AP通信でのブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド『ノー・ニュークス・コンサート1979』の素晴らしいレビューです。以下ざっくり訳ですがどうぞ

 

AP通信レビュー

「Eストリート・バンドのパワーと威厳が若々しい活気と相まった、真の意味で壮大なコンサート体験」

 

「俺たちは若かった、子供だった。この映画に詰まっているのは、自分でも驚くほどのレベルの若々しいエネルギーだ。これは、バンドの非常に、非常に特別な瞬間、素晴らしいドキュメントだ」――-Bruce Springsteen

 

ブルース・スプリングスティーンのファンが、そのヒーローの欠点を見つけるとしたら、それは彼が初期にフィルム・カメラを嫌っていたことだ。

 

そのため、1970年代半ばから後半にかけてのスプリングスティーンのステージはほとんど映像として記録されていない。この時期は、若きEストリート・バンドのパワー、威厳、高揚感とともに実に壮大なコンサート体験をすることができたにもかかわらず。

 

だからこそ、1979年9月に行われた "No Nukes "ベネフィット・コンサートでの彼らのパフォーマンスを記録した90分のフィルムが公開されることは、ファンや音楽史家にとって重要な意味を持つ。

 

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンに集まった観客の前に立った、スプリングスティーンとジャージーのタフなギャングたちは、溜め込んだエネルギーが爆発する寸前だったことだろう。1979年から『The River』のレコーディングに入って以来、彼らはツアーから離れていたので、再び観客の前に立つことに興奮していた。通常4時間のショーが90分に凝縮され、ジャクソン・ブラウン、グラハム・ナッシュ、ボニー・レイットなどのアーティストとの共演で、彼らは自分たちの力を観客に示すことに燃えていた。彼らが「Prove it All Night」の轟音バージョンでステージに登場したのも不思議ではない。それは、彼らが意図していたことなのだ。

 

映像監督のトム・ジムニーは、最初に映像を確認したとき、音がない状態だったが、何か特別なことが起こっていると感じていた。

「スクリーン上で彼らが爆発しているのを見ることができるんだ」と彼は言った。「この時のEストリートの力強さは、見ていてまったくもって驚いた。」

 

自分のマジック・トリックを見たくなかったので、スプリングスティーンは、当時、迷信のようにカメラを遠ざけていたと説明している。

「自分がやっていることを見たくなかったんだ。自分のやっていることが変わるかもしれないからね。」

 

今ではスプリングスティーンのショーは可能なものはすべて映像化されるようになったのでその考えも変わったようだが、この時点では映画恐怖症の真っ只中だった。しかしこの"No Nukes "コンサートは、原子力の代替エネルギーの利点を紹介するドキュメンタリーの撮影ということで、渋々だっただろうが撮影が許されたようだ。 

 

MTVやYouTubeがなかった時代には「ショーを撮影する動機があまりなかったのだろう」と、スプリングスティーンのファンサイト「Backstreets」の編集者兼発行人であるクリス・フィリップスは語る。

 

そのため、当時のスプリングスティーンのステージ映像は断片的なものも含めて本当に少ない。残されている映像としては、プロモーション用にレコード会社が録画したフェニックス公演、会場備え付けのカメラで撮影されたヒューストン公演、1975年にハマースミス・オデオンで行われたスプリングスティーンのロンドン初公演くらいだろうか。

 

スプリングスティーンの"No Nukes "でのライヴは、当時公開された映画やLPでも数曲収録されたが、フル映像はトム・ジムニーが入手するまで、ほとんどが倉庫に保管されていたままだった。それがパンデミックの中のプロジェクトの一つとして、フィルムは修復を経て遂に日の目を見るに至った。「バンドが恋しくて仕方がなかったので、やってみたんだ」とジムニーは語る。

 

この"No Nukes "の映像は、他の現存する映像とは異なり、高品質フィルムで何台ものカメラでマルチ・アングルで撮影されている。残念だったのは、「Jungleland」でのスティーヴ・ヴァン・ザントのソロの映像が、カメラを再装填していたためか、欠落していた。

 

スプリングスティーンの"No Nukes "でのライヴは、30歳の誕生日を迎えた瞬間を含む二夜連続で開催され、アンコールは初日は「デトロイト・メドレー」、2日目にはバディ・ホリーの「レイヴ・オン」を演奏したが、トム・ジムニーは、この異なるアンコールを含めて2夜のセットリストから演奏された曲をすべて収録することにした。また、『The River』に収録された「Sherry Darling」や「The River」、ジャクソン・ブラウンとのデュエット曲「Stay」なども含まれている。

 

「熱狂的なファンは、この映像がどこかに存在しているはずだと常に思っていた」とフィリップスは語る。彼は5年後の "Born In The USA "ツアーでスプリングスティーンのライヴを初めて体験したので、この時期のライヴは見たことがなかった。「40年待っただけあって、期待を裏切らない内容だった。テンポが桁外れに速く、素晴らしい」

 

それは、「Born To Run」を演奏したときにも明らかだ。この曲が誕生して数十年、コンサートでは、この曲が始まると会場中がライトアップされ、全員が歌う、カラオケのような儀式になっている。1979年の時点ではまだ比較的新しい曲だったが、バンドは「No Nukes」で倍速の猛烈な勢いでこの曲を攻撃的に演奏する。

 

この映画は、クラレンス・クレモンズがいかにショーに欠かせない存在であったかを物語っている。「Rosalita」では、スプリングスティーンと目を合わせて、長い振り付けも。スプリングスティーンは、文字通り、そして比喩的にもクレモンズを頼りにしていたのだ。クレモンズとオルガン奏者のダニー・フェデリーシが亡くなった今、この時と同じバンドでは二度とできない。

 

トム・ジムニーは、現在72歳のスプリングスティーンが初めてコンサートの映像を見たとき、ジュースを飲んでいたこと、そしてスクリーンに映った30歳の自分と一緒にすぐに歌いだしたと語った。

 

スプリングスティーンは、先週ニュージャージーで行われた上映会で、「俺たちは若かった、子供だった。この映画に詰まっているのは、自分でも驚くほどのレベルの若々しいエネルギーだ。これは、バンドの非常に、非常に特別な瞬間、素晴らしいドキュメントだ」と語っていた。

 

 

 

 

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●『1979年のブルース・スプリングスティーンとノー・ニュークス物語』(日本語字幕付)

 

●『ノー・ニュークス・コンサート1979』に寄せて(著名人コメント)

https://www.110107.com/bruce_1979_comment