ハイジャン男の大学の恩師O先生より、写真を頂戴した。



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第20回ミクロソームと薬物酸化の国際シンポジウムが、去る5月にドイツのシュトゥットガルトで開かれて、O先生も参加されてきたとのことであった。

このシンポジウムは、薬物代謝酵素がミクロソームに存在するチトクロームP450であることが突き止められて直ぐに始まったもので、爾来第20回を数える。薬物代謝に興味を持つ薬理学者、生化学者がその垣根を越えて真剣に議論する国際シンポジウムである。

O先生は阪大蛋白質研究所に助教授として赴任して直ぐに、ミクロソームに存在する未知のヘモグロビンが変性したような赤い蛋白質がヘム鉄を持つチトクロームであることを発見されて、1962年にアメリカの生化学会雑誌に先ず速報を書かれた。1964年には、その詳細を同じ雑誌に2つに分けて書かれたのである。

当時、O先生の教授のS先生は、この蛋白質がまさか薬物代謝に関わる酵素であるという認識を持っておられずに、チトクロームP450が薬物代謝酵素である発見は、アメリカのエスタブルックとクーパーに出し抜かれてしまった。この薬物代謝酵素であるが、有機化合物で水に溶けにくいものを代謝することによって、水に溶けやすくして、腎臓から尿へ排泄されやすくして、副作用を軽減する重要な働きをしている。

もしも、O先生、S先生がそれに気付いておられたなら、今頃、お2人はノーベル賞受賞間違いないところであったのだ。

1964年にアメリカの生化学会雑誌にチトクロームP450の詳細が載って、今年は50年ということで、こうしてO先生の業績への感謝と労いの会が持たれたのだと分かる。

ハイジャン男は、この会には3回ほど参加した。知己の学者たちがたくさん。みんな年を取った。S先生は早逝されたし、エスタブルックもノーベル賞を諦めずに研究を続けられていたが、昨年亡くなられた。

このシンポジウムに最初から参加して、ご存命なのは、O先生お一人ではなかろうか?この7月で84才になられる。O先生は、東大理学部化学科のご出身。秀才で人一倍の努力もされる。仏の先生ではあるが、鬼に金棒なのだ。世界で一流の研究者は、そうでなければならないことを改めて感じる。

「秀才で努力弛まぬ土用浪」

ハイジャン男

O先生は土用の頃のお生まれである。