先だって、BS1で放送された「お金が“タダ”でもらえたら?」
このブログでもたびたび言及している、ベーシックインカムについての議論だったので、
その内容を記録しておきたい。
ベーシックインカムは、「すべての人に」「無条件で」「定期的な」生活費の給付を与える、というものである。
昨年秋、クローズアップ現代プラスでもとりあげていたので、
予備知識のない方は、そのダイジェストや
こちらのNHKのサイトでも、ベーシックインカムの概要を把握していただきたい。
さて、番組は、
「世界で深まる分断」がテーマだった今年のダボス会議で、
NHKとして主宰したセッション(座談会)をそのまま収録したものらしい。
分断の原因としての「広がる格差」を、解消する方策として、
ベーシックインカムの可能性と問題点を明らかにしようというあたりが主旨だろう。
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まずは、ロンドン大学の教授、ガイ・スタンディング氏
「新自由主義経済で雇用の流動性が増せば、経済的な不安定が増す、と、
1980年代からベーシックインカムを考えてきた。
かつては理想主義的だ、変わり者だ、とされてきたが、近年支持が広がっている。
なぜなら、
1.所得の再分配機能がすでに崩壊している。その現実と向き合うべき
2.ロボットやAIなどの進歩が、人々の仕事を奪っていく
3.経済は成長しているというが、その恩恵が受けられない人が、多くなる一方である」
コミュニケーションソフト開発会社「Slack」のCEO、スチュワート・バターフィールド氏
「ベーシックインカムへの政策転換、実験を支持している。
創造性や知性などあらゆる人にあるはずの可能性が、
経済的格差と搾取によって潰されている」
社会保障制度の研究者、元イングランド銀行の副総裁、ミヌーシュ・シャフィーク氏
「発展途上国では有効な政策だ。
栄養状態が改善し、子どもが学校に行き、起業も増えた。
だが先進国では、その他の社会保障が行き渡っており、
余裕のある人にまで支払うには、コストがかかりすぎる。
IMFの試算では、平均所得の25%のベーシックインカムを払うには、GDPの6.5%の金額がかかる。
もっといい解決方法があるだろう」
みずほフィナンシャルグループ社長、佐藤康博氏
「財政面への影響が大きい。富裕層への負担を増やすことは現実として困難ではないか。
また、富裕層へも同額を支払うということが、貧困層には理解されないのではないか。
格差が少ないと言われる日本でも、相対的貧困率は小さくないが、
ジニ係数の改善などから、現状の国による所得の再分配が、うまく機能していると思われる」
日本で一人月7万円のベーシックインカムを実現するには、
×12ヶ月×人口で、100兆円の支出が必要になる。
ベーシックインカムは、常に「財源」の問題で「夢物語」とされてきた。
スタンディング氏
「かつては、豊かな国にはできても、貧しい国には無理、と言われ続けてきたが、今は発展途上国には有効で、先進国には無理だというのか?理屈が通らない。
財源は、社会保障を削るのではなく、企業や富裕層に与えている減税や補助金をあてればいい。イギリスでは富裕層に4,000億ポンドの減税、他の国も「富裕層」や「企業」を逃がさないために同様の政策を実施しているはず。それが経済を歪め、格差を広げているのではないか?」
サフィーク氏
「高所得の人から、より多くの税金を取ることは賛成である。近年、所得税の税率が引き下げられ、消費税などの税率が上がって、再分配機能がはたらいていない。ただ、高所得の人にもベーシックインカムを配るのはどうだろうか?」
スタンディング氏
「税金で取り戻せますよ」
サフィーク氏
「若年層の教育環境の改善など、もっと効果的に貧困層を改善する手段はある。お金をばらまくより効率がいい」
財源で水掛け論となりそうなところで、
司会からスタンディング氏に、「いくらぐらいのBIがいいのか?」という質問。
「いろいろ実験をしてきたが、必要最小限の生活費の1/3でも効果があった。
かかるコストにばかり目をむけず、コスト削減などの効果も考えるべき。
健康状態が向上し、医療費削減につながる。学力も向上、犯罪率も低下する」
サフィーク氏には、「その他の対策とは具体的に?」の問い
「負の所得税など、賃金の補助は効果的。ほか、最低賃金の引き上げ、資本家への税負担を求めるなど、先にやるべきことがある」
バターフィールド氏にも、財源についての意見を求めたが、
「GDPの6.5%は少ない金額ではないが、アメリカでの医療費の増大から見ると驚くほどのことはない。
それよりも、ベーシックインカムによって、人々の潜在的な生産能力を引き出す「価値」の方が
はるかに多いのではないか。
