インターネットでは「アイヌは先住民族では無い。」が『学者とマスコミが教えない真実』として定着していますが、

この言説は言語操作であり、正しくないと思います。

結局のところ「先住民族の定義」を保守派(というか教派神道内の右派)が勘違いして、「アイヌは我々の定義する先住民族の定義には当てはまらない」と言っているだけです。

 

 

先住民とはなんでしょうか。

結論から言うと、「ある人種・民族・集団から見て、自分達よりも今の土地に、先に住んでいた人々の総称」なのです。

 

皮肉なことに、先住民族の定義をややこしくしているのは左派系の学者らであり、「先住民族=帝国主義や植民地主義の犠牲者」という彼らの好きなイデオロギーから再解釈している。

これが話をややこしくしており、「アイヌ学者の言う、明治以降に近代植民地主義によりアイヌが日本帝国から民族浄化を受けたというのは誤りなので、アイヌは先住民ではない」という言説の根拠を与えてしまっている。

 

 

 

・「アイヌは先住民ではない」論者の主張

 

アイヌは先住民ではない論者の主張としては、「アイヌは10世紀ごろにシベリアのエニセイ川沿いなどから南下して、北海道や千島列島に侵入した侵略民族である。なので先住民ではない。」という「他の地域から移住した事があるので先住民ではない論」を主張している。

だがこれも「先住民」の定義の問題で、「民族移動した民族は土着の民では無いので先住民ではない」という彼らの前提を土台としている。

そもそも「他の地域から移民して定住したなら先住民ではない」という定義ならば、ネイティブアメリカンやインディオ、台湾原住民やチベット人、ウイグル人、チェチェン人、アボリジニなども「先住民では無い」と成ってしまう。

 

そして世界の主要民族で、過去に侵略戦争や他民族の領域への侵入をやったことが無い民族の方が圧倒的に少ない。

というか筆者の聞く範囲では聞いたことが無い。

 

↓以下の2つの動画はアイヌ ネガティビスト(アイヌ否定論者)の動画だが、忙しいなら見なくてもいいかも。

 

 

 

 

 

 

 

・「アイヌもまた侵略や異民族への虐殺をしたので先住民では無い」という意見

 

アイヌ否定論者は「アイヌは、擦文縄文人、ニブフ、ウィルタ(オロッコ)、粛慎(あしはせ、みしはせ)などを侵略して民族浄化した過去がある。むしろ彼らこそが侵略者である」という物である。

これは前記したように、「先住民とは一方的に後から来たものに侵略された被害者民族である」という思い込みから来ている。

アイヌが武力を使って他の民族の領域に進出したので先住性は失われるというロジックは、アイヌ否定の右派の勝手なドグマに過ぎない。

 

そして「擦文(さつもん)縄文人とアイヌ人の間には全く文化や習慣で関連性が無い。」と主張して、

「擦文縄文人が忽然と消えたのは、アイヌにジェノサイドされたのだ!」と主張している。

 

だが擦文縄文人は本当に忽然(こつぜん)と消えたのだろうか。

むしろ緩やかに中世前期の北海道では諸民族の混合化が行われた、もっというと「アイヌ化」されたと考えた方が自然ではないだろうか。

アイヌの南下が仮に10世紀前半?ごろならアイヌ文化が北海道に大規模に定着するのは13世紀後半ごろで、3世紀も開きがある。これほどの時間があれば混血化が進んでもおかしくない。これは筆者の根拠なき空想だが、もしかすると擦文度数の高い縄文人(変な日本語ですが)は、気候変動で寒冷化が始まったので日本内地に転進した可能性ある。

 

アイヌと擦文縄文人の間に文化的な連続性や継続性が無い、というのも誤りで、「アイヌは農業や漁業をしない」「毒矢で人を殺さない」という思い込みがある。

これは以前紹介した、トイヌプリさんの方が詳しい。

(トイヌプリ氏はそもそもアイヌが13世紀頃に縄文人を駆逐したという認識自体が間違いだと推理している)

 

 

 
 

 

 

・縄文人は平和主義者で、アイヌは狩猟民族なので獰猛で野蛮という縄文ユートピア仮説の弊害

 

 

「トリカブトの毒矢で他民族を殺すような文化は縄文人には無かった」という前提は、

 

戦後に左翼が好んだ「縄文ファンタジー」(=縄文時代の日本は原始共産主義で、差別や戦争や階級がない平等社会だった)

の影響を後に成って右翼が受けてしまっているのだ。(このような現象は福沢諭吉が脱亜論の始祖で、反中主義者だったという誤ったイメージも同じ)

 

縄文人=農耕民族で、温和で動物や植物を愛する優しい人々。戦争が嫌いで武器を持たないかった。

渡来アイヌ=狩猟採集民族で、食文化は獣肉食やカニバルしかなかった。凶暴で侵略的で暴力的。

 

というのは典型的な、縄文時代ユートピア仮説(古代日本は原始共産主義だった)の名残である。

マルクスやエンゲルスの唯物史観(歴史とは経済・雇用形態の発展と矛盾化による階級闘争)を正当化するために、むしろこの縄文ファンタジーは原始共産主義時代が存在したというデタラメを左翼系の学者や学校教師も広めていたのである。

(弥生時代下げは天皇制への憎悪から??)

