前日のブログに続くのは、「屋嶋城(やしまき)」(香川県高松市屋島東町屋島山上)への登城です。

 

復元城門から眼下に拡がる高松市街地

 

JR「高松駅」構内で、「屋嶋城」の上で食する昼食用おにぎりを購入して、JR高徳線に乗り込み、「JR屋島駅」から「コトデンシャトルバス」で18分、屋島の山上には12時前に到着しました。

 

JR高徳線車両

JR屋島駅前とコトデンシャトルバス

 

 

ここは、四国88カ所の84番礼所「屋島寺」がありますので、観光バスで多くの巡回者や外国人で賑わっていました。

 

一方、「屋嶋城()」へ向かっていく人は皆無でした。「屋島寺(※)」の真っ赤な山門近くにある「血の池」を横手に見ながら進みました。後から知ったのですが、「血の池」も「屋嶋城」の領域の一部らしいです。

(※)地名は「屋島」ですが、城名は「屋嶋」の表記です。

 

84番礼所「屋島寺」

血の池

 

十数分歩いて到着した「屋嶋城(やしまき)」は、目の前の空間が拡がる眺めの良い場所に築かれています。

 

屋島南嶺地図

屋嶋城の城門

 

さて「屋嶋城」の歴史を紐解くと、663年に朝鮮半島西部にあった「百済国」が、「唐と新羅」の連合軍に攻め込まれるという事件が有り、「百済」からの救援要請があった大和朝廷は、朝鮮半島へ倭軍を出兵するものの、「唐・新羅連合軍」に大敗し帰国しました。これが歴史の時間でも習った「白村江(はくそんこう)の戦い」です。

 

その後の「唐・新羅連合軍」の報復を懸念した当時の朝廷トップであった「天智天皇」は、大和朝廷への侵攻に備えて、九州の出先であった「大宰府」と、当時の都「近江大津宮」を守るべく、その侵攻するであろうルート上の各所に「城(き)」を築かせました。

 

これらは、「朝鮮式古代山城」と呼ばれて、「日本書紀」にも記述された11ケ所の山城です。これ以外にも、文献には記載されていない「神籠式(こうごしき)古代山城」と呼ばれる山城があり、最も有名なのが岡山県にある「鬼ノ城(きのき)」です。こちらも、今回の「お城巡り一人旅」の最大の目的地として登城しましたので、追ってブログをいたします。

 

「朝鮮式古代山城」は、朝鮮半島から近い順番に、対馬の「金田城(かねだき)」、九州の「大野城」「基肄城(きいき)」、山口県の「長門城」、香川県の「屋嶋城」、大阪府の「髙安城」などがあります。また、福岡県の「水城(みずき)」や福岡と熊本両県に跨る「鞠智城(きくちき)」も、「大宰府」を護衛する目的で築かれたものです。

 

古代山城の配備図

 

 

それでは、前置きが長くなりましたが、「屋嶋城(やしまき)」を見ていきます。

 

といっても、「大野城」や「金田城」や「鬼ノ城」のような延々と続く要塞の遺構ではなくて、現在発掘調査され復元されている箇所が一箇所で、そこに復元修築された門跡と石塁等が見られるだけでした。

 

懸門形式の復元城門

 

城門は、「懸門(けんもん)」と呼ばれる段差になった門で敵の侵入を防ぐ門です。門の両脇も石積みになっていて、壁沿いに柱穴があったことから構造物もあったそうです。上部から見ると門上の両脇は平になっています。

 

復元城門の内側

復元城門と内托式の城壁

 

 

城内側の守りを更に強固にする為に「懸門」の奥には、岩盤が迫り立ちその上には土塁が築かれています。平面が縦に割った形に似ているので「甕城」と名付けられているそうです。

 

復元城壁の上部と甕城部分(白い所)

甕城部分(白い所)

発掘時の状況

発掘時の城門

 

「懸門」の両脇に翼状に拡がる復元「城壁」ですが、「内托式」と呼ばれ自然地形を活用して斜面にもたれさせかけた構造となっています。また、城壁の所々に排水溝のような穴も設けられていました。

これらは、朝鮮半島の築城技術だそうですが、当時「百済国」から多くの亡命者が倭国に流れてきて、朝鮮方式の築城技術を伝えたようです。

 内托式の復元城壁

 内托式の復元城壁

 内托式の復元城壁

復元城壁の排水口

発掘時の城壁

 

この門の上にあるベンチで、眼下に拡がる高松市内、手前には岩石が剥き出しになっている山々を眺めながらおにぎりを頬張りました。

 

ベンチ周囲は岩だらけ

 

城跡として見学できる所はこちらだけでしたので、後はシャトルバスの時間までは屋島山上で人気NO1のビューポイントであり、断崖に突き出た岩石が獅子に似ていることから名付けられた「獅子の霊巌」で、高松市内・港のビュー写真を撮りました。

 

獅子の霊巌

獅子の霊巌越しにのぞむ

 

折角なので「屋島寺」内を横断して、シャトルバスで今度は当初計画通り「琴電屋島」駅で「琴平電鉄」に乗り換えました。

 

屋島寺山門

琴平電鉄「琴電屋島」駅

「琴電屋島」駅に到着する琴電車両

 

乗車前に、そこから見える岩盤が剥き出しとなった「冠ケ嶽(かんむりがたけ))」も、前述の「獅子の霊巌」同様に「屋島」が溶岩火山だったことが良く解る風景ですし、桃太郎伝説もあるように鬼ヶ島に相応しい風情の台地だと思いました。

 

「琴電屋島」駅前から見上げる「冠ケ嶽かんむりがたけ)」

 

初めての「琴平電鉄」の乗車でしたので、終点の「高松築港駅」まで車両写真を撮りまくりました。

 

「高松築港」駅に停車中の琴電車両

 

 

琴電沿線図(緑色と黄色の線が「高松築港」まで乗り入れている、屋島からの線は「瓦町」駅まで)

琴電「高松築港」駅

 

次のブログでは、「高松城」を投稿します。お楽しみに。 

 

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