あっという間の1年だったね・・。




まだまだ頻繁に地震が続いてる。




だから余計昨日のことのように思えてならないのかも。




あたしは運よく家に帰ることが出来たけど、帰宅困難者になったうちの一人として、被災者になった。




地震の直後に家を出てからは目的地に向かうことで精いっぱい。




夕方、あたしはノーテンキと言われるかもしれないけど、居酒屋でビールを飲んだり、火を使わずに提供できる料理を食べておしゃべりをしていた。




でも事実、そんな大それたことになってるなんて気が付いていない人はたくさんいた。




それでも、家でテレビを見ていた人たち以外の、外で状況が把握できていなかった人たちはその人たちで、あたしも含めてそれぞれがそれなりに大変な思いをしていたんだよね。























今まで、阪神淡路大震災では高校の友達が被災者になった。




のちに、ダンナも被災者だったことも知った。




そして、新潟県中越地震では、姉家族が被災者になった。




幸いなことに、みんな無事。




だからというわけじゃないんだけど、不謹慎ながらもどこか他人事だった・・。




もちろんその時は心配したし、無事を願った・・。




でもあたしは何もできなかった。




しなかった、が正しいのかな。




だけど、東日本大震災で、被害の度合いとしては比べ物にはならないけど、自らが被災者になったことで、初めて募金をしようって思った。




やっと?




自分にいちばん手っ取り早く出来ることはそのくらいしか思い当たらなかったから、少額ずつではあるけど、今も通販で買い物をしたときに、一緒に募金できるところをポチっとしたり、




購入したものの金額の一部が義援金になるものを買ったり、ホントにそのくらいしかできないけど。




たまにだけどね。




自分が当事者にならなければきっと今回も何もしてなかったかも・・って思いながら・・。




昨日の飲み会では、三次会で残った人たちと、ずっと震災の話をしてた。




その中の一人が、ご実家が津波に遭ったと話した。




幸いにもご両親は無事だったんだけど、周りにはママ友の同級生も多くいて、亡くなった友達もいる、まだ見つからない人もいると言ってた。




報道では”絆”って美談ばかりが取りざたされてるけど、実際は、家族間では家族を助けた助けられなかったなどの悲惨な争いも繰り広げられているんだって言ってた。




孤児になった、友達の子供たちに仲間同士で寄付金を募って贈ったけど、母子家庭の家よりも裕福になってしまったと言ってた。




今日の慰霊祭に出席しようと思ってたけど、自分の家族は無事だし、自分も遠く離れたところに住んでいるから、逆に行かれない・・と言ってた。




そして、もう一人、原発に比較的近い場所にご両親がいて、今も普通に野菜を送って来てくれるけど、申し訳ないけど食べられないと言ってた。




「遊びにおいでと言われるけど、やっぱり子供は連れて行かれない」と言ってた。




きっとこういう話も、自分たちが被災者になっていなかったらそこまで出てこなかったと思う。




飲み会の席ではあったけど、いろいろ考えさせられることも多かった。




まだまだ見えない、知らないところでいろんなことが起こっているんだろうね・・。




このあたりも、震度7の地震がやってくると言われてるから、もっとまじめにいろんなことを家族で話し合っておかなければいけないと思った。




でももう、そんな大きな災害はこないでくれたら・・。