 

 

 

>日本でも、縄文時代の墓はどれも同じような大きさで、特別な副葬品などをもった墓はありませんでした。したがって貧富の格差がなく、他人の労働の成果を独り占めするような支配者は存在しなかったと考えられています。このことは高校の歴史教科書にも紹介されています。それが弥生時代には貧富の格差が生まれ、やがて古墳時代には多数の人々の過酷な労働で大きな墓を造るような支配者が生まれるようになりました。こうして日本でも支配者と被支配者からなる階級社会(奴隷制や封建制)が生み出されたのです。〔赤旗 2008・5・31(土)〕

 

↑このような歴史観は「弥生時代に大陸から渡来した天皇や天孫族により、縄文日本人が奴隷化された」という天皇制否定のために作られたパラノイアだと思われる。

そもそも、野生の犬や猿ですら「群れ」(家族)、「自分のメス」「自分の獲物」という私有・所有の概念を持っており、原始共産主義というのは動物的な本能にも反している。

 

 

このような「縄文時代には軍隊も武器も、差別も搾取も階級も無かった」というのが、

「中国や朝鮮から差別と戦争が持ち込まれた。日本にはもともと戦争や差別は無かった。」となり民族派右翼にも受け継がれたのである。

 

 

・「13世紀に突然、擦文縄文Cultureがアイヌ文化に置き換わった」という「13世紀の特異点」は本当にあったのか

 

アイヌは先住民では無い論者が良く引用したがるのは下の図のような歴史年表である。

 

 

「それまで、縄文・オホーツク文化・擦文(さつもん)には連続性があったのに、突然アイヌ文化というそれまでの日本に無かった異文化が現れた。13世紀に突然このような事が起きたのは、アイヌが本格的な大侵略をし、真の北海道の先住民族だった縄文人を大量虐殺したのだ」という13世紀の特異点(シンギュラリティ)を主張している。

 

 

 

 

このような「表」(ひょう)を見たら確かに、13世紀に突然アイヌ文化が出現したかのように見える。だが、実際の歴史とはこのような「表」のように数学的に区切れるわけではない。

平安時代と鎌倉時代の切り替わりを、後から歴史を見ている我々は「鎌倉幕府の成立のこのあたりで切り替わった」と区切りを設けて考えるが、当時の人々は別に「よーし!時代が今切り替わっているぞ!」と別に意識していた訳ではない。

上記のように綺麗に時代が切り替わっているわけではないのだ。

 

そして「アイヌは漁業や農業をしない」「縄文人は武器を作らないし、戦争もしないし、毒矢の文化も無い」という、

極端に縄文人とアイヌ人を区別する歴史観自体が間違っているのだ。

擦文文化もオホーツク文化も、粛慎(しみあせ)の文化もゆっくりと混合して行って「北海道アイヌ文化」を形成していったと考えるのが自然ではないのか。

 

 

 

・「アボリジニやインディアンは可哀想だけど、アイヌ人は可哀想では無いから先住民では無い」という意味不明な先住民の定義

 

 

何度も言うが、「アイヌは先住民族では無い」論者は、

 

「先住民族とは18世紀や19世紀に、白人に一方的な侵略をされて、文化の否定や、キリスト教への強制改宗をされたり、非人間的な扱いをされた人々である」という先住民族=悲劇的な被害者民族という謎の定義を持っている。

 

「他方、日本帝国はそもそもアイヌへの民族浄化や大量虐殺は行っていない。

むしろアイヌの野蛮な文化を治し、病院や学校を建てて、教育を施し、飢餓や疫病から守り、家や橋を作ってあげた。なので可哀想でないのでアボリジニやネイティブアメリカンのような先住民には値しない」

 

つまり、迫害されて可哀想に思えたら先住民で、可哀想に思えないなら先住民では無いという不思議な基準で語っている。

先住民族とは「ある人種・民族・集団から見て、自分達よりも今の土地に、先に住んでいた人々の総称」であり、それ自体が加害者・被害者関係や、善悪や正誤とは関係ない。

 

「むしろアイヌへの平等政策で日本人の方が損をしたのだから、アイヌは先住民ではない」「むしろアイヌが侵略的民族で、擦文縄文人を虐殺したので先住民ではない」というのは先住民族の定義がそもそも、同情できるかどうかという謎の基準値で測っているのである。

 

「白人は残忍で残虐だったが、日本人は親切で優しかったので日本帝国の行為は正統化される」というロジックは、大韓帝国の併合や中華民国への侵略戦争でもよく利用される。

 

「日本軍は現地人に親切で、飢えや病気から守り、優しかったので問題がない」という謎の理論だが、大韓帝国の併合や中華民国への侵略戦争そのものが当時の国際法上にも法の支配的にも違法であり、また日本はカイロ・ポツダム宣言やサンフランシスコ条約を受理したので連合国側に譲歩するのはしょうがないのである。

それを「残忍だったかどうか」という論点は問題の本質とは関係ないのである。

 

※そもそも、白人の帝国主義や植民地主義は野蛮で奪うだけだった。というのも間違いである。長くなるのでここでは割愛するが、欧米の帝国主義が近代化をもたらしたという側面だってある。

 

 

 

結論、やはりアイヌは北海道の先住民族だった

 

北海道の先住民族はやはりアイヌ人であり、アイヌは縄文人の子孫の1つである。

「アイヌは先住民族では無い論」は先住民族の定期があいまいなのを利用して、「1度も他地域から移住せず、1度も侵略や虐殺をせず、18世紀や19世紀に帝国主義や植民地主義の犠牲者に成った人々のみがその名に値する」という独自の定義を設けてそれに値しないと主張しているに過ぎない。

そもそも13世紀に突然、縄文文化がアイヌ文化に置き換わった。という前提自体が間違いである。

 

むしろ弥生人と混血した大和民族系日本人よりも、琉球民族やアイヌの方が縄文人度数が高い可能性すらある。

アイヌは北海道と青森県の先住民族であり「アイヌは非日本的な侵略異民族」というのが誤りだと思われる。