お正月の喧騒が終わり

普段の穏やかな空気に戻った毎週行く

神戸の本住吉神社


鳩がのんびり何かを啄んでる


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認知症の母(92)

昨年末に特養に無事入所できた


8月下旬…ひとりで外出して骨折からの救急搬送

9月下旬…リハビリ病院へ転院

10月…要介護区分変更申請と特養申し込み

12月…病院の敷地内にある老健施設入所手続き中に

特養受け入れ可能との連絡をもらって入所



とても運が良かったのかすんなりと特養に入れた。

何百人待ちと聞いていたけれどそれは

ただの行列ではなく優先順位を考慮しての

待機だった。



数年デイサービスに通った施設の上層階が

特養になっていてまずは在宅扱いの

「ロング・ショートステイ」となる

とても良いケアマネージャーさんに

当たったようで空いたタイミングですぐに

押さえて連絡をくれた

在宅扱いなので正式入所までは

その方が担当のままなのも心強い




もうすぐ93歳になる母

救急搬送された時は「今週が山です」的なことを

言われて覚悟を決めた時もあったけど

(肺挫傷からの肺炎)

そしてコロナにもかかったけど

寝てるだけで治癒し、驚異的な回復力で

今では杖を着いて亀さんの如くゆっくり

ではあるけれど歩くことが出来るまで回復した



ただ認知症は急激に進行して

誰が見ても一人暮らしはもう無理になった

身体が丈夫な分常時見守らないと

またどこかへふらふらと出歩いて

今度は車に轢かれますよと主治医の先生に言われた

実際今ベットの足元の床には

離床センサーが敷いてある

入所早々にふらふら歩こうとして転倒して

たんこぶをこしらえたからだ

自分が杖や歩行器がないと歩けないこと

すら忘れているから普通に歩こうとする



「動ける認知症」はとても厄介だ

二度わらしとはよく言ったもので

母は子どもに戻っている

私達姉妹と孫の事はまだ認識してるけど

数分おきに「お母さんどこ?お父さんはどこ?」

と聞いてくる(生きてたら126歳だよ…💦)



長年暮らした兵庫の自宅の記憶も薄れてきている

私達を育てた家や自分の配偶者のことも

言わなければ分からなくなっている

「家は武蔵小山だったよね」と言う

母が女学校時代の前半まで暮らした家の事だ



昨日面会に行って東京の話をしたら

表情がパッと明るくなった

私は最近東京横浜に行く機会が多くて

覚えたての路線名を駆使して

母の馴染み深い地名を出すと笑顔が出る

「武蔵小山」「目黒」「祐天寺」

「原宿」「千駄ヶ谷」「渋谷」

小学生だった戦前の頃の思い出話を

ぽつぽつとしてくれて

「あの店のおばさん元気にしてるかなぁ」と。



いつか私たち姉妹のことも忘れてしまうのかなぁ

寂しい気がするけど

忘却が多い分「家に帰りたい」と

暴れたり暴言を吐いたりすることも無く

穏やかに過ごせている



ここが終の住処になるんだろうな

できるだけ足繁く面会に行こうと思う