今日も元気に穂波の泣き声が響き渡る。
しっかしそろそろ慣れないものかしらね?
と言うかこっちが悪いことしてるみたいな気分になってくる。

今日訪れたのは六本木にある星条ビル。
初めて入るアビスなんだけど、そう言う時は侵入時にオペレータの日々野規子からどう言う傾向のアビスなのか事前情報をくれるんだけど…。

「超常体の出現が確認されています」
この言葉を聞いた瞬間に穂波の身体がびくっと、見て分かるほど大きく震える。
超常体…つまりは幽霊の様な霊体だ。
厄介なことに実体が希薄で流石のコード兵器でも更に特殊な精神干渉作用のある武器でないと通用しない相手。
そして穂波にとっては不倶戴天の天敵でもある。

それにしてもこの子は大体のアビスで泣いてるわね。
この前の神楽川閉鎖区では異形と出会わなかったから良かったものの、こんな様子じゃこの先が思いやられる。
まぁ星状ビルには何か目的があって行ったわけではない。
言うなればブラッドコードに慣れるための自主訓練だ。
あまり無理してもしょうがないし、程々にして切り上げて司令部に戻る。

するとわたし達あてに任務が与えられていた。
「情報サルベージ訓練」
何の訓練かしら?情報サルベージ…この前の情報収集があまり芳しくなかったから、それについて訓練でもするのかしらね?
取り敢えず任務を受諾して副隊長の下に出頭する。
「ごめんね…情報サルベージ訓練ってのは嘘なんだ。本当にやってもらいたいのは…」
しずなの研究 
しずながわたし達に内密に頼んできたのはMTゲノムⅠの調達。
「一応データバンクに手持ちがあるけど、どうするのこんなもの」
「うん、実は私もね独自に急老症について研究してるんだ。主に治療法についてなんだけど」
その研究に必要な素材だと言う。
でも何でこんなこそこそとする必要があるのかしら?
別に普通に急老症の研究やってます、って申請すればこんなデータコードくらい支給してもらえそうなものだけど。
急老症の研究ってのも嘘で、もっと別の何かをやってるのかしら?
何だか腑に落ちないところもあるけどわたしは端末を介してしずなにMTゲノムⅠを渡す。

その直後の事だった。
しずなの端末がけたたましく呼び出し音を鳴らす。
「副隊長、事件です。すぐに司令部に戻ってください」
しずなはわたし達にもすぐ司令部に戻るよう告げると学園の屋上から走り去る。
それを追うようにわたし達も司令部に急ぐ。
自動で開閉する司令部のドアを潜るとそこは緊急事態の対応に追われる海斗や規子がいた。
状況を聞くにどうもかなりの人数の女子学生がアビスに拉致されたらしい。

「HT特務小隊、出動して。私もすぐに行くわ」
しずなが指令を下す…が
「ちょっと待って下さい。隊長不在の今、しずなさんが出撃するのはどうかと」
海斗がしずなに待ったをかける。
「う゛…」
ヘンなうめき声を立ててしずなが硬直する。
「…仕方ないわね。HT特務小隊取り敢えず出動して、現地のXPDと合流して」
何だか行き当たりばったりな指示ねぇ。

とは言えわたし達の他に動ける実働部隊がいないんじゃ仕方ない。
急ぎ現場となっている六本木の星条ビルに急ぐ…つもりだったんだけど穂波がぐずる。
あぁそうか。さっき星条ビルで超常体の異形と出くわして怖い思いしたからなぁ。
とは言っても穂波抜きの二人で突入するのはあまりに危険だ。

穂波はわたし達の小隊で唯一の筋肉担当、壁役。この子が居ないと戦線が維持できない。
どうやって宥めようか思案していたところで春花が穂波に話しかける。
「穂波さん、これをどうぞ。お守りですよ。これがあればお化けなんて怖くないですからね」
そう言って穂波の端末に何かのデータを送る。
「はるるん、なにこれ?」
「使ってみてのお楽しみ、ですよ。さ、参りましょう」
穂波は不思議顔のまま何となく納得したのか大人しくついてくる。
何はともあれこれで何とか出撃できそうね。