---昨日はイイこと、たくさんありました!


そんなことをmixiにて書いていたのを見て、フフフ~♪と思ったにこ
今月末に迫った、新バンドでの初めての音あわせに向けて

『いよいよ真剣に取り組まねばっ!!』

そう思う今日この頃ですが・・・こちらにギターまで持ってきていないもので(*v.v)。
名古屋に戻り次第、エンジンをそろそろかけて行こうとおもいます。


岡村靖幸のAL『家庭教師』をイヤホンで延々と聞きながら、暇つぶしにプレイリストでも作って。
昼過ぎになってようやく、モーニングコールがかかってくる。


『おはよう、お寝坊ちゃん(笑)』


---『・・・うー(笑)』


今日はジンクスを逃した・・・そんなコトを気にするのが、なかなか面白くて(*uu)。


『逃したジンクスは、誰か友達のとこにでも行ってるんだよ(笑)』


---『そう考えると、ちょっと幸せな気持ちになりますね(笑)』



8月14日、勝手に『ハイジの日』ってことで

アルプスの少女ハイジ/野沢直子

をMさんに唐突にオススメしてみました。
う~む・・・相変わらずメチャメチャな歌詞で(笑)


---『すかんち、復活だってさ!』


そんな朗報を聴いたのが夕方。
今朝のジンクスは、こんなカタチで現われたみたいです(笑)

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春日狂想/中原中也

この詩の冒頭が、自分は好きで。
『愛とは・・・』みたいなものの答えを表してるような気もするんです。

『好き』っていうのと『愛してる』っていうのに違いを求めるなら・・・

本質的には何も変わらない、と思ったりするのですが。
言葉の持つ重みだったり、特別な意味なんてのは
その人の言い方だったり、シチュエーションだったり、
関係性だったり、性格だったり、印象だったり・・・

そういうもので丸っきり違う表情を見せるもので。

『バカじゃん』っていう言葉だって、
言い方とシチュエーションでは、すごく暖かい言葉にもなるのだから。

『好き』とは区別した『愛してる』っていうのを敢えて表現するのなら
中也の春日狂想、冒頭2行が表すのだって
自分にとっては一つの答えのように思えるんです。