「出来ているぞ」
深夜、見知らぬ者から偽造した書類を受け取る。
内容もちゃんとレックスが適任と書き換えられていた。
「ありがとう」
わたしは偽造の報酬を支払うと宿に戻る。

翌日早朝、わたしは帝都への長い道のりを戻っていく。
偽造した書類が本物であることを示す為に、軍印で封じないといけない。
…しっかし何と言うか、軍印と言うことは軍の執務室がある獄舎区に入らないといけないわけで、侵入にはかなりの危険が伴う。
まったく気が重いわね。

数日かけて帝都に戻ってくる。
頃合いはまだ昼。獄舎区は当然その性質上、警備が厳重になる。
とても入れそうも無いわね。少なくとも宵闇を味方につけないと近付くことすら難しい。
わたしは一旦引き上げると宿で一息ついて夜を待つ。

夜の帳が降り、視界は闇に包まれる。
相変わらず衛兵が警備に当たっているけど、隠れられる物陰もそこかしこにある。
わたしは陰から蔭へと渡り、獄舎区の執務室を目指す。
緊張の一瞬。
扉を開けた瞬間に衛兵と鉢合わせたらその時点で失敗が確定する。
まぁ時間が時間だけに恐らくは誰も居ないと思うけど…。
わたしは祈りながら扉をこじ開ける。

…よし、誰も居ないわね。
わたしは執務室に滑り込むと机の上にある印で封をする。
あとはこれをアンヴィルの伯爵夫人に手渡すだけ。
…あの長い旅路をまた戻るのかと思うとうんざりもするけど、こんなものを何時までも持っていたところでどうしようもない。
折角だからと途中で薬の行商をしながらのんびりとアンヴィルへと戻る。

身なりを整え、帝都からの使者と名乗りアンヴィル伯爵夫人に面会を求める。
「帝都から新任衛兵長の推薦状をお届けに上がりました」
「ご苦労様です。普段はそちらの執事に任せていますが、こうして持って来て頂けたのですから受け取りましょう」
そして偽造文書に目を通し…。
「なるほど、このヒエロニムス・レックスが適任のようですね」
偽造されているとも知らずにこちらの思い通りの結論を出してくれた。
「この書状をヒエロニムス・レックスに渡してください」
わたしは異動の辞令を託される。そして付け届けとして執事から金一封を受け取る。
「ぐぬぬ…貴様のせいで…私の従弟を隊長にする計画が台無しだわ」
…女執事から物凄い怨嗟の視線と恨み言も一緒に貰った。
そうか。その為に届いた書類をすぐに渡さなかったのか。

それにしてもこの辞令もわたしが運ぶのか…。一体どれだけ帝都とアンヴィルを往復させれば気が済むのだろうか。
帰りは薬草を摘みながらゆるゆると旅路を行く。

「転任、だと!?馬鹿な!グレイフォックスか!?奴が裏で手を回した…のか?」
突然の異動に困惑するレックス隊長。
何でもグレイフォックスのせいにするのは如何なものかと思うけど、今回はその通りである。
「く…仕方あるまい。アンヴィルへ向かうとするか。長年やりあってきたが、ついに奴が勝利を収めたことになるのか。いつか運がめぐり合わせて奴をアンヴィルに導いてくれると良いんだがな」
嘆息すると旅支度の為に詰所へと戻っていく。
今回は随分と歩き回ったわねぇ。でもこれでお仕舞。当分アンヴィルも行きたくないわね。遠いし。

全て終わったことをスクリーヴァに伝える。
「これで目の上のたんこぶが片付いたね」
にやりと笑うと追加の報酬だ、と言って金貨を寄越した。
さぁて、と。それじゃ少しのんびりさせてもらいましょうか。本当に今回は旅ばかりで流石に疲れたわ。