「体調悪いんですか?」

地方ロケに行くため、駅の改札前で待ち合わせをしていた、とあるディレクターの第一声である。



確かに・・・僕はマスクをしていた。

人がマスクをする理由はいくつか考えられるが、そう多くはない。

まずは、単純に風邪をひいている。

この場合、勿論、「体調悪いんですか?」で問題ない。誰も傷つかない。僕も「ちょっと風邪気味で・・・」と答えるだけである。ただその日、僕は風邪をひいていなかった。



この“風邪”に準ずるケースで、花粉症の場合がある。

しかし、もしマスクをしている僕を、花粉症なのかな?と気遣ってくれたのなら、「花粉症ですか?」と聞くはずだ。

「花粉症ですか?」と聞いてくるような人間は、高い確率で、自分自身が花粉症である場合が多い。相手を気遣ってというより、同じ辛い症状に苦しんでいるであろう“同志”に出会えたという、なかば“喜び”にも似た感情のもと、お互いの「花粉症あるある」をすりあわせて一盛り上りしたいだけだ。
しかし、そもそも彼はマスクをしておらず、くしゃみ、鼻水などの症状も散見できなかった。

更に、これは九月下旬の話であって、初対面の相手との会話の入り口として花粉症は相応しくない。



他にも、“予防”のためであるとか、あるいは、“PM2.5”などの微粒子を恐れてマスクを着用しているなんて人もいるだろう。

ただ、くどいようだが、そう思ったのなら、「体調悪いんですか?」とは聞いてこない。



三代目 J Soul Brothersのメンバーが、マスクをしていたら、「体調悪いんですか?」と聞くだろうか。

あるいは、西麻布の隠れ家的な店から、いい雰囲気で出てくる二人連れ、大物芸能人カップルがマスクをしているのを見て、張り込んでいた記者は、「体調悪いのかな?」と思うだろうか。



これが、通りすがりのたまたまそこに居合わせただけのおばちゃんに言われたならまだいい。

だが、彼はいわゆる“業界”の人間である。何故、スッと、「変装」が出てこないのか。勿論、「変装してるんですか?」と聞かれても、それはそれではるかに気分は悪いが。



つまり、彼にとって僕は、「風邪でも引いていない限り、マスクなど着用する理由が一つもない人間」・・・そう思われている、少なくとも僕はそう感じた。問題がこちらにあるのは重々分かっている。



勿論、こんなコスプレキャラ芸人の一発屋よりはるかに“売れっ子”で、毎日のようにテレビに出ている人間でも、マスクなどしていないものは沢山いるだろう。



しかし、彼らが街中で人々に“見つかった”場合にかけられる声やリアクションは、歓声であったり、羨望であったりする場合がほとんど。

僕のような人間が“見つかった”場合とは、まったく違うのである。

福山雅治を街で見かければ、「福山見た!」と自慢げに友達にSNSで報告したりもするだろうが、僕を見たことを知らせるそれは、“報告”というより“通報”のようなニュアンスになることが多い。




特に顕著なのが、「頑張ってください!」という言葉の“角度”である。

「お前が今までの人生でやったことないくらい常に頑張ってるわ!」という僕の憤慨はさておき、その角度はまあまあ上からのものとなる。



よく、「そんなの有名税だからしょうがない」などと、したり顔で言う馬鹿がいるが、こちらはそんな高い税金を払わなければならないほど、その意味での“収入”や“優遇”もないのだ。



よって、「なにを人気もないのに変装なんかしてんねん!」という批判はあたらない。

顔がある程度知れ渡っていて、見つかった時、心ない言葉をかけられる。これはもう「指名手配の逃亡犯」と同じである。



さらに、僕の場合は、顔の一部にでかでかとコスプレの主役である“髭”があるため、特定されやすいという不便さもあることを考慮して頂きたい。

正直、広範囲にわたる僕の髭は、マスクからはみ出ているが、全体像をつかませないことによって、「もしかしたら違うかも・・・声かけて間違ってたら恥ずかしい」と相手の躊躇を誘うためのマスクでもある。

抑止力。ねこよけのペットボトルのようなものである。



何故マスクをしているか・・・そんな質問をするべきではない。

そこには“理由”がある。ただそれだけなのである。



ヒキコモリ漂流記/マガジンハウス
¥1,404
Amazon.co.jp