本日の「吉野ヶ里遺跡」は、「北内郭(きたないかく)」へ進みます。

 

「北内郭」の全景(北側から)

「北内郭」は、吉野ヶ里を中心とするクニ全体にとって重要な場所だったようです。田植えや稲刈りの日、お祭りの日、大きな「市」の日を決めるなど、クニ全体の重要案件を儀礼的な話し合いで行い、更には祖先への祀りも行われていた場所です。

 

「北内郭」「北墳丘墓」などの説明と絵図

「北内郭」発掘状況写真

重要な案件が話し合いで決まらない時は、祖先や神の声が聞こえるという最高司祭者によって決定したようです。

 

この決定事項を行う所が「主祭殿」と呼ばれる、高床式で二階と三階がある建物です。中では、その決定の様子や、祖先・神の声を聞いているシーンを再現した人形達が並んでいました。

 

「主祭殿」

「主祭殿」の高床部分

「主祭殿」内の儀式シーン

「主祭殿」内の儀式シーン(祖先・神の声を聞いている)

この建物の他には、「物見櫓」「斎堂」「東祭殿」「高床住居」などが並んでいて、柵で囲われていますが、「南内郭」との違いは、更に周囲を囲む環濠が二重になっていて、その廻りには更に板壁が施されていて厳重態勢となっています。

 

「物見櫓」「高床住居」

「東祭殿」

従者の住居(竪穴住居)

「高床倉庫」

そのエリアを出て北に進むと「甕棺墓列」が地表に穴が掘られた形で残されていますが、その北側にある「北墳丘墓」は、歴代の王が埋葬されているお墓と考えられています。建物の中に保存されていて14の甕棺やガラス管などの副葬装飾品の展示を見ることができます。

 

「甕棺墓列」

「北墳丘墓」

まだまだ北側は、当遺跡のエリアが拡がっていますが、芝生広場や、古代植物の森や植物園となっていますので、時間的なこともありここで引き返すことにしました。

 

次回ブログでは、「倉と市」のあるエリアへ進みます。そして、「動画」でもご紹介したいと思います。