
利根橋から眺めた群馬大橋です。ランガートラス桁のアーチの間に真っ白な三国山脈の山並みが見えています。昨日は、私の記憶違いから利根川を4回渡りました。同じ橋を渡るのがシャクだったんで、違う橋を渡ったんです。利根橋を渡ったのは三回目の渡河、紅雲町川から石倉町へでした。でもね、何回渡っても楽しいですよ、NHKドラマ『河を渡った夏の日々』(山田太一脚本、ショーケン主演、1973年)を思い出していました。

寝正月入りする前、陽だまりの中に座り込んだCOCOです。昨日はと絵も日差しが強かったんで、『芸術写真』的なCOCO像が得られました。なんかに使えないかな…、てなこと思いながら、NiiSの予約が10時半だと思ってたんで、10時に家を出ました。

最初に渡った橋は中央大橋、前橋公園と大渡町をつないでいます。完成したのは『河を渡ったあの夏の日々』を観た翌年、1974年のことでした。この橋ができる前、1960年代の前橋にあったのは大渡橋と群馬大橋と利根橋の3本、しかも利根橋は敗戦直後の台風被害で自動車は通行不可でした。50年前はこんなに不便だったんです。それで、1970年代に昭和大橋(1972年)、中央大橋(1974年)、南部大橋(1977年)と次々に橋が架けられたんです。

長野県との県境の山並みも見事に見えていました。前日運動した時とは大違いの美しい風景です。県庁職員になってすぐ、群馬大橋架橋工事の責任者だった横田博忠さんから「前橋の利根川にはもっと橋は必要だ。利根七橋かな…」という将来構想を聴かされました。1971年のことだったと思います。

三国山脈も子持と小野子の鞍部に真っ白な姿を見せてくれていました。赤城山の西の稜線の向こうには上州武尊山も姿を現してくれていました。前日と大違いの風景を楽しんでNiiSのジムに着いたら、鈴木トレーナーが困った顔で、「今日は12時半の予定ですが、なんかお間違えでは…」だって。そうなんです、12時半が正しいのです、私の記憶違いでした。「出直しま~す!」
滝川の古市堰のコガモたちはみんな寝正月、私のへまには気づかなかったみたいです。良かった。そいで、同じ橋渡って帰るのも能がないやいねってことで、帰りは群馬大橋にしました。

群馬大橋の西詰からは、赤城山が雲一つない空の下にいました。いいですね、山が見えるのって。群馬大橋は1953年に片側1車線・往復2車線で完成した鉄橋、小学生だった私はその立派さにただただたまげてました。1997年に南側に新橋が完成、4車線化されました。家に戻って軽い昼食を作って11時前に食べました。そいで家事を少しして、12時前に再出発…

今度は利根橋を渡りました。紅雲町側からは真っ白な浅間山がすぐ近くに見えていました。利根橋は、1985年に木製の橋が架けられたのが最初なんだそうです。1901年に鉄橋に掛け替えられて、前橋の街の玄関口になったんですね。その橋は戦後のキティー台風・カスリン台風で被災しちまって、1966年に現在の橋に掛け替えられたのだそうです。4代目利根橋です。

滝川の古市堰のコガモはのんびり寝てました。私のチョンボは全く気にしていません。NiiSの鈴木トレーナーも「ボケ!」などとは決して言いません。何事もなかったかのように12時半からトレーニング指導してくれました。ベンチプレスも20㎏10回、30㎏10回を2セットでしたから、昨日はきっちり運動させてくれました。

そして帰りはちょいと遠回りして南部大橋に出ました。その昔「実正の渡し」という渡船場があったところ、1979年に完成した橋です。上新田町で暮していたころはこの橋を渡って前橋の街へ出かけていました。上流を見ると斜張橋の平成大橋(1991年)の橋柱が見えています。ほかにも、新坂東橋(2010年)、上毛大橋(1996年)、横手大橋(2001年)と三つの橋が加わり、現在の前橋の利根川には十の橋が架けられています。僅か50年で大きく変わりました、横田博忠さんの将来構想を越えて夢の世界へ入ったみたいです。
家の近くまで戻ると、<今日は何度も通るんだな…>って顔見知り猫に言われました。「うっせぇ~!」なんです。おかげで、ネオンテトラ号の走行距離は20km、最短でNiiSへ2往復すると12kmほどですから、8km遠回りして四つの橋を渡った勘定です。

家に戻ると、京都で暮らすコウ君へ送る縁起だるまの梱包をしました。クッション材で包んだ上に、衝撃吸収用に、三俣せんべい2種、磯部せんべい、それから赤城フーズの「梅ジェンヌ」、そして山都園の「ひとめぼれ玄米ほうじ茶」を同梱、更に育英高校優勝を伝える上毛新聞も。

冷凍した中華おこわと豚肉の赤ワイン煮は別梱包です。左側の茶色いのが冷凍食品、右の白いのに縁起だるまと郷土菓子が詰まっています。

梱包をし終えて、西片貝町のクロネコセンターへ発送依頼に出かけました。昨日から、プリンターから出力する送り状の伝票がモノクロ(黒白)になったとのことでした。読めればよろしいのですから、モノクロで結構。今日には京都まで運んでくれます。
発送して帰ると、<発送は手違いなかったか?>出迎えたCOCOです。「ちゃんとしてきたよ」、<NiiSの方はヘマしたらしいじゃん!>、「うん、時間間違えたんだけど、どうして知ってるの」、<さっき、シマシッポから《お前んちの爺さんボケたみたいだ》って知らせてきたんさ、大丈夫か?>、「うっせぇ!」。

夕食は豚ヒレ肉のローストポークに白菜とオリーブの実、赤大根の酢漬けを添えて、ポテトサラダとカリフラワーにトマトです。汁は、ホウレンソウのポタージュです。

ロースとポークは周りを焼いたヒレ肉を醤油を加えた赤ワインに粒コショウ、ローレルを入れた液と一緒に保存袋に入れて封をし、75℃~80℃のたっぷりの湯で5分ほど加熱しそのまま常温で冷ましたもの、漬け液を煮詰めてソースにしました。ホウレンソウのポタージュおいしいですよ、たいていの冬野菜はポタージュにできますのでお試しください。
今日15日は小正月、小豆粥をいただきます。それなので、前夜の夕食の後で、小豆を煮ていました。
あけましておめでとうございます。
ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が始め、伯母の二代目吉駒から私に引き継がれた美登利会を主催しております。本年4月には第80回の舞踊公演を行うことができました、こんなに長く続けることができておりますのも、会を支えてくださる多くの皆様のおかげと、ただただ有り難く、感謝申し上げるばかりです。来春も第81回舞踊公演の開催を予定しております。会員一同精進を重ねてまいりますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
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第80回美登利会と第5回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください。
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