五十嵐正さんによる『American Beauty』全曲解説到着!本日4月19日、レコード・ストア・デイ用にボスがリリースした全曲未発表4曲入り12inchアナログEP『American Beauty』の全貌が明らかに!全世界限定7500枚、お早めに!

【『American Beauty』全曲解説】
 『American Beauty』はブルース・スプリングスティーンの未発表の4曲を収めた12インチEPで、全世界で7500枚という限定数のアナログ・レコードのみでの発売となる。その変則的な発売の理由は、これが今年14年は4月19日に行われる毎年恒例の「レコード・ストア・デイ」参加店だけで発売される特殊な商品だからである。

 08年4月19日(4月の第3土曜日)に第1回が開催されたレコード・ストア・デイは個人や中小企業経営の地域に根ざしたインディペンデントのレコード店を支援するためのイヴェント。アメリカで始まり、たちまち世界各国で同時に行われる国際的なイヴェントとなった。日本ではアナログ・レコードの復権のイヴェントのように報道されているが、それはこの日のために用意される商品にアナログ・レコードが多いという結果を見ての誤解に過ぎない。あくまでレコード店に足を運んで、レコードでもCDでも、音楽ソフトを購入する文化を讃え、音楽業界の厳しい状況下で頑張る小売店の集客を助けようという趣旨で行われている。そのために、当日は多くのアーティストが参加店の店頭でインストア・ライヴやサイン会などを行なう。

 初年度の参加アーティストはインディ系の人たちが多かったが、09年からはソニー他のメジャー・レーベルも協力をはじめ、ブルースも09年からはほぼ毎年レコード・ストア・デイ参加店独占販売の7インチや10インチのEPを発表してきたのである。

 さて、この『American Beauty』には、最新作『ハイ・ホープス』の大半の曲と同様に、00年代の未発表録音で、そのアルバムのためのセッションで手が加えられたが、結局最終曲目から外された4曲が収められている。アルバム発表後のインタヴューで、プロデューサーのロン・アニエッロは『ハイ・ホープス』のために少なくとも20曲は録音したと証言し、外された曲のなかで、特に彼が気に入っている曲として、ここに収められた「Hey Blue Eyes」「American Beauty」「Mary Mary」、そして「Cold Spot」という曲を挙げていた。

A1. 「American Beauty」
 1曲目はずっしりとしたミディアム・テンポのロック・ナンバー。メロディー・ラインが『ハイ・ホープス』の「フランキー・フェル・イン・ラヴ」によく似ていて、あの曲のテンポを少し落とした感じ。「アメリカ美人」に「僕の恋人になってくれないかな?」と歌っているが、この曲の歌詞には「ダウン・イン・ザ・ホール」「リヴィング・イン・ザ・フューチャー」「ジプシー・バイカー」とそれぞれ共通する行を発見できる。ブルースはお気に入りの表現を複数の曲の中で試して曲を仕上げていくのだろう。そんな曲作りの過程が垣間見える。

 トラックは目立つスライド・ギターを含め、全部の楽器をブルース一人で重ねて録音し、ドラムズのみジョッシュ・フリーズが演奏している。彼はディーヴォからナイン・インチ・ネイルズ、そしてガンズ&ローゼズまでに加わってきた超売れっ子ドラマーである。ブルースがニュージャージーの自宅で録音したデモに、ロン・アニエッロがLAのスタジオで、ドラムズのトラックのみフリーズの演奏に差し替えたということだろう。Eストリート・バンドのマックス・ワインバーグが叩いていないのは、ツアー中にダビングが行われたからと推測される。『ハイ・ホープス』の制作は、ツアーの最中にも公演地のブルースとスタジオのアニエッロの間でネットでデータをやりとりして進められた。フリーズは「ディス・イズ・ユア・ソード」でもドラムズを叩いていたが、その曲でイーリアン・パイプスを吹いたキリアン・ヴァレリー(ルナサ)に僕が聞いた話では、彼がダビングしたセッションにも、ブルースは同席せず、スタジオにはアニエッロ(とエンジニア他スタッフ)だけだったという。



