ムーンシャード船団。
かつてヴァイスに地球を追われた人類は月を砕き、第二の大地として星の海へと逃走を余儀無くされた。
その船団はかつて地球上にあった都市を模し、無数に連なり、さながら地球を分割したかのような体裁で文化圏を維持してきた。
そして時の流れること300余年。
人類はヴァイスに抗する手段、アリスギアを手に入れたが地球への帰還はいまだ達成出来ておらず、今尚漂流者として長らえている。
だがあまりに長く地球から離れすぎただろうか。
もう地球奪還への情熱は、人類から薄れつつあるように感じられることもある。
シャードがあまりにも快適な環境であり過ぎたのかもしれない。
月を砕き、あつらえた偽りの大地は一見、人工的ながら生態系の循環を再現し、その箱庭は完成された環境に見える。
だがやはり閉じた空間で枯渇していく資源もあり、何らかの手段で賄わなければならないものもある。
ワープドライブ技術のお陰で、各所の資源惑星を転々とし、人類はその生を繋いでいるのだが、記録上では地球人類の他に生命体と言うものと接触出来た試しが無い。
…ヴァイスを除いて。
この宇宙には地球人類とヴァイスしか生命体は残っていないのだろうか。
どこまでワープドライブしてもついて回るヴァイスの影。
信じたくはないが、ヴァイスは既にこの宇宙を制圧してしまったのかと思ってしまうこともある。
もし本当にそれだけの勢力差があるなら…この逃避行の行く末は…。
グラスの琥珀を一息に呷る。
輪島
「…明日に繋がる希望を……くれ」
人の手で作られた夜が深く沈んでいく。
Alice。
もし本当にそんな存在があるならば…。
ちらりと時計を見やる。
そろそろ次の宙域に向けてのワープドライブが始まる頃だ。
そこで男の意識も夜に沈んでいく…。
………
……
…
けたたましい大音声で意識が浮かび上がる。
何だ…?
時計のアラームでは…ない。
光里
「ちょっと!目、覚ましてよ!敵よ!!」
隣で捲し立てる副官の声でもない。
これは…ヴァイス警報。
まったく…飲んでもいられないのか。
時刻はあれからそれ程経ってはいない。
隣で切羽詰まった副官に状況を確認する。
光里
「信じられないと思うけど」
そう前置きして副官が端末を示す。
シャード船団のドライブアウトと同時に、ほぼ同座標へヴァイスの軍勢もドライブアウト。
不意の遭遇戦が発生してしまった。
確かに起こり得ないとは言い切れないが、正に天文学的確率の不運。
手元にあった酒瓶を掴むと、気付けと言わんばかりに乱暴に胃の腑へと流し込む。
身体の内からカッと熱が染み渡る。
戦況は後手に回っている。
有機生命体である人類と、機械生命体であるヴァイス。
圧倒的な意思決定の速度差が明暗を分けた。
観測から判断までヴァイスは0か1か、敵か味方かのデジタル的判断しかしないのだろう。
即座にシャード船団への攻撃を開始。
対してこちらはその奇襲を受けてから観測が始まり、状況認識、そしてAegis等の機関を介してからの判断。
…遅きに失した。
現在、各シャードはそれぞれが擁するアクトレスをスクランブル発進させ、防衛に専念せざるを得ない状況にある。
そして何よりまずいのは、東京シャード周辺の危険度レベルが80を超えている…所謂「深層」に片足を突っ込んだ格好だ。
「深層」は人民に過度の不安を与えないよう、政治的に情報統制している秘匿事項として、公になってはいけない領域。
それが明るみに出てしまえば混乱は避けられないだろう。
フェアリーハート隊及びその支援組織であるマエストロ隊、そして明日翔の親衛隊であるスナイパーズ!のステータスを確認。
夜間であり状況把握の遅れもあって、現在出撃準備中の隊員が大多数。
輪島
「マエストロ隊とスナイパーズ!は1名ずつペアでシャード周辺の迎撃を。フェアリーハート隊はその護衛に。薫子さん、細かな編成と現場指揮はお任せします。文島明日翔、ミア・ヴォワザン、千島美幸、我龍絵美の4名は深層に向けて進軍、敵中枢への攻撃を」
各種報道ではこれまでに無い規模、強度のヴァイスが出現した事を既に臨時ニュースとして大々的に取り上げてしまっている。
…後の尻拭いはAegisの仕事だ。
今は敵を退ける。
一刻も早く。
今回の戦いはこれまでに無い苦しいものになるだろう。
次回…→追想の宙は燃えて 1