漸く闇の聖域から出られたわね。
立て続けに暗殺の仕事をこなして来たわけだけど…何だか最近慣れてきてしまったような気がする。
盗賊ギルドに巻き込まれてから随分経ってるし、感覚がおかしくなってきてるのかもしれない。
…本格的にマズイわね。どうしたものかしら?
うんうん唸りながらシェイディンハルの街を歩く。

取り敢えず来たついでに推薦状を取り付けておくか。
そう思い魔術師ギルドの支部を訪ねる。
「何の準備も無くやってきて時間を無駄にすることは無かろうな?」
わたしを見るなり威圧的な態度を隠しもせずに問いかける支部長のファルカー。
彼も例に漏れることなくアルトマーだ。

じろりとわたしを値踏みするように視線を這わせる。
「ふん。まぁ良い…君に課題を与えよう」
ファルカーはとある指輪について説明を始める。
何でもかつてギルドの新人が裏手の井戸に投げ込んでしまったその指輪を取ってくること。
これが課題だと言う。
それだけ?
わたしがあまりに手を抜いたような課題に呆気に取られていると、ファルカーはにやりと笑う。
「ただこの指輪は特性でな。おいそれと回収できると思うなよ?」
そして最後にそう話を結んだ。

わたしは井戸の管理を任されていると言うディーサンに鍵を借りに行ったんだけど、ディーサンは課題の事を聞くと血相を変える。
「ファルカーはあなたを殺すつもりかもしれないわ」
そんな彼女からも話を聞いてみると、その井戸に指輪を投げ込んだと聞いていた新人ことヴィドカンは実際にはそんなことはしておらず、わたしと同じ内容の課題を受けたのだと言う。
そしてそれ以降彼の姿を見た者はいない。

「ヴィドカンが本当に死んだのか分からないけど、何かあったのは間違いないわ」
そう言うと一つ術を教えてくれる。
水中での呼吸を助ける術に物を軽くする術が練り合わされている。
この術が助けになるかもしれないとディーサンは言う。
わたしは取り敢えずその井戸を見てみようと支部の裏手に回る。
そして鍵を開けると水の中に身を沈める。
この中から指輪を探すのか…薄暗い水の中での探し物は骨が折れることだろう。
そう思って井戸の底まで降りたところで…わたしは驚愕した。
何せいきなり溺死体と鉢合わせたのだからたまらない。
ヴィドカン死す 
わたしはその死体に手を合わせて成仏を祈ると何か持ってないか調べ始める。

………
その死体の手には一つの指輪が強く握られていた。
ってことはやっぱりこの死体がヴィドカンか。
わたしは指輪を手に取ったところでバランスを崩す。
「うわっと…」
思いの外重たい。
これを持ったままじゃ井戸を出るのは難しそうね。
わたしは改めてディーサンから教わった術を使う。
これで少しは負担が減ってくれるはず…。

しかしヴィドカンも少し考えれば良かったものを。
一旦指輪を手放してどうするか考えてみれば死なずに済んだかもしれないのに。
…ふむ。つまりこれは変性魔法を得意とするシェイディンハル支部の課題としては理に適っているってことか。
水中で息をする術も物の重量を操作する術も変性魔法の分野だ。
ファルカーと言う人物は中々考えているわね。
でも、だとしたら別にヴィドカンのことで嘘を言う必要も無かったと思うんだけど…。
何だかすっきりしない。

わたしは井戸から出て支部に戻ると…何だか騒々しい。
「指輪取って来たんだけど…何かあったの?」
ディーサンに聞くと、どうもファルカーと一悶着起こしてしまったらしい。
そしてその結果、ファルカーは激怒。
そのまま飛び出して行ったと言う。

「推薦状についてはどうなっているか分かりません。まさかこんなことになるとは思ってもみませんでしたので。取り敢えず机を確認してみては?もしまだ推薦状が用意されてないなら別の方法を考えないといけませんし」
と言うことで地下にあるファルカーの執務室にお邪魔して推薦状の準備ができているか探してみた…んだけど、やっぱりまだ用意されていなかった。
でもその代わり、って訳じゃないんだけど…黒魂石が出てきてしまった。
こんなものを持ってるってことは…ファルカーは魔術師ギルドの禁を犯しているってことか。

わたしはその黒魂石をディーサンに見せる。
「なんてこと…黒魂石を持ってるなんて。…これは私の方で預かりましょう。評議会に報告しないといけません。推薦状については私から代筆しておきます。状況を考慮すれば大学も受理してくれるでしょう」
一応推薦状の方は何とかなりそうね。
わたしは一安心して胸を撫で下ろす。

それにしてもまた大事になってしまったわね。
まさか支部長ともあろう人物が禁を破り、しかもギルドを離反するなんてね。