この小説はフィクションです



                           

                        「沙 蚕」  17



「龍蔵ハン、客人連れてきましたで」


 短兵衛が、元気な姿をみせた。


龍蔵が、ほくそ笑む。


一番最初に役人の三人を連れてくるなんて、


粋な計らいやないか。


確かに、この三人やったら口も軽いし、


特ダネが飛び出すかもしれん。


短兵衛の機転に、嬉しい酒を注いでやった。


「何回も飲んでると、昔からの知り合いみたいになりますな」


 酒を注ぎながら、誘いをかけた。


「ホンマ、この居酒屋で巡り合えたんが、


幸運の先駆けやった」


 島田が、満面の笑みで話した。


「何ですの? その幸運の先駆け言うんは?


何かエエこと有りましたんか?」


 短兵衛が、次の話を引き出す。


「幸運もなにも、ワシら公務員で、


少ないながらにも今月半ばにボーナスが出ましたんや。


いつもやったら、チョットごまかして嫁ハンに渡すんやけど、


今年は、全部そっくり渡しましたわ。


嫁ハンの機嫌のエエこと言うたら……」


 大黒も、目じりが下がる。


「そら宜しいな、何か別収入が有りましたんか?」


「そう言う訳や無いんやけど、


チョットしたアルバイトの金が入ったもんやから、


懐が潤うただけですがな。


そんなん、高々しれた金額やけど、


公務員のワシらにとったら夢みたいな金ですわ。


給料以外に、所得を求めたらアカンのが公務員やけど、


そんなんは表向きで、


内緒で所得のある公務員は、ギョウサンいてますんや」


 村上が弁解した。


「ワシらに関係ないことや、


アンタらがアルバイトでナンボ稼ごうが、


文句は言わんけど、


ワシらかてアンタらと一緒や、誰でも銭が欲しいんや。


どないして稼いだんか教えてくれますか」


 短兵衛の質問に、三人が顔を見合わせた。


「そんなん教えても、何も困る事ないがな。


お局から、アルバイトの多額のボーナスが出たなんて、


誰も知らんことやし、


新聞に載っても一般の人には興味のないことや。


その程度の事やったら教えてもエエんちゃうか」


 島田が雄弁になった。


「オオキニ、教えてくれますか?


それでこそ、ここの常連や」


 短兵衛がおだてた。


「これは、お局が内緒で都合してくれた金の話や。


ペラペラ喋ったことが耳に入ったら、


ガッチリ文句言われるんと違うか?


文句だけやったらエエけど、


お局も社運を賭けた勝負に出てるんや。


逆鱗に触れたらヤバい気がするんやけどな」


 村上が、慎重な意見を述べた。


「そんなん、気にすること有りませんわ。


ワシらが喋った言うても、みんなが知ってる事ばっかりですがな。


守衛室の横に出入り口を作ったこと、


そんなんは、ワシらがお局から頼まれて、


アルバイトでやった事や。


役所にバレンかったら言うて何のお咎(とが)めも無いことや。


第一、考えてみてもうたら分かりますわ。


ワシら役人が、宝石泥棒やったとしても、


どないして、その宝石売りさばきますんや。


どんな高価な宝石かしらんけど、


ワシらには、無用の長物ですわ。


金庫にあった現金も盗まれたらしいけど、


ワシらは、その現金の方が良かったですな。


今からでも遅うない、札束くれんかいな」


 島田が、酒を飲み干した。


「島田ハン、アルバイトの報酬、


ナンボもらいましたんや?」


 短兵衛が探りを入れる。


「そんなんしれてますわ、みんなそれぞれ十万ずつですわ。


アッチコッチで飲みまわったら終わりですわ。


そんでも、役所のボーナスの他に十万ですやろ、


ホンマ助かりましたけどな」


 島田が、旨そうに酒を飲んだ。


                            -つづくー


               トラちゃんのスケッチ