
昨日は窓から差し込んでくる茜色の光に起こされました。5時半ごろ、窓から見る東の空は美しい朝焼けでした。

でも、この朝焼けは10分ほどで幕となりました。後は厚い雲に覆われて、お天道さんは姿を見せてくれませんでした。そんなわけで早起きしたものですから、たっぷりとストレッチができました。

朝食後、ユキ子さんがCOCOの相手をしてしばらく遊んであげてました。COCOは眼をまん丸くして真剣です。でも、ユキ子さんもいつまでも遊んでいられなくて、踊りの稽古の支度をはじめると、COCOは居間の椅子の上でいつものように昼寝を始めていました。

私はちょいとした用事で出かけました。出かけついでに、銀行と養田鮮魚店に寄ることにしました。通りかかった城東町2丁目あたりで花が咲いている木に出会いました。タラノキのようです。新芽は「タラの芽」としおて馴染みですが、花はこんな花なんです。

昨日と今日は前橋まつりです。メイン会場の立川通では、小学生の金管バンドの演奏が行われていました。大勢の皆さんが見物に集まっているので、私は遠くから少しだけ眺めさせてもらいました。
前橋のまちの祭りは、昔は小石神社の祇園祭、真夏のまつりでした。私は4歳か5歳の時に、榎町(現千代田町5丁目)に混ぜてもらって、始めて山車を曳きました。前橋空襲で山車を焼かれてしまった榎町は渋川から山車を借りてきたんだって聞かされました。城東町4丁目で暮らすようになってからは、前橋まつりに協賛して同時開催する町内の「城四まつり」を手伝ってきました。今年も城四まつりは中止、なんとなくお祭り気分はありません。

それから群馬銀行の竪町支店に寄って、神明宮の前を通ると、氏子の皆さんが神輿を整えていました。神輿の巡行は夕方だったと思います。平和町の角からは、青い赤城山が見えていました。

養田鮮魚店で買い物して戻ってくると、立川通では和太鼓の音が鳴り響いていました。祭袢纏を着た小さな子どもたちの姿がありました。遠くから眺めて戻ってきました。

三河町一丁目の公民館前には山車が曳きだされていました。これから町内を巡行するのかな、終えたのかな…。「おまえも山車に乗せてもらうの?」、近くに居合わせた猫に尋ねてみたのですが、関係ないよって顔されちまいました。
養田鮮魚店で買って来た魚を刺身にして、野菜の煮物なんかと盛り合わせて、ユキ子さんの両親のところへ届けました。

陽が沈んだ榛名山の方角は夕焼けは見られず、黒い雲が流れているだけでした。広東橋の上から南東方向を見たら、うっすらと雲の端が茜色に染まっているのが見えました。日暮れがずいぶん早くなりました。昨日の日没時刻は5時18分、私が配達に出たのはちょうど日暮れ時の5時40分過ぎでした。
家に帰って、天気予報を確認するのでPCを覗いたら、COCOが隣に来て強面で<早くしろや!>だって。お腹が空いたんですね、夕食の請求です。素直に応じることにしました。

COCOの夕食をしてあげてから、私とユキ子さんの夕食です。刺身の盛り合わせは、カンパチ、ホタテ貝の貝柱、それとマグロです。カンパチの腹身の一部は紫タマネギとキュウリで膾にしました。柚子こしょうを効かせたポン酢で和えています。野菜の煮物は、ナス、舞茸、長芋、サヤインゲン、人参です。
ブロッコリーの辛し和えとモヤシのナムルです。汁はほうれん草の溶き卵にしました。カンパチ、おいしかったですよ。

食後の休息を兼ねて、撮った写真の整理を始めるとCOCOが直ぐに膝の上に乗ってきちゃいました。「邪魔なんだいネ、動いたり、キーボードに前足出したりするなよな…」、<あ~ね>。
今朝は曇り空、天気予報も終日雲マーク、風はなさそうです。自転車で走ってみようと思います。
三代目若柳吉駒でございます。1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が始め、伯母の二代目吉駒が受け継いでまいりました直派若柳流美登利会を承継しております。毎年春に開催しております舞踊会は、戦時中の開催禁止と一昨年のコロナ禍による延期を除いて、今年で78回を重ねることができました。来年は4月9日に第79回舞踊会を開くことといたしまして、会員一同精進を重ねております。引き続きご贔屓くださいますようお願い申し上げます。
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