「ひっ…」
それを目にした穂波は息を飲む。
もう叫び疲れて声も出ない彼女にはそれが精いっぱいだった。
わたし達の目の前にはどれだけ時間が経ったのか、腐乱しきった亡骸が一つ。
急がないとXPDの隊員や拉致された人もこうなりかねない。
その時だった。
微かにだけど、人が叫んでる声が聞こえる。
結構距離はありそうだけど、その声を辿り…見付けた!
怪物に囲まれて狂乱しているXPDの隊員が一人。
良く生き残ったモノね。
わたしは錯乱した隊員を宥めつつ隊員の発見を報告する。
「え?まだいるの?後二人?」
先行した隊員は全部で三人いるらしい。
まったく手間のかかる。
霊園の地上部分を探索しきったんだけど、結局見付かった隊員は二人。
あと一人…隊長格の人がいるそうなんだけど、その人がまだ見付からない。
となれば…さっき見かけた地下への階段を降りる。
穂波がわたしにぎゅっとしがみ付く。
この地下部分は地上より強力な怪物がいると言う。
あまり時間はかけられないわね。
このブラッドコードと言うモノにまだ馴染めていないわたし達では力を発揮しきれない。
まったく面倒臭いわね。
魔法とか普通に使えれば大したことない相手ばかりなんだけど…ここではそのブラッドコードを介してしか戦うことが出来ない。
何をするにもブラッドコードの力がいるのだ。
流石のわたしも軽く緊張した状態で地下墓地を歩く。
すると…なんだか墓地にはそぐわない匂いがする。
これは…カレー…よね?
わたしの鼻がおかしいのかしら?
わたしが不思議顔をしてきょろきょろ辺りを見回すと…白い防護アーマーを着込んだ人が居た。
見付けた!あの人だ。
「いやぁ面目ない」
苦笑いしながら隊長格の人…村 正八と言うらしい。本人は「ハチ」と呼んでほしいそうだ…はわたし達の助けに感謝する。
民間人の拉致現場に居合わせ、咄嗟の判断でアビスに突入したものの、ミイラ取りがミイラになったような状況だ。
「本来ならすぐにでも脱出したいんですがねぇ」
そう言うと傍らに目を向ける。
服装は若向けのものを着ているが、随分とお年を召された方のようで。
…これが話にちらっと聞いた急老症、か。
でもこの被害者が居たとしても普通に脱出すればいいんじゃないかしら?
そう思っているとかなり大きく腹の虫が泣き叫ぶ声が聞こえる。
「情けない事にもう腹が減って減って力が…」
ハチ隊長はまたしても苦笑い。
「ところで気付きませんか?この匂い…あぁ…カレーが食い…たい」
さっきの匂いはやはり勘違いではなかったか。
でもこんな墓地でカレー作ってるなんて、ねぇ?
わたし達も何か非常食とか持ち合わせてれば良かったんだろうけど、生憎そう言うものは準備していなかった。
となるとこの匂いを辿り、カレーを持ってこないと脱出もままならない…んだけど、中々調理場の様な場所が見付からない。
信じられないけど、カレーを作るならそれなりの設備…キッチンとまではいかずとも、野営地の様なモノがあってもいいはずなんだけど。
でもカレーの匂いはかなり近くから感じる。
その時目に留まったのがデータが具現化した治療キットだった。
その治療キットから…カレーの匂いがするような?
わたしは確認の為、それを手に取って匂いを嗅いでみる。
…やっぱりこれだわ。何で治療キットからこんな匂いがするのかしら?
これは余談だけど、後で話を聞いてみると、これは「カレーケア」と呼ばれるもので、ちゃんとカレーの味がする経口治療薬なんだそうな。
開発者は一体どれだけカレーが好きなのかしら?カレー味があるならもっと色々バリエーション作ってくれても良かったのにね。チョコ味とか。
まぁそれはさておき、そのカレーケアを持ち帰りハチ隊長に渡す。
「おぉぉ!この香りは…カレー!」
匂いだけで急に元気になるハチ隊長。
「もう大丈夫です。お手数かけました」
そう言うとハチ隊長は急老症の被害者を抱え上げると走り去っていった…。