私は起業の前に、失敗や実験、休んで考えるというようなことをやってきたが、収入に恵まれていない1/4から半分の人にはそういう余裕がない。
そういう人たちに、起業やアイディアを実現するチャンスが与えられ、社会的な富が増えるとすれば、GDPの6.5%はむしろ安いのではないか」
佐藤氏
「働く意欲を失わせることにつながるのではないか。
結果の平等ではなく、機会の平等、子育てや教育に予算を使うべきと考える」
バターフィールド氏
「周囲を見渡してごらんなさい、皆さん生活に必要なお金はすでにある。お金があるからと働かなくなる人はいない」
スタンディング氏
「ベーシックインカムは『働く意欲を高める』のだ。
貧しい人にだけ補助を与えるのでは、働かない方が得をすることになって問題を起こす。
生活が保障されていれば、リスクを冒すことができ、経済も活性化する」
サフィーク氏
「佐藤氏の言及した格差の固定化は注目すべきこと。家庭の経済環境で子供の収入も決まってしまうようなことは大問題。
もっと富裕層に税金をかけて、社会の流動化を確保する必要がある。
成功には環境の良さや偶然がかかわってているが、中には『ひとりよがりの実力主義』に陥る人もいる」
スタンディング氏
「機会の平等について異論はないだろうが、1922年に書かれた『平等』という本の中に、『オタマジャクシとカエル』の寓話がある。
カエルになれた一部のものは、たくさんのオタマジャクシたちに、君たちも陸に上がれるぞ、という。
機会の平等は、カエルになれるものの種類を変えることはできるが、格差の構造そのものを変えることはできないだろう」
「人間には最低限の『安定』がいる。経済的な不安定は、知能・道徳の低下を招く。
安定からは良い影響が生まれる。単なる貧困対策ではなく、社会の安定こそが大事なこと」
続いては、AIなどで「職業」そのものがなくなるかも、という話題である。
バターフィールド氏
「ベーシックインカムは、試す価値も成功する可能性も高い。
もちろん困難もあり、万能とは言えないだろうが。
人類は飢餓を恐れている段階から、充分な生産力を持てる段階に移行した。
100年後、GDPが経済や政治の指標でないことを望む」
「AIや機械化によって、ルーティーンワークのような仕事はなくなる一方だろう。ただ、人間が娯楽だけをするというような世界にはならないと思う。新しい職業が次々に生まれた日本の明治維新は好例ではないか」
スタンディング氏
「これからも仕事は、量も質も大きく変わるだろう。消費はオンラインで、雇用関係の質も変わる。生活に必要な所得は別の方法で保障する仕組みは、そういう意味でもぜひ必要。
経済的なプレッシャーは人を不幸にする。収入に心配がなければ、人生に余裕が生まれ、家族や地域社会のために人道的に働くことができる。
仕事の概念そのものが変わるべき。他人の子どもの世話をしたら仕事で、自分の子どもの世話は仕事じゃないのは変」
サフィーク氏
「雇用と機械化の問題を研究していて、労働市場の構造を変えることを提案している。
フレキシキュリティ(フレキシビリティとセキュリティを合わせた造語)という概念を考えている。雇用と解雇を柔軟にする分、再訓練と失業保険を手厚くしている。パートタイムも重要な概念」
佐藤氏
「再教育ということは大事なことではないだろうか。
AI、BI、CI(ContinuousImprovement=継続的な向上)、何かに頼りすぎるのではなく、バランスが必要だろう」
バターフィールド氏
「より多くの人が起業や創造的な活動に携われるような世界になるべき。人類が、一日2000kcalを集めるのに必死だった時代は終わった」
佐藤氏
「人は名誉や富だけで生きるわけにいかない。このフォーラムでも、日本語『生きがい』に注目が集まった。
自分は何が好きか、何が得意か、何を社会に与えられるか、どうやって生活費を得るか、その4つの視点を一人ひとりが考えるべき」
サフィーク氏
「弱者を救うべき社会保障制度が、いまは充分に機能していない」
スタンディング氏
「ベーシックインカムは何よりも自由で安定した社会制度につながるものである」
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参加者にはそれぞれの主張があるが、
全体として、スタンディング氏の「今こそベーシックインカム」という論調が、
全体を押しているように思えた。
ベーシックインカムは、シンプルで自由なのである。
21世紀の、「神の見えざる手」であろうと思っている。
これからも既得権益で生きていこうというものにとっては脅威だろうが、
考えてみたまえ、それは嫉妬でしかない。
問題は、全体で一斉にやらなければ、大きな不平等と混乱を招く、という
その一点だろうと思っている。
批判があれば教えていただきたい。