経営の基本には、バランスシート(貸借対照表)というものがあって、
企業の状況は、同額の「資産」と「負債」によってあらわされる。
単年度の収支(フロー)よりも、この「ストック」のほうがずっと企業経営には重要だとされている。
資本主義といわれる世の中である。
こういうことは、中学校か、せめて高校の基本科目で教えるようにすればいいと思うのだが、
経済も経営も、大学など専門課程ではじめて教科となる。
学校やコミュニティの予算決算など、暮らしにかかわる会計の多くは、
予算と比較した単年度の「損益計算」ばかりであって、
大切な「資本」が、単なる「繰り越し金」として眠らせてある。
日本の衰退の一因かとさえ思う。
少子高齢化は、一億総資本家とでも言うべき状況を生んだ。
否応なく、親の資本力の差は、子への教育力の差につながる。
格差は、世代を超えて受け継がれる。
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企業ではなく、人間(家族)のバランスシート、ということを思いついた。
資産の部は、流動資産としての「預貯金」と、固定資産として家財や不動産などの「財産」
そして、繰り越し資産として、受けた教育や身につけたスキルなどを計上することができる。
負債の部には、支払うべきローン残高や、子どもたちにかかってくるであろう教育費、老後の生活費などが計上される。
1年など期限を区切って、収入に対しての家族全体の生活費をみる「損益計算」はどの家庭でもしているだろうが、
そうではなく、「貸借対照」である。
家やクルマを買うときなど、
長期的に、家計が破たんしないかどうか、これで見ることができるのだ。
ただ、こういうふうに見たときの大きな問題点は、バランスシートという名の通り、
上記、繰り越し資産としての「教育やスキル=人間の価値」と、
負債としての「子どもたちへの教育費」や「老後の生活費」と、
本来別々であるべきものの、「バランス」がとれるかどうか、に目が行くということだろう。
つまり、ここでは、
稼げる人は資産であり、稼げない人は負債なのである。
大げさにいえば、
差別というものの根源がここにある。
怖ろしいことである。
◇ ◇ ◇
自分自身が、家族にとって
あるいは社会にとって、
資産なのか、負債なのか、ふと考える。
中高年といわれる年になって、
なかなかつらい思考実験である。
こういうことを考えなくてもよい世の中になればよい、と、
またベーシックインカムに恋い焦がれるのである。
(写真は、古民家で開いた、一夜限りの酒場)