さてLv7のキャップも無事解放されたことだし、わたし達は今日も今日とてアビスで訓練をしていた。
この前春花が「お守り」と称して穂波にあげた光る槍はどうも超常体にも通用するものらしく、あの輝く穂先で刺された幽霊は霊体を保つことが出来ず崩壊してしまうようね。
穂波が幽霊を嫌うのは単純に怖がりだからなんだけど、それでもやはり抵抗して戦う術があると言うのは心の拠り所になるらしい。
最近は超常体タイプの異形を見てもいきなり泣き出すことは少なくなってきた。

そんなある日。
わたし達は司令部に召集される。
何でも異形がアビスから抜け出てしまったと言うのだ。
XPDの戦闘部隊がその異形を追跡しているとのこと。

「まだ居場所の特定まで時間がかかりそうですね」
海斗はそこまで言うと珍しく意地の悪い笑みを浮かべる。
「それでですね、皆さんにはその待機時間を使って補習を受けて欲しいんです」
「補習?」
やはり学生とエクス隊員と言う二足のわらじは両立が難しいらしく、学業が疎かになり易い。

それは確かにそうだろう。
命を張って日夜戦ってるんだ。平素はのんびりしたいに決まってる。
「今はまだ大丈夫みたいですけど、早いうちからこうして学力を補っておく方が良いでしょう」
そう言うとわたし達にある教室を指定する。

そしてわたし達は三人揃ってその補習を受けることになったんだけど…
春花 19歳 大学生
わたし17歳 高校生
穂波 12歳 小学生
…この三人が同じ補習を受けると言うのだろうか?
ちょっと無茶じゃないだろうか?

まぁわたしと春花くらいなら同じ授業を受ける機会があってもまだ「まぁそう言う事もあるか」と思えるけど、明らかに穂波は学習内容が違い過ぎる。
一体何の補習なんだろう?
まさか小学生レベルの授業とかじゃないでしょうね?
わたしは不安を感じながら教室に入る。

補習は丁度始まるところで、担当は桐野 冴子…高等部の物理担当だ。
わたしは冷や汗が背筋を流れるのを感じる。
高校相当の物理を…穂波に聞かせるつもり?
まさか、ね。と思いつつ補習を聞くわたし達。
でも嫌な予感は当たる物で…

「ひかりん…どうしよう?全然わかんない…」
穂波が隣で目を点にしている。
「あらあら…私にもさっぱりです」
春花もにこにこ笑顔のまま困り顔をすると言う離れ技をやってのける。
春花は文系タイプな上に得意なのは楽器演奏や歌唱と言った芸術関係だし。
一応わたしは理系だけど、本業は化学と生物学、遺伝子工学って辺りだから物理はちょっと苦手なんだよなぁ。

補習にはこの前会った目黒興子も参加していて「先生!タモフスキー粒子は一体どちらの性質を持っているのでしょうか?」とかわけの分からない質問をしているし。
何と言うか一体誰を対象にした補習なのか良く分からない。
そんな時端末に連絡が入る。
どうも異形の居場所が特定できたみたい。

でもこの補習、どうやって抜ければ良い?
そう思っていると英語教師のマイク・コーエンが教室に入ってくる。
この英語教師はとにかく下品な事で有名だ。特に女癖が悪い。
そのマイクが教室に入るなりわたし達の名前を読み上げて警察が事情聴取に来ていると言い出す。

「は?一体何の話?」
流石にわたしも驚きを隠せない。自分をそこまで清廉潔白な人間だとは思ってないけど、警察に呼び出されるような覚えも無い。
「ユー達はお見合いパーティに参加した嫌疑がかけられてマース」
お見合いパーティ?なおさら意味が分からない。考えられるのは人違いってことくらいだろうか?

だがマイクは何かを思い出したらしい。
「そう言えばこの前参加したお見合いパーティ…冴子先生みたいな売れ残りのオールドミスばかりで…!ガッデム!!!!!!!!」
コーエンと冴子 
いきなり逆ギレする。と言うか、参加してるの貴方じゃないの!
そして「売れ残りのオールドミス」の代表にされた冴子先生も唐突な侮辱に平常心を失う。

こうして修羅場は形成され…最早教室は補習どころではなくなっていた。
これは後で聞いた話なんだけど、このマイク先生は到底信じられないがエクスの構成員だと言う。
つまり今回の乱入はわたし達のエスケープを助ける為ってことらしい。
それにしても桐野先生はただの一般教師だって言うのに…エクスも構成員は選ぶべきじゃないかしら?

それじゃぁ行くとしますか。異形も見付かったみたいだし、もう補習を受けている場合じゃないし。
穂波と春花もほっとしたようにわたしに続いて教室を出る。
それを見咎める者は誰一人としていなかった。
そしてわたし達は異形が発見されたと言う銀座に急行する。

「お疲れ様です。今のところは包囲していますが、いつまで抑えられるか…」
出迎えてくれたXPDの戦闘部隊員がそう言っているそばから爆音が響く!
うわ、もう出てきたか。
わたしと春花は端末をポケットの中に入れたまま音声認識で急ぎコードライズするが、穂波は急な事に慌てて上手くボタン操作が出来ずにいた。
「ちょっと!穂波急いで!」
「わ、わ…えっと、待ってよ~」

わたし達が時間を稼いで穂波の準備が整うのを待つ。
遅れること数秒。まぁ時間にしては大したことは無いように聞こえるだろうけど、戦闘に置いて数秒は大き過ぎる。
場合によっては命に関わる。特に自分の。
ほんの一秒…いやそれ以下のコンマ何秒と言った一瞬でさえ明暗を分けることだってあるのが戦いだ。

今回現れた異形はさほど強くなかったので何とかなった。けど…これがあの「黒騎士」みたいなのだったらどうなっていたか分からない。
「だから音声認識にしときなさいって言ったのよ」
今回は真面目な顔で穂波を諭す。
「ぁぅ…ごめんなさい」

今まではこちらがアビスに万端の準備をしてから踏み込んでいたから問題は無かったんだけど、今日みたいに逆に襲撃を受けた場合は巡り合わせが悪ければやられるのはこっちだ。
「そうですねぇ…歌にもありますものね。”恥じらいなんて時には邪魔なだけ”って」
春花も今日はちょっと穏やかではいられなかったようで、流行歌の歌詞を借りてやんわりとわたしの意見に賛同する。
「…うん。ごめんね。今度からあたしも声でやるね」

わたしも始めの頃は魔法少女ユニットみたいな感じにしたかったから音声認識を冗談めかして勧めていたけど、今回みたいなことがあるとなれば話は別だ。
大事な妹分をしょうも無い見栄や恥じらいなんかで失いたくは無い。
…まぁ任務自体は成功だし、異形による被害も軽微と言える範囲だ。あまりキツく言うのも可哀そうか。
「次はしっかり頼むわよ」
わたしは穂波の頭を撫でると司令部へ帰投した。