福岡城跡には立派な藤棚がある。
これには、訳ありなのである。
福岡藩主の黒田家の家紋が藤の花であるからである。
何故、黒田家の家紋が藤の花か?というと
『黒田家の家伝によると、「黒田官兵衛」の通称で知られる「黒田孝高」が、謀反を起こした「荒木村重」によって有岡城に幽閉されたときに、小窓から藤の蔓が見えたことから、家紋に藤を使用するようになったと記されています。』
さて、本日、福岡城跡の藤棚に行ってみようと思い立ったのは、アメブロ友の芳根杏子さんの「芳根杏子日記」の俳句のお題が「藤」であったからである。
既に杏子さんが次のような私のコメントを記事の中に加えて下さっている。
『ハイジャン男さん
おはようございます。福岡市は、霧雨で気温18℃です。杏子さんの本日のお題「藤」。福岡藩の創始者の黒田長政の父、黒田官兵衛は、有岡城で幽閉されて、その牢獄の外に咲く藤の花に勇気をもらい、家紋を藤に改めています。福岡市には、藤棚が至る所に見られます。私の卒業した小学校にも立派な藤棚があり、そこで藤見学芸会をしていました。しかし、いつ頃からか?藤棚のあるところでは
学芸会が出来なくなりました。防犯の問題と騒音苦情の多さからと思います。今は体育館でやっています。
ハーモニカ奏でる藤の房揺れて
』
ハイジャン男の卒業した小学校は、福岡教育大学附属福岡小学校である。
福岡藩の家臣たちは、黒田家の家紋の藤に倣い、藤の木を植えるのが推奨されていたようだ。
この藤棚の由来については、ハイジャン男のブログで取り上げていた。
さて、本日、福岡城跡の藤棚を見に出かけた。
まだ、ちょっと咲きくらいだと思っていたら、、。
凄い!もう、こんなに咲いている。
やはり、2週間くらい早いのではあるまいか?
白い藤もある。
こんなに広大なる藤棚である。
本丸跡‘にも藤棚があった。
「生きてこそものかは藤の力かな」
ハイジャン男