何年か前、鉄男である息子との会話。



「でんしゃのうんてんしゅになりたい」



『じゃぁ 運転手になれる学校に行かないとね』



「・・・。じゃあ 車掌さんでいいや」



勉強が嫌いなもよう( ̄ー ̄;



「けいさつかんになりたい」



『じゃぁ 警察学校に行かないとね』



「こうばんでいいよ」



交番のお巡りさんは誰でもなれると思ったのか?勉強が嫌なのか?



その他にも弁護士とかゲームを作る人、料理を作る人などなどいろいろあったんだけど、結構その時の気分。



久しぶりにこの間改めて聞いてみた。



「やきゅうのせんしゅになりたい。ピッチャー。前よりボールうまくなげられるようになったんだよ」



『なんでピッチャーになりたいの?ピッチャーって大変なんだよ。』(なんつー説明・・)



「バッターやりたくないから」



『ピッチャーだって打ちますっ』



・・会話終了・・。



どうなのよ、こういう見たまんまのことしかやりたがらないってのは。



その途中の過程やら付随してくるものを無視してるっつーかものぐさ的な考え・・。



まもなく小3になるところですけど、もうちょっと真面目に考えたりしててもいいんでないかい?



どこぞの野球バカさんは小2で自ら始めたってのにねぇ。



でもさ、昔は毎日ごはん食べながら父親が野球中継を見てたから、あたしも見てたし、ルールもある程度覚えたし、学校の授業のソフトボールも普通にこなしてたけど、



今って、ダンナは夜中に帰って来るし、あたしだって野球は見ないし、だいいち野球中継も昔みたいにはやってないし、



そんな環境の中で育った息子が野球に目覚めた(?!)のには驚いた(爆)



ここ数日、学校から帰るとち~っこい庭でピッチャーの練習してる息子。



庭の目の前に、15~20m四方くらいかな、団地の間に”グランド”と呼ばれている高いフェンス付きの空き地があって、



いつもは3年生がサッカーで占領してるんだけど、ここ数日空いてることが多くて、昨日は中学生がキャッチボールをしてたんだよね。



「見てくる」って庭から出ていきました。



前に一度話したことがあるとか言ってたから、教えてもらいたそうだったけど、見て終わったみたい。



今日はダンナとキャッチボールの約束してるんだって。



練習の成果は表れるかな???