色即是空 | 色即是空BLUES  

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このブログの検索で色即是空とキーワードで調べる方が多いので、

色即是空(しきそくぜくう)という言葉についてちょっとだけお話します。


この言葉は、般若心経の中に読まれている言葉ですが、とても深い言葉で

簡単にはうまく話せないのですが、自分なりに解釈してみます。


もともと空(くう)の思想を説いた言葉ですが、空というのは虚無論を

説いているのではなく、あらゆるものを成立させることなんです。

空の中にはなにもありませんが、であるからこそあらゆるものが、

そのなかから現れてくるのです。

空というのは、なにもないことであると同時に、存在の充実です。


般若心経で言っていることを、現代語で話すとこんな感じです。


この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、

物質的現象である。

実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。

また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象があるのではない。

およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。

およそ実体がないということは、物質的現象なのである。

これと同じように、感覚も、表象も、意志も、認識も、すべて実体がないのである。

このように、すべての存在するものには実体がないという特性がある。

生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、

汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増えるということもない。

実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、

意志もなく、認識もない。眼もなく、耳もなく、鼻もなく、舌もなく、身体もなく、

心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触られる対象もなく、

心の対象もない。眼の領域から意識の識別の領域にいたるまでことごとく

ないのである。

さとりもなければ、迷いもなく、さとりがなくなることもなければ、

迷いがなくなることもない。こうして、ついに、老いも死もなく、

老いと死がなくなることもないということにいたるのである。

苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制してなくすことも、

苦しみを制する道もない。

知ることもなく、得るところもない。

それゆえに、得るということがないから、諸の求道者の智慧の完成に

安んじて、人は、心を覆われることなく住している。

心を覆うものがないから、恐れがなく、顚倒した心を遠く離れて、

永遠の平安に入っているのである。・・・・・と続くのですが、

つまり、色即是空を直訳すれば、色とはすなわち、これ空なりと言っている言葉です。


色と言うのは(この世界のあらゆるもの)、空なのだと言うことです。

その空とは、色なのだよ(空即是色)と言っています。

自分という存在が幻のような実体のないものであるのだけれど、

実体がないということで存在しているともいえるのだと思います。

それは、諸行無常(現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化していること)

にも通じる空の思想だと思います。


僕の好きな言葉に「無」というのもあるのですが、これもなにも無いからこそ

無限にあるのだと思います。


これが僕なりの解釈です。でも諸行無常ですから一瞬、一瞬変化しているので、

また解釈が変わってくるかもしれません。