この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。

                   「嗜 癖 (しへき)」  12




 人間は欲深いもの、手に入れられるものは、


全て手に入れたがる。


しかしあなたも人間、考える能力を持っている。


私利私欲を慎み、本分を全うせねばならぬ。


住職は、落語の一説を話し終えた後、


クメに人間の戒めを説いた。



「縁あってこの寺に来られた、不幸にして目がご不自由だ。


すぐにどこかで働くこともできないであろう。


この寺の居心地が良いかどうか解からぬが、


自分の生活に目処がたつまで、


ここで生活すれば良い、好きに暮らせば良い」


 住職が、温かい言葉をおくった。


クメは、幽霊生活の中で育ち千代の人情には触れたが、


他人との接触は皆無に等しかった、


住職の言葉は新鮮で人間の温かみを感じさせるものがあった。


 クメは手をつき頭を垂れた。


「私はまだ十五歳、人のお役にたった覚えがありません。


この世に生まれて、人様のお役にたてるようになるのが夢です。


ここで勉強させて頂いて、


みなさんの足手まといにならないように、


しっかり勉強してご期待に応えたいと思います。


瞽女(ごぜ)で身をたてたいと思いますが、


幸いにして三味線を頂戴しました。


練習して、みなさんから少しのお恵みでも頂けるように、


精進したいと思います。


私を育ててくれた千代さんのためにも、


習った文字をより一層みがいて、役立てたいと思っています。


出来る限りの努力をしますので、よろしくお願いします」


 頭を下げるクメの目から涙が零れ落ちた。


「さようか、一晩ぐらいならと納屋で寝てもらったが、


しばらくここに居られるのなら、庫裡(くり)の一部屋を使えばよい。


食事は、大したものはできぬが、仏と共に頂こう。


僧は、月に一度講和を本堂で開いておる。


そこには村人と共に、子供たちもやってくる。


私の講和の後、


老夫婦から教わった歌や話を聞かせてあげなさい。


寺で修行をつみ、生きてゆく手立てにするのじゃ」


 住職が、優しく肩に手を置いた。


「私は、世の中に出て本当に良かったと思います。


千代さんに育てられ、老人に教えられ、


今回は住職に助けられようとしています。


このご恩を、精進してお返ししようと思います」


 静かに頭を下げた。


「寺で修行するからには、


一つだけ肝に銘じて欲しいことがある」


 住職がお茶を入れ、クメに握らせてくれた。


                          -つづくー


              トラちゃんのスケッチ