「惑わされるな…」
誰だか知らない、男の人の声。
目の前の下半身をもぎ取られた人の声じゃない。
その声はわたし…だけじゃなく、春花と穂波にも聞こえているみたい。
下半身をもぎ取られた人は相変わらずの猛攻を仕掛けてくるけど、その隙間を縫うように男の人がわたし達に語りかけてくる。

「コードは無限…コードは可能性…君達もそれを知っているはずだ」
男の声がそこまで言葉を紡いだところで…春花が大槌を構え直して振り下ろす!
来る筈がないとタカをくくっていた下半身をもぎ取られた人はまさかの横やりに驚きを隠さない。
「バカナ!オマエタチノタマシイハゼツボウニシズンダハズ!」
不意を打たれた仕返しに春花に狙いを定める下半身をもぎ取られた人の反撃!
大槌を振り下ろした隙を突かれた春花に避けることは難しいタイミングでの一撃は…盾を構えて割って入った穂波によって防がれる。
…なんだか釈然としないわね。

あれだけわたしが散々慰めたり励ましたりしても落ち込んだままだったのに。
どこの誰だかも分からないような男の人が中二病っぽいことをほのめかしただけでこの変わりようだ。
まぁ春花ならあんな台詞を聞かされたら気分が盛り上がるのも分からないでもないけど。
でも穂波まで戦意を取り戻すとはね。
ともあれこれで光明も見えてきた。
どこの誰だか知らないけど一応感謝しとくわ。

「バカナ…ダガ、オマエラハコノチカデサラナルジゴクヲミルダロウ…ククク」
下半身をもぎ取られた人は意味深な言葉を残すと文字通り砂の様に崩れ去る。
そしてその砂の中からブラッドサンプルの反応が。

「お疲れ様です。ですがマスタートーチャーの言葉も気になりますね。ブラッドサンプルの反応もまだあるようですし、引き続き地下の探索をお願いします」
海斗から連絡が入り、無情な指令が下される。
って言うかあの下半身をもぎ取られた人、ちゃんと名前あったのね。

しかし更なる地獄、か。
一体どんなものか想像もつかない。
何せこのアトラクションの今までが今までだからなぁ。
またしょうもない子供だましみたいな茶番が繰り広げられるのか、それとも本当に地獄を見ることになるのか。
ブラッドサンプル反応もあると言うなら行ってみるしかない、か。
やっと終わった、もう帰れると思って安堵していた穂波はもう既に地獄を見たような顔色になっていて可哀そうだけど…。

地下に通じるエレベーターに乗り込み…到着。
「!?」
エレベーターのドアが開くと一気に水が流れ込んでくる。
流石にこれには驚いた。驚き過ぎて声も出なかった。
水中活動用のフィールドが自動的に展開されたので、溺れるようなことは無かったけど、このアトラクションで一番驚いた仕掛けだったわね。

しかし水中、かぁ。最近何だか水中活動が多いわね。
一体何が待ち受けているのやら。
わたし達は水を掻き分けながら病棟の地下を進む。
地獄が待つ、と言われた割には別段何か変わった物がある訳でも無い。どちらかと言うと迷路を延々と進んでいるだけだ。
迷路と言えばこの遊霊病棟の隣の無限迷宮Ωって言う迷路のアトラクションもアビス化してるのよねぇ。
…このテーマパークって何か呪われてるのかしら?
その内このテーマパーク全体がアビス化しそうな気がしないでもない。

まぁそれはともかく。
迷路の終点まで辿り着いたわたし達を待ち受けていたのは…。
「うわぁ…おっきい…」
穂波が目を丸くして見上げる。
それはこのアビスで散見される継ぎはぎ怪人の超巨大型だった。

普通に見かけるヤツより三倍くらいの高さだろうか。
当然それ相応の横幅もある。
…嫌なタイプね。
この手のヤツは嫌いなのよね。小細工も何もあったものじゃない。
この世には「一力、十技を圧す」とか「剛よく柔を断つ」と言う言葉がある。どちらも「柔よく剛を制す」の対義語なんだけど、あまり知っている人はいない。
まぁその言葉を正に体現するであろうタイプだ。
とにかく何があろうが馬鹿力でねじ伏せてくる…ある意味王道の攻めと言う奴を見せてくれるタイプだ。
やりにくいのよね、こう言うのって。

下半身がもぎ取られた人ことマスタートーチャーが言っていた地獄は…恐らくこいつのことだろう。
そしてブラッドサンプルの反応もあの継ぎはぎ巨人から検出されている。
…はぁ、やるしかない、か。
多数の小型継ぎはぎ怪人、小型と言っても本来は標準サイズと言うべきなんだろうけど、を山の様に従えた継ぎはぎ巨人に向けてわたしが先制の矢を放つ。
こちらに気付いた継ぎはぎ達がわたし達に殺到する。
トミーマウンテン 

標準サイズのヤツはまぁ良いとして、あの巨人が問題だ。
バギン!と鈍い音を立てて春花の張った障壁を一撃でぶち割ってくれる。
これでは役に立たない。

となれば…穂波に守りをお願いしないといけないんだけど…。
幾ら穂波が頑丈にできてるとは言え、この体格差だ。
受け止めた盾ごと吹き飛ばされてしまう。
でもあれだけ派手に吹き飛ばされて怪我一つしてないのよね…ある意味この子も充分化け物なんじゃないかしら?
とは言え攻撃を受け止める穂波としてはたまったものじゃないだろう。

早めに終わらせてあげたいんだけど…体格が良ければ生命力も相応にある訳で。
しかもこいつがまた面倒なことにわたし達の攻撃を…あろうことか取り巻きをひょいと掴みあげて盾代わりに使ってくれる。
その分取り巻きは数を減らしていくんだけど、肝心の継ぎはぎ巨人が何時まで経っても倒せない。
こう言う奴はだから嫌なのよ。
結局力対力の真っ向勝負になっちゃうのよね。

とにかく地道にあいつの生命力を削っていくしかない。
…あぁぁ!小細工したい!せこいことしたい!
こう言う戦いはストレスが溜まっていけない。

結局継ぎはぎ巨人は穂波の盾を打ち破ることは出来ず…水底に倒れ伏した。
まったくこいつを倒すのにどれだけ時間がかかっただろうか。
わたし達はブラッドサンプルを回収するとこのお化け屋敷アビスから脱出した。