何度も連絡も試みました、自宅へ手紙も書きました…
しかし、全く何の連絡も貰えず、本人は相も変わらず夢だの奇跡だの語っているので、
ここでもついに本名を明記する事で彼自信に猛烈に抗議させて頂きます。
同時に、何とかかつての友人の苦しみを理解して頂き、向き合って頂ける事を願っております。

 前にも書いて、削除されてしまいましたが、私は浩太郎氏のかつての旧友です。
逃げも隠れもしません、県立若松高校の同級生であり、東京では同じ夢を追いかけ一緒に事業をお越し
立ち上げたお店でも、浩太郎氏による厨房、私によるフロアのツートップでお店を切り盛りした仲です。

 ではなぜ現状はこのような状況になってしまったかと申しますと、
担当直入に申しますと、浩太郎氏が現実から逃避してしまい、連絡が取れなくなってしまったからです。

 簡単に経緯を記すと、

1、2006年12月にそもそも浩太郎氏より当時サラリーマンであった私宛てに、一緒に夢をかなえようと
  持ちかけられました。

2、その夢とは、浩太郎氏の知人の力を借り、昭和レトロビジネス詳しく言うと、レトロ感たっぷりな
  駄菓子屋と鉄板焼きのお店を作り、将来的には多店舗化を目指し、事業を成功させるという他愛もない
  夢でした。

3、しかし翌2007年に会社も退職し、退職金300万も浩太郎氏との同居、事務所の立上げなどにつぎ込み、
  さらに身内より200万程都合し、とにかく夢に向かい邁進しました。
  その時浩太郎氏自身、また実家の親族にも出資の余力は無く、労力のみ提供してもらい、それでも夢に
  向かって頑張りました。

4、とある企業からの出資の条件により、浩太郎氏と新しく会社を起業し事業展開する予定であったものを
  既にある知人の会社で行わざるを得ない事となったが、私が代表者に就任する事で、出資金を得
  ついに同年11月にお店をオープンしました。

5、お店は長続きせず、結論から言うと出資企業、銀行融資を合わせ約3000万の負債を抱えてしまいました。

6、上記に記したように、たまたま出資の余力が無かった為浩太郎氏は会社へ出資の経歴が無く、新たに起業しなかった為会社の取締役にならなかっただけであり、この一連の夢の発起人、責任者であることは明確であるにも関わらず、法律的には会社とは無関係である事をいいことにそのまま一銭も支払うことなく、九州へ逃げ帰ったのです。

7、具体的に幾ら負担して欲しいとの要望も、夢破れた3名の発起人で最終的に話し合いをしたいといくら持ちかけても、何度電話しても連絡してくれないのです。

上記のような事で旧友を裏切り、自分は奇跡だの夢だのブログで語られること自体、どれだけ不愉快な事か想像がつきますでしょうか?
また、浩太郎氏の両親にとにかく息子に連絡だけして欲しいと、切に認めた手紙をおくりましたが
連絡ももらえず、昨年の暮れに家族そろって皆でパーティーを開いた様など見ると、
私の負債に負担を強いてしまいろくな新年も迎えられない自分の両親の事を考えると本当に許し難い状況です。

 浩太郎氏が色々な人物と出会い、人生を充実させるごとく活動しているようですが、
周りの人に、東京でのこの出来事を話しているのでしょうか?
しているとしても事実に反した内容をでっちあげていると安易に想像できます。
でなければとっくに連絡が来てもいいのではと思います。

この文章を見て不愉快になる方もいると思いますが、とにかく連絡が取れる事、面と向かってこの事に彼が向かい合う事で何も私もこのような事をすきでやっているわけではありません。

出会いや奇跡や夢を語る前に、同じ空の下に自分の事を心底恨んでいる人間がいる事を少しでも思い浮かべ、連絡が欲しいと思います。

 もし浩太郎氏とお付き合いのある方で、心ある方がいらっしゃれば、私に連絡を取るよう勧めて頂きたいと願ってやみません。