A2. 「Mary Mary」
 ブルースのギター・ストラムによるイントロで始まるアクースティック・ナンバーで、去っていった恋人メアリーに「どこへ行ってしまったんだい?」と呼びかける。曲は『デヴィルズ・アンド・ダスト』収録の「リア」にそっくりだ。これもブルースの作ったデモをアニエッロが仕上げたもの。弦楽器奏者と指揮者はLA在住のミュージシャンのようなので、ストリングスのダビングはアニエッロにまかされたのだろう。

B1. 「Hurry Up Sundown」
「American Beauty」と同じく、ブルースがひとりで重ねて作ったデモに、ジョッシュ・フリーズのドラムズを加えて完成されたもの。エレクトリック12弦を含む多くのギターが重ねられたジャングリーなギター・。サウンドの、いわゆるジャングル・ポップで、REMの曲と言われても違和感はない。曲調から判断して、『ワーキング・オン・ア・ドリーム』のために書かれたと思われる。一日の労働を終えた日没時に、車を飛ばして楽しみに行こうという、労働者階級の若者の心情を歌うブルースらしい曲だ



B2.「Hey Blue Eyes」
 このEPの収録曲の中でも白眉と呼べる注目の作品。この曲のみ、Eストリート・バンドとの録音で、ブレンダン・オブライエンのプロデュースになっている。曲の内容からして、『マジック』のアウトテイクと断言して間違いないだろう(キーボード奏者のパトリック・ウォーレンの参加もそれを裏付ける)。一聴すると私的な歌のように聞こえるが、家庭は国家の隠喩で、当時のブッシュ政権を批判する政治的な歌である。「今夜俺はおまえを裸にして、革紐につないで床を這わせよう」という衝撃的な行は、SMセックスではなく、イラク戦争中の米軍のアブグレイブ刑務所における捕虜虐待を指していると思われる。



 80年代の『ボーン・イン・ザ・USA』や『トンネル・オブ・ラヴ』といったアルバムからは、たくさんのシングルがカットされ、それらのB面には未発表曲や未発表ライヴ録音が収められ、僕らファンを楽しませてくれた。そういったアルバム未収録曲の中には、「ピンク・キャディラック」や「シャット・アウト・ザ・ライト」のような重要な曲もあった。ネット配信の時代になって、モノとしてのシングル盤が発売されなくなり、そういったB面の楽しみが奪われてしまったことを残念に思っているファンの方も多いはず。この『American Beauty』の4曲は、もし今もアルバムからシングル盤がカットされることが続いていれば、そのB面に収められたに違いない録音とも言える。あの頃にB面の曲に発見したような驚きや喜びを思い出させてくれる作品を発表してくれたブルースとレコード・ストア・デイに感謝したい。

2014年4月 
五十嵐正 Tadd IGARASHI
『スプリングスティーンの歌うアメリカ』(音楽出版社)著者




●『American Beauty』
発売中 レコード・ストア・デイ用12インチ・アナログEP 150 GRAMM VINYL


A1. American Beauty  
A2. Mary Mary
B3. Hurry Up Sundown
B4. Hey Blue Eyes
こちらでご購入いただけます
http://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=5837&cd=00AX000004149
(在庫無くなり次第終了となります。ご了承ください)



4月23日には2013年「ミュージケア・パーソン・オブ・ザ・イヤー」を受賞したスプリングスティーンを讃える豪華トリビュート・コンサートが遂に映像化され、『ブルース・スプリングスティーン・トリビュート』としてBlu-ray DiscとDVDで発売される。パティ・スミス、ニール・ヤング、ジャクソン・ブラウン、エルトン・ジョン、スティングからマムフォード&サンズ、ジョン・レジェンドなど豪華アーティストが集結し、スプリングスティーンの名曲を披露している。

●『ブルース・スプリングスティーン・トリビュート』
A MusiCares Tribute To Bruce Springsteen
4月23日発売  DVD:SIBP-244 ¥4000+税/Blu-ray:Disc SIXP-19 ¥5,000+税


http://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&ima=0356&cd=SIXP000000019