この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。
「馬耳東風」 25
「事件が起きた後、いろんな事が発覚しましたが、
まだまだ多種騒々しいほどに幾多も意見や論評がでました。
轢断したとされるD51は事件当日主電源が作動せず、
灯具類は非常用電池で発光されていました、
でも前照灯は10W相当の光量しかなく、
乗務員は定則を轢断した瞬間も気づかなかったんです。
また死後轢断は、
直ちに他殺を意味しないと言う著書もでました。
血痕を調べるのにルミノール薬が用いられました。
これは日本の科学捜査における初の事例となりました。
捜査にあたって検査範囲が狭すぎたなど、
多々問題が有りましたが、
これはルミノールを使い慣れない事が招いた事だと
判断せんとあきません。
現在でも時間が経過した犯罪現場などで、
古いまたは微量の血痕検出に
ルミノール反応は使用されています。
定則が悩んでいたとされる国鉄職員の大量解雇問題ですが、
第一次に三万七百、
残余は中旬から実施の運びになってました。
総裁としての判断に悩んでいたのは事実かもしれません。
定則宅の近所に住んでおられた吉松富弥さんの証言では、
当時学生だった吉松さんに、
事件発覚直後、直接芳子夫人から
『夫は自殺したと思うが口外しないで欲しい』
と言う言葉を聞かれたらしいのです。
この方は定則の事件に関して、
自分自身の体験や見解を一時間半にわたって語り、
その内容を録音され世間に公開されています」
これだけの事を調べ上げたのは、親の執念だろうか。
ーつづくー