「ゴーレスが出来上がって今の仕事。それは俺は『ウォドオペレーション』が任務というわけですね。」 「うん、君にその力、預けた。」
 辰巳と裕一はお互い見合って親指をたてて合図した。
 裕一は右手はパソコンのキーボードを叩き、左手は透明のパネルに手を当てた。透明なパネルの表面にはうすい虹色に囲まれた気泡の数々が手の動きにあわせて動いている。
 
 「シュミレーション続行します。」裕一はヘッドセットを装着した。

 パネル上の裕一の左手が動いているが、それは微妙な動きでしかない。だが彼はパソコンの前の操縦桿を握る右手より、左手の方に神経を払っているようだった。 
 画面ににらみ合ってしばらくすると、画面上のポリゴン図形のアクチュエーターはその右手をもちあげた。
 緑色の細かい三角の集合体は右の形になり、開いて握って、という動きを続けた。続けて歩行、ジャンプ。荷物を持ち上げる。スクワットの動き…
 画面上のアクチュエーターは考えられるいろいろな動きを試してみた。裕一の集中力が切れているのを見計らって言った。
 「とりあえず休憩。裕一君おつかれ。」
 裕一はヘッドセットを取り外して、肩をたたいてため息をついた。
 「はー、でーじにりたんどーや(すげえ疲れたー)。毎度。脳波で動かすのはやはりきついなー。サクサク動かせる舜の集中力には勝てないな。」
 「さっきよりいい感じだよ。裕一の脳波接続。理想値まであと0.00021だ。ゴーレスの仮想起動プログラム上では問題はない。でも理想値、ゴーレスの駆動より早く脳内で先に次の動きを作り出せる驚異的な速さは舜しかいない。」
 「俺の得意は解析力。『ウォドグラフ』による覚醒値やウォドの流れをみることだね。俺には不服はない。俺は故障したら直すピットクルーでもあるし。」
 「そうなんだよね。みんなの『能力』の協力が必要だ。俺の仕事は機械屋。君達はゴーレスの魂を操る仕事。」

 「辰巳さんがこれだけのアクチュエーター製作のノウハウを持っていなければ、いくら僕らの能力でもできなかったですよ。本当の最後の仕上げは舜が動かせるか、今日はあいつ大丈夫かなあ。」
 「今日起動できても、その次は第3種大型特殊の認可が目標。沖縄陸運局新特殊車両部あてに色々データ取らなきゃいかんし。ここは引越ししなきゃいかん。まだ頭がいたいなあ。」
「爺さんがいい格納ベースがあるといっていたが、場所を教えてくれないからなあ。 いい加減教えてほしいよ。」
 「まあ、あの爺さんのことだからびっくりするほど納得させるか…びっくりするほど…呆れるか…。」
 「呆れるほうに千点だね。ここも立法院議員時代からの知り合いの渡嘉敷のオジーの計らいでなんとか借りた土地だし。どこまでうちの爺さんが偉いのかよくわからないよ。」
 二人が休憩していると、外でバイクが止まる音がした。
中型バイクに乗っていたのは夏服のセーラー服と冬服の紺のブレザーの女子高生二人であった。女の子二人はヘルメットを取った運転していた子はセミショートのボブで、後ろに乗っていたのはショートのボブだった。
 「みずきちゃん。疲れた?」「あなたこそ今日は半袖で飛ばして涼しくないの?」? 「全然。バイク乗りは涼しい方が好きだから。」
 二人が降りようとすると裕一がドアを開けて声をかけた。
 「お疲れー。早く入ってきなよ。」
 何の気なしにただ手招きをしていたが、小夜子はムッとした顔で言った。
 「にーにーよ、とぅるばいじらー(呆けた顔)でみるなー。バイク降りるから向こう向いててよ。エッチ。」
 裕一はしょうがなくドアの側をみた。
 「やったー(おまえら)のスカートが短すぎるばーよ。」
小夜子ははまたがっていたバイクを降りてみずきに手を差し伸べてみずきはステップに足を乗せて降りた。
 「えースケベにーにー二人おりたよー。」
 「小夜子、舜は向かっているか?」  
 「坂の上の方で海をみてた。もうすぐ来るんじゃない?」
 「みずきちゃん。南さんとかは来るかな。」
 「南さんと小雪姉ちゃんは7時くらいかな。あと稲田さんたちもかぎつけてくるんじゃない?」 
 裕一は手をたたいた。
 「よっしゃ、そろそろ準備するか。」
裕一につづいて小夜子とみずきは中に入った。
 
