「皆さん!大丈夫ですか!?」
海斗が血相を変えてわたし達を叩き起こす。
一体何事?
ひょっとして何か異常でも見つかった?
何だか妙にだるくてぼぅっとする。
青ざめた顔の規子が今の状況を説明してくれる。
「何者かが皆さんの医療カプセルへの酸素供給を絶ってしまって…」
発見が遅かったらわたし達は皆窒息死してた、ってことか。
でも誰がそんなことを…?
その問いには海斗が答えてくれる。
実行者は水瀬しずな。
…しずなが?何で?と思ったけど…ひょっとしたらアレのせいかもしれない。
黒騎士と決戦に至る直前、しずなから連絡が入って黒騎士こと天羽を助けてくれと頼まれていた。
けどその願いは叶うことなく天羽は世を去った。
その恨みからだろうか。
でも何でそこまで天羽のことを?
「水瀬しずなは現在逃走中です。逃走先は…日輪旧校舎」
わたし達にその追撃命令が下される。
まったく死にかけた直後に出動なんて、ね。
少し重さが残る身体でわたし達は旧校舎へと出向く。
「良いか、俺が到着するまでは手を出すんじゃねぇぞ?」
隊長がそう釘を刺そうとするが
「さて、ね。どうなるかは向こうの出方次第よ」
わたしはさらっと拒否する。
「現場の判断を信じろってか。良いぜ好きにしな」
案外あっさりと認めてくれた。
そして代わって海斗からも。
「現在千代田大本営でサルベージしたデータの洗い直しをしています。何か分かったらお知らせします」
さて、と。それじゃ行くとしますか。
ブラッドサンプル回収の影響で異形も活性化しているが、このアビスに関しては元が元だけに最早わたし達の行く手を阻むことはできない。
着実に校舎内を探索し、少しずつ上に向かっていく。
二階に辿り着いた辺りで海斗から情報解析の途中経過が伝えられる。
解析できたのはブラッドコード ジル・ド・レイについて。
やはり吸血鬼をイメージしたブラッドコードで相手の生命エネルギーを吸収する効果を持たせることを目的に造られたブラッドコードだと言う。
またその副次的な能力として異形の使役が可能であること。
そしてそのブラッドコードの副作用として…人格の崩壊。
なるほど急老症に異形の使役。天羽と黒騎士の二重人格。確かに黒騎士そのものだわ。
そして「僕としたことがこんな初歩的な事を見落としていたなんて」と海斗が悔しそうに告げたこと。
異性体エルジェーベトの存在。
ブラッドコードと言うのは通常男性型女性型をセットで開発されるものだと言う。
確かにわたし達の使っているコードもそうなっているわね。
…つまり黒騎士ジル・ド・レイと同じ能力を持つもう一人がいるってことになるのか。
…あー…あんまり考えたくないけど…しずなの黒騎士に対する態度も納得せざるを得ない。
そうか。そう言う事だったのか。
「現時点ではここまでです。また何か分かったら連絡します」
そう言って一旦通信が切られる。
探索が進み、三階。最上階を見回っていた時だった。
写真が一枚、落ちているのを見付ける。
こんな所に写真?
見ると女の子と男の子が写っている。見たところ女の子の方がお姉さんだろうか?
そして…その女の子はしずなに良く似ている。
拾った写真を見ていたところで海斗から連絡が入る。
「黒騎士の遺留品の復元によって分かったことがあります…が、もう転送の必要は無いようですね」
黒騎士の遺留品の中に今わたしが拾い上げた写真と同じものが有ったと言う。
写真に移るは…水瀬しずなと天羽ヴェルン。いや正確には水瀬かずま。
「天羽(あもう)ヴェルンの綴りはAMO-VERN。これはOVER-MAN(超人)のアナグラムです」
そっか。あの二人姉弟だったのか。
成程。それじゃしずながあんなに必死になるのも仕方ないわね。
そしてしずなが急老症の治療法を研究していると言っていたけど、実はそれも嘘だったと言う。
本来の研究目的は…ブラッドコードの分離方法。
つまりしずなは弟からジル・ド・レイを引き剥がしたかったのだ。
「後は…皆さんにお任せします」
一通り情報を伝えると海斗はそう結んだ。
探索を進めるが校舎内にはしずなは居ない。
後は…屋上を残すのみ。
今日は真っ赤な満月の夜。
しずなは朱い光を一身に浴びて泣いていた。
わたし達が屋上に上がってきたのが気配で分かったのだろう。振り向くことも無く問いかけてくる。
「かずまを…助けてって言ったのに…どうして?」
確かにわたしも助けると安請け合いした。
「ごめん。力及ばなかった」
言い訳のしようも無かったのでわたしは素直に謝る。
でもしずなは…わたしの返事を聞いていないのか。それとも初めからこうなることが分かっていて心のどこかで諦めていたのか…それ以上の追及は無かった。
「かずまはね…海を怖がっていたのよ。私が一緒だから大丈夫って言っても波が怖いって水着に着替えることもしないで…砂浜で」
思い出話…だろうか。
本来ならこの姉弟はあの臨海学校で”事故死”しているはずだったのだ。
それが何の因果か生き延びて。
「ねぇ?何で?何でかずまがこんな目に合わないといけなかったの?ねぇ!何で!?答えてよ!」
しずなの感情が昂ぶり…異様な気配を放つ。
「いけない!エルジェーベトが…」
海斗が警告するがそれでどうなるわけでもなく。
しずなはまるで黒騎士と対を成すような真っ白な翼を広げ、血の色を湛えた真っ赤な瞳でわたし達を見下ろす。
これが最後の戦い。決戦が今始まる。