「よぉ!光里、元気そうじゃねぇか」
グレイフォックスの頭巾を受け取って数日後、わたしに来客があった。
来客と言っても人間じゃない。お母さんの使い魔、牛太郎(←うしたろう)…驚くべきことにミノタウロスである…が虚空からにょきっと頭を出す。
「どうしたの?こんな所まで」
「いや何、六花がお前を連れて来いって言うんでな」
「は?」

六花って言うのはわたしのお母さんだ。
わたしと違い自然魔法を得意とする。そして弓の腕はわたしより上と言うんだから堪らない。
本人は「緑の聖人」と自称しているが、世間での通り名は「荒ぶる緑のゴリラ」だ。
どんな人物かは推して知るべし。
しかもその上ミノタウロスを使い魔にして使役できると言うんだから一体何がどうなってるのか…人間として何かが間違ってるような規格外れな人だ。

「連れて来いって一体何なの?」
「何だか言いたいことと渡したいものがあるんだってよ」
渡したいものが何なのかは分からないけど、言いたいことの方は何となく分かるような気がする…多分お小言だ。
わたしは溜息を吐きながら旅支度をする…とは言ってもわたし達魔法使いは陸路や海路を延々旅する必要は無い。
ちょっとした日用品や着替えの手荷物があれば充分。
まぁわたしは旅の醍醐味を味わう方が好みなので、シロディールに来るときはちゃんと船やら陸路やらを旅してきたんだけどね。

「うし、準備出来たか?まぁ実家に帰るだけだ。忘れ物があっても早々困りはしねぇだろうよ」
しかしこの使い魔、毎度思うんだけど口が悪いわね。まぁ元がミノタウロスだからなのかしらね?
牛太郎が虚空をばっくりと切り裂くとシロディールはレヤウィンの我が家とアカヴィリ地方にある実家がそのまま繋がる。
わたし達はこの裂け目を潜るだけで遥か遠方まで一瞬で到着できるわけだ。

「えっと…ただいま」
「お帰り、バカ娘」
いきなり怒られた。

「アンタ一体何やってんだい!?泥棒に人殺しなんて…あたしゃ情けなくて涙出てくるよ!」
どうもシロディールでのことをあらかた”見て”いたらしい。
「ごめんなさい」
わたしも平謝りするが、お母さんの怒りが収まることは無く…。
「アンタねぇ、謝ったって取り返しがつかないことだってあるんだよ!?もういい大人なんだからそのくらいわかるでしょ!」
「うぅ…分かってるってば」
わたしだって好きであんなことやってるわけじゃ無い…んだけど、言い訳することすら許されない。
「分かってんなら何でそんなことするんだい!?まったく…そもそも呪術なんてやらせたのが間違いだったわ。他人様を祟り殺すような術なんて使ってるからそうなるんだよ!?」
「人を呪わば穴二つって言ってねぇ…」
「聞いてるのかい!だから言ったんだ。シロディールなんてあんな中世みたいなところに行ってもロクな事無いって」
………
……


結局お小言は6時間くらい続いた。
「まったく、まぁ良いわ。今日はそんな事の為にアンタを呼んだんじゃないんだからね」
…良いんならそんなに怒らないでよ…。
「アンタ、魔法使い学校で一人前になったんだって?」
「これのこと?」
わたしは大学で貰った静寂の呪いが込められた杖を見せる。
「そう、それよ。アンタも一端の術士ってわけね」
「うん、そうみたい」
大学内では見習いだけど、そもそも大学に入れる時点で魔法使いとしては優秀な部類ではあるらしい。
「それじゃお祝いしないと、ねぇ」

そう言うとお母さんは持っていた刀を寄越す。
「それが何なのか、アンタも知ってるよね?」
わたしはその刀に目を落とす。この刀は…家に代々伝わる神刀だ。
「これ、良いの?」
「そろそろアンタに譲る頃合いだ。持って行きな。使い方は…わかってるだろ?」
「うん」

この刀にはある神霊が封じ込められていて、合言葉と共に刀の名を呼べばその力が発現する。
「よし、じゃぁやってみな」
わたしは呼吸を整えると意識を刀に集中する。
そして刀に呼びかける。
「瞬け!龍姫!」
………

何も起こらない。
「あれ?…何か違ったっけ?」
「まぁそう、さらっとは行かないだろうねぇ。アタシだって結構苦労したんだ。そいつを呼び起こすのは」
お母さんが言うに刀を呼び起こすには、刀との対話と同調が必要なんだそうな。
「だからしばらくはその刀を肌身離さず身に付けて、少しずつ刀の事を理解しないといけないよ」
「ふぅん…そうなんだ」
わたしは刀を持ってシロディールに帰ろうとしたんだけど…。
「何だい、もう帰ろうってのかい?折角戻ってきたんだ。しばらくこっちにいたらどうだい?」
そんなわけでしばらくアカヴィリで過ごすことになってしまった。
うぅ…お母さんと一緒だと何となく落ち着かないんだよなぁ。
すぐ怒るし。