そして雄一は海側の大型シャッターの前の機械が並ぶブースの電気をつけた。
 3階まで吹き抜けのスペースがあらわになった
 10m四方のブルーシート4枚に覆われた物体がスポットライトに照らされて現れた。クレーンの電源を入れて、ブルーシートの端に結ばれたロープが巻き取られて持ち上げられていく。
 次第に足と脚部がみえてきた。幅80センチ長径120センチほどの足部はブーツ型の形状で、足部と脛部の隙間からわずかばかり本体の人工筋肉が垣間見える。
脚部全体が現れると、黒い巨人は片立て膝で座っていることがわかる。そして脚部の外装は鎧のようになっていた。黒い脛当ては朱色の紐で結ばれたような形だが、溶接された突起であり、もちろん紐ではない。
 八幡小夜子は葦原みずきの肩を組んで作業をみつめた。 
 「みずきちゃん、やっぱゴーちゃんはいつ見てもかっこいいよね。」
 「うん。みんなで作った。これが一番の喜び。」
 持ち上げられたシートはクレーンのウインチ部がレールを移動して作業フロアの端のローラーにまきとられてゆく。
 黒光りする躯体の全容があらわになった。
 黒い鎧の武者。 左肩袖に螺鈿細工風の玉虫色の輝きを放つ龍の文様が輝いている。兜の裏側は深い朱色に塗られている。各部装甲の裏側が朱色である点、琉球漆器の重厚感へのこだわりが感じられる。
 裕一はその顔面を見つめた。
 顔面は兜の下上半分を覆う半透明のバイザーに覆われ、薄くメインカメラの光沢が薄く映りこんでいる。
 なぜか見つめられているような気がする。
 裕一はのっぺらぼうな顔の目がある辺りの造形を見ると不安になった。
 半透明のバイザーの顔の上半分と口鼻のない下半分。それは兜のデザインにインパクトを押されて余り存在感が薄い気がする。
 葦原氏の設計図通りだ。オリジナルで顔は顔らしくしたほうがよかったかもしれない。
 でもこの顔が機械として扱える。葦原氏の決めたゴーレスの顔。
 これでいいのだ。これが完成形なのだ。
 4人はただじっとゴーレスを見つめた。
 舜が今日動かして外で作業できれば、商業用アクチュエーターとしての第一歩が進められる。
 みんなで作った民間用初、完全実用化初の大型人型アクチュエーターになるはずだった。
「さて、舜が来る前に起動準備しよう。」
 裕一は注水タンクのメーターをチェックした。
 小夜子はタンクの裏にまわった。タンクの横から小夜子が言った。
 「つなぎ上に着るからみるなよー」「だからなんで妹のを俺が見て楽しいのかよ。」
 
 みずきは奥の4畳半の和室に入り、お茶をみんなに用意した。
 一番茶を仏壇に供えて線香を立て、祈った。
 「辰巳さん注水開始します。」「了解。」
 裕一と小夜子はきつく閉めたバルブのハンドルを二人で回した。
 水がゴーレスの背部の給水口へ透明なホースをつたって注ぎ込まれてゆく。
 「注水率50%。ポットの加圧加熱開始。」
 「OK、小夜子たのんだ。 俺はモニターを確認する。」
 裕一はパソコンの前に座った。
 「遅くなってごめーん。」…「え、」 
 舜が入ってきたがその声はポンプの回転音にかき消され、彼らの集中力を邪魔するものにさえならなかった。彼はパイプ椅子を広げて、みんなの作業を見守っていた。
 タンク横のパラメーターを見て、
「注水率75%、どう?にーにー、エンジンは?調子いい?」
 「いいぜ、だんだんチムワサワサーからチムドンドンに移行中!」裕一はニヤニヤしながらオシログラフをみていた。辰巳が呆れた顔で言った。
 「おいおい、数値と用語で言えよ。チムワサワサーが加圧準備段階でチムドンドンがアクチュエーター加圧域に移行中なんだろ。そろそろ…。」
 裕一は後ろを振り返って。舜を指差した。
 「おい舜、ゴーレスのチム(肝)がワサワサーからドンドンに変わって、エネルギー充填120%で波動砲の準備オッケーだ!ゴーレスの親方はまちかんてぃー(待ちぼうけ)してるよ。Go dive inだぜ!」
 裕一はスマイルで親指を立てて親指を後ろの舜に向けた。
辰巳が用語の注意をした。
「もー方言じゃなくて専門語でやってよ。」
「いいあんに、ノリよ、ノリ。」
「…もう…今は通じているからいいか。」
 
