気まぐれ釣り日記

気まぐれ釣り日記

釣りブログ(停滞中)

ここ何年か取り組んできて

「魏志倭人伝は読み解ける」という

確信がほほ固まったのだけれど、

ただ「こう読めば良い」と言っても

それでは全く説得力が無いので、

どうしてそう読むのが正しいのか、

様々な角度から検証して、多角的な

整合性が認められる必要がある。


この検証には、多方面の情報が必要で、

古代中国語の発音、上代の倭人語、

日本語の起源の候補になる諸言語

(アルタイ諸語、南島語、南亜語、

アイヌ語、朝鮮語、中国語など)、

旧石器時代〜古墳時代までの考古学、

東アジア周辺の神話や民話の伝承、

生活や信仰、儀式に関する民俗学、

形質人類学や遺伝人類学の知見、

更には先人達が魏志倭人伝について

どう捉えどう挑んだかも調べてから

今まで未解明な倭の国名や人名を

「こう読み解くべし」と論証する。

私はそうアプローチをしてきたが、

かなり早い段階で「これは読める」と

直感した、


一旦読み解いてみると、未解明だった

理由も見えてきて「なるほどね」とか

「こりゃ気付かないのが当然だ」とか

そこを埋める論も作り出せる訳だが、

最近、最後に立ちはだかっているのが、

実は足下の「日本語の壁」。

まあ、こう書くと大袈裟なばかりで

却って分かりにくい気もするが、

要するに、従来ほぼ定説になっている

学説で言われる「古代日本語の特徴」

から逸脱した要素が浮き彫りになった

ということで、意味と音(中国語音写)

からみて、上古〜中古のこの倭語に

決まるだろうという論が成り立つの

だが、微妙に音韻が従来の定説通りに

収まらない。

しかも、定説に合う音写もあれば、

同じ定説に反する音写もあり、一律に

「実は3世紀倭語はこう発音した」と

法則化までは出来ないという問題に

行き当たる。

(従来定説との一致/不一致のブレが

単語によりあるという問題)


魏の人間が倭人の発言を音写したの

だから、そりゃ微妙にブレるくらいは

あり得るだろうと開き直りたい所だが

魏志倭人伝での倭語→漢字の音写は、

実はかなり几帳面になされていて、

その几帳面さを活かした検証をすると

これまで未解明だった3世紀の倭人が

発したと思われる単語を「音」の面で

非常に精緻に特定できるという利点が

あるので、片方では「精緻に一致」と

言い、他方では「音写は不正確」だと

言う訳にはいかない。

当然、「精緻な音写」を前提に考える

ことになるが、(それが拙論に特徴的な

論証の基盤になっているので、当然)、

その場合、必然的に「精緻な音写に

現れたブレ=元の倭語でのブレ」と

捉えて、何故従来の定説から逸脱した

それらのブレが見られるのか、新たな

論が必要となる。

端的な言い方に止めるけれど、従来の

定説では、奈良時代の倭語の発音では

ハ行音は喉を開いて発音する[h]音では

なく、[p]に近い、唇を閉じた所から

軽く破裂させる音だったと言われて

いる。確かに、魏志倭人伝の音写にも

[p]音は現れる。

また、日本人が遣隋使を派遣したり、

中国の仏教僧を招聘したりして学んだ

漢字の読み(音読み)では、元の漢語で

[h]で読む音が日本の音読みでは、悉く

[k]に置き換わっている事実にも照らし、

古代倭語に[h]音があったと考えにくい、

または、[h]音は無かったというのが

定説だが、それに反して魏志倭人伝の

倭語音写に[h]音も現れるし、しかも、

音写時の[k↔h]のズレなどではなく、

[h]音のまま読んだ場合に後世の倭語と

きっちり一致するということがあり、

古代倭語に[h]音もあったという点は

譲れない要素である。

同じような問題は、サ行の古代倭語の

音についても見られ、サ行音も各所で

ブレが現れている。

また、後世のア行音と思われる単語も

ア行→ハ行への音写時のズレのような

散見され、一方で、二重母音を避ける

古代日本語の特徴は見られず、むしろ

後世の倭語にはある語中の/h/音が脱落

してア行音になっているにも関わらず、

二重母音を圧縮して[ë](エ乙類)に交替

させてもいないという定説からは逸脱

した箇所があるが、この語も、逸脱を

許容(補正)して読むと、後世の極めて

特徴的な倭語と記述された内容面から

一致し、そのために却って、音だけが

微妙に定説から逸脱するという問題が

浮き彫りになる。


これらの従来定説に反する音写表記の

存在は、むしろ、新たな定説に向けた

可能性を示唆している。

この壁を越えた所に何かがあるという

「予感」がある。

そう考えて、この数ヶ月、古代の語に

ついての論証で、今や定説にもなった

ような偉大な学者の論を中心に改めて

読み返し、以下のような概要で考えて

説明が付く可能性を感じる至った。

・崎山理が「日本語「形成」論」で

 論じた通り、日本語は複数言語が

 混合して形成されたと考えられる。

・その混合・形成の過程は、3世紀

 にも進行しており、日本語統一は

 まるで不完全で、語彙、音韻体系、

 語順等の文法の面で大きな地方差

 が存在していたが、一方で後世の

 倭語の標準となるような地方語も

 存在し、そちらが後発であるが、

 3世紀には普及しつつある段階で

 あった。


複合言語からの日本語形成論を基盤と

して論じる以上、各言語が各時代に

日本語と成って行く経過はまちまちで

一見各論の継ぎ接ぎでご都合主義にも

見えなくもないが、そこはご都合主義

ではなく確たる論理が必要ですね。




※最近読み返している古代倭語関係の

本の中心的なものを写真で紹介。

他にもちょこちょこ確認する本など

多々ありますが、キリがないので

最近の中心的なものだけ。


いずれも、確りした学者が大胆かつ

慎重に論じだ論考の書籍ばかりなので

読むだけ時間が無駄な「トンデモ本」

ではない、お勧めできるものです。