この標題を見られて、おや?と思われるはずである。

赤穂四十七義士の墓は、高輪泉岳寺にあり、福岡とは何の関係もない。

ところが、1935年に福岡の篤志家の木原善太郎氏が私財を使い、高輪泉岳寺と同じような墓をここ福岡市南区寺塚の興宗寺境内に作ったのだ。







見辛いだろうが、福岡義士会のパンフレットを貼る。







後で、そのお墓はお見せするが、赤穂浪士の大ファンが日本には溢れているのだ。


パンフレットの赤穂浪士討ち入りの事件の概要もここに貼っておく。







「義士会や博多の墓は瓜二つ」


ハイジャン男