 「裕一、辰巳さん、さよちゃん、みずき、乗るときが来ました。」 
 折りたたみ机とパイプ椅子が雑然と置かれタコ足配線をあちこちテーピングしたコントロールブースの横を通り抜け、ゴーレスの前に進む。
 パイプ椅子や折りたたみ机が並び、たくさんのケーブルがテーピングで止められている通称『コントロールルーム』を通り抜けてゴーレスの鎮座するフロアに出た。
 舜は軽々とパーツの隙間に足をのせて胸部まで上り、ハッチを空けた。鎧の胸の装甲板が観音開きに開かれると、裏側の朱色が明るく目に飛び込んできた。その内側に現れたのが薄い半円形のコクピット格納ハッチだ。
 舜が横のテンプレートから暗証番号を入力すると、まぶたが開くように下部から上部にスライドしてコクピットが現れた。
 舜は振り返ってみんなに親指を立てて「グー」のサインをだした。みんな「グー」で返した。
 舜が操縦席にすわり、電源キーを差し込むと、横、上部、足元、合計6枚の大型液晶パネルが、ゴーレス頭部から見た映像を映し出していた。そしてその映像に覆いかぶさるように、初期起動コマンドが走るように上方へとひっきりなしにスクロールしていた。
 英語やプログラミング言語のスクロールが止まり、日本語の人工音声指示が出た。
 <本人認証を行います。ヘッドセットを装着してください。>
 音声ガイダンスは舜が好きな渋い声のベテラン声優の声を採用した。
 「了解。」片耳だけスピーカーと3D眼鏡が付いたヘッドフォン状のヘッドセットを頭に掛けて、深呼吸する。
 彼の脳波がデーターとして送られる。
 「上運天舜。男性 16歳 首里高校2年生 ゴーレス第一専属パイロット 本人認証いたしました。」
 モニターには琉球大学工学部院生である比嘉辰巳が製作したOSの起動画面が表示された。

 <Welcome to Mythologycal Actuator Machine Gardian Gores GARDIAN OS ver1.3
we can do it !?? >

『神話学的駆動装置 守護神ゴーレス』 この言葉こそゴーレス製作の過程からうまれた言葉だ。
 その製作過程、いや「創造行為」が神話なのだから。

 裕一や辰巳らが見るメインモニターに表示された数百の分岐のディレクトリーツリーはめまぐるしいスピードで赤から青の表示に変わっていった。
 「裕一くん。舜はさすがメインパイロットだな。気持ちがいいほどのオールブルー。」
 「レセプターからドーパミン全開!ナチュラルハイにイッちゃってるね!」
 「だから、おめー、用語で言えっての。」
? 「わかりました。現在、脳波認証OK。本体CPU接続と外部仮想CPU相互リンクもOK。機械系は前回より接続が安定している。いいぞ、舜。なんか吹っ切れたか?」
 裕一の声がスピーカーから聞こえる。
 「ああ、後は『魂の接続』。やってみる。」
 すると開いたコクピット前に梯子が架けられた。
上ってきたみずきが顔を出した。いつもの真剣な顔のモードに切り替わっている。涼しげな目で舜を見つめていた。
 「そう。最後の仕上げ。『龍の眼』、お願いね。」
 みずきは制服のジャケットのポケットから取り出した黄色い袋を舜に手渡した。
 「今日は舜の調子、いいみたい。」「ありがとう。」
 すこし微笑んで、みずきは降りていった。
  
 舜は袋をあけて、丸い水晶玉を取り出した。
 「龍の眼。お願いする。」
 コクピットの中央、操縦桿の前の丸いくぼみに龍の目と呼ばれた水晶玉をセットした。
 そして舜は左側に設置されたゼリーのような液体のシャーレに手を載せた。
 「上運天舜、最終段階に入る。」
 コクピットの内壁が閉められ、外側の装甲壁も閉じられた。
 完全に閉鎖された空間で、一面のモニターに映されていたのは海の中の映像だ。
 「今から行く、海の底。心の底。ダイブイン!」
 「いけ!ダイブイン。いまの舜なら出来る!」
 …海だ。僕の心は海を見る渚にいるんだ。
 舜の心は心象世界『イメの渚』に立っている自分を感じていた。
 ここは自分の夢と向こう側の世界『ウォド』との境目。
 彼の目には朝日が昇る沖縄の沖縄の海のど真ん中に立っている。
 大海に浮かぶ小さな岩場。朝日を太平洋に望み、遠くに沖縄本島らしき島影が見える岩場。
…ニライカナイ。久高島よりも遠くの東の海の彼方にある神々の世界。沖縄人の共有するイメージの風景かもしれない。
 舜は飛び込み、珊瑚の海へと潜っていった。
 「僕は泳げない。でもここでは縦横無尽に泳げるんだ。 いでよ、ゴーレスの操縦席。」
 珊瑚の森に囲まれた窪んだ岩場の奥に、フジツボに覆われた座席があった。
 「前回、ここで苦しくなった。ここで動かしているうちに苦しくなった。でも今回はあれがある。」
 「女神からもらったんだ、水の魂。これをセットすれば、この心の世界も起動する。」
 ポケットからさきほどの龍の魂と同じような玉を操縦席の前にセットした。
 「さあ、マブイグミ(魂込め)したぞ。ゴーレスの魂よ、動け、」
 がしっつと音がした。 周りの石灰質の大地にヒビが入った。 
 椅子の目の前の水の魂が光っている。
 「よし、動け。…動かない気がする。このまえはすぐ現実にもどって苦しくなったけど…。
 俺は動かなくてもいいのかな…。ああ、なんだかこの世界はそのままいたい…。」
 舜の目の前には頭上の波間にゆらゆらと輝く太陽があった。
 ああ、美しい。神の世界…ここがニライカナイなのだ…。静寂な青い世界で舜の心はとろけてしまいそうだった。
   
 コントロールルームでは脳波の数値に慌てていた。
 「ダイブインしてから脳波がアルファ波が低下、シータ波増加。 このままだと眠ってしまう。裕一君。微電流でショックを。」
 「ああ、ここで自発呼吸の低下で前回みたいに呼吸困難になるなよ、起きろ、舜!」マイクにどなりつけた。
 小夜子が梯子を持ってきて、舜のコクピットのドアを蹴りだした。
 「えー舜、起きろ!ここでとぅるばったら死ぬよー。」小夜子が装甲板を開こうとると、
 その様子を見たみずきが小夜子を制止した。
 「待って、これは彼の通過儀礼。これを超えなければ彼は戦士にはなれない。ゴーレスを我がものとすることはできないわ。」小夜子は降りてきて、梯子を取り外した。
 みずきはゴーレスの前に香炉を持ってきて、線香をたてて祈った。
 「ウォドの水底より生まれしオノゴロを汝が水とし、海より生まれ岩となり土となる珊瑚の肉を纏い、深き底より湧き出るマグマのチムを持ち、天より授かる稲妻の頭を持つもの、ゴーレスよ。汝が心として上運天舜を受け入れるか。」
 ゴーレスは微妙に動いてきた。
 「おお、シータ波が減ってきた。いいぞ彼の意識は元にもどりそうだ。」
 
 ダイブインした舜は青の世界のまどろみの中で、目が覚めてきた。「目を覚ましてゴーレスをうごかさなくては。力がはいらない…水の魂、龍の魂よ…。」
 
 香炉の前でその煙を体に浴びせるようにしていたみずきは裕一に言った。
 「裕一さん。私もダイブインする。『内側』からサポートする。」
 「ああ、気をつけろ。」
 みずきはネクタイを緩め、胸元のボタンを第二ボタンまで開けると首から掛けていた数珠状ネックレスを外した。そして、そのネックレスの先にある勾玉を握りしめた。小夜子がヘッドセットをみずきの頭につけた。
 「葦原みずきダイブインする。」
21日のリンドウレディオショウ盛況でした。 で偽ラジオ番組「play guitar with us」では伊藤正則"風"DJをしました。
ポールマッカートニー特集とゲストは桃井かおり"風"でした。
なかなかレコードかけながら話すのは難しいですねー。
いつもの話芸が調子よかったです。
来月もぜひお越しください。

セットリスト
1.アナザーデイ /ポールマッカートニー
2.カムトゥゲザー/ビートルズ
3.運命/寺内タケシ
4.男たちのメロディー/SYOGUN
5.ホテルカリフォルニア/イーグルス

ジングル、BGM
ジェフベック、カーペンターズ。

和歌之介姉さんとともに次回もよろしくです。

http://ring-do.sblo.jp/article/